『毒親』について ③ ~本当の自分を生きるために~

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先日、私がクリスマスを夫と二人でプチ旅行で過ごしていた時、我が家では娘がお友達を呼んでクリスマスパーティー(というより夕食会?笑)をしていました。

中学時代からのお友達なので、私も彼女達の親御さんのことは少し知っています。

娘から、その仲良しグループでの今回の話題が、親と一緒にいることが辛いという愚痴だったと聞き、まだ二十代半ばの未婚の彼女たちにとっても、親の問題はとても大きいのだと知り、考えさせられるものがありました。

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話を少し聞くと、彼女達はちゃんとした反抗期をしてこなかった為、今になってそれをしているという感じもしました。

しかしそれだけではなく、地球の波動が高くなった今、すべての人間にとって、自分のパワーを手にして生きることを阻むようなエネルギーに対しては、絶対的にNOと感じるため、それが起こったのではないかとも思ったのでした。


毒親やアダルトチルドレンの問題は、かなり以前から話題になり問題提起もされていました。

しかし、これまで何十年もそれに翻弄されてきた人達も、全くそういう問題を抱えていると気づいてさえいなかった人達も、もう本当にその問題の中にいることはできない次元へと、地球がシフトしてきたのを感じるのです。

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パートナーシップの問題を抱えている人は、実はそれが親との未解決の問題であり、そのことに気づかずにその問題をパートナーに投影していることがほとんどです。

親とのコード(エネルギー的につながっているホースのようなもの)が繋がったままなのに、それに気が付いていない人は、反抗期を経ずに大人になり、自分の考えだと思っていることが実は親の考えだということに無自覚だったりします。

どこにも完璧な人間などいないのに、親が最高に尊敬できて大好き!などと言っている人は、ほぼほぼこのパターンです。(親の欠点もちゃんと知っているけれど、総じて尊敬している・・というなら、そうではありません。)

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私は9歳か10歳くらいまでは、母のことを女神様のように思っていたことを覚えています。例えるなら、新興宗教をしている人が、教祖のことを非の打ち所がない尊敬する人と思うような感じです(笑)

母はがっつりと私にエネルギーコードを刺していたのだと思います。

長ずるに従い、その魔法は徐々に解けていきましたが、長い間の洗脳(祖父母や父はひどい人で、母は可哀想な人)が解けるまでには、かなりの年月を要しました。


これまでの3次元の世界においては、意識的・無意識的に関わらず、その魔法が解けずにいることが多かったのですが、地球そのものが5次元に入ってしまっている現在では、半強制的に魔法が解けてきているのではと感じます。

なので今、改めて「毒親」なのです。その認識を深めることで、自分の中に何が起こっているのかを理解しやすくなるのではと思うのです。

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娘のお友達の一人は、一人っ子なのですが、親から「老後の面倒はよろしくね」と軽く言われたことにぞっとしたと言っていたそうです。

一昔前なら、それが自分のやるべきことだと思い込まされていたかもしれませんが、反抗期らしきものがなかったお利口で優しいその子でさえ、母親のその台詞への違和感の大きさに悩み始めているのです。

悩むことは大いにありだと思います。それは、気づきだからです。

これまで何気に深くとらえていなかったコントロールのエネルギーに、気づき始めたという素敵な兆候だと私は思うのです。

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そして一番の難関は、子供の頃から愛して止まなかった親を、客観的にちゃんと見られるようになることなのではないかと思います。

すべての親が毒親だというのではありませんが、その確率は、想像するよりはるかに高いと感じています。

誤解のないようにお伝えしますが、親を毒親認定することは、決して親を貶めることではなく、とても客観的に中立に物事を見ることであり、自分を動かしている観念や信念の出所を知ることへの近道なのです。

それは、本当の自分の魂の計画を生きる時に、必ず通らなくてはならない道となります。

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親にとっての「いい子」をやめることは、他の人に対して「いい人」をやめることへと繋がります。

「いい人」を演じる自分でなくなることで、「演じる」必要が自分の世界から消失します。

それこそが「本当の自分」を生きる道の始まりとなり、「ねばならない」・「すべき」ことで自分を動かすのではなく、魂の望み、ハートの導きで生きるようになる人生が始まることになるのです。


たとえこれまで考えたことがなかったとしても、「毒親」という言葉に何かざわつきを感じた人は、ぜひ自分と親との関係性を今一度見返し、感じてみてほしいと思います。

親がどういう人間であるかということ、彼らがどういうドラマの中で生きているかということ、自分は親によって自分の人生をどれだけ翻弄させられているかということに、明確に気付いていくことで、きっと自分が抱えているイラつきや自己否定の根本的な問題が、クリアに見え始めるのではないかと思います。

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ドラマ「明日の約束」でも、最終回では、主人公が母親の下を去りました。

物理的に離れる必要がある親も存在しますが、多くの場合はそこまでしなくても、自分が精神的に完全に自立すること、自分のパワーを手にして生き始めることで、毒親の影響を受けずに生きていくことは可能です。

いずれにしても、自分の親と自分との関係性を、きちんと見る中立な目を持つことが大切になります。

刺激的な言い方かもしれませんが、「毒親」ということについての認識を深め、自分の親がそうであるならそれを認めることで、見える世界が変わってくることをぜひ知ってもらえたらと思っています。



『毒親について(番外編)』に続く・・





『毒親』について ② ~自分の色を生きる~

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葛藤の解放という言葉を良く聞くと思いますが、意識の改革や視点を変えること、過去世や今世のカルマ(業)をリリースするなど、さまざまなアプローチがある中で、最も大きなものが親からの刷り込みを手放すことなのではないかと私は思うのです。

