2017年01月

自分を鼓舞する

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実は私に対する評価は、世間一般の人達と家族とではかなり違います。

外での私は(別に作っているのではないのですが、スイッチが入ると言ったらよいのでしょうか・・)、 物事をポジティブに捉え、他人の長所を見つけ、相手のパワフルさを引きだすことに生きがいを感じ、さまざまなアイディアが閃き、皆を笑わせるのが得意・・だと思っています。(私の思い込みだったらすみません。笑)

対して、内での私(特に家での私)は、頭の中でいつもあれこれと考え、他人の言動についての真意を量り続け、自分に自信がなく、物事のネガティブな側面や表向きでは綺麗ごとを言っても実はそうではないものを見抜くことに長けていたり・・・と、かなり根暗です。自分の感情がしんどくなって家族に愚痴るので、夫や娘からは呆れられています(苦笑)

夫曰く、私がAB型だからだとのことですが、それは彼の血液型に対する偏見でしょう(笑)
しかし、まだスイッチの入れ方を知らなかった幼稚園時代に、担任から「娘さんは陰気なお子さんです(まだ根暗という言葉がなかった!)」と言われた母が、「子供を陰気というなんて!」と激怒していたほどなので、本質的には陰気(笑)、いやネガティブな人間なのでしょう。

スイッチの入れ方を自然にマスターしたのは多分小学生時代で、2年生位の時からクラスでは目立つようになり、女子でありながらクラス会長をしていた記憶があるので、それ以降ずっとクラスや学校のリーダー的な役割をしてきたことを思い返すと、私は自分のこの二面性のようなものとうまく付き合ってきたのだなと思います。

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世間では、ポジティブが良くてネガティブが悪いという考え方があります。しかしそれは正しいようでそうではありません。

ネガティブさが存在していなかったならば、現在評価されている芸術や文学と呼ばれるものの多くは生まれ出ていなかったことでしょう。創造性を駆使し何かを創り出すのが芸術ですが、その根源は単なるエネルギーであり、そのベクトルがどちらを向いているかは関係ないからです。

私自身は芸術や文学の才能に恵まれていなかったことは残念ですが、それを鑑賞する力があったことを喜んでいます。人間ドラマの中にどっぷり浸かるという、人間にしかできない喜び(苦しみ?!)も味わい尽くしてきたし、それらを現している芸術に感動する時間も過ごして生きてくることができました。

しかしここにきて、改めてその事に思いを馳せているのは、そろそろこれまでの生き方では進んでいけない時がやってきたのだなと感じているからです。光と闇、ポジティブとネガティブ、白と黒、愛と憎しみ・・・のような二元性の世界は、人間が人間であるために地球上に設定された仮の世界であるからです。

ですので、私の中に相反して存在しているポジティブなものとネガティブなものも、人間として生きるからこその光と闇であり、もう闇に力を与えることを選んでいる時ではないのだなと感じているこの頃です。

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実は今の私は、ここ数年に渡って自分のスイッチを意識的にポジティブにオンする機会となっていたコースやリトリートなどをほぼ終了させて次の新たなスタートへの準備期間に入り、その為の色々なアイディアを出し計画を進めている最中です。

なので人に会う機会が激減し、そのためにスイッチオンの時間も必然的に減り、元来の陰気さが顔を出して、それゆえにネガティブな思考パターンに度々苦しめられています。そして改めて、世の中には私のような人も多いだろうなと思いを馳せています。


人間は、この地球で生きるために元々二元性に設定させられてきています。ですから、その苦しみから離れるためには、人間であることをやめるしかありません(!)

逆に言うと、二元性から離れていくことが、人間であることを越えていくことになるわけです。つまり、すべては一つのものだと知ることです。そしてそれを生きるということです。

つまり、私のポジティブさもネガティブさも、実はコインの表裏だと知れば良いわけです。どちらも私です。そのどちらもが良くも悪くもないのです。

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自分がコインそのものであると知るとき、その表面を出し続けることも、裏面を出し続けることも、どちらの面が出ていても気にしないことも、すべては自分次第です。その状態を悩むという事を越えて行けばよいのです。

なので、本来どちらでも良いのならば、私は自分の好きな方を出し続けていこうかなと思っています。なぜなら裏面が出ている時の自分は、生きるのがしんどくて心地悪いので(笑)

