2011年04月

スペイン旅行 5 セビリア

今回の旅行で一番観光地として賑わいを感じたのが、ここセビリアです。着いたのがもう夕方だったので、美しくライトアップされたセビリア大聖堂や高くそびえるヒラルダの塔が、まるで中世のおとぎの世界に迷い込んだような高揚感を与えてくれました。

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美しくライトアップされたヒラルダの塔


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セビリア大聖堂


うきうきと楽しそうな観光客が、椰子の木の多い広場のあちらこちらで憩っている様子は、ディズニーリゾートで大人が楽しんでいる感じによく似ていました。


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馬車の通る様子はまるで中世へトリップしたようでした


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中世の街中に突如として現れた近代的な路面電車!


スペインの夜は遅くまで賑わっているのが常ですが、細い小路の両脇に立ち並ぶバルやレストランに溢れかえる観光客は皆幸せそうで、この街では夜静かにホテルの部屋に戻って眠る事がナンセンスにしか思えません。


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泊まったホテルの前のバル・・夜遅くまで観光客や地元の若者でにぎわっていました


セビリアはスペイン南部のアンダルシア地方に含まれ、街のあちこちに椰子の木やバレンシアオレンジの木が見られます。ヨーロッパの中世と南国の陽気さ明るさがミックスしているところが、不思議な魅力をかもし出しているため、観光客に人気が高いように思えました。



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街路樹のバレンシアオレンジの木・・あちこちにオレンジが実っています


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椰子の木があちこちに・・中世プラス南国のリゾート感がセビリア人気の秘密か?!



今回私が最も魅せられたものの一つが、カテドラルにある美しいステンドグラスの数々です。キリスト教にまつわるストーリーがステンドグラスの絵のテーマになっていることが多く、カメラでズームにして(ステンドグラスはカテドラル内の高いところにあるので・・)その美しさにうっとりと見とれていたのでした。


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美しいステンドグラス 1(セビリア大聖堂)

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美しいステンドグラス 2(セビリア大聖堂)


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荘厳なセビリア大聖堂の内部



セビリア大聖堂と共に世界遺産に認定されているアルカサルは、イスラム教とキリスト教の建築様式が合わさったムデハル様式のもので、文化の融合が美しく興味深い空間を創り出していました。

この後に訪れたコルドバのメスキータとグラナダのアルハンブラ宮殿が合わさったような建物だったと、振り返って思わされました。



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アルカサル(スペイン王室の宮殿)の門


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アルハンブラ宮殿を模したと言われるアルカサルの「乙女のパティオ」


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アルカサル内はムデハル様式の模様が美しい


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イスラム風の美しい壁の装飾



スペインの主だった観光地はほとんどが世界遺産であり、その歴史の重みと荘厳さに圧倒され一日を終える毎日でしたが、夜になるとホテルでは必ずテレビでBBCかCNNをチェックする私がいました。国際ニュースに流れるほどの大きな余震は起きていないことを確認し、ほっとするのが日課でした。

BBCやCNNでは、日一日と津波の映像やその被害が流れる時間が減ってゆき、そのかわりに”Fukushima”の単語が繰り返し聞こえてきました。原発についての討論が専門家を交えてシリアスになされ、Fukushimaを合言葉のように使い、今起きていることは日本だけの問題ではないと真剣な議論が交わされている時間が増えました。

もちろんスペイン語のニュースでも、毎日のように日本が映し出されていました。しかし観光地で観光客に囲まれている毎日は、日本での地震を遠い場所に押しやり、震災後さまざまな感情や動揺に揺さぶれていた私の中が、徐々に静かに穏やかに戻っていくのも感じていたのでした。

震災後の大変な生活をしている人達がたくさんいる時に、暢気に海外旅行をすることに抵抗と申し訳なさがあった私でしたが、この時期に旅行を予定していたことを含めて、全ては必然の元に起きているように感じたのも事実でした。