親からの刷り込みというのは、世間体や価値観といったものが大きいですが、その最たるものが「あなたはこうである」という、自分がどういう人間であるかという限定や、どういう能力や可能性を持っているかへの制限ではないかと思います。

なぜなら、その限定や可能性そのものの設定が、親である人の狭い限定された価値観や知識、思いに制限されているからです。

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よく目にするので例えにあげるとするならば、代々教師の家系にある人や、医師の家系に生まれた人、会社の経営者などは、親自身が自分を肯定するために手に入れた職業や、もしくは伴侶の職業を、最善のものと思いたいがゆえの子供に対する価値観の押し付けがあったりします。

またその反対に、自分を肯定できない親は、自分が得られなかったもの(学歴や社会的地位など)を、この世の素晴らしいものとして定義づけ、子供にそれらを得させようとプッシュします。

その子が生まれながらに持ってきた本来の能力や適性、興味や秀でているものに目を向けるのではなく、自分が「素晴らしい」と信じているものへ近づくように、子供を方向付けようとします。

これを読んで下さっている方には、ご自身が親である方も多いかと思いますが、自分自身が今子供にそういうふうに接しているのに気づく方は、間違いなくご自身もそうやって親から刷り込まれて育ってきたのです。(それが達成されているか、されていないかに関わらず・・)

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毒親というのは、何も子供の命を脅かすような激しい親のことだけを指すのではありません。

人間が本来あるべき、自分のパワーをしっかり手にして、この世界で自由に楽しく心地よく生きることを阻害する思考パターンを植え付けた親こそが、毒親なのです。


私の場合を例に挙げると、子供の頃から読書が大好きだった私は、小学生の頃は図書館でさまざまな本を読みふけっていました。

高学年になったころだったでしょうか、私はSFにはまってしまい、学校の図書館にあるSF本を片っ端から読破していた時期がありました。

それは、私の思考を宇宙の彼方へと広げ、本を読んでいる間はまるで宇宙のさまざまな惑星での体験をしているような、とてつもなく幸せで楽しい時間でした。

しかしある時、私の読んでいる本が何かに気づいた母親から、「SFなんて読んではいけない。読むなら文学作品を読みなさい。」とたしなめられたのです。

母のことが大好きで、母が喜ぶ顔を見るのが大好きだった私は、母が嫌がることをしてはいけないと刷り込まれていました。

なので、大好きなSFを読むのをやめて、無理やり文学作品全集のようなものを読み始めたのを覚えています。

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活字中毒だった私は、それでもがんばって文学を読んでいましたが、今思うとそれらの波長は私とは合っていなかったので、やがて私は本を読むより隠れて(これも母に叱られるので)友人から借りた漫画ばかりを読むようになっていきました。

大人になって今感じるのは、私は実は優等生タイプの人間ではなく、好き嫌いの個性が強く、興味のあるものにはとことんのめり込む、どちらかと言えばオタクタイプの人間だったのです。

中学生くらいまでは、とことん母親が望む優等生タイプに自分を当てはめるように、かなりの努力をしていたようです。

幼稚園時代には、先生から「陰気な子」(暗いという言葉がまだない時代だったので・・笑)と言われた私でしたが、母がそれを望んでいるのを無意識レベルで感じ取り、児童会や生徒会などで活躍するようなキャラを作り上げていきました。

何か一つのことに集中しのめり込むのが好きなのに、母が望むオールマイティーになんでもできる子になろうと努力をしていました。

この世的に見ると(もしくは母のサイドから見ると)、そのお陰で成績優秀なあなたになれたじゃない!と言われるかもしれません。

しかし、本来の自分でないことは、決して永遠には続かないのです。

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お利口ではなく、器用でもなく、興味がないことをやるのが苦痛でならないタイプの私は、自我が発達し始めた14歳の頃から徐々にそのキャラが崩壊し始めました。

親に刷り込まれて、自分が行かなくてはと思っていた高校には入れませんでした。

親が望んだ医学部に行くなど全く無理な成績になり、勉強には全く興味を失い、大学進学さえしませんでした。

そして私は、どんどん親に反抗した人生を生き始め、親が嫌がる宗教に入り、親に了解を得る前に結婚を決めました。(陰で母は、私の夫のことが嫌いだといつも父にこぼしていたそうです。笑)

なので、私は親からのコントロールに逆らって、ちゃんと自分を生きていると思っていました。

しかし、そうではなかったのです(笑)

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心の深いところで、私は親が望む自分になれなかったことを「申し訳ない」と自分を責めていたのです。

深いところにある罪悪感ゆえに、『自己否定』という自分を蝕む在り方から、どうしても逃れられなかったのです。

そうして、もし他人なら「わがままなくそババア」と一蹴するに違いない母に(笑)、どこかで嫌われたくないという思いを手放せずに、この長い年月を生きてきてしまったのです。

kusobabaa認定(笑)がちゃんとできていたなら、親にイラついたり、腹が立ったり、悲しくなったりはしていないのです。

子供の頃に大好きで、認めてほしくてならなかった親だからこそ、彼らの本当の姿を認めるのが嫌だったのです。

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人間はスピリットである時には完璧な存在です。

しかし、この人間の体にスピリットが入る時、私たちはその完璧さを11の別々の次元に分かれさせます。なぜなら、完璧なスピリットの波動では、肉体の低いバイブレーションに入るのは難しいからです。

それはまるで、一筋の光線がプリズムを通ると、美しいさまざまな色に分かれるさまと同じです。

私たちは、その分かれた色、選んだ色を生きるためにここにいます。

青を選んだのに、親が望む赤色を生きる必要はないのです。そして、そんなことはできないのです。

象徴的な例として、私はずっと青色が好きでそれが似合う女の子でした。でも、母はそれを知っているはずなのに、ピアノの発表会の私のドレスは、母の大好きな朱色を着させられていました。