「裏があるなら裏もちゃんと見なきゃ」と思うのをやめて、「裏もあるけど、私は表の柄が好きだから、そっちをいつも見えるところに置いておくわ!」ということを自分に許可して行こうかなと思うのです。

という訳で、私は自分を鼓舞することを選び、スイッチはオンである時間を増やし、こうしてこの文章を書いています。

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人生は自由です。何を選んでも良いのです。そこには正しい答えなどないのです。

久々にスイッチオフの時間が続き、幼稚園以来の陰気さが顔を出し(笑)、生きているのがしんどくなってきたので、色々と工夫しなくてはと思った私でした。

私と同じようにスイッチオンが必要だなと感じている方も多いのではないかと思います。
ただ悩んでいても楽にはならないので、これを機会に共に自分を鼓舞することに工夫を凝らして、より心地よい生き方へとスライドして生きていきませんか。

私のオンがあなたの役に立つことがあるなら嬉しいなと、小さな希望を持って自分を鼓舞して書いてみました。



幻想

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ふと気づくと、自分が半世紀以上も生きてきたことに愕然とすることがあります。

私の記憶の中には、学校帰りにランドセルを背負って歩いている時、水の張られた田圃の中のオタマジャクシを覗き込んでいた時の感覚が、今もそこにあるからです。

小学校1年生の時、母親に連れられて一緒に行った本屋さんで、立ち読みではなく座り込んで本を読んでしまったときに、本屋のおじさんから「座って読んでいればわからないと思って!」と怒鳴られてショックだった記憶が、その時の悲しさと共にリアルだからです。

時の流れとは不思議です。

喜怒哀楽に満ちたさまざまな記憶が、フィルムの一コマ一コマのように今ここに同時に存在しているかのような、でも全くそれらは幻でしかなかったような、実体の伴わない、でもリアルでしかない夢のような状態で、私という存在の中に不確実にあるもののようです。

全ては幻想である・・・覚醒した聖者はそう言います。

そのことを知っているのも私。
そしてそれを否定したいのも私。

人間であるということは、その幻想を慈しむ体験をただ味わうためにあるのかもしれません。







 

~2017年の4つの大きなシフト~

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~2017年の4つの大きなシフト~

 
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親愛なる皆さんに、故郷からご挨拶いたします。私はキーパー・オブ・タイムです。

 

私は今日、あなたのハートに触れ、あなたが誰でどこから来ているのかを思い出すのを助けるために、あなたのタイムラインにやってきました。あなたは遠くからやってきた旅人で、間違いなく何度もここを訪れています。

 

しかし、今ここ地球にあなたは生きるようになり、急速な変化を起こしています。非常に多くの信じられないほどの変化があるので、時には我々が、人間が地球上でやっているすべてのことに追いつくのが難しいこともあるほどです。今日我々は、これから1年の間に起こるだろうことを少しお伝えしようと思います。

今起こっていることを見ることは、むしろ興味深いことです。
2017年2月までには、しばらくここにはなかった静けさを少し感じることでしょう。どこかそれは嵐の前の静けさという感じでしょう。ですから皆さん、静けさの中では、ほどんどの変化は起こり得ないという事を思い出して下さい。

「変化」とは、まさにその定義によって、しばしばそのように余波による影響や混乱を残すということが伴うのです。これを恐れないでください。なぜなら変化とは、実はあなたが体験しようと思ったことの一部だからです。

 

我々があなたを見守っています

 

皆さんの多くは、地球に来て、あなたがどこにいられるか、どのように見えるか、どのようにあなたがやっていけるかを解き明かそうとしています。あなたは今ここの真只中にいるのです。もちろん最大の恐怖は、あなたがもし失敗したら何が起こるかということです。なんて恐ろしい言葉なのでしょう、「失敗」です。

もしあなたが物事を達成できない場合はどうなるのでしょうか。あなたが自分自身を拡大し、それによって傷ついたとしたらどうなりますか。それが今日あなたに伝えたいと思う重要な部分です。

我々があなたを見守っています。我々はあなたの肩を抱き、その時々にあなた方一人一人を導くように努めています。あなたが世界のどこにいるか、あなたの過去にどういう歴史があるか、あなたが自分が信じているレベルというもののどこにいるかは問題ではありません。真実は、我々はあなたを見守っているということです。

