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自分自身であるということは、当たり前のようですが、容易くそう在ることはなかなかできません。

なぜなら人は、いつも「役割」を生きていて、それが自分なのだという錯覚を持っているからです。


私には二十代の子供が三人と、孫が一人と、夫が一人(笑)います。

子供達は既に全員家を出ていますが、それでも里帰りの際には、私は「母」である役割を最優先にして彼らと過ごします。

それが短時間ならば、私はその「役割」を楽しんで時間を過ごします。

しかし、里帰り出産で二ヶ月間娘と孫が戻ってきている今は、私はほぼほぼすべての時間を、すでに一通りは卒業したと思っているその「役割」を最優先して生きなくてはならなくなっています。

はい、正直葛藤が湧き上がりました(笑)

なぜなら、自分はあまり「母業」に向いてないというか、好きではない人間だということに、三人子供を育ててから気付いた私だからです(苦笑)

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今年のお正月は、それに加えて子供達全員とそのパートナー達が、数日我が家に滞在しました。

それはとても嬉しいことではあるのですが、やはり「がんばらなくてはならない」部分が皆無ではなかったので、そこで湧き上がる私の中の葛藤と向き合う出来事はありました。

結果として、これまでの自分の「役割を中心として生きてきた時間」を改めて振り返り、その間に積み重ねた葛藤のうちリリースされていないものを本当に手放し、そして、まだ時折は「役割を楽しむ自分」として生きる人生を見据えました。

その時に、私と正面から向き合って、私が役割を楽しみながらも、本当の自分自身を毎瞬生き続けるためのサポートを申し出てくれたのが夫でした。

過去の「役割に忙殺されて生きていた私」にとっては、最大の抵抗勢力でしかなかった夫が、全く正反対のポジションに立って、いまだ「しなくてはならないこと」のある私が、「自分が本当にしたい事」を優先させて生きるために伴走してくれると言うのです。

彼の温かい言葉と励ましに、正直驚き感動しました。本当に嬉しかったです。

こんな人生を自分が生きるようになるとは、過去の私には想像できませんでした。

一つ一つの曲がり角を、その時の自分にとことん正直に生きることを自分に許可し始めた時に、ここに至る道が用意されたのだと思っています。

「役割」ありきの人生が当たり前だと思っていた自分が、そこから自由になるということを許可したときに、逆説的ですが「役割をも楽しむ人生」が開けてきたのだと思います。

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きょうも私は、母業・ババ業(笑)・妻業を楽しみつつ、自分が自分の為にやりたいことにも時間を割いて一日を過ごしています。

もうすぐお姉ちゃんになる2歳の孫娘の、ぷりぷりの手足を振りながらのダンスに目を細めながら、こうしてキーボードを叩ける幸せにしみじみしています。

「役割を楽しむ人生」とは、「役割に縛られない」ことを自分に許可して初めて、手にするものだと思うのです。




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