なぜなら、ピアノは母が習いたかったのに習えなかったもので、私がやりたいと言って習ったものではなかったからです。

赤は、私の一番嫌いな色でした(苦笑)でも私は、母の代わりに赤いドレスを着て、ピアノを弾いていた、というわけです。

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ご自身が毒親であるということを認めることはとても大切です。

私自身も、かなりの毒親ぶりでしたし、長子にはその毒を降り注いでしまいました。(その毒を中和するには、かなりの年月がかかりました。)

しかし、本当の意味で毒親であることをやめるには、自分が毒親に育てられたことを認めるしかないのです。

それは、自分自身を消し去るに近いほど強烈な体験になることもあります。

長い年月の間に、親の毒に汚染されて生きていた自分を手放す作業だからです。

しかし、時は今です。

目を覚まして、本当の自分を生きる時が来ています。

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親を毒親認定しても、決して物理的に彼らを捨てるとは限りません。むしろ以前より付き合うのが楽になる人も多いことでしょう。

ベールがかかっていた視界が開ける体験をしてみてください。

完璧でない人間が、完璧な親であるはずなどないからです。

親子の幻想を超えていくことは、自分自身を生きることをどれほど楽に心地よくするのかを体験したら、悩みのほとんどは消えてしまうのではと感じているこの頃です。


「『毒親』について➂」に続く・・


親の目、世間の目、自分以外の人の目を気にすることなく、ご自身のハートの声に耳を傾けて、その望みを現実に生きる人生を歩みませんか?リトリートというご自分へのギフトを与えるチャンスを、ぜひ手にしてみて下さいね♪心で「行きたい!」という声が聞こえた方、お待ちしています(笑)


『ハワイ島リトリート・セミナー2018』 開催します!

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『ハワイ島リトリート・セミナー2018』 開催します!

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急なお知らせですが、2018年2月に、『ハワイ島リトリート・セミナー2018』を開催することになりました

地球の鼓動をダイレクトに体感するパワフルなハワイ島は、私の大好きな島の一つです。

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噴煙の上がるキラウエア火山から大地のエネルギーを受け取り、標高4207mのマウナケアの頂上まで車で登り、天界との繋がりを感じます。

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本当の自分のパワーを手にして、5次元に入った地球で望む自分を生きるために、ハワイ島で生まれ変わりませんか?

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ハワイ諸島はレムリア時代の中心地であったところなので、太古のスピリットの記憶と繋がりやすい場所でもあります。

自分は人間のふりをしているスピリットであるということを知り、生まれてくる前に魂が決めてきた計画を思い出す時間を、ご一緒に過ごしませんか?

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今回もまた、私の中にやってきたインスピレーションに導かれての開催です。

少人数での催行で、バレンタインデーの出発です
自分自身を一番大切にして、素晴らしい時と空間の贈り物をしませんか?

きっと、とてもスペシャルな時間を過ごして頂けると思います。

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出発までもう二か月を切っていますので、エアチケットの予約は早目にされることをお勧めします。

「行きたい!」とハートが動く方は、ハワイ島に呼ばれています

私の開催するリトリートは、ハートの望みを現実化するための最大限のサポートをさせて頂いています。

どうぞ、何か心に響くもののある方は、お気軽にお問合せください

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リトリートの前と後に1回ずつ計2回の国内でのセミナーと、お申込みからリトリート後1か月までの、フォーラムにての常時メッセージサポート付きです。

『3か月集中の自己変革の取り組み』『常夏のスピリチュアルな島での最高に幸せなリトリート』をご提供させて頂きます。

参考に、過去記事もぜひお読みくださいね

 リトリートとは?
 セドナリトリート2017①~⑤
 シャスタリトリート2017①~⑦
 セドナリトリート2016先発隊①~⑤
 セドナリトリート2016①~⑥
 カウアイリトリート2016①~⑦
 カウアイリトリート2015①~⑭
 カウアイリトリート2012

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ご希望の方は、小松発着(成田経由)の私の便名をお知らせしますので、ハワイまでの道中もご一緒することが可能です。(ご自身での航空券取得となりますが、必要な方にはアドバイス及びサポートをさせて頂きますね!)

☆お申し込みの詳細は下記をお読みください

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【日程】
 

2018年 2月14日(水)~2月20日(火)5泊7日

★上記に加えて、参加者の希望日程を調整して、出発前にプレ・セミナーを1回(遠方の方はスカイプにて参加可能)と、帰国後のアフター・セミナーを1回開催いたします。

※ハワイ島コナ空港にて2月14日(水)10時(現地時間)集合。(小松空港・成田空港からの方は、疋津と一緒に出発可能です。※ただし飛行機に空きがある場合のみになります)
※コナ空港から宿泊先までの移動費は、リトリート・セミナー代金に含まれます。
※現地へのエアチケットの取得方法などについてのご相談は、個別にお問合せ下さい。

【募集人数】4名  (3名より催行致します) 
      催行決定しました!定員に達しましたので、キャンセル待ちのみお受けします。

【宿泊予定】

ワイコロア地区の高級コンドミニアムにて5泊
  (※お申込みの先着順にてお部屋を選んで頂きます。一人部屋あり:2室)




ご縁のある皆様のご参加をお待ちしています

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ご一緒にハワイ島での時間を満喫しましょうね







『毒親』について ① ~毒が回っていることに気づかない自分~


『毒になる親』(スーザン・フォワード著)という本を手にしたのは、随分前のことだったと思います。

昨年の本の大断捨離のせいで、もう今は手元にはないのですが、実は私はその本をちゃんと読んではいなかったのです。

本屋でものすごく心惹かれて、ぱらぱらと立ち読みをして購入して帰ったのですが、きちんと通読した記憶がありません。

今なら、その時の矛盾した私の行動の意味がわかります。

実は私は、そこに書かれているのが自分のことだということを深いところで知っていたのに、ちゃんとそれを知るのが怖かったのです。

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ウィキペディアによると、『毒親』とは以下のような親のことを言います。