それはあなたの子供たちを自由に遊ばせようとしていても、彼らが入ったり、行かないで欲しいと願う場所もあるようなものです。彼らの探検は明らかに問題を引き起こす可能性がありますが、それはゲームの一部とだということを、それらから学ぶことでしょう。

親愛なる皆さん、あなた方は幾分安全な場所にいます。特に今後2年間、大きな変化が起こる間は。
3、4年ごとに起こっている重大なエネルギー変化が、基本的にすべての人々を非常に急速に(ほとんど急速すぎるほどに)変化させてきたことを見てみて下さい。

そうすれば、あなたは自分自身をグランディングさせる為のことは何でもするようになるでしょう。そしてその光を受け取ってあなたの人生にもたらし、それを定着させることができます。それが向き合わなくてはならない部分です。


2016年には、9月27日にやってきたエネルギー波によって大きな変化がありました。その前に、多くのものが入ってきたのを見た事でしょう。実際には、アインシュタインが以前予測した重力波を見ました。3、4年ごとに、惑星にはこれらの大きなイベント、すなわち巨大でバイブレーションが上がる事象が起こります。来年あなた方は
つのイベントを体験するでしょう。

 

バイブレーションが変化するつの波

 

あなたはこれから先に起こる変化がわかりますか。進化する惑星以外では、このようなことは起こりません。すべての人類は、かつて人間によって成されたことのないレベルに達しています。あなた方それぞれが、自らの中にある神に触れるために、霊的覚醒に到達する能力があります。そして、あなたはそれを知ることでしょう。

 

あなた方の中には、自分の中に深く根ざした恐怖の種があります。過去世の体験から生まれたものもあれば、自分自身の仕事を通して喜んで前進した結果として、大きな抵抗と恐らくは報復としての死を体験してのこともあるでしょう。我々はそれが理解しにくいことを理解しています。

ですからこのことを覚えていてください。我々はあなたが地球にいる限り、あなたを見守っています。あなたがしているすべての事を注意して見ています。なぜならこの時代には、単に声にならざる恐怖から作られた新しい混乱が起こっているからです。

この惑星には現在非常に多くの技術が発達しており、これらの小さな事柄をまとめて一つにできるようになっています。それらは実際よりもはるかに大きく見えます。それが常に暗黒面が実際よりも大きく見えるということなのです。

ですから、我々はあなた方全てに、自身の中でこれを見るようにお願いしたいのです。自分自身の信念体系について何を変えることができますか。あなた自身をグランディングさせ、あなたの光に対して自信を持つために、あなたは何をシフトすることができますか。我々があなたに求めているのは、エネルギーに足を踏み入れることだけです。

あなた方の多くは自分の道においてすでに教師やヒーラーであり、あなたのエネルギーを地球に持ち込むことで既にかなりうまくやっています。それを維持し、今目覚めようとしている人たちが自信を得るのを助けてください。彼らは一歩踏み出して、ほとんどの人間が生きている初期設定の人生よりも、自分の選択による現実を生み出す必要があるのです。

 

新しい機会

 

ええ、すでに先を見据えている人達もいることをお伝えしましょう。生活、ビジネス、そして5年後や10年後にはどうなるかについて計画している人達もいます。それをしているのは非常に少数の人々で、個人的・精神的なレベルで先を計画しています。そしてあなたは今、それをすることができるのです。

あなたはこれから数年の間、あなたが誰になるかを決める選択肢を手にしています。かつて見たことのない新しい機会をもたらす波の中で、最高のポジションに自分自身を置く機会を手にしているのです。

ええ、皆さん、あなた方はこれから多くの混乱を目にするでしょう。変化のペースは速く、人間はそこにうまく対応していないので、それが起こるのです。おそらくこれまでは常にある方法で行われていたかもしれませんが、突然あなたはそれをまったく別の方法で行うようになります。


3月4日から17日にかけて、最初にバイブレーションの上昇が始まります。それらはすべて波のように入ってくるので、現在多くがある程度互いに干渉しあっています。これがタイムラインに少しずれを生じさせているため、この時点で他の3つのイベントの正確な日付を予測することを困難にしています。しかし、あなた方は2017年に4つの巨大なエネルギーサイクルを受けることになっています。

 

互いに助け合う

 

数年前に物事を動かしていたイベントは、タイムラインがお互いに交差したことに関わっていました。それはそれより先に起きた12・12のシフトに続いて起こったかなり大きなイベントでした。これからやってくる4つのイベントは、同様の大きな飛躍を遂げる機会であり、2017年中にはすべてが開かれます。

