私にとって、シャスタを訪れることはとても自然だけれど特別なことだ。

昨年、最初にシャスタを訪れた時は、その前にサンタクルーズで5日間の「今、ここ」に徹底的にフォーカスする、レナード・ジェイコブソンのリトリートに参加していた。

どんどん静かになってくるマインドと、ただただ感じる「今ここ」の自分でシャスタに入った私は、しーんと静まり返った雪景色のシャスタで、自分が自然と空気と光の中に溶け込むような3日間を過ごした。


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そして今年、二度目のシャスタに行くことができた。

今度は私一人ではなく、3人の友人達と長女と一緒だった。

10月だというのにまるで夏のような晴天続きのシャスタでは、冬には訪れることのできなかった聖地や湖、それに満天の星空に降る流れ星を見ることができた。



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今回、私が一番好きだったのは、メディスン・レイク。

ネイティブアメリカンの聖地と呼ばれる湖で、澄み切った水と透明な空気、優しく降り注ぐ太陽の光を浴びて寝そべった砂浜が美しかった。

童心に帰って、水底に見えるオブシディアンを拾い集めている時間は、ただただ「今ここ」の心地良さの中にいることができた。



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シャスタは不思議なところだ。

普段の何十倍もの感覚で、自分の中にあるものが増幅する。

だから、シャスタには犯罪を犯す人がほとんどいないと、ガイドをしてくれた晴子さんは言っていた。

東京育ちの晴子さんが、初めてシャスタに来た頃に自転車にカギをかけていたら、「何故そんなことするの?」と笑われたそうだ。

悪いことをすることに葛藤があれば、その感情が増幅するものだから、そういう人たちはいたたまれなくなるらしい。

本当にここはアメリカか?と突っ込みを入れたくなる。

スーパーにしろ、街ですれ違う人にしろ、目があったら心からの微笑みを返してくれるのがよくわかる。

(そのせいで、帰途サンフランシスコで乗り継ぎをしたときの、イライラした人の多さには面喰った・・・。)


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今回の私は、このシャスタで自分の心の中に増幅していく感覚に少々手こずった。

娘のように、旅行中「眠り姫」の称号をもらったほど、体の具合が悪い上に強烈な睡魔に襲われて眠り続けた人もいれば、これまで収まっていた過去に薬で抑えた症状が身体に起きた人もいた。

私を苦しめたその下向きの感情は、もう自分は手放したと思っていたはずのものであり、コントロールするのが難しいほど、私が私であることを妨げるものだった。

しかしその感覚は、ただ増幅することでそれを私に見せつけたのではきっとなくて、本当の意味で手放すときが来ていたからこそ表面に浮かび上がったものであったと思いたい。

なぜなら、苦しい感情を持て余しながらも、シャスタの自然はただただ私には美しく透明だったから。

ただそこにいることが何よりも心地良く、自分が何者であるかと考えることさえ必要としない静けさを、私にもたらしてくれる場所にいたのだから。



今この瞬間も、目を閉じれば、あの澄んだ空気と水と光に、私は繋がれる。



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WHERE HEAVEN AND EARTH MEET・・天と地が繋がる場所、それがシャスタ。

地上の天国・・まさにその通りの場所だった。



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自分の中の天国と繋がることが当たり前になったとき、きっとまた私はシャスタを訪れるだろう。