毒親(どくおや、英:toxic parents)とは、過干渉やネグレクトなどによる児童虐待によって、一種の毒のような影響を子供に与える親のこと。(・・ウィキペディア「毒親」より)

真っ当に育っていると自分のことを思っていた私にとっては、上記のような「過干渉やネグレクトなどによる児童虐待」という激しい言葉は、どこか別世界の気の毒な子供のことだったのです。

しかしウィキペディアには更に、母娘のことについて次のように書かれています。

母による同性間ならではの娘への束縛や虐待(分身としての過度な私物化やコントロール、夫婦間の不満や愚痴のはけ口としての利用など)を受けるも、娘は「母性」神話によって母親を悪者に出来ず、又は気付かずに苦しみ自身の人生を生きられなくなるとされる。

支配型の毒母の場合、娘の世話を熱心にみることから、周囲からは愛情深い母親の行為として見られたり、母親の愛を得んがために、その期待に沿って猛進するため、社会的には成功する場合もあり、そのため周囲に苦しみを理解されない娘の苦悩はより深い。

母を負担に感じる娘の場合、摂食障害や鬱といった精神的症状が表れる事例が多いといわれている。(・・ウィキペディア「毒親」より)


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「束縛」や「虐待」という言葉だと、何か特別なことのように感じますが、「分身としての過度な私物化やコントロール」であったり、「夫婦間の不満や愚痴のはけ口としての利用」と言い換えられると、それは私のみならず、心当たりのある人は山のようにいると思うです。

私自身は母親のことをこう思っていました。

「子供の頃からひどい養父(私の祖父)に虐げられ、家を継ぐために嫌々結婚させられたお父さん(私の父)もひどい人で、愛もお金もない家庭に耐えて、苦労して私たちを育ててくれた可哀想なお母さん」

なのでもの心ついた時から、私は母を喜ばせることが子供として最高の親孝行だと信じて生きてきたのでした。

そして、母を喜ばせるだけではなく、彼女が望むように生きることを選ぶことが自分にとって一番だと思い込んでいたのでした。

ですから、母に対するちゃんとした反抗期を迎えたのは、もう40歳代に入ってからでした。

行動ではそれ以前に色々と母の意に沿わないことを選んではいたのですが、その根底にはずっと母に対する申し訳なさ、自己嫌悪が横たわっていたのだと思います。

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きっかけは、先月主催させてもらった齋藤つうり氏の家族WSでトピックに上がった「加害者・被害者・救済者」のドラマ・トライアングルから出るには、「加害者」のポジションをとるしかないということについて、自分のことを振り返ってみたことでした。

もう母とのことは随分達観したと思っていたのですが、私はちゃんとした「加害者」のポジションにはいないと、気づいたのです。

ドラマ・トライアングルから抜け出している「ちゃんとした加害者」になっている人は、そのことを被害者に責められても、心に動揺がないはずだと知り、自分はまだそれが完全にはできていないとわかったのでした。


地球の波動がどんどんと高まっている今は全てのものが拡大をするので、恐れや怒り、悲しみなどのネガティブな感情も拡大します。

それゆえに、近頃はますます母のヒステリックな言動がエスカレートしていました。

それに極力関わらないようにしている自分だと思っていたのですが、ちょっとしたことに少なからぬざわつきを覚える自分、できるだけ母に会いたくない自分がまだいることを、私は結構持て余していたのでした。

つうりさんにそのことを話してみた時に、「結局は、ドラマから出たくないんだよ」とさらりと言われ、もうそこにはいないと思っていた自分がそうではないことに気が付いてしまったのでした。

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WSが終わった後も、そのことがずっと心に引っ掛かっていました。

「もう母のドラマには関わっていないと思っていたのに、私はまだドラマから出てはいないのか?」

そして、宇宙に投げかけた問いは、ものすごいスピードでちゃんと答えを体験できる場を用意してくれたのでした。


ストーリーを細かく話すと長くなるのでかいつまむと・・先日、実家で一人暮らしをしている父が癌の宣告を受け、そのことにショックを受けて心身の具合が悪くなり、その結果吐血して救急車で運ばれました。

私に連絡をとろうとしたのですが電話が繋がらなかったので、パニックになった父は別居している母に電話して、この件に母も巻き込まれることになったのでした。

その時の母の言動(緊急時なのに、父の愚痴を言う)に私が切れて母に暴言を吐いてしまったことで、母が私を明確な加害者のポジションに押し上げました。

その結果、母が父と離婚しないで別居している唯一の理由(遺産と遺族年金と家を手に入れたい)を脅かす存在として私を認定して、弟に私のことを罵倒した・・らしいのです。


母にはもうどう思われても構わないと思っていたのに、私が父の遺産を狙って母を陥れるという妄想に取りつかれたことを聞いた時には、絶望という言葉がふさわしいような衝撃を受けました。

最初は怒りを感じ、それはじきに悲しみに変わっていきました。

それはこれまでに感じたことのないような静かな深い悲しみの涙になって、私の中から何かがどんどん流れ出ていくような感覚でした。

母がどういう人間なのかということに、ようやく気付いたという、なんとも不思議な体感だったのです。

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母は間違いなく「毒親」でした。

母からの毒は、私の中の深い深い場所まで汚染していて、私はそれがあまりに深くて気づいていなかったのです。

そして、そこから残っていた毒が涙になって流れ出すというのがぴったりの感覚に、私は本当に驚いたのでした。


家に帰ってから、娘とそのことについて話をしました。娘は、「何を今さら?」という反応でした。

「そんなのずっと前からわかっていたことだよ。ママだけがおばあちゃんにどこかで期待をしていただけだから。」

私だけだったのです。とうに夫も娘も、おばあちゃんが私にとって紛うことなく「毒親」であることを知っていたのに、それを完全に認めることをどこかで拒否していたのは私だけだったのでした。