私にとっては、生涯忘れられない旅行のひとつであることは間違いありませんでした。

竹生島と遊覧船

国立高等専門学校の商船学科という、平たく言うと船乗りになるための学科に通っている二女に付き添って、滋賀県の彦根から竹生島(ちくぶしま)へと渡る遊覧船に乗ってきました。

どうしても大きな船に乗るような仕事はしたくない・・乗るなら「遊覧船」のような短い航海しかしない船で、夜には家に帰ってちゃんと布団の上で眠れる生活がしたい・・という彼女の希望に沿った就職先を探して、ピンと来た会社を訪問したり、その会社の遊覧船に乗ってみる、という作業をしていました。

その日は一緒に行くはずだった夫が仕事で行けなくなったので、慣れない夫の車(ETC付きなので)を運転して高速を走り、二女と二人でプチ旅行気分で琵琶湖へ向かったのでした。

どうやら二女が過去世でとても幸せなときを過ごしたらしい滋賀県、それも彦根辺りに、彼女は大変なノスタルジーを感じていて、若い女の子が憧れる場所のようには思えない処だな~と思いながらも、彼女が行ってみたいと言う竹生島にわざわざ行く航路を選びました。

ちょうど桜が満開の彦根はのどかで穏やかで美しく、私も「ここだったら、住んでもほんわかと幸せかもしれないなぁ」と思いました。

二女が熱烈にはまっているNHK大河ドラマの「江」の父親浅井長政ともゆかりの深い竹生島は、「神の住む島」と言われています。島全体がパワースポットとも言われているので、私もそういう場所を訪れるのは悪くはないな~という軽い感じで娘に付き添いました。

娘が直感でよいと感じたその遊覧船乗り場の周りには、満開の桜が咲き乱れ、二人で何だか幸せな気分になっていよいよ船に乗り込みました。

no8_wakaayu.jpgその日乗った遊覧船


竹生島までは40分の航海だとのことで、お天気も晴れてきたし、まずまず楽しい旅になるだろう事を露ほども疑っていなかった私だったのですが、その楽しさは出航5分後にはもろくも崩れ去りました。

娘は「少し揺れるかもよ・・」と言っていたのですが、港から見ているのとは全然違って、揺さぶられているような湖面を進む全長14メートルくらいの小さな遊覧船は、まるでスプラッシュマウンテンの着水が連続して起きているように、ラフティングボートまがいの揺れで水しぶきを上げ、「これは何かのアトラクションか?!」と錯覚するほどの激しいアップダウンを繰り返したのです。

ドーンと波を乗り越える度に船は急降下し、操縦席前のガラス窓は水しぶきで前が全く見えません。あまりの恐ろしさに、乗客の女性達(私も含む)は「キャ~!」と皆が叫び続けました。ほんの一二度ではないのです。時間こそ計りはしませんでしたが、私は正直命の危険を感じました。

操縦をしている船長さんはベテランそうだったので、さすがに冷静な様子でしたが、無線で会社に連絡しているのを聞いていたら、やはり荒れはひどいらしく、できるだけ風下に迂回して進むので時間通りには到底つけないと話しています。「お客さんがキャーキャー叫ぶしなぁ。」と、関西弁で遅れる事を主張している様子でした。

「叫ぶしなぁ」じゃないだろ~!!と、こんな揺れが予想できるならなんで出航したんですか?!と、私は怒りモードに入りました。と同時に、隣に座っている娘に、「ママはこんな船をあんたが運転するなんて想像したら、毎日心配でならんわ。もう船はいいから、ツタヤ(娘のバイト先)でもなんでもいいから、陸の仕事に就きまっし!」と説得モードに入ったのです。

娘は実習などで船には慣れているので、この揺れも怖いというより、エキサイティング!という感じで面白がっていましたが、海でなくて湖でもこれほど揺れるのかと驚いてはいました。