では変化することができない人はどうなるでしょうか。ええ、それこそが多くのライトワーカーが今地球上にいる理由なのです。・・他の人々を助けるために存在しているのです。それを正しいか間違っているかと判断しないでください。なぜならあなたがそうするとき、あなた自身のエネルギーを否定することになるからです。

単純に、人類には帯域幅があることを観察し、理解して下さい。また人間には高いバイブレーションと低いバイブレーションがありますが、人類全体は最もゆっくりの人の速さでしか動くことができないのです。さらに、これらの4つのバイブレーションのシフトには明確な理由があるので、ご説明しましょう。

 

人類の帯域幅がこのように大きくなったため、あなたが今地球上で経験していることは、これまで一度も経験したことがないことなのです。あなた方が地球を去る前に、おそらく新しい惑星を植民地化することでしょう。我々が意味しているのは、いわゆる宇宙船を使ってというものではなく、あなた方が既に何度もやってきたように、あなたのスピリチュアルな体を使ってのことです。

あなた方はかつて火星に住んでことがありました。その近隣であるここ地球に住み始める前に、です。そのことを興味深いと思うなら、残りの話を聞いて下さい。あなた方は火星に非常に興味を持っているので、間もなくより多くの発見がなされることでしょう。なぜならやはり火星はあなた方の最も近い隣人だからです。

はい、あなた方は自分達の歴史について多くを知るでしょうが、現時点では物理的な領域ではそれのすべてが理解されるわけではありません。皆さん、思い出して下さい。あなたはまずスピリット存在であり、人間であることは二番目なのです。両者の調和は変化を生み出す機会を与えているので、しばらく帯域幅のことについて戻ってお話しさせてください。

 

後退的な波が終わる

 

この驚異的な変化の中で、人類は上昇してきました。しかし、現在は後退する波の中にもあります。後退する波はすべてのものが更に分離を作り出すことに影響し、それは人類のあらゆる側面において起こっているため、地球上で再び分離が復活がしているのはこのためなのです。

それは人類のバイブレーションの中で最も高いものと最も低いものを更に分離させることになっています。再び人類は統一の代わりに分離を起こしているのです。

2017年に起きる4つの主要なイベントによって、これを元に戻して景気後退の波の方向を変え始めることができます。それがあなた方が今直面していることであり、それは重大なことなのです。

これがうまくいくと、後退の波は次の2~3年以内に終了し、その結果、異なる方に完全に向きを変えることでしょう。その旅を楽しんでください。なぜなら、それはあなた自身の創造の力への理解を確認することになるからです。

 

あなたのために創造を始める

 

あなたは創造者ですが、それはすべてのために異なる一連の規則を作成しなければならないということなのでしょうか。いいえ、あなたは自分の為に創造しているだけなのです。あなたの中にエネルギーを取り込み、あなたの最高の夢を創造し始めましょう。

多くの人々が心を閉じて、怒りや周囲に感じる重苦しさから自分自身を守っています。我々はあなたが逆の方向へと動き、あなたの情熱を広げ、暗闇の中で新しい光を下すために、この機会を使うことを強く願っています。あえて行動し、拡大し、自分自身を高めることをして下さい。

あなたが恐怖に陥った場合、後退的な波は逆転するのにずっと時間がかかります。あらゆる機会に故郷の光で自分自身を満たしてください。これらはあなたの体内に完全に充電された光を運ぶフォトン(光の粒子)です。まもなくそのことについてもっとシェアしますが、基本的にエネルギーがどのように動いているのかを学ぶことで、意識的に自分自身を光で満たすことができます。

あなたの体は、より多くの光を運ぶために過去7年の間徐々に適応してきました。この光は、あなたの周りの世界に驚くべき影響を及ぼしています。新しい時が訪れているのです。

来年は4つの大きなステップがありますが、皆さんがこのような状況をどのように解決するかを待ち遠しく思っています。これらのステップは、多次元性を完全に理解するためと同時に、今この時世界が混乱の真下にいても、あなたがスピリットであること、そしてあなたが本当は誰であるかを完全に理解するためのドアを開くのです。

 

皆さん、これらの言葉を受け取って下さい。それぞれが自分の事としてとらえて下さい。ここでは、私たちは若干異なるメッセージを話しています。それは、それぞれの人に届くように特定の言葉を使い、それぞれの心に個別に話しているからです。