娘と話をしているうちに、はっと思い出して、数か月前に断捨離したときに出てきた、私が20歳前後に東京で一人暮らししていた頃に母から来た手紙の束を取り出しました。

その文面を娘に読んで聞かせると、娘は目を丸くして、「それって今やってるドラマの『明日の約束』お母さんが書いてる交換日記の文章と全く同じじゃない!」と、気持ち悪そうに言うのです。

『明日の約束』のお母さんからの文章は、こんな感じです↓(主人公は今は大人のスクールカウンセラーです。)

日記

明日の約束 8歳のひなたへ

10月21日

今日も日向はママの言うことが聞けない悪い子でしたね。
明日はちゃんと良い子になりましょう。

明日の約束

①ママがいいと言ったお友達以外とは遊ばない
②ママに口答えしない
③ママをイライラさせない

必ず守るように。

ママは日向が大好きです。

明日の約束 10歳の日向へ

3月10日

ランドセルの中にしまってあったラブレターは破って捨てておきました。
日向がこんないやらしい子だったなんて、ママはショックです。
二度とママを裏切らないでね。

明日の約束 

ママに無断で男の子を好きになったりしない。

必ず守るように。

ママは日向が大好きです。


必ず最後にママは日向が大好きです。」がつくのです。私への母の手紙も、まさにこのパターンと同じでした。

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今回私に起きたのは、まさに「本当に目が覚めた」という感覚でした。

私は、母がどうしようもないコントローラーだと知っていたのに、どこかで母を「毒親」認定することに抵抗していたのでした。

それは無意識のレベルで起きていました。

なぜなら私の中には、「洗脳」と娘が言うほどの母からの「毒」が回っていたからでした。

母を「毒親」認定することは、私自身の中にある「毒」を認めることになるのです。

まるで血液か何かのようになってしまっているその「毒」を認めることは、私自身を否定することのようにどこかで感じていたのでした。

幼い時に愛してやまなかった母親が、実は私を無償の愛で愛してくれているのではなくて、すべてが自己愛ゆえの条件付きの愛だったと認めるのが嫌だったのです。

極端な言い方をするなら、親に愛されることを自分のアイデンティティにして生きていたこれまでの自分は、全否定されなければいけないような体感なのです。


それは本当にショックなことでした。

最低の親だ、うざい母だ、と口では言っていても、心の底からそうは思っていなかった自分がいたことに気づいたのでした。

親への期待を完全に捨てること。・・・それは絶望を伴う強烈な痛みのある作業ですが、自分自身の人生を本当に生き始める時、絶対に避けては通れないイニシエーションでした。

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この十年ほど、私は何度かイニシエーションを実行してきたと自負していました。それらは、その時々に自分をシフトさせることになっていたことは間違いありません。

しかし、今回私が感じたものは、これまでのどれとも体感が違っていました。それは、自分の目を覆っていた厚い鱗がはがれたような感覚でした。

母の私への愛は、無償の愛ではなかったと認めることは、辛いけれども私を解放する体験だったのです。

なぜならそれは、私は二度と母のために自分を犠牲にして生きることはしないと、本当に決意するための後押しになったからです。

愛という名の母のコントロールから自由になると、心から決意することができたのです。

それは、「本当の自分」を生きる時に、避けては通れないとても大切なことを再確認する出来事だったのでした。




このテーマは本当に深いので、もう少し書いていってみたいと思います。


(「『毒親』について②」に続く・・予定。笑)







The group~『アモールの物語』 Beacons of Light Oct.2017 ②

アモールの物語

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 責任のあるバランスの取り方を学ぶアモール

 

親愛なる皆さん、こんにちは。

 

今日我々は、皆さんのゲームが順調に進んでいるところにやってきていますが、それにも関わらず、循環する時間の中を進んでいるために、いまだ多くの事が繰り返されています。それが、我々があなた方にアモールの話を再び聞いてもらうことにした理由です。

我々は、何年にも渡り多くの生涯に渡って、皆さんが地球上に存在してきた時間を思い出すお手伝いをするためにこの話をしてきました。皆さんの多くは、アトランティスと、そこであなた方が今日のテクノロジーを超える偉大なパワーを有して過ごした素晴らしい時を覚えていますが、多くの人がそこにいたにも関わらず、レムリアのことを覚えている人は少ないのです。皆さんがそのことを思い出すことを願っています。

 

では、アモールが15歳で、彼がすでに自分の人生を歩み始めていた頃のお話しをしましょう。それは、生まれた日や時間によって何かをするのではなく、社会の積極的な参加者としてその人の準備が整ったらそうするというレムリア人の習わしでした。

このステップを踏み出そうと決めた人は、先人達が築き上げたレムリアの習わしを学ぶのでした。彼らは協力してほしい特定の人を選びだし、レムリアの社会へと歩み出し、そしてその道のりを進むことに責任を持つことの誓いを立てるために、多くの人々の前に立つのでした。

この道を歩み出すとき、多くはまだ13、14から15歳の若さでした。とはいえ多くの人達は、まだ子供としてやることが残っていました。それゆえ今日我々は、まだ遊びたいと願っているアモールのことを選びました。

 


アモールはとても良く学び、そして友人やメンターや両親や、人生を歩み始めることをサポートしてくれる人達とも時間を過ごしてきました。彼はまた、彼を導く存在であると同時に親友でもあったエトゥーが、ベールのあちら側へと戻るための移行チームとしてサポートもしました。それはとても深刻な任務でした。