後ろの方の座席では嘔吐しているらしい声も聞こえましたが、いつもなら車酔いをする私は奇跡的に船酔いせず、予定より15分ほど余計に時間がかかりましたが無事竹生島に到着しました。


images.jpg竹生島全景

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島には江島神社、厳島神社と並んで日本三大弁天のひとつに数えられる竹生島弁才天があります。


小さな島なので、ぐるりと廻って宝厳寺(西国三十三箇所三十番)や都久夫須麻神社(竹生島神社)、その他たくさんあるお社をお参りしても、30分ほどしかかかりませんでした。

心惹かれる場所ではお参りをし、娘と色々語らいながら歩きました。

そうして島をひと回りして船着場へ戻る頃には、娘の中にはもう遊覧船の船長になるというプランは完全に消え去り、何故だか警察官になる事を考えてみよう・・ということになっていたのでした。

私の夫、つまり彼女の父は警察官で、夫の父である祖父も警察官、伯父もいとこも警察官である我が家では、次は誰が警察官になるのか?と笑い話が出ても、うちの子供たちは誰も「絶対にならない!」と言っていました。

半分冗談で私が昔、きょうだい三人の中でもし誰かが警察官になるなら一番適性がありそうなのは二女だよね・・と言った言葉に、彼女は「それは確かだ」とうなずいていたらしいのです。(なる気はさらさらなかったそうですが・・)

遊覧船の船長さんになるために見学しに行った場所で、何故こういう話になったのか、私は狐に包まれたようでした。

その時点で一つ思い当たったのが、私は島のお寺や神社で「二女が彼女にとって最適の職場に就職でき、家族みんなが幸せに暮らせますように」とお願い事をしたことでした。

船に乗る前は、彦根の街をとても気に入った娘はすっかりそこに住む気になっていて、「ツタヤとブックオフがあるかなぁ?」と実際に店舗を探していたくらいなのですが、竹生島から戻った後は、もうこの場所でやることは終わった!とばかりに、綺麗さっぱりとこの地への名残をふっ切っていたのでした。


なんとも不思議な旅の後、娘は正直に気持ちを夫に話したところ、意外にも夫は怒ったり諌めたりはせず、「警察官は女性には結婚してから続けるには大変な仕事だから、警察職員や他の公務員についても調べてみたらいい。」と娘にアドバイスしたのです。「自分でよいと決めるなら、どんな仕事に就くのも自由だよ。」と。


そしてこの話には不思議な後日談ができました。滋賀に行った翌日、ある講演会で再会した友人の一人から、この旅の秘密を解き明かしてもらえたのでした。

琵琶湖の遊覧船で恐ろしい体験をしたのは、母である私の観念を捨て去るため、つまり「学校で勉強したことを生かして仕事に就くべきだ」と深いところで娘に望んでいた私の観念を揺さぶり手放させるための出来事でした。

実際、二女に起きたブレークスルーは、私が「もう船の仕事に付かなくていいから!」と叫んだ言葉から起きました。彼女も「せっかくパパやママに行かせてもらった学校で習った事を無駄にしてはいけないとどこかで思ってた。でも、本当はもう船に乗るのは嫌だったんだ。」と語りました。

また、娘が竹生島に行きたがったのは、彼女が弁才天に縁があり、そこに行く必要があったからだとのことでした。

竹生島に小さい祠があった三大弁才天の「厳島神社」と「江ノ島神社」にも、私は娘を連れて近い将来行くだろうとのことなのです。実は「厳島神社」へは、私が今年の夏家族旅行で行きたいと言ったところ、二女だけがとても行きたがっていたのでした。

私はどうやら、私の家族が行くべき場所へエスコートする役割も持っているらしく、それはこれからも続いていくらしいとのこと。「自分の周りの人が幸せになるのが、あなたの幸せなんだよね。」との彼女の言葉に、大きく頷いた自分がいました。


不思議といえば、その場に一緒にお茶していた八人のうち、四人までもがごく最近「竹生島」を訪れていたというシンクロもありました。

不思議が不思議でなくなっているこの頃に、なんだか楽しくなっている私です。

スペイン旅行 4 サンティアゴ・デ・コンポステーラ

今回の旅行では、この地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」に行くか行かないかについて、しばらく考える時間がありました。

私がスピリチュアルなことに初めて触れたと言えるのが、シャーリー・マクレーンの著書「アウト・オン・ア・リム」だったのですが、彼女の書いた「カミーノ」がスペインが舞台だったのでは?!と、ハッと気付いたのが旅行の計画を始めたときでした。

カミーノとはキリスト教三大巡礼地の一つで、シャーリー・マクレーンはスペイン北部・聖地サンティアゴに至る800キロの道程を歩くべしという差出人不明の手紙を受け取って、その地を歩いたのでした。

随分前に読んだ本で、そのときには大きな感動を得たはずだったのですが、内容はほとんど忘れてしまっていました。しかし、なぜだか深いところから「カミーノ」の言葉が浮かび上がってきて、スペインを訪れるのはこの地を訪れる必要があるからだという、確信の様なものを感じたのでした。

ところが、最初は何故だかそこに行きたくないのです。気が進まない。なんだか重たいのです。不思議な抵抗感を持て余していたのですが、友人に相談したところ「そこは絶対に行かなくちゃいけない場所だよ。」とずばり言われました。そう言われるのもわかっていたような気がします。

しかし不思議なもので、一旦行くと決めたらなんだかすっと楽になって、一箇所だけ離れたスペイン北部地方だったのですが、母も何も反対はしませんでした。

日本人が一般的に行くスペインのツアーには含まれていることが少ないので、ガイドブックにも小さな写真と簡単な記述しかありませんでした。ですから正直、ここに行く事はどんな体験になるのかは、皆目検討がつきませんでした。



マドリッドから飛行機の国内線で1時間10分。予定では夕方早めに到着するはずだったのですが、飛行機のテクニカルトラブルで空港で二時間も足止めされてしまい、サンティアゴ・デ・コンポステーラに着いたのはもう夕暮れ時でした。

この旅の中では一番奮発して、ここではスペインの国営ホテルである「パラドール」に泊まることにしていました。サンティアゴのパラドールは、巡礼地の最終目的地である大聖堂の前に建てられていた昔の王立病院兼巡礼者の宿泊施設をホテルとして現代に甦らせたものです。15世紀当時の姿をそのままにとどめるために細心の改修を経て蘇ったというこのパラドールは、どこを見ても、まるで美術館や博物館のようでした。

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パラドールのエントランスです。

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クラッシックな天蓋付きベッド。バスルームは最新のものになっていました。



ホテルの目の前にあるのがサンティアゴ大聖堂でした。それは全く予想していなかった大きさそして威容さで、母と二人しばし息を呑んでその前に佇みました。

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ホテルにチェックインして、もう一度大聖堂を見ようと外に出たらもう日は沈みかけていて、今度はライトアップした大聖堂に再び息を呑み、感動でそこから離れられなくなったのでした。


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写真ではうまくあの感動が表せなくて残念です・・。


全ての旅程を終えてから母に聞いたのですが、意外にも母はこのサンティアゴ・デ・コンポステーラが一番良かったと言いました。最初は私がおかしなところに行きたがるなぁと思っていたそうです。しかし実際に来て見て、一番感動して来てよかったと思った場所だと感謝してくれました。

後日談ですが、このことをココカラーの美鶴さんにメールで告げたら、「そのサンティアゴ・デ・コンポステーラという地は多分、お母さんにとって、過去生においてよく訪れていて、想いの深い場所ではないかなと思います。よく祈られていたのではないかと思います。魂からさまざまな思いの光がはらはらとそぎ落とされ、輝いているのが見えます。」とのお返事を頂きました。