あなたは自分が誰であるかを知っています。そして我々は、あなたが理解できる以上にあなたの仕事とあなたを尊敬しています。
この先向かっていくこれらの4つの動き、これらの素晴らしい機会を受け入れて下さい。そして、これがあなたが最初に地球に来た理由だと知って下さい。素晴らしい仕事を続けてください。

 

このようにあなた方にご挨拶できることはとても光栄です。 いつでも可能な限り、互いに敬意を持って接して下さい。機会があるごとに互いに育みあい、新しい地球で共によくプレイして下さい。私はキーバー・オブ・タイムです。愛と共にお別れします。

 

エスパーボ


ザ・グループ



エスパーボという言葉は、初期のレムリアの挨拶です。「あなたのパワーを手にして下さってありがとう。」
 





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吉濱ツトムさんにお会いしました

先日、10月に申し込みをした吉濱ツトムさんの個人セッションを受けてきました。実に3ヶ月待ちでした。

最初に申し込んだ時は、今年から私自身が新たに始める事についてのアドバイスとサポートをお願いしようと思っていたのですが、実際には自分自身の発達障害へのアドバイスを頂くことが主となるセッションとなるとは思ってもいませんでした。

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吉濱さんは、動画などではアスペルガー特有の無表情が強い印象であったり、ツイートでは辛辣な言葉を発していたりする方なので、実は少し緊張してお会いしたのですが、迎えて下さった吉濱さんは、なんとも愛に溢れて優しく、澄み切った美しいエネルギーの方で驚きました。

かなりの発達障害ゆえに苦しまれた過去の大変な人生が想像出来ないほど、ご自分の特性を活かし、美しく生きていらっしゃる様子には、ある意味感動させられました。

そして彼自身はとてもスピリチュアルな方で、目に見えない存在とのコンタクトを取る方でもあるのですが、発達障害を抱えている人達へのサポートは、あくまでも現実生活でより楽に生きられるようになる事にフォーカスし続け、身体へのアプローチと認知療法などのトレーニングを主体にされて成果を出す事に成功されています。

発達障害とは、スピリチュアル的に言うと新しい人類であることは間違いないのですが、人間としての生き辛さや苦しさを抱えたままでは、その美しく素晴らしい特性が発揮されないのだと、あくまでも現実面でのサポートに尽力されていることにとても共感しました。

彼からは、私自身に関しては、現実的な事とスピリチュアリティーの二刀流で行く事を強く勧めて頂きました。それによって、これまで私の中にあった色々な迷いや葛藤が払拭される思いがして、本当に楽になりました。

私自身の発達障害ゆえの生き辛さに関しては、ローカーボやサプリメントの摂取、体癖の矯正、集中力の強化など、アドバイスされたことに取り組んでいくつもりです。

発達障害の人は、その脳機能の特性ゆえに通常よりずっと深い劣等感を持ち、社会でうまく機能しないことでの失敗体験から更に自己否定を強化して生きていることがとても多いのです。

私自身も、頭の中で必要以上に過去の出来事がブラッシュバックし、それ故に自分を苛む思考から流れられないという苦しみを繰り返してきました。

また、自分が興味を持ったことにのめり込む特性は、うまく機能するなら人が閃かないアイディアを多発し、さまざま新しい試みへと結びつくのですが、それを欠点と捉えると、飽きっぽい単なる器用貧乏だと見られてしまうのです。

吉濱さんにお会いして、私以上に私のことを理解して貰えたことで、胸に深く染み渡るような幸福感に満ち、何より私自身が自分をより深く理解することへと導かれました。

その理解を現実面でのより幸福な人生へと生かし、これからも進んでいきたいと思っています。

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「障害」について考えること

先日、親しい人との会話の中で、「障害」と書くか、「障碍」と書くか、「障がい」と書くかについて考えさせられる事がありました。その人の知り合いは、わが子が「障害者」と書かれると、まるで社会に「害」があるような気がして不快になるので「障がい者」と表記するとのことでした。

私自身は、文字も言葉もある意味記号だと考えていた為、その記号にどういうエネルギーを乗せて使うかという事が大切だと思い、敢えて「障がい」と書くようなことはしていませんでした。

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しかし最近では、官公庁や行政機関では「障がい者」という表記が多いそうです。ところが、法律上の表記は「障害」と書かなくてはならず、その辺は一貫してはいないそうなのです。( ※参考→ 結局「障がい」「障害」「障碍」ってどう書くのが正しいの? )