きょうは、アモールはただ遊びたかったのです。ですので私達は、アモールが彼にとっては全く新しいタイプである新しい友人に会うというシチュエーションを見ることにしましょう。

その若者の名前はトールと言い、彼はアモールよりは数才年上だったので、自然に彼はトールを尊敬し、そして自然にまた彼のようになりたいといくつかの点では彼の真似をしたのでした。

トールもまた、敢えていうなら困難を抱えていたことはとても興味深いことでした。彼の生育の過程において、時折彼は大変困難な人生を過ごしていました。人生においてこれまでに彼はいくつかの心の傷を負っており、そのために物事に過剰反応しないようにと必死に努めていたのでした。

人生におけるこの困難な局面を通り過ぎるにあたって、トールはさまざまな学びをしていたのでした。彼はすでにトールと友達でしたが、彼が知らなかったのは、実はトールもまた彼を尊敬していたということであり、そのために二人の間に友情が育っていたのでした。

 


この二人の少年が出会い、彼らのどちらもがとても必要としていた楽しい時間を共に過ごすようになったことは、非常に興味深いことでした。彼らは一緒に遊んで楽しく過ごしました、そしてそれはどちらにとってもエネルギーをリセットし、人生に深刻になりすぎないようにするために重要でした。

トールは、いくつかやることを決め、彼らに冒険をもたらす機会を設けようと決めました。トールは、父親が数年前に悲惨な事故で亡くなっていたため、母親と一緒に暮らしていました。彼は母親に、数日間今日で言うところのキャンプに行ってもよいかどうかを尋ねました。

当時の地球には象はいませんでしたが、それらは今日呼ぶところのエレファント・ロック(象の岩)というものでした。これらは大部分が花崗岩で作られた非常に大きな岩で、家ほどの大きさがありました。それは自然の中の特別な場所にあり、多くの人々が自然と再び繋がるために訪れるエネルギーのボルテックスでした。

 


アモールは両親に、エレファント・ロックの中で数日遊んで過ごしてきてもよいかと尋ねました。彼の両親はそのことを楽しみに思いました。彼がもう一度子供時代の楽しみを味わおうとしていることを嬉しく思ったのでした。

両親は、少年の冒険のために、食べ物と水を荷物に詰め込みました。その日がついにやって来て、二人の少年たちは旅に出かけました。両親と友人たちに別れを告げ、彼らは冒険を求めてエレファント・ロックへと進みました。

これはアモールが非常に楽しみにしていたエネルギーの小さなリセットでした。彼は必ずしもスピリットをリセットしようとしていたのではなく、単に冒険をすることを望んでいました。

 

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二人の少年達は、いくつかのエレファント・ロックの間の開口部に、彼らがキャンプをするのに最適な場所を見つけました。その夜に食べた食べ物でさえ、なぜだかいつもよりも美味しく感じました。

最初の夜、少年たちは大きなエレファント・ロックの上に寝そべって、太陽が沈んでいくのを見ました。彼らが日没を見ている間、日中岩を温めていた熱が彼らの身体を温めました。彼らは冗談を言ったり、話をしたり、その笑い声は森に響きました。

彼らは火を起こし、それが燃え尽きるまで見ていました。程なく、森の中から動物の声が聞こえてきたので、それが何であるかについて怖い話を作りあげたりしました。ああ!怖がることは、楽しいのです。エレファント・ロックはかなり大きかったので、少年達はその大きさだけで安心しました。森の動物の多くが昇ることができない縄のはしごを作って、彼らは頂上に上がりました。

少年達は深く結びつき、短い間に彼らの年齢差はもはや意味のないものとなりました。彼らはただ冒険をしている二人の若者であり・・そしてムー大陸においては、すべてが良きことでした。

 


その後、火が燃え尽きると、トールはアモールに彼の真実と彼のこれまでの人生について話し始めました。彼は、これまで経験してきた彼自身の多くの冒険について話し、そして父親が突然とも言える死に方をしたときの辛かった時のこともシェアし始めました。

皆さんに知ってほしいのですが、レムリアでは今とは違っていることがいくつかありました。人々は今とは全く異なっていたのです。彼らはお互いのエネルギーを感じることにより、そのような状態に進化したのでした。それは今日あなた方が手にしている多くのテクノロジーのせいではなかったのです。

レムリア人達はとてもエンパス度が高く(共感覚的で)、すべての人は自分の考えだけでなく、相手の心の中にあるものも感じ取りました。これはもはやノー・モア・シークレット(もう秘密はない)の究極の表現であり、すべてのレムリア人にとって不可欠な部分でした。

 


今日、人類は、地球上において、私たちがもうノー・モア・シークレットと呼ぶ段階に入っています。それは非常にシンプルなことですが、あなた方はそのように分離しないでいることは非常に難しいと感じています。

レムリアでは、そのような分離は決して起こらなかったのです。彼らは今とは異なる調和で生きることを学んでおり、トールがアモールと彼が経験した痛みを分かち合ったことはとても美しいことでした。彼の父親の死は事故の結果であり、彼がこの世を去ったのはとても唐突で思いがけないことだったのですが、さらにそれは他の人によるものでもあったのでした。

レムリア人の習わしでは、そのような死については、原因を見つけるために調査されました。そして、何らかの方法で報いなければならない責任があるかどうかを調べようとしました。そのように体制が整ってはいましたが、やはりほんとどの場合、被害にあった側が報われない思いを残していました。

また、そのような窮地における赦しは、被害にあった側からなされる恩恵であることが理解されていました。多くの場合、加害者は赦されましたが、依然としてエネルギーのバランスを取る必要から、責任のある当事者は返済をしたのでした。

このように他の人と繋がっている時には、自然にバランスをとってしまうため、アモールがこのことを完全に納得することはとても難しいことでした。彼はトールが自分の事を話すのを夢中で聞き、すべてを自分のことのように感じました。

 


トールの痛みを感じながら、アモールは自分の父親のことを話し始めました。アモールの父親はムーの政府の高官でした。それは、あなた方が今日知っているようなものとは違っていて、公職の人はリーダーではなく公に仕える人とみなされていました。

レムリアにおいても多くの派閥があったにもかかわらず、習わしに従うやり方においてはリーダーシップの必要はなく、調和がありました。それは、彼ら一人一人が互いに深いつながりを持っていたからです。なので、アモールは彼の父がムーにおいて調和を作り出すことについて話してくれた大切なことをトールとシェアしました。

地球上において紛争が起きている今のあなた方の時代では、これを法廷で争ったり、あなた方が作りだしたルールに照らし合わせることになるのでしょうが、当時はルールというものは存在しませんでした。ただ習わしというものがあっただけです。これらは、アモールが彼の人生を歩み始めた時に学んだのと同じ習わしでした。

習わしの一つは、エネルギーのバランスを取るということでしたが、アモールが最初の夜、トールとお互いのスピリットで深く繋がって話しをした時に、それをシェアしていました。アモールは
15年間で多くのことを学び、彼は自分が賢いと感じていました。

その夜、彼はトールとその叡智を分かち合いました。そして人々が自分自身の問題を解決できない時に、彼の父親がエネルギーを落ち着けさせようとすることが、いかに難しいかの話をしました。

 


トールは、今日は怒りの問題を抱えていることをアモールとシェアしました。そして、時折彼はフラストレーションの限界に達し、それを身体的に表現してしまうと言いました。彼はそれが何だったのか、もしくは何が原因であるのか分かりませんでしたが、時には彼は自分にパワーがないと感じ、どのような方法でもよいのでそれが得られたらと感じていました。

彼はアモールとの関係性でそれをしたことはありませんでした。二人の若者は、まだお互いを知り始めたばかりだったからです。アモールは、彼がどこに向かっていけばよいのを思いながら聞いていました。

彼はすべての人間というものを理解していることを知っていて、ある時点で彼自身が教師かヒーラーであるとわかっていることを知っていました。そして彼より2~3年しか年上ではないトールを尊敬していましたが、彼のために自分には何か答えを探し出すことができることを理解していました。

そして、彼に押しつけがましくならないように、それらを静かに共有しました。アモールは言いました。「実は私自身も時々同じように感じるのです。自分は別の方向へと進みたいのに、自分以外のすべては一方的に進む時、本当にそれにイライラさせられ、私は自制心を失います。そういう時、私が何をするかわかりますか?」

 

「時には私は立ち止まり、そして自分自身を笑いとばすのです。」と彼はトールに語りました。 「そうすると、誰もが物事を違うように見始めるようになり、私は自分自身のエネルギーを元に戻すことができます。私は、自分自身をとてもイライラさせていたネガティブさをいくらかリリースすることができるのです。」二人の少年は、その晩、火の前でしっかりお互いを理解し合いました。

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翌朝、少年達は少しばかり不機嫌に目が覚めました。結局のところ、彼らは岩の上で寝たので、夜中はあまり心地よく眠れなかったのでした。彼らのどちらもが、家に帰りたくなりましたが、
2日間外泊する準備をしてきていたので、何があってもそれを貫きたいと思い、そうしました。

その翌日は、彼らは冒険のために何をやったらよいかを探し、森のエネルギーについての物語を作ったりしました。ある時点で、トールは自分自身がイライラしているのを感じていました。彼らが持ってきた食べ物は既に腐敗していて、そのため彼は空腹になっており、それは彼の中に怒りが沸き起こるには十分なことでした。

そこで、彼は年下の友人に目を向け、アモールから学んだ新しいテクニックのいくつかをやってみることを試みましたが、うまくは行きませんでした。

 


彼は代わりにそれを発散することにして、持ってきていた道具で木を切り落とすことにしました。その道具のうちの
1つは、あなた方が斧と呼ぶものに似ていました。トールは彼のフラストレーションの一部を使って威勢よく動き、小さな木を切り倒しました。そして、彼らはその木材を薪に使用し、メインの幹からはより長く使えるはしごを作ろうとしました。

トールは木を長い棒になるように解体し、そして彼は自分のフラストレーションの一部を解放したので、そのことを少し誇らしく思いました。彼らはもう一晩過ごすことを決めたので、トールは自分が切り出したその長い棒のことを思い出し、何らかの形でそれを試して遊ぶための用途を探しはじめました。

 


彼らが乗っていたエレファント・ロックは、非常に高い標高の山の頂上にありました。
トールがやろうと決めたことの1つは、その長い棒を小さな岩の下に差し込み、てこの要領で岩を動かしてみることでした。

少年達は、この岩の下にある素晴らしい宝物についての物語を作っていました。そして、その宝物を隠すためにあるその岩を必死に動かして、肉体的なフラストレーションの一部を解放しようとしたのでした。

次の出来事はすぐに起こりました。大きな一押しで岩は動き、あっという間に転がり始めたのです。少年達は、岩がスピードを上げ、すぐに山を転がっていくのを、為す術もなく見守りました。

 


その山のふもとにある洞窟には、一人の女性が住んでいました。彼女は一人暮らしでしたが、ペットと共に暮らしていました。突然岩が転がって来て彼女のペットを潰してしまったので、彼女はその日、最愛の友を失ってしまいました。

外に出て何が起こったのかを見た時、その岩を見た彼女の痛みが、集合意識のエネルギーの中に鋭く放出されました。少年達二人は、彼女が大きな岩の下で彼女のペットを発見した時に感じた痛みを感じました。たとえどんな習わしがあるにしても、あなたが他の人に害をもたらしたら、自分で名乗り出て、自分に何ができるかを尋ねることでしょう。

トールはまだ怒りを抱えていたので、彼がそうすることは非常に困難でした。
彼はぶっきらぼうに言いました。「その動物が避ければよかったのだ。岩が落ちてくることがわかったはずだから。」と。彼は怒りが再び上がってくるのがわかりました。

 


アモールは年上の友人のところに来て、彼の胸に手を当てて言いました。「トール、あなたは今とても怒っているので、あなたがここで作り出したエネルギーをリリースし落ち着かせるのではなく、より困難なものとしてしまっています。なので、私はあなたに新しいリズムを伝えましょう。」

もちろんそれはすべて事故でした。何も意図的なものはありませんでしたが、習わしが実行されることがなかったので、その女性は落ち込み涙を流し、どうすれば良いかもわからず、倒れた岩の下のペットの身体を修復することもできないまま洞窟に戻ってしまいました。

 


それで少年達は、山を下りて彼女の元へ向かい、彼女のエネルギーを落ち着かせようと思ったのでしたが、トールはまだそれと向き合っていました。彼はともかく空腹でいらだっていて、もう全て終わりにして家に帰りたかったので、それが意図的ではないと正当化して、何も起こらなかったものにしたかったのでした。

 


しかしまだ、習わしによって、彼のでき得る限りでエネルギーを落ち着かせ、いつでも可能な限りバランスを取ろうとしていました。なので、トールは彼の友人が胸に触れた時の新しいリズムに変えようとしました。

そして、アモールは言いました。「私と一緒に深くゆっくりと息を吸い込んで下さい。あなたのリズムをシフトさせて、今あなたの周りにあるこのフラストレーションを解放するのを助けるエネルギーを送りましょう。そして、もしあなたが望むなら、家に帰ることもできますし、女性のところに行って話すこともできます。トール、それはあなたの選択です。私はあなたの決定を尊重します。」

アモールはトールの胸と背中に触れ、彼のハートチャクラの両側に手を置いて、「ただ私と一緒に、2~3回深呼吸をしてください。」と言いました。その瞬間、トールは長い間抱いてきた深い嘆きを手放し、泣き叫びました。
トールは数年前に亡くなった父親のことを深く悲しんだことはありませんでした。彼は本当に子供でいる機会がありませんでした。

なぜなら、彼はすでに人生に足を踏み入れていたので、実際には心の中では魂からの痛みに泣き叫んでいたのに、大人であるふりをしていたからでした。
彼の周りの多くの人々がそれを感じていたにも関わらず、誰もアモールがその日にできたように、そのエネルギーを落ち着かせることはできなかったのでした。

 


アモールは彼のリズムをリセットし、深呼吸をさせてエレファント・ロックの上に横たえ、ちょうど一日が夜に変わり始めた時に空を見上げました。そしてそうしながら、彼はトールに、山を下りて、死んだ動物の体をきれいにしようと提案しました。

彼らはそれを見ることはできませんでしたが、起こった悲劇を感じることができました。彼らはバランスが崩れているのを感じることができました。


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非常に賢いアモールは、その日、彼の年上の友人を助けることができたのでした。暗くなる前に、二人の少年達はその山の麓まで下りました。彼らはその女性を呼び出し、何が起こったのかを彼女に話しました。

アモールは起きた事にはほとんど関わってはいませんでしたが、彼も同じように責任を感じ、自分もその責任の一部を担おうとしました。それはトールを勇気づけ、自分は一人ではないと感じさせました。

それからトールは前に進み出て言いました。「私達に何ができるでしょうか。どのように私たちはあなたを助けることができますか。」涙の中で彼女は言いました。「その大きな岩を動かすのを手伝ってもらえるならば、少なくとも体をきれいにしてやることができて、私はもっと楽になることができるでしょう。」

その女性は一人で暮らしていたので、その動物は本当に彼女の家族でした。それで少年達は山に戻り、トールが木から作った長い棒を見つけました。彼らはそれを持って山を下り、もう一度それを使って、その大きな岩を彼女の見えないところへ動かしました。

今度は彼らは二人でそれをやり、その動物の体をきれいにしました。彼女はいつまでも彼らに感謝し続けました。
トールは彼女をハグして、彼女の許しを求めました。彼女はそれが習わしではなかったため、彼らを許す必要はありませんでした。

彼女はアモールが以前にしたのと同じように、彼の目を深く見て、ハートの上に彼女の手を置きました。再びトールは泣き出しました。


 

アモールは、その日の夜、一人で自宅に戻ってきました。トールはその女性から、一緒に食事をして、そしてペットを埋葬するために、泊まっていってほしいと頼まれたのでした。

 


彼らはどちらもが非常に心地よく感じる何かを得る事ができました。それは責任をとるということであり、他人の痛みを拒むのではなく感じるということでした。それは、修正することができたのでしょうか。いいえ、もちろんできませんが、それは結局のところ事故だったのです。

トールは彼の周りの人にどのように力を与えるかを学ぶ経験をして、帰っていきました。アモールは自分自身をとても気持ちよく感じました。トールはその後数回、山の麓にある女性に会いに行きました。彼らは友人になり、エネルギーはそれが始まった時よりも高いレベルでバランスを取るようになったのでした。

 


その夜アモールは、自分のベッドに横たわりながら、ムーの時代はすべてが良いことであるのを実感したのでした。

 


エスパーボ、親愛なる皆さん。

 

ザ・グループ

 

エスパーボという言葉は、初期のレムリアの挨拶です。「あなたの力を手にしてくれてありがとう」







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