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3週間前アメリカから帰国した後に体調を崩し、ずっとその状態を引きずっていたのだけれど、ようやく先週末のつうりさんの一連のWSを通して自分が戻ってきたのを感じている。

この期間は、まさに一度死んで生まれ変わる体験をしていたようなもので(もしかしたら本当に死ぬ一歩手前だったかも・・)、それまでの私が握りしめていたものを本当に手放し、そこから立ち上がって本来の自分を生きるイニシエーションのようなものだったと思う。

発端は、セドナのリトリートで参加者のお一人が、ご自分で言う「死ぬ」体験をされて、周りのすべてをシャットアウトし、一時私の言葉さえ届かなくなったことだった。

それはその方のプロセスだったので、ただ見守っていればよいだけだったのだけれど、私自身のエンパス度が自分で思っていた以上に高くて、無防備に開け放ってしまっていた状態の自分が完全に彼女の虚無感と共鳴し、それゆえに私の中に残っていた虚無感が拡大して私を打ちのめしてしまったのだ。

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私の中にずっと残っていて手放し切れていなかった虚無感とは、「私はうまくやれない」悲しみだった。

これまで私のワークやコースに参加して下さった方達の中には、かなりの確率で私の魂のファミリー達が含まれていて、それゆえに私の欠点とも言える「情」に動かされてしまっていた部分が多分にあった。

変容を求めて、本当の自分を生きることを求めてワークに参加して下さる人達なのだから、それに応えたいと、愛する人達だからこその強い思いを持ってしまっていたのだった。

しかし、変容はあくまでも自分自身の問題であり、外からできることは実は何もなく、ただ「どうすればそこに行けるか」の道筋をお伝えすることだけが私のできることであったのに、その結果に自分が責任をとろうとしてしまっていたのだ。

そして、実はどの道を選ぼうと、すべてはその人たちの選択の結果でしかないのに、全ては人間の振りをしている魂達のゲームでしかないのに、他人の選択に自分の力が及ばないことを嘆いていた愚かな私がいたのだった。

長い間に積み重ねてしまった、それらの心が砕けた傷の名残が、深い虚無感に感応してしまったことで一度に疼きだしてしまい、私の中で大爆発が起こった。

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死にたい!死にたい!もうあちらの世界に帰りたい!!
ここで何もできない自分には価値がない!!

全身で叫んだその思いが、私の身体の機能を停止させていき、帰国後には本当に体が生きることをやめようとし始めてしまった。

食べ物がのどを通らなくなり、寝ていても眠ることができなくなり、ふと気を許すと深い悲しみが心の奥から昇ってきて、私は生きる屍のような状態になってしまった。

しかし元々痛みに強く、自分の身体の状態に対しては我慢強い私は、自分ではその状態に気づかず、同じくとてつもないエンパスの友人からそれを指摘されるまで、自分がどれほど危ない状態になっていたかもわからなかった。

私達は完璧に自分の望みを叶えることができる存在なのだと、ようやく気が付いた時には、もう心身がボロボロだったのだ。

友人の愛とアドバイスに助けられ、私は自分を大切に扱いそこから快復することを最優先にして、しばらく生きてみることをやってみることにした。

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身体の復調を最優先にするために、諸々のことを「やらない」よう自分に許可するのは、ある意味苦行だった(笑)

家事のみならず、父母に会う事や、グループフォーラムでのコメント返しやブログを書くこと、ボランティアでやっている翻訳や、誰かからのSOSをキャッチすることなどなど・・。

私は、自分を一番にすることを、ちゃんとやっていると思っていたけど、実はあまりちゃんとはやれていなかったことに改めて気づかされたのだった(苦笑)


そして、つうりさんが来県される前日くらいにようやく、まだ疲れやすくはあったけれど、なんとか通常の行動ができるように戻ることができ、無事4日間の日程を終えることができたのは嬉しかった。

WSなどの間は、ある意味いつもの「無理できるわたし」に戻っていた部分もあったのだけれど、家の事は娘や夫に完全に甘えて何もしない自分を貫かせてもらえて、それゆえに仕事に集中でき本当にありがたかった。(これも、これまでにはない私のチャレンジだった。)

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ワークショップは最高に充実していて、受け取る準備ができていた人には、これ以上にないほどの深さで変容を促すものとなり、何より私自身がその恩恵に浴し、魂の記憶、自分が何をしに地球に生まれてきたかの記憶を呼び戻し、虚無感を掴んでボロボロになった自分からの完全復帰の機会とさせてもらえたのだ。

すべては完璧なシナリオであることを、これほどクリアに感じるとは思わなかった。

もちろんワークショップは、すべての人を完全にポジティブな状態で終わらせているわけではなく、それぞれの選択による結果としての最善が起こっていると言うのが一番近い表現になると思う。

私達は、欲しいものを手にするのだ。

自己憐憫を掴んでいたい人には、それを掴み続ける自由がある。

外からの力で、人は絶対に変わらない。それはあくまでも呼び水にしかなることはない。

自分が本当に望んだものを(それはいつもポジティブなものとは限らないのだけれど・・)、最善の形で手にするために、私達は自分の人生を永遠に作り続けるのだ。

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私は、愛を体験するために、この地球に降りてきた。

愛を際立たせるために、苦しみを体験することもセットにした。

悲しみも苦しみも、地球の上でしか味わえない素晴らしい体験だと知っていた。

そして、その先にあるのは愛でしかないと、私達は知っている。

思い出そう。すべてを思い出そう。

私達は一つ。すべてを知っている一つ。

私達はいつも、体験の終わりの日にむかって進んでいるのだ。

時は今。私達は体験するために、今ここにいるのだ。


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