ネットでは、敢えて「害」の字にこだわることを逆差別だという意見もあります。障害のある人達を「害」と言っているのではなく、「機能的に不全の部分があり(損なわれる=害)、日常の活動に差しさわりがある(障)のでその点に留意すべき人達」と言うのです。

結局は他の全ての事と同じく、そこにジャッジメントのエネルギーを乗せるかどうかという事と、そのことを気にする人に対しての配慮をするかどうかという事になるなのでしょう。

そして、まだ認知度があまり高いとは言えない「発達障害」も「しょうがい」という言葉を使うものであるという事と、私自身がADHDである可能性が高いことを知ったことは、改めて「障害」とは何であるかについて考える機会となりました。
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私の考える「発達障害」とは、人間の身体の器質にバイブレーションがあまり合っていないスピリットが入った結果として、定型発達と呼ばれる人達とは違った脳の機能を持ち、そしてそれゆえの能力や気質を現している状態です。

ほとんどの場合、発達障害と呼ばれる人達は、これまでの大多数 の人達が作りだした社会でうまく機能するには、繊細すぎたり、逆にハイパーすぎたり、個性的すぎたりと、生き辛さを抱えることが多くなっていると言えるでしょう。

そしてそれは、他の「障害者」と呼ばれる人達と同じように、「差し障り」があるのは社会での生き易さに関わることで、その人が劣っているということではなく、何より本人が生き辛いということでしかないと考えるのです。

例えば、よくダウン症の子供たちは天使のように美しい心を持っていると言われています。彼らに触れる人達は、その優しさや純粋さに癒され、愛を受け取るというのです。私もそう思います。しかし実際問題としては、彼らがこの世を生きるためには周囲の人達のサポートが必要なのは間違いありません。それはシビアな現実です。

同じように、現在その数がとても増えていると言われている発達障害とカテゴライズされる人達も、周囲の人々のサポートと理解がとても必要です。そしてそれ以上に、自分自身がそのことを知り、自分が自分をサポートする事も更に大切になると私は思っています。

私自身は、これまでスピリチュアル的な観点のみでWSやセミナーを行ってきましたが、それだけでは片手落ちであることに最近ようやく気づきました。

特に「グレーゾーン」と呼ばれる度合いの人達は、専門医に発達障害だと診断されることはないため、生き辛さを自分自身の落ち度や未熟さだと責めることが多くなります。

また、パターン化している「認知のゆがみ」を指摘しても、一時はそれを理解・納得しても、それは実は脳の機能的なものに由来している為、時間が経つとまた元に戻って同じようなパターンに入り込んでしまうということがあまりにも多いのです。

私は、これまで紹介してきた吉濱ツトム氏の著書や動画によって、自分に対しても、またセミナーなどに参加してくれた人達に対しても、より深い理解が訪れました。(※参照ブログページ→「隠れアスペルガーという才能」

彼が提唱する『症状を軽減し、豊かな社会生活を送る』ということは、決して発達障害というカテゴリーにある人達のことを差別するものではなく、自分の状態をより明快に理解し、皆が幸せに生きるという観点に基づく吉濱氏の理念です。

隠れアスペルガーであると同時に、生き辛さをかなり解消しているとは言えどうやら真性の多動衝動性ADHDらしき私は、自分の状態を客観的に知ることで、更に生き易くなることを感じています。

以下「アスペルガーとして楽しく生きる」(吉濱ツトム著・風雲舎)より、アスペルガーとADHDの特徴をご紹介しますので、当てはまる事項が多いと感じる方は、彼の著書を参考にされてはと思います。(「グレーゾーン」と呼ばれる人は、当てはまる症状とそうではない症状の両方があります。)

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吉濱ツトム氏の著書は以下の通りです。ご興味のある方はご参考までに!

