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あちらこちらにちりばめられていたヒントが、ふとしたきっかけで自分の中で結び付き、それが意味していたものが何であったかに気が付く・・そういう体験を続け様にしています。

父の死から三週間が過ぎ、純粋に彼の死を悼むだけではなく、それに伴う様々な人間模様からもたらされて溢れ出た感情の浄化を経て、ようやく自分の生き方、これから、というものに、静かな指針が見えてきているような気がしています。

ただただ自分が体験したいと感じることへの許可を求めて、とことん突っ走ってきた2019年でした。

年頭に父親の死という大きな出来事を経て、少し前から私の中に起こっていた感情の発露が一気に加速し、2012年から激動に変容し続けてきた私の人生の流れが、新たな道筋をつくりだしているのを感じています。

親の死というものは、悲しいとか辛いとか、ただそういう人間的な感情を味わう出来事だけなのではなく、自分の信念体系の源流であったものが崩壊し、本当の自分自身により戻っていく体験なのだと思います。

私はまだ母が存命ですが、すでに両親を亡くして随分経っている夫は、「親なんていないほうが楽に決まっている」と本音を漏らしてくれています。

夫は両親からとても大切にされていた子供なのですが、それでも親という存在は「重い」ものでしかなかったと言います。

自分も自分の子供にそんな風に思われるなら悲しすぎますが(笑)、私達の世代にとっては、親とは「信念体系を押し付ける存在」と同義語と言えるからなのでしょう。

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私の父は、すべてをお金で換算する人でした。彼にとっては「お金=力・成功」だったからです。

彼自身は小さな会社で会計の仕事を長年務めており、私が子供の頃は飲んでばかりで貯金がなく、すべて借金で賄っている人でしたが、ふとした時には太っ腹なところがある人でした。

私の初めての海外体験が、当時としては早い高校一年だったのも、高校の同級生(開業医の娘)に誘われた「カナダでの夏休み青少年研修」というものに、(全額借金をしてですが)父が行かせてくれたお蔭でした。(母が隣で真っ青になっていたのを覚えています。笑)

今から思うと、お金はなかったけれど「金持ちマインド」のようなものがあった不思議な父でした。


そして亡くなる半年ほど前だったでしょうか、父に彼の両親のことを聞く機会があり、その不思議な「金持ちマインド」の理由がわかりました。

父の父親は漁村の網元で、父は近所で一番大きなお屋敷に住み、お手伝いさんまでいた環境に育っていたのでした。

友人達に羨ましがられる大きなお屋敷に住んでいたことが、そういう力を持っている父親が自慢だったと言っていました。

父は八人兄弟の下から二番目だったので、小さなときに母親を亡くしたのですが、うっすら覚えている記憶では、権威的な父親にいつも従順で控えめな母親だったとのことでした。

父の男尊女卑の思想はこの父親に憧れているところから来ているのは知っていましたが、すべてをお金に換算して、経済的な成功しか認めないという信念体系も、ここから来ていたのだなとようやく理解しました。

父の家はやがて没落したので、私の記憶の中には、小さな家に病で臥せっていた難しい顔をしたお祖父ちゃんしかいないのですが、親が死んでもなおその信念体系に支配されていた父は、それゆえに自分の幸せを脅かす在り方(母に権威的な態度をとり続けた)で生きてしまったのだなと思うのです。

まだ父がお酒を飲んでいた数年前には、酔った勢いで「お前は経済的に成功していない!」と私も何度か罵倒されたことがありました。

それとは反対に、会社を興して成功している私の末の弟のことを、父はよく自慢していました。

きっと自分が手にしたかった成功を為している息子の姿に自分を重ねていたのでしょう。

親がこうして子供に自分の願望を重ねることは、子供達の葛藤を作りだします。

私も例外ではなく、父親の期待に応えていない大人になったことが、見えないどこかで自分に対する否定になっていることには気づいていました。

気付いていたけれども、どうにもできない葛藤を持ったまま、私は肉体を持った父とはお別れすることになったのでした。

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しかし、火葬場で男泣きをしていた弟の姿を見た時、「お父さんは、あなたが成功してくれていつも嬉しそうだったよ。お父さんがやりたかったけどできなかったことをしてくれて、お父さんを喜ばせてくれて、本当にありがとね!」と彼に声をかけた自分がいたことに、何より自分が驚いたのでした。

弟は決して父の為に成功を目指した人間ではないのだけれど、彼の成功を我が事のように喜んでいた父の姿を思い出すだけで、心が温かくなる自分を感じたのでした。

「ああ、終わった!」と密かに思いました。

親の愛を求めて、きょうだいの間でも争う気持ちが起こるのは常なることですが、父に関しては、彼の肉体での人生が終わるのと同時に、私はその争いから離れることができたのがわかって、実は誰よりも自分が深く癒されたのでした。


まだ生きている母に対しては、それが終わっていないのは感じている情けない私ですが、片親だけでもそれが終了することの軽やかさは、想像していたよりもずっと心地よいものでした。

母の存在は、私にとっての「ラスボス」だとよく友人に揶揄されていたのですが、ラスボスは天敵(彼女の夫=私の父)がいなくなって、益々自己憐憫を増して、それをエネルギーにパワーアップしているようです。

父に十分にしてあげられなかった罪悪感をもう味わいたくないと思い、少し母に歩み寄っていってみたのですが、彼女の「毒」は薄まるどころが濃さが増しており、私はやはり自分のパワーを奪われない適度な距離を保って彼女と付き合っていく知恵が必要なようです。

ラスボスと対決する道の選択肢として、ガンジーのような「非暴力・不服従」で行くのがベストではないかと、目下のところ検討中です(笑)


親の姿を反面教師として生きる・・それを成し遂げたいと願うのは、「いない方がいい親」にはなりたくない私の小さな抵抗なのかもしれません。




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2月21日(金)2020年第2回 「Cerulean Blue お話会」開催しますよ~!

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