私も大きな感動を受けた場所でしたが、それ以上に母にとって来るべき場所だったのかもと思いました。不思議なことに、母は他の場所ではほとんど記念のものを買ったりはしなかったのですが、ここでは(ネックレスだと間違えて)香木でできたロザリオを自分のために購入したのでした。

ネックレスと間違えたのはご愛嬌ですが、無意識に祈りのときに使っていたロザリオを手にしたのではと私は思っています。


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パラドールのパティオの一つ


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サンティアゴの巡礼のシンボルである「ホタテ」


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聖ヤコブ


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大聖堂を中心とした石畳の旧市街全体が世界遺産として登録されています。



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パラドール前の坂道。世界遺産のある場所は、どこを切り取っても絵になるのがスペインの魅力でした。



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おまけ・・・スペインのパトカー


サンティアゴ・デ・コンポステーラは、観光地というよりやはり巡礼の最終目的地と言う方がふさわしい厳かな場所でした。大聖堂の中も日に何度もミサが執り行われていて、真摯に祈るカトリック教徒の姿に胸を打たれました。

この地を去るときに、空港で搭乗手続きをしていたら空港の係員の人から、「あなたの国の人達のために、心からお祈りしております。」となんとも優しい眼をして言葉をかけられました。

胸が一杯になって、ただ「Thank you.」としか言えなかった私でした。

スペイン旅行 3 プラド美術館

トレドから戻り、ホテルで雨に濡れたスニーカーを乾かしてから、地下鉄に一駅分乗ってプラド美術館へ行きました。

入場券の列に並んでようやくチケットブースに辿り着いたら、お金を払わないのにチケットが手渡されます。
??という顔をしていたら、「ムゥリョー!ムゥリョー!」と係りの人。それが「無料」という日本語だと気付くのにおよそ二秒かかった私でした。

そういえば「地球の歩き方」に書いてあった!プラド美術館は夕方5時からは入場無料になるのでした。
閉館時間は午後8時なので、3時間しかないけれど足りなかったら明日出直そう・・無料だったことだし・・、と色々考えながら中に入りました。

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【プラド美術館とは・・】
プラド美術館は、スペインのマドリードにある世界有数の国立美術館です。18世紀にカルロス3世が計画し、1819年に王立美術館としてスタートしました。スペイン王室が集めたコレクション数は、美術館では世界一。また、スペインを代表する画家、ゴヤの作品コレクションでも世界一です。ベラスケス、エル・グレコなどのスペイン画家はもちろん、カルロス1世とフェリーペ2世が愛好した、イタリア派の作品も多数あります。美術館には、3万点近くの絵画のほか、多くの彫刻、素描、家具や工芸品などが収蔵されています。


しかしここで、母と旅行中最初で最後の険悪なムードになってしまいました。

母にはお目当ての画家がいたらしく、その場所に一目散に向かいたいと考えていたらしいのですが、その場所を係りの人に聞いてくれと私に言うのです。

私はといえば、まず自分でできる事は自分でしたい。パンフレットを手にしたのだから、それを元に場所は自分で探したい訳です。ところが、母がせかすので見切り発車で動いてしまうので、何故かうまく目的の場所にたどりつけない・・。今回の旅行の悪いパターンが発動し始めてしまったのでした。

わからないなら聞けばいいじゃないの、とせっついてくる母に、ついに私は切れてしまいました。

「私は人に何かを聞くのが凄くストレスやってなんで分かってくれんの?!ここはスペイン語しか通じん人もおるし、なおさらしんどいんや!何でもかんでも聞け聞けって言わんといて!」

これは私の本心でした。よく友人には信じられないと言われますが、私はかなりの人見知りです。子供の頃から、スーパーなどでトイレの場所を誰かに尋ねることさえ大嫌いでした。

母は私の剣幕に驚いて、「ごめん。私が聞いてくるわ。」と動こうとしました。

英語さえわからない母が聞いても、多分埒があきません。私は自分が切れた事に瞬間反省をし、さっと係りの人に場所を尋ねに行きました。

旅行の最初からこんなことをしていては、この先まだまだ長い旅程をどうすればいいのだろう?と後悔しました。母も凄く気にしているように見えたので、精一杯の努力で気持ちを転換し、何もなかったように笑顔を作り、自分の気持ちが治まるようにもってゆきました。

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私の努力は実を結んだようで、圧倒的な展示数を誇る美術館の中を廻っているうちに、険悪になっていたことも忘れてしまって、そのときの展示作品のテーマである15世紀~17世紀の宗教画と宮廷画の世界にどっぷりと入ってしまいました。

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El Greco / The Holy Trinity

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Murillo

今回の旅行で感じたのですが、私にとってはこれまで鬼門だったヨーロッパを解禁するということは、すなわちキリスト教へのタブー、つまり私の中にあるキリスト教に関わるカルマ的なものを解放するということが、間違いなく大きな目的の一つとして設定されていたのだと思うのです。

初日のトレド大聖堂でのショックから始まったそれは、プラド美術館でのものすごい迫力で迫ってくる宗教画のエネルギーでこじ開けられ、その後訪れた巡礼地サンテイアゴ・デ・コンポステーラ、セビーリャの大聖堂、コルドバ、グラナダでのレコンキスタ後のイスラム教とキリスト教が融合した建築物、そしてバルセロナのサグラダファミリアの未来的な大聖堂で結実する宗教と人類の未来を考える場所へと誘導され、私の中で確実に何かが大きく動き変化するのを感じさせられました。



蛇足ながら、3時間しかない・・と思ったのは大きな間違いで、ついつい絵に魅せられてほとんど休憩もせず3時間歩き続けたら足が動かなくなりました。

3時間ノンストップでも全ての絵を見ることは叶いませんでしたが、絵を見るのが大好きな母でさえ、「明日もう一度行く?」と聞いたら、「もう十分見たからいいわ・・」とのことでした。

一円も払わずにこのものすごいコレクションを見せてもらったことで、スペインの太っ腹さ(!)に感動しました。

こういう制度があれば、若い人達はどれほど身近に芸術に触れていく事ができることでしょう。実際、夕方以降のこの時間帯には、たくさんの若い人達や子供達が美術館内にはいました。

母は、「もう日本での美術展に満足できなくなっちゃう。どうしよう?!」と贅沢な悩みを語っていました。



あと、実際に見た有名どころの絵を少し・・

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Goya / The Family of Charies Ⅳ

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Goya

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Goya / The Naked Maja

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El Greco / Knight with his hand on his Chest

スペイン旅行 2 トレド

トレドへはスペインの国鉄(Renfe)のAvant(短距離の高速列車)に乗って約30分で着きました。お天気は生憎でしたが、ここは絶対訪れるべき場所だとのことだったので、雨混じりの曇り空の中を行く事にしました。

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嬉しそうな母をパチリ。今回は防犯のために、母も私もできるだけ地味に貧乏そうに装って行きました(苦笑)


途中の景色はあまり見るべきものもありません。スペインの団体旅行はほとんどがバスで移動なのだそうで、窓の外は同じようなだだっ広い景色ばかりでつまらないと聞いてきましたが、全くその通りだと思いました。

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(でも、この時は山際に虹が掛かったのです!左の方に薄っすらと見えませんか?!)


旅行が始まったばかりなので、最初は何を見ても感激してカメラを向けていました。
トレドの駅の中に、すでに駅ではないようなステンドグラスがあって感動・・パチリ。
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後から振り返ると、こんなステンドグラスで感激していては身が持たないほど、スペインの世界遺産であるカテドラルや他の建物は圧巻でした。


今回の旅行で最初に見た世界遺産である古都トレド。トレド大聖堂など旧市街全域がユネスコの世界遺産として登録されているのですが、生憎の雨で旧市街を見下ろす展望台には行けず残念でした。(全体の写真と、撮影禁止だったトレド大聖堂内はネットから拝借します♪)

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トレド大聖堂に一歩足を踏み入れた瞬間の感動は忘れられません。薄暗いカテドラルの中に浮かび上がるステンドグラス、そして厳かな祭壇の数々。ヨーロッパ初体験の私にとっては、衝撃的でした。いつまでもその中にいたい衝動に駆られました。自分がこの中で祈りを捧げる身であればどんなに素晴らしいだろうと思いました。気を許すと泣き出しそうな自分の感情に、なんとも言えずに浸るばかりでした。

トレド大聖堂1

トレド大聖堂2


雨の中を歩き回り体が冷えてしまったので、見つけた小さなファーストフード屋さんで、スペインの朝食というか軽食として有名なチュロス&ショコラテにチャレンジしました。日本のものと違って甘くないチュロスをショコラテに浸して食べるのですが、噂通りこのショコラテが甘~い!チュロスを食べた後に残った分は、申し訳ないけれど残してしまいました。

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最後にトレド大聖堂の前で傘を差して記念撮影をして、トレドとお別れすることにしました。
トレド大聖堂


ところがいざ駅に戻ろうと思ったところ、現地時間に合わせていた母の時計が「おしゃれ時計」で、普段それを使っていなかった母は今1時なのか2時なのかよくわからないといいます。(つまり細長いタイプの時計には、八つしか区切りがないのです。12時と3時の間にしるしが一つしかない!)軽く老眼が始まっている私にも、今が1時15分なのか2時15分なのかがわからないのです・・。私は時計がわりの携帯を持参しておらず、どうにも時間がわからない!仕方がないので、最悪の事態に備え、遅いほうの時間だと考えて駅までとにかく急ぐ事にしました。

後で思えば、タクシーにでも乗ればよかったのですが、まだまだ旅行が始まったばかりで勝手がわからず、行きはバスに乗った道をとにかく小走りで駅に戻りました。

ところが思ったよりも駅はずっと遠くにあり、そのうちに雨はザーザー降りとなり、道もよくわからなくなり、途中で出会う人に道を聞きますがスペイン語で返ってきたりもして、迷いながらもようやく駅にたどり着いたら、駅の時計は出発の一時間前を指していたのでした(泣)。

なんだか正直落ち込んでしまって、自分のプラニングに自信がなくなりかけましたが、私が落ち込んでは母が楽しくなくなると思い気を取り直して、濡れた寒さに耐えて(私はちょっと薄着でした・・)マドリッドに戻る電車を待ちました。

添乗員付きの観光バスにすればよかったのかも・・と、このときばかりは少々後悔した私でした。

スペイン旅行 1 ヘルシンキ経由でマドリッドへ

スペインへ行くには北回りが最短だということだったので、フィンランド航空を使いヘルシンキ乗換えで合計15時間ほどでマドリッドに向かうことにしていました。

乗り継ぎ便で個人旅行をしたのは始めてだったので、乗り継ぎのゲートはチケットに印刷されているものと変更される事が多いとの事に少々緊張しました。

母はもちろん英語はできないので、旅行中は全ての事に私が責任を持たなければなりません。
今回は、フィンランドにしろスペインにしろ、英語は通じるだろうとは思いましたが英語圏の国ではないので、どうなるだろうと少々心配でした。

電光掲示板でチェックすると、乗り継ぎゲートはもちろんの事、出発時刻まで全然違っていました。
とりあえず場所と時間を再度確認してから、ショッピングモールを歩いてみると、ここにもそこにもムーミングッズが!!

そうです!フィンランドはムーミンが生まれた国でした~♪

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自分がこんなにムーミンが好きだとは思いませんでした。
なんだか嬉しくてワクワクして、思わず一目ぼれしたポストカードを数枚とキーホルダーを自分のお土産に買ってしまいました。

あれ?!スペインに旅行に行くはずなのに、私なにやってんだろ?・・
母はムーミンにはノスタルジーが全くないらしく、呆れ顔で私を見ていました。


間もなく、まだ雪がたっぷり積もっているフィンランドの森と湖を眼下に飛行機は飛び立ち、4時間ほどでマドリッドに到着しました。

当初は、できるだけ経済的に全て公共交通機関を使おうと思っていたのですが、直前に読んだスペイン在住の方のブログのアドバイスにより、一番スリや強盗に狙われやすい空港や駅からホテルへの移動には、全面的にタクシーを使うことに決めました。旅行中、この出費が一番痛かったのですが、安心をお金で買うと思って、最後までこのルールは貫きました。(とはいえ、日本円にすればいずれも片道3000円前後で済んでいたので、高いとは言えないかもしれません。)

最初の二泊はマドリッドの中心部にあるホテルREGINA.二人で朝食付きで、一泊¥10,000.観光のアクセスもとてもよく、朝食も美味しくて、母は最初から大満足してくれました。

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二件隣にあったスタバでスペインお茶デビュー。ビルが全てアンティークな概観で、どこを向いても素敵だった!

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アンティークな外観と違って、中はとてもモダン。色使いが現代のスペイン!という感じばかりでした。

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ロビーです。こういう花の生け方は初めて見ました。


初日は夕暮れ時に到着したので、ホテルの近辺を廻っただけでしたが、翌日は朝から「スペインの京都」とでも言うトレドへ向かいました。

大震災、そしてスペイン旅行へ 3

母は旅行の数日前にはたびたび私のところにやってきて、あれやこれやと準備について相談をしました。
スペイン旅行の話をする時には、決して震災の事には触れないので、母は私が旅行を自粛することを言い出すのを怖れているのだろうと感じました。

私自身の中では色々と逡巡しているものがあったのですが、母の様子を見ていて、それを中止することは母をものすごくがっかりさせることだと思い、私もあえて行く行かないの話には触れませんでした。

驚いた事に、私の家族も全く私が旅行を中止する事などは念頭になく、私の留守中に何かあったらと心配しているのは私だけでした。不安がる様子もなく、いつもなら私の不在をあまり心地よく思わない夫までもが、ホワイトデーにかこつけて旅行のお小遣いをくれたほどだったのです。

家族の気持ちを無駄にしてはいけないし、母ともこういう機会はもう持てないかもしれないと思い、不安を断ち切り、自分の今を楽しむ事にフォーカスして、とうとう予定通り出発地のセントレアへ向かう日を迎えました。

予約の段階で、どうしても今回は小松経由で成田発にする気が起きず、何故か電車で行くしかない名古屋国際空港からの便を予約してしまった私だったのですが、地震の後交通網が乱れてしまった関東圏からの出発ではなかったことに、自分の直感を信じる事の大切さを改めて思いました。

母はそれはそれは浮き浮きして楽しそうで、前泊のホテルでの夕食までネットで予約しておいてくれて、私との旅行を喜んでいるのが痛いほど伝わってきました。

出発の日セントレアの国際線の入り口で、震災への募金をしているところで立ち止まり、母は他でももう募金はしていた様子でしたが改めて募金箱にお札を入れて、ようやく地震のことについて口を開きました。

「大変な思いをしている人達がいるのに申し訳ないと思うけど・・。」

それでも、意外にもたくさんの人達が海外旅行に旅立とうとしている空港の様子に安堵した様子で、気持ちを切り替えるように旅の楽しさの中に入っていきました。

私もその頃には気持ちが落ち着いていたので、こうして母と旅行ができる事に感謝をし、旅行中の安全と楽しさのために精一杯気を引き締めていこうと思うばかりでした。
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