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このところ、身体を使ったワークをする機会が多くて、そのたびに自分の身体は自分に起こっていることをすべて知っているのだということに本当に驚かされます。

アカシックと呼ばれる肉眼には見えない場所に情報のすべてが記録されていることを知っている方は増えているようですが、自分の肉体の叡智というものに意識を向ける時、もしくは情報をもらう時、これほどクリアに自分にとって必要な気づきが起こることには、意外と無頓着なのではと感じます。

ワークによって、自分の身体の動きや発せられる言葉に触れると、身体症状(病気やケガ)といったものはただ偶然で起こるのではなく、100%自分の内側からの必然によって現れることがわかります。

それは因果関係というような、人によっては懲罰的と感じるものではなく、本人に気づきを促すため、もしくは究極的にはその気づきさえ必要ない宇宙の流れの現れのようにも見えます。

自分に起こっている痛みや苦しさは、心だけではなく身体からやってくるものも共に、己の進む方向を指し示す羅針盤のようなものであると言えるでしょう。

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土日に行われていたブッダプログラムの自己認識クラスで、私も自分の羅針盤の指し示す針の方向を見る機会を得ることができました。

それは、数年前に突然起こった足の付け根の痛みについてワークしたのでしたが、当時は数日歩けないほどのシビアな痛みが断続的に起こっていたのでした。

医学的な見地では全く原因不明で、実は私を心配した友人を介してのご縁で沖縄のユタさんにその痛みを外してもらったことで、その時は歩けるようになったのでした。(そのユタさんは、私の痛みを肩代わりして、階段を昇れなくなったらしい

しかし今でも何かの折に、うっすらとした痛みが始まることがあったのです。

もう何年も前の出来事なのに、それはまだ終わっていないのを、実は自分でも感じていました。

昨日のワークでは、私以外の二人が、私の痛みの声を動きと言葉で表してくれました。

現実の領域では何が起こっているのかという事と、その症状で表されているものの奥にある私自身の内なる声が聞こえました。

それは衝撃でしかありませんでした。

布置(コンステレーション)の形で仲間が体で表現してくれた動きは、心の奥深くに響き、目を瞑れば今でもありありと浮かびます。

私の動けなくなるほどの痛みが伝えてくれていたのは、限界値のないとことん羽ばたく自由でした。

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今の私の生活を知っている身近な人にもしそれを伝えたら、「えみこさん、そんなに自由に生きていて、何がまだ足りないの?」と笑われそうですが、そういう次元ではないのです(笑)

魂の自由とでも言えばよいのでしょうか、私にはそれが何を意味しているのかは深いところでわかりました。


今回のワークでは、私のみならず、それに取り組んでいたクラスの人達が皆、生まれ変わったような顔になっていました。

もちろん毎回驚くばかりの変化変容が起きているクラスですが、回を追うごとに深まる自己認識が、いよいよ身体の声を聞く場所に辿り着き、それだからこその気づきと更なる変容をもたらしてくれたのでしょう。

サポーターとして皆さんの変容に伴走させて頂いている身ですが、こうして時には体験を共にすることでの恩恵を受け、本当にありがたくてなりません。

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こうして振り返ると、答えはいつも自分自身の中にあるのだということを改めて思い知ります。

そのためには、特にサイキックであるとかの必要はなく、ただただ起きていることをジャッジメントなく「観察する」ことと、表面には見えていないけれどその奥にあるものを「知る」勇気を持つだけなのだと思います。

自己認識クラスとは、それが自分自身でできるようになる道筋をマスターするための、トレーナーのいるジムのような場所なのかもしれません。


毎回参加者の皆さんの勇気に触れ、頭が下がる思いでサポートをさせてもらっている私です。

そして、クラスに関わる人すべて(講師もサポーターも)の自己認識のプロセスも共に進み続けるので、皆でそれを共有し感動を分かちあえることの喜びをしみじみと感じているこの頃なのです。


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