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発達障害という才能

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今年の初びっくり!が昨日私に訪れました。

実は私、以前より吉濱ツトム氏の 「アスペルガー克服6か月実践オンラインプログラム」というのに取り組んでいました。何故かというと、彼のHPにあったアスペルガー診断テストで、私自身も「グレーゾーン・アスペルガー(隠れアスペルガー)」だと知ったことと、私の主催していたコースに参加していた人のほとんどが同じくグレーゾーン・アスペルガーもしくは、真性のアスペルガーだとわかったからです。

自分自身が発達障害と呼ばれることでの生き辛さを克服したいというより、それで生きるのが苦しい人達のサポートをすることができたら・・というのが、受講した本当の動機でした。(もちろん、自分にも役立つことも多いですが、私自身はそれで悩んでいるとかいう事はもうないと思っていたのです。)

講座は動画で進められているのですが、私は机に座ってじっと動画を見るということがとても苦手なので、いつもヘッドフォンを使って、何か家事をしながらそれらを「聴く」というやり方で視聴しています。ですので講座2か月目にあった「アスペルガー診断テスト」は、もうHPでやったからいいやと飛ばし、もう一つあった「ADHD診断テスト」も一緒に後回しにしていたのでした。

そうして昨日何気なく、まだやっていなかった 「ADHD診断テスト」の方を、洗面所で化粧をしながら(笑)やってみたところ、「多動衝動性優位型ADHD」のテストで、なんと40問のうち33問が当てはまるという、「医師から診断されるレベルのADHD」だったのです!

質問に答えている時点で、「私、全部当てはまるのでは?!」と思うほど自分のことを言われているようでした。NOと答えたものでも、大人になるまでに自分自身を訓練してそうではなくなっている部分がほとんどでした。

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私は、今の日常生活で自分がうまく適応できなくて辛く感じているという事は特にありませんし、子供の頃学校で立ち歩いたなどという事もなかったので、多動衝動性優位型ADHDであるという可能性を疑ったことはこれまで一度もありませんでした。(参照→ ADHD(注意欠陥・多動性障害)とは? )

しかし質問事項を読んでいると、「授業中いつも落書きをしていたり夢想していたりしていなかったか?」と問われると、実際そうであったことを思い出しました。小学校の時は授業があまりにつまらないので、いつも自分で教科書のずっと先を読んでいたり、算数の問題をどんどん先まで解いていたりしていました。そうしていない時でも、いつもあれこれと夢想していました。

高校時代は、学校の授業に興味がなくて嫌で仕方がなくて、早々に大学進学することもやめて、授業中はずっと机の下で本を読みふけっていました。

大人になっても興味のないことをやるのが本当に嫌いで(反対に興味があったら、それこそ時間を忘れて没頭するのですが・・)、机に座って勉強をするというのも大嫌いで、英語が少しばかりできるようになったのも、机の前にじっと座って勉強するのが苦痛なので、家事をしている時と車を運転している時は耳から英語を聴いたりシャドウイングしたりするというマイルールを作って、それをずっと続けてきたからでした。

子供のころからケアレスミスと忘れ物が多いことをよく指摘されてきましたが、大人になった今はスマホを活用して、仕事に関しては二重三重にアラーム機能などを使って、スケジュールなどを忘れることがないように気を付けています。

こうつらつら書いてくると、なるほど!と思える多動衝動性優位型ADHDの特徴が随分当てはまっています。つまり私自身は、障害と言うべき特性とうまく折り合ってこれまで生きてきたようです。そして、私のやっている仕事なども、自分が自分用にオーダーメイドして作り続けてきた結果なので、私によくカスタマイズされているため不都合がどんどんなくなってきていたという訳です。

あまりにびっくりしたので、夕飯時に家族に食卓でその話をしたら、夫も娘も「驚かんわ」と言うではありませんか!「ママが普通と違うことは間違いないし」と・・。試しに二人にもテストをしてもらいましたが、彼らは私とは違ってたくさんNOがあり、ADHDではありませんでした。(確認したくなるほど、質問事項は私にとって当たり前のことだったので・・)

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私はこれまで自己流で、自分が生き易くなるように人生を変化させてきたのだなということが、ようやく良くわかりました。確かに、二十年ほど前の私は、毎日何かに切れていました。突発的に衝動が突き上げて、物に当たり散らしながら怒鳴りまくっていたのでした。(今でもないとは言えませんが・・)一旦何かに興味を持ったら、オタクと言われるレベルまで調べ上げたり(これも今でも・・笑)、そうかと思えば、飽きてしまうと全く見向きもしなくなるというのは日常茶飯事でした。

私自身は、発達障害というのは「障害」だとは全く思っておらず、脳の発達具合が普通と呼ばれる人達と違っているだけだと思っているので、自分自身がそうであることにショックを受けているわけではないのです。ただ、質問事項に答えている時にあまりに当てはまったので、自分がカテゴライズされる場所があったのだということが驚きでした。

そしてスピリチュアルと呼ばれる世界では、発達障害を抱えている人達をNew Kids(新しい子供達)と呼び、より繊細なバイブレーションで地球のシフトに貢献するために生まれてきて人達だと定義しているので、その子供達や元子供達(大人)をサポートするのが私のミッションだと思っていた自分自身が、他ならぬ年とった(笑)New Kidsそのものだと証明されたことが、ある意味痛快でした。
(過去ブログ参照→「隠れアスペルガーという才能」「新しい時代の子供達The New Kids」

私は、医学的見地とスピリチュアルな視点との両方から、発達障害とカテゴライズされる人達がより生き易く、また自分に隠れている才能を発揮して生きていくのをサポートしたいと思っていたのですが、自分自身のことを改めて発見することで、その思いが更に強まりました。

それはまるで医学において、人間に寄与するのは科学の発展の成果とも言える西洋医学のみならず、目に見えない分野の叡智が集結している代替医療との両方である、という事に似ているような気がします。

これから追々その両方の視点から、発達障害と呼ばれる在り方をよりポジティブに生きるための知恵をシェアしていきたいと思っています。















 

正月考

皆様、明けましておめでとうございます。

正月も三日になってからのご挨拶ですが、マイペースでいくモットーに従っていて、むしろ三が日に間に合ったのが嬉しい私です(笑)

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 (↑懐かしいハワイ島マウナケア山頂の朝日です)

ここ十年ほどの間に、私のお正月はどんどん変化して行きました。年賀状を出す事を断捨離したのも随分前ですし、義父母ともに見送ってからはお節料理を作ることもなくなりました。(うちの家族は、皆お節が好きではなくて、要らない!というからです。笑)

とうとう昨年は実家も空中分解したので、毎年聞かされていたお正月の準備にまつわる母の愚痴もなくなり(笑)、 しきたりや習わし、ねばならないから完璧に解放され、ただ心に従うままの年末・お正月となったのです。(クリスマスも含めて・・)

実は私自身は、料理上手な母の作るお節料理は大好きでした。子供の頃は、正月には着物を着て、九谷焼のお皿を出して、祝箸に名前を書いて・・・といった、いつもとは違うピンと張った空気感の元旦の朝はとても好きでした。

しかし、結婚して能登の長男に嫁いでからは、「長男の嫁」として働かなくてはならない正月は、ただただ苦痛でしかなくなりました。同時に母が父との人生に疲れて色んな事が破たんし始めてからは、正月になる度に自分だけがしんどい思いをしなくてはならないと愚痴を聞かされる事の繰り返しで、正月は苦行でしかないような年中行事となりました。

それらからすべて解放されたのが今年のお正月という訳です。

ついでと言っては何ですが、昨年定年退職して今は再雇用で働いている夫が、なんの挨拶状もなしに(笑)突然年賀状を出すのをすべてやめてしまいました。以前から、退職したらやめると言っていましたが、それまではただ義理でしかない、添え書きも何もない年賀状を、私との連名で(一度はやめてもらったのですが、別れたと思われるのが嫌だったのか、頼み込まれて戻しました)出し続けていました。

名義貸しのようなものですが(笑)、自分の名前が書かれた年賀状が、何の添え書きもなしに出されていたのは本当は嫌でした。なので夫が義理の年賀状をやめたのは嬉しいことでした。ただ娘の嫁ぎ先と私がご挨拶したい人だけにはメールで夫の失礼を詫び、他はどう思われてもいいやと全てを手放しました。

そうして心のままに従って行動した年末・年始は、無理をしない範囲で、自分たちが気持ちよく感じるための大掃除をし、一人暮らしになった実家の父にはお節は作らない旨を伝えましたが、スカスカの冷蔵庫が切なくて、父の好きなお節の品をスーパーで買って届けました。

元旦から仕事があった夫や、バイトや年越しディズニーで大晦日は徹夜状態だった子供達にも無理のないように配慮し、私達が本当にお年始に行きたいと感じる義兄姉の家と父の家に、午後遅めになってから出かけました。そうすると、昨年までは両親とあまり良好ではない関係性だった弟夫婦が、心から父のことを思ってくれて父とお酒を酌み交わしていてくれたり、義兄姉ともお茶を飲むだけでとても和やかