2011年10月

目に見えないものの断捨離

きょう、昨年の7月から通っていた英語の個人レッスンをやめた。

昨夜ひとりで時間を過ごしていたら、ふいに「やめる」というインスピレーションがやってきたのだ。

私は自分自身が英語を教えるという仕事をしているのだが、自分の英語力には満足していなかった。

私が使える日本語の能力と比較すると、到底まだまだな英語力はある意味常にコンプレックスの元でもあった。

個人レッスンの先生はネイティブではなかったのだが、下手なネイティブの外人講師より教える熱意も知識もスキルもレベルが上だと私は感じていて、一時間の集中した英語のみのレッスン時間が、私には楽しくてならなかった。

楽しいものを断捨離するというのは、ある程度予想してはいたのだが、やはり心が痛む体験だった。

先生も、私とのレッスン時間を心から楽しんでくれていたのを知っていたので、彼が突然の私の申し出にショックを受けていたのがわかり、そのことも心が痛くなる一因になった。



そんな楽しい英語レッスンを、なぜ私は断捨離したのか?・・きっと不思議に思う人もいるだろう。

それは、英語レッスンを始めた私の動機が、今の私にはもう古いものとなっているのに気付いてしまったからなのだ。



私が英語を勉強し始めたのは、今年20歳になった二女がまだ0歳のころの事だった。

日々成長し、昨日できなかったことがきょうはできるようになる赤ちゃんを育てていることは喜びだったのだけれど、きょうも明日も同じ主婦で、何一つ発達していくことがない(・・と、当時は思っていた)自分がとても悲しくなった。

加えて、本当の自分から目を逸らせて生きていた私は、何か他から評価されることで自分を証明しないと、自分を肯定できないと固く信じていた。

子育てをしながらの「ながら勉強」が主だった私の英語力アップはなだらかな曲線しか描かれてはいなかったが、それでも「石の上にも3年」どころか、十数年をそうして過ごすうちに、気付けば英語でお金を稼ぐ事ができるくらいにスキルアップはしていたわけだ。


しかし、TOEICの高スコアや英検1級など、普通には「英語ができる」とみなされるスコアや級をとっても、私は満たされることがなかった。

海外経験もないし、大学受験をしなかったから文法は苦手だし・・と、いつも自分を卑下するモードで英語と関わってきた。

だから私には更なるスキルアップの場が必要で、より高い英語力を身につけるための投資をすることで自分を認めることができる・・・という図式が出来上がってしまっていたのだ。

またそうしているからこそ、自信を持って「私は英語を教えています」と言える自分をキープしていたことは否めない。



昨夜ふいに、「もうそれらはいらない」と思った。

私の英語が必要十分なレベルになったということではなくて、「私はもう自分を英語で証明する必要はない」と心から思ったのだ。


一つ前の記事に書いた「『今この瞬間』への旅」を読んだ事で、私の中の何かがほどけていくのを感じている。


奇しくも、英語教室も春には娘に譲る事が決まっているし、私と英語との関わりは本当の意味で新しいステージに移行するのかもしれない。


私の自己証明の代名詞のようだった「英語」が、私の執着の手から離れ、本来の機能を取り戻し、これからは私を更に広い世界に連れて行ってくれるためのツールになるのかもしれないと思う。


自分に足りないものを探すことはもうやめだ。

今ここに私が持っているものを愛し、それが必要なら使い、誰かとシェアする幸運があるならそれを喜び、私は生きていきたいと思う。



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「今この瞬間」への旅




レナード・ジェイコブソン著”『今この瞬間』への旅”が私の手元にやって来た。

「やって来た」と言わずにいられないほど、私の知りたかったこと、そして私に今一番必要なことがそこには書かれていた。

読んでいる途中でもう、心がざわざわと落ち着かなくなるのがわかった。

私はとても大切な作業をこれからするのだという確信が徐々に深まり、普段はそんなことをしない私が、付箋と鉛筆を持って注意深くページをめくるようになったのだ。


本の中から大切なことをピックアップして、これを読んでくださっている方たちとシェアしようかとも思った。

でも、そう思ってもう一度読み始めても、そんな抜書きでは今私が感じていることはうまく伝わらない気がして、そうする手が止まっている。

とは言え、一時には無理だとしても、私の日々の体験と共にここに書かれてあることを消化していくプロセスはシェアできるかもしれない。

いやそれこそが、私がすべきことなのかもしれないと思う。


レナード・ジェイコブソン氏の導きによって”Journey into Now(原題)"が、私のリアルな体験になりつつあるのを願うばかりだ。

私は私のままでいい

娘が私の両親(つまり彼女の祖父母)に、就職の内定を辞退したことを告げに行った。

初孫でとても可愛がられている娘なので、よもや滅多なことは言われないだろうと思い、私は彼女に一人で話をしにいくように促したのだった。

おばあちゃんの大好きなモンブランのケーキをお土産に、娘はなんとか話をしたらしい。

帰ってきた娘は、「ママの言った通り、おじいちゃんは笑って理解してくれた。でも、おばあちゃんは私の予想通りの事を言って、ずっと私にちゃんとした就職をするように勧めてきたわ・・。」と報告してくれた。

娘の行動が釈然としない祖母の言動は、私達の想定通りだったので、娘は祖父母に話をできたことで全て終わったようにほっとしていたようだった。



そして二日経ったきょう、これまた私の予想通りに両親が私に会いに来た。

父はもう納得していたようだったが、母はそうではない。

なんとなくどよ~んとした空気が流れて、なかなか言い出しそうではなかったので、私のほうから口火を切った。


私は得意の弁舌で(?!)、母が納得するように、娘の将来そして私のこれからについて色々とまくし立てた。

私の教室を建物ごと娘に譲るというアイディアは、私の両親にとっては私がこれから何をするのかという疑問と落胆を誘発するアイディアでもあった。

普通なら、孫娘がただのフリーターになるのではなく何がしかの自営業者になるという案は、そんなに悪いものではないはずだ。

しかし、彼らにとっていまだにある種の誇りである娘(私)が専業主婦になるというのは、両親にとっては解せぬ事でもあるらしかった。

専業主婦の何が悪い?!と言いたいところだけど、両親が私に何を望んでいるのかを知っている私には、そうはっきり言うことはあまりにも面倒くさい。

私は、娘の経営することになる塾で「高給取りの英語講師」になることを説明し、それに加えて自宅で「カウンセラー」業もやっていくのだと(このことはほとんど言ったことがなかったのだけど・・)説明した。

だから私は自分の能力をそれ相応に発揮し、何がしかのお金をちゃんと稼いでいくのだと、両親を安心させるべく話し続けた。



私の仕事が始まる時間の前だったので、短時間で彼らは帰っていったのだったが、二人を見送ってからずっと、私の心の中には重たい澱が沈んでいる。



どうして私は、彼らに私自身を言葉で説明しなくてはならないのだろう?

何故私は、「何者かである私」でなければ両親に認めてもらえないのだろう?



これらは私が子供の頃からずっとやってきたことで、実際には今は心の奥底ではもう自分を親に証明しなくてはと思っているわけではないのだけれど、やはり生活していく上で、全てを分かち合う事が無理だと感じる相手には、こうして妥協して自分自身を偽って話をする自分がいることが悲しいのだ。


たとえばここのブログで書いているように、本当に私が感じていることをそのまま全て彼らに伝えても、今は絶対に理解してもらえないということは知っている。

まだ、事実として娘が内定を辞退したことを伝えることができただけでも、以前に比べれば格段に進歩したのだと言うべきなのかもしれない。



私がきょう、久しぶりにどんよりと重い気持ちになったのは、愛する親であっても全てを分かち合う事ができないということに対する悲しみでもあり、また、自分がこれまでの長い年月、いかに親の承認を得るために努力をしてきたのかを改めて思い知ったことに対する悲しさ故でもあったのだと思う。

一度は娘の内定に大喜びした両親をがっかりさせてしまったことへの罪悪感が、自分の中に少なからず横たわっていたのを感じたときに、こうして私はこれまで両親を喜ばせることで自分を証明して生きてきたのだと、そのことがたまらなく切なくなったのだ。



ふと、親を喜ばせるために、何か世間的に認められているタイトルを自分に与えようかと考えた自分がいた。

何かそういうものが一つでもあれば、彼らはニコニコ笑顔で、私が娘であることを誇らしく思い、彼らは自分達の存在意義をそういうやり方で世間に証明し、満足して生きていくのでは・・と思ってしまった。


これを気の迷いと笑い飛ばせる自分でいよう。

親の悲しい顔を見るのが嫌で自分を偽って生きていた長い年月を、無駄にはしないでおこう。



私は、私のままでいい。

私は、私が幸せであることだけで私の人生を埋めたい。



自分の娘が幸せであることが今の私の幸せであるように、いつか私の親も私が幸せであることで幸せでいてくれるようになることを、期待せずに、でもちょっとだけ願ってみよう。




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弟からのメール

夜、弟から少し長めのメールが来た。

思い切って、私のためにと心を込めて、彼がメールを打ったのが伝わってきた。

それは、彼が信仰している宗教の大きな法要へ立ち会うことへのお誘いだった。

多分、生涯に一度あるかないかのとても大きな功徳が頂ける法要(・・と彼らは信じている)なのだろうと思う。


弟をその宗教に誘ったのは私だった。今から25年も前のことだ。

私は16年続けたその宗教とは縁を切った。

そのとき弟はものすごく動揺したのだけれど、結局彼はそこからは離れなかった。


宗教はマインドコントロールだ。日本語で言えば洗脳だ。

そこにどっぷり浸かっていたからこそ、私にはそのことが本当によくわかる。


やっかいなのは、洗脳の下にあるのが善意だということだ。

弟の場合も、心の底から私が幸せになってほしいと思ってくれているのが、彼のメールからは伝わってくる。


私の場合は、自分がその洗脳下にあったときも、自分の魂が「No」と言っている声をひそかに聞き続けていた。

それを押し殺し、封じ込め、それでも感じる違和感と戦いながら、私は宗教の名の下に自分や家族が幸せになる道を模索し続けてきた。


しかし長い時を経て、魂の声がその違和感を打ち破り、もうどうにも隠れてくれなくなったときに、私は自分を縛っているものと正面から向き会うことになった。

いくら善意がそこにあろうとも、いくら愛がそこに存在しようとも、コントロールは人間の自由意志を奪うものだということにはっきり気が付き、もうその場所には戻れなくなったのだ。



それでも私は、宗教を選択している今の弟の意志を尊重している。

たとえそれが洗脳下にあるものだとしても、その場所を離れるのは弟自身でしかないことがわかっているからだ。


寂しさゆえにその教えに繋がれた彼を包み込む愛は、姉である私のものだけでは足りなかった。

もし・・というのはタブーかもしれないが、もし母の弟への愛が宗教でもたらされる愛よりも深かったならば、弟は今夜私にメールを送ってくることはなかったのかもしれないと思う。


それでも、その母親を選んで生まれてきたのは弟なのだ。

全てが自分の意思の下でなさるのだとすれば(たとえそれが無意識レベルであるにしても)、母親に受け入れてもらえない悲しみゆえにその宗教に自分を委ねる選択でさえも、彼の望みなのだと受け入れるしかないのだと私は思う。



私は弟に、きっぱりと断りのメールを打った。

私の信仰しない自由を認めてほしいとお願いをした。



弟からの返信はない。

多分、淡々とした私の文章に、彼は悲しい思いをしたのだと思う。そして私を哀れんでいるのだと思う。



私は、自分自身がかつて宗教団体の中に身を置いた事を、私のできうる限りで有効に使いたいと思っている。

コントロールすること・されることの恐ろしさと、自分を何者かに委ねることの悲しさを身をもって体験したからこそ、自主独立した存在でいることの素晴らしさがよりわかる気がするからだ。



宗教だけに限らない。

スピリチュアルの世界も、マルチ販売の世界なども同様だ。

何者かを崇めたり、ヒエラルキーの一部となることには、いつも自由意志を手放す恐ろしさが影に潜んでいることは疑いようがない。


いつも自分を尊重する自分でいたいと思う。

魂の声に忠実に生きていきたいと思う。



そう生きることだけが、自分も他者をも大切に尊重できる人間でいられる唯一の道なのではと思うのだ。




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ギフト

自分に与えられているもの・・それが「ギフト」。

それは「才能」とも言い換えられるし、「興味」でもあり、「使命」であるかもしれない。


ギフトを生かす人生は、自分を生かす生き方であり、それこそが幸せな生き方なのではと思う。

与えられた才能は、決して人と比べるものではなく、あくまでもオンリーワンの絶対評価の下にあるものだ。

誰かに奉仕するための才能でなければいけないこともなく、必ずしも芸術に寄与するものである必要もない。

ギフトとは、それを持つ人間が自分を生かすために携えてきた宝物であり、自分のみならず周囲の人達をも幸せにするツールなのだ。



自分が生まれてくるときに、大切に抱えてきたギフトは何だろう?



私の携えてきたギフトとは、まだそれに気付いていない他の人のギフトを見つけるお手伝いができることなのではないだろうか・・と、最近よく思うのだ。



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メッセージ

一月ほど前のことだが、8年程前に何度かセッションやヒーリングを受けたことがあったKさんのお名前が何度も頭に浮かび、Kさんからワークを受けることが私のブレークスルーを促すような感覚がしばらく続いていたもので、思い切ってKさんと親しい友人を通じて彼女に連絡をとってみた。

Kさんは私のことを覚えていて下さり、電話の向こうで今私に何が最もふさわしいワークかを感じ取って、「ギフト・オブ・スピリット」というものを受けてはどうかと提案して下さった。

切羽詰った時を除き、ハイヤーセルフからのメッセージを受け取るのが未だぼんやりしたものであることが多い私にとって、このワークはきっと得るものが多いだろうと感じ、ワクワクして昨日Kさんに会いに行った。


ワークはKさんの誘導によるアストラルトラベルで、1次元から6次元までをハイヤーセルフと共に訪れ、そこでメッセージを受け取ってくるというものだった。

1次元って平面か??いや、点か??などと、科学的(?!)な私の頭は勝手に想像していたのだが、1次元は鉱物界、2次元は動・植物などの自然界、3次元はドラゴンや妖精など神話の世界、4次元はハイヤーセルフの存在する場所、5次元は未来のような時空間で私が受け継いでいる才能についてなどの情報を得る場所、6次元はマスターが存在する場所・・・のような感じであった。

ヒプノを受けているような、夢を見ているような感覚で、各次元でイメージが浮かびあがるのを見つめ、その中でさまざまなメッセージを受け取った。

途中でどんどん身体が冷え、寒さに震えるようになって「おかしいな~?」と思っていたら、Kさんがそっとフリースで私を包んでくださり何とか耐えた。

後でKさんから、アストラルトラベルをするとどんどん身体が冷えていくのだということ聞き、本当に自分はそれをしていたのだなぁと感心したりもしたのだった。


自分の覚書のためにも、記憶を更に呼び覚ますためにも、もう一度各次元で体験した事・受け取ったメッセージを記しておきたいと思う。


まず、私の目の前に現れてくれたハイヤーセルフは、金髪で柔らかい巻き毛、ブルーとグリーンの混ざったような目を持つ若い男性で、白いローブのようなものを着ていた。「なぜそんな衣装を着ているの?」と訪ねると彼は、「そうでないとあなたは私をハイヤーセルフだと思わないでしょ?」と言い、私は「なるほど、そうかもなぁ。」と思ったのだ。

Kさんの誘導に従い、彼に現在私が一番知りたいことを質問してみた。

懸案の私の英語教室を建物ごと娘に譲り渡す件について、私はアルバイト講師としていくつかのクラスは自分で最後まで(子供達が中学を卒業するまで)教えようと思っていたのだが、『本当にやりたいクラスだけを少しだけ自分のために残す事』と強く念を押された。

そうして、教室を娘に譲った後私は何をすべきか?との質問には、『ワクワクすること、一緒に楽しむことを他の人とやる。何かを教えよう、伝えようなどとはしなくてよい。』とのことだった。

目覚めてから感じたのは、「私が受けたいようなワークをしたり、他の講師をお呼びしたり、とにかく自分が何より楽しめることを追求してゆけばよいのだな」ということだ。そしてそれは、まさしくハートが喜び、ワクワクする未来図で、それなら私は喪失の痛みも、自己証明の苦しみも、すべて乗り越えてただ毎日幸せに生きていけるな~と、思わず頬が緩むような喜びが突き上げてきた。


ハイヤーセルフと出会った私の聖域である部屋には、私のためにポイントの黒い水晶があり、それはうっすらと中に虹がかかっており、黒いのだけれど透き通った美しいものだった。

私はそれと同じものをハイヤーセルフに手渡した。後でKさんから、「おそろいの水晶で、あなたはハイヤーセルフと連絡をとるのね。素敵ね!」と言われ、「その水晶はきっとどこかで見つけられるから、それを買うといいわよ。」と教えてもらった。

また、ハイアーセルフからの贈り物は木でできたオルゴールで、「その蓋を開け音楽を聴くことで、あなたは癒されほっとすることが必要なんだよ」・・と伝えられた気がした。

このオルゴールも見つけて手に入れるといいよ、とのことだった。



更に何か受け取るメッセージはないかとハイヤーセルフに尋ねたところ、こう伝わってきた。


『大いなるものへの怖れを手放せ。それは内なるものなり』


あ~そうだよなぁ、それが全てなんだよなぁ・・と、聞きながら思っている自分を感じた私だった。


もう一つ、この場所で聞こえてきた言葉があった。それは「サンダルフォン」。

サンダルフォンが私とどう関係があるのかの記憶は定かではないのだが、きっと何かのヒントなのだろうと思い、忘れないように記しておきたい。



最初に訪れたのは1次元。

ハイヤーセルフと一緒に1次元の門をくぐると、そこは圧迫感のある巨大な石の壁のようなものが私を取り巻き、「なんだここ?」と思う私がいた。何かそこで受け取ってください、と誘導され、私は灰色の楕円形ですべすべした石を受け取った。

それは、私がモノなどから何か情報を受け取るとき、この石を持ってそれをするとうまくいくというものだった。

このワークを終えることで、後で何度でも自分でこの場所を訪れることができるというものだったが、Kさんによると、クリスタルなどについての情報を得るときに、この次元を訪れてチャネリングすればよいとのことだった。


ここまで書いて、Kさんがおっしゃったことを思い出した。「その石は、きっと家の敷地内にあるわよ。」

そうしたら、家の裏に本当にあったのだ!

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なにやらネコの顔のようなものが描いてある。裏には、洗ったときにうっすらと「やーむ だるま」と読めるような文字の後もあった。(乾いたらその文字は読めなくなってしまった・・・)

多分もう十数年前に、子供達と手取川(白山から流れてきている川)の川原で石をひろってお絵かきをして遊んだものではないかと思うのだが、記憶ははっきりしない。何故そこにあったのかもわからない。

でも、多分これだと思う。思ったより大きかったが、形は見たそのまんまだ。(面白いなぁ!)




次に訪れたのは2次元。


そこは、草花が風に揺れている美しい場所だった・・ような、気がした。(1次元、2次元は最初のほうだったのでまだ慣れなくて、見たものも記憶もちょっとぼんやりしている。)

私はそこで、中には何も書かれていないのだけど、そこにはぎっしりと全ての情報がつまっている・・というような不思議な本をもらった。

それには、花や香りのことについての事が書いてあり、私はそれを開く事によって、花の香りがどういう影響を及ぼすことができるかについての情報を受け取るらしい。

花びらを乾燥させ、それを飲んだり入浴に使ったりするのもよいし、香りを調合する事で癒しを起こすものを創れるのだということで、私にはそれをする能力と必要性があるような気がしたのだった。



3次元の門の前に立ったときには、向こう側の空がオレンジ色と深い紺色をしているのが見えた。

私の前にはドラゴンが現れて、それは私の頭に輪っかのようなものをはめた。最初は金属のようなものだった輪っかは、やがてクリスタルに変わり、それは私の何かを調整するようなもののように思えた。

白いファルコンのような生き物が空を飛んでいくのが見えるその不思議な空間で、私は「何故メッセージがクリアに聞こえないか」について質問をした。

『見えるもの、聞こえるものの全てを信じ受け取るのだ。何一つ疑うな。そうすれば、これまでも全て聞こえ、見えていたことに気付くだろう。』

それがどこからのメッセージかはわからなかったのだけれど、ものすごく確信に満ちた重々しい声は、大きな説得力を持って私に迫ってきた。

その瞬間、これまで何かの切羽詰った時に聞こえてきた声は、ハイヤーセルフの声そのものであることが、私のお腹にストーンと落ちた。


少しの休憩を挟み、1~3次元でのメッセージを忘れないように紙に書きなぐり、更に4次元から先に進む事にした。


4次元の門は上のほうが虹のようにキラキラと立ち上がっていて美しかった。

そして、その中に私が見たのは、まるで未来都市のような白くて透き通った美しい図書館のような場所だった。

長く続く本棚にはぎっしりと本が並び、それはゆるやかな螺旋を描いて地下へと続いていた。

しかし、そのぎっしりとならんだ本は向こう側が透けてみえており、本はすべて白く透明であるばかりか、それを読むという行為は今の本を読むこととは全く違っていて、開いた本の中の空間に手を入れると、全ての情報がそこからダウンロードされる・・という感じなのだ。

私はそこで、薔薇の花のデコレーションがついたボールペンのようなものを受け取り、「私はもうノートにモノを書いたりせず、ほとんどPCやiPhoneに打ち込んでいるんだけどなぁ」と思うと、そのペンで書くことにより、私は必要なキーワードのようなものを受け取るのだと知った。




次に進んだ5次元の門は、もう門という形のあるものではなく白く光っていて、両脇にもぼやっと白金色に光っている存在が門番として立っていた。

次元がどんどん上がって波動が高くなっていたためだと思うが、私の記憶はところどころ曖昧になり、しかし同時にたくさんの情報を受け取っていることもわかる不思議な空間だった。

そこには、以前訪れたペルーのマチュピチュの風景が浮かび上がり、そこに降り立った宇宙船の中から私の父母が現れた。(この父母は、もちろん私の現実の本当の父母ではなく、今いるどこに人種にもあてはまらないような風貌の人達で、シルエットが優しく笑顔が温かかった。)

私の血に流れている才能、役割について尋ねるように誘導があったような気がするのだが、そこはぼんやりしている。

しかし、私の受け取ったメッセージはかなりはっきりしていて、私の役割とは、

『その人が目覚めるためのメッセージを伝える。その時に最適なやり方で、準備のできた人に伝えることが使命。
また、文章を自分のハートと繋がって書くことで、文の中にコードが埋められ、それが読む人を目覚めさせる。ネット、HP、ブログなどハイテクなものも駆使し、どんどんそれを行っていくとよい。』


・・とのことだった。



最後に訪れた6次元は、マスターのいる次元だった。


私に見えたのは、薄いグリーンから流れるようにバイオレットになっている光の存在で、私とハイヤーセルフはしばらくそのマスターにアセンションのためのエネルギーチャージのようなものを行ってもらった。

そこは長くは居られない場所だとのことで、それが済むとすぐにその次元から立ち去った。


後でKさんから、私がグリーンの部屋に入っていくのが見えたと言われた。
そして、「この最後の空間でチャージされることがこのセッションの一番の目玉よ♪」と嬉しそうに微笑むKさんだった。



全てを終えたらもう外は真っ暗だった。

Kさんと、見たこと受け取ったことのシェアをし、自分がこれからやっていくことのビジョンがなんとなくはっきりしてきたことが楽しくなった。

受け取った多くのメッセージは、気の迷いと言ってしまえばそれまでだけど、それらを全て受け取り、信じ、生かしていくことで得る事のほうがずっと大きいと感じるので、私はそうしたいと思っている。



目に見えない世界や、スピリチュアルなことは、それがあると万人に証明できるものではないし、宗教のように信じるかどうかで図るものでもないが、この混沌とした今の世の中ではもう避けて通る事ができないものであると私は思っている。

左脳的なものと、右脳的なものの融合が、これからの時代を生きていくときには必然になっていくのだと思う。


いずれにせよ、昨日の私の体験は現実のものであり、その現実をいとおしみ慈しみながら私は生きていきたいと思うのだ。




大天使サンダルフォンのオラクルカード

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大天使名  大天使サンダルフォン
オーラカラー  ターコイズ
クリスタル  ターコイズ
役割・ポイント  音楽、神との対話、メッセージ受け取りのサポート など

喪失の痛み

手放したいと思っていたのに、いざ手放す段になると突然襲ってくる不可解な感情に驚くことがある。

断捨離ストーリーではよく聞かれる話なのだけれど、自分自身にそれが起きるとやはり動揺する。


最初にモノでそれが起きたのは随分前で、そのときは「断捨離」ではなくて「ガラクタ捨てれば自分が見える」を読み、子供達が育ってもう必要なくなった絵本をお隣の坊や達に差し上げたときのことだった。

長女が大好きで飽きるほど繰り返し読まされた「ノンタン」。当時の私はその漫画チックな絵本をちょっと馬鹿にしていたのだけれど、娘が好きだから暗記するまで毎日読んだものだった。

その日お隣に絵本を運び込み、家にひとり戻った瞬間、突き上げるようにこみ上げてきた悲しみに声を出して私は泣いてしまった。

それは多分、子供達がべったり私にくっついていたあのうっとおしくも幸せだった日々が、もう思い出の彼方にあることを、初めて認識したからだったのではと思うのだ。


「断捨離」を学んで実践するようになって、私達がどれほどモノに自分の思いを乗せ、あるいは投影させて生きているかがよくわかるようになった。


そこにあるモノは、自分を証明するモノなのだ。

証明するモノがないと自分は自分を認められないから、モノを手放すのは辛いのだ。



私が現在している仕事は、自分が所有している建物の中での仕事である。
つまり、仕事というソフトをささえるモノがあり、それは私が望んでやっと手に入れた大切な「モノ」だ。

その「モノ」を、来春大学を卒業する娘に譲り、彼女のやりたいことに使ってもらおうかという案が浮上した。


最初は驚いていた娘だったが、次第に彼女の中からいろんなアイディアが沸いてくるらしく、目を輝かせてそのことを真剣に考え始めるようになってきた。

私はといえば、今の仕事を徐々に手放し、本当に自分がしたいと思っていることをしようと思っていたので、ある意味こういう流れは自分が望んで引き寄せたものなのに、いざそれが具体的になろうとし始めると、思ってもみなかった喪失感が頭をもたげてきている。


これには少々驚いた。

嫌だ嫌だと思っていたことさえあるのに・・・。
これさえなければ私はもっと自由なのに、と思っていたのに・・。


やはり私も「モノ」によって証明を求め、「モノ」が作り出すステータスのようなものに執着があったのかもしれない。


これも、断捨離の新たなステージだと思えばよいのだろうなと思う。

その「モノ」を手にしたときには、私にとって最高の「モノ」であったのは確かだし、それによって生きる喜びも苦しみも体験した事は、私の人生の宝物なのだろうと思う。

しかし、今というこの瞬間に、それはもう過去のものとなり、その「モノ」に最もふさわしい人が現れ、私はそれを手放すことによって次のステージに行くのだろう。


自分が存在するのは、常に今この瞬間であり、それを証明する必要性も必然性もないのだということを、改めて肝に銘じようと思うのだ。




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