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『カサンドラ症候群』を考える ⑤より続きます・・)

昨日は母の日でした。

40代で遅い反抗期を迎えるまでは、毎年「お母さんに何をあげたら喜ぶかな~?」と悩むのも幸せな日だったと記憶しています。

私はとても「お母さんっ子」でした。「お父さんとお母さんが離婚したら、どちらを選ぶ?」と聞かれたら、「お母さん!」と即答するような子供でした。

今から思うと、かなりのアスペルガー的気質を持つ父の言動に傷つき続けていた母は、その苦しさのガス抜きとして、私に父の愚痴を吐くことでバランスを保っていたようです。

私が父とぶつかって、親に吐いてはいけないような言葉で逆らっても、母は決して私を叱りませんでした。むしろ、物陰で嬉しそうに「もっと言え!言え!」というような顔をしていました(笑)

今振り返って思うには、私自身は言いたいことをちゃんと父に言い返していたので、父への葛藤は母に比べると少ないのがわかります。

それに対して、母は言いたいことをほとんど父に言えずにいました。それが溜まりに溜まって、50年経ってからようやく別居という形になったのです。(別居の話し合いの席でも母は、父と面と向かって言いたいことが言えないというので、手紙に書いてそれを渡していました。)

こうして母がカサンドラの状態になることで、思春期以降の私は、二次被害とも言うべき苦しさを味わってきました。

母は何より私を頼っていたので、会う度に父のことで愚痴を言うのです。それを聞いて、母を慰め、励ますのが私の親孝行でした。(親孝行だと思っていました・・)

私は母への反抗期が、とてつもなく長くてなかなか完全には終わらないと思っていたのですが、どうやらそれだけではなく、カサンドラ症候群の二次被害(?)とでも言うべきものだったのではと、今思い至っています。

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昨日は、母の日のプレゼントの花束を持っていって、その時に「カサンドラ症候群」のことを話題にしたら、意外にも母がものすごく喰いついてきました。そして本を読んでみたいと、メモまでとったのです。

母だけではなく、母の周りの人達が同じような悩み苦しみを抱えているらしく、別居という成果を手に入れた母の元に、このところ色々と相談する人達が現れているらしいのです。母が本を読み終えたら、また色々と話をすることができればいいなと思っています。


このように母のことを思い出していたら、私の中では、カサンドラ症候群の二次被害として、私達の世代は母親との葛藤がより深いのではないかという仮説が立ちました。

ご自身がお母さんとの葛藤からまだ自由になっていない人たちは、自分自身の事のみならず、親のことも改めて見てみるとよいのではと思います。


では、「夫がアスペルガーと思ったとき妻が読む本」より、情報をさらにご紹介したいと思います。

特に夫に支えてほしい、そばにいてほしいと願うのは妊娠と出産のときです。しかし、その時期にASの夫の「常識」が、自分の「常識」から大きくずれていることや、自分が大切にされていないと気付かされたカサンドラはたくさんいます。(「第3章 カサンドラの傷つき」より)

中には、妊娠による悪阻で苦しんでいたら、「そんなに苦しいならおろしていいよ」と言った旦那さんもいるそうです。また、「子供はどうしてもいるわけじゃないよ」と言われた人もいます。

このような言動も、AS夫には全く悪気があるのではなく、『相手の気持ちや状況を想像することが苦手』ゆえに、妻が欲しい「共感」ではなく、解決のための行動をとるのです。

私自身も体験したことがありますが、ASの夫は、風邪をひいて寝込んだ妻に「僕の今晩のご飯は?」と尋ねます。もしくは、「寝込んでいるので、ご飯を作れない」と連絡をしたら、「僕は外で食べてくるからいいよ」と、自分だけ夕飯を食べて、妻に何かを買ってくることを思いつかない夫もいるのです。(母も、このエピソードと全く同じ体験をしたと驚いていました。)

これも、問題解決を先に考えて、目の前の相手の気持ちを考えないがゆえに起きてしまっていることなのです。

そして、妻が呆れた反応をしたり、怒りを表したりしたら、夫は自分の失敗に気付きます。そして妻から非難されていると感じます。理屈ではわかっても、彼らは否定的な評価を極端に嫌うのです。全人格を否定されたように受け取ってしまうのです。そして、夫婦の間に亀裂が入って行ってしまいます。

ASの人たちには、してほしいことは伝えなければわかってもらえません。馴染みのない状況では、彼らは何をどうすればよいかを知らないからです。

ASの人達には、具体的なカタチで伝える必要もあります。そうでなければ、何をしてよいかわからないからです。

しかし、そうは言っても、プレゼントが欲しい時に全てを指定しなくてはならないと、貰えることは嬉しくても、小さな寂しさも抱えることになることでしょう。だからこそ、それが彼らの特性だということを、とことん理解する必要があると私は思うのです。

私は、結婚前のアプローチ以外は、誕生日やホワイトデーなどの夫からのプレゼントは、裸でお金(お札)をもらうことがほとんどでした。(くれないよりはましだという、母のような愚痴はこの際なしで・・笑)

何度か夫に、「どんな小さなものでもいいから、選んできてプレゼントで欲しい」と頼みましたが、「何が好きかわからん。お金のほうが好きなものを変えていいだろ?」と真顔で言うのでした。

また、婚約時代のバレンタインデーに、私は彼に手編みのセーターとチョコレートを贈ったことがありました。しかし夫は、母親が手編みのセーターで彼を育ててきた人だったので、手編みには感動することなく、チョコレートの方が嬉しそうで、とうとう一度もそのセーターは着てくれませんでした。(私がこっそり処分しても、全く気付かなかったくらいです。)

そういうことも、私の中では心の傷になっていました。でも彼の言い分は、当時流行っていた太い毛糸でのアラン模様のセーターは、「重いから着心地が悪い」だったのです。それは多分、彼にとって重大な事実で、私の気持ちというものを想像することができないだけだったのです。

こうした小さなすれ違いが妻の心を蝕み、年月を重ねることで、悲しみが幾層にも折り重なっていき、もうちょっとした言動にも反応してしまうようになるのでしょう。

私自身は、行きつくところまで行ってから、この負のスパイラルから出ることを決意できたのですが、それでも現在でも夫と喧嘩になりかけることは時々あります。そしてその時は、知識として得たことに留意して、自己憐憫には陥らないように心がけて、根気よく彼が納得できるように話し合います。

しかし、とことん傷ついてしまったカサンドラの人達は、まずその傷を癒すところから始める必要があるのです。

『カサンドラ症候群』を考える ⑦へ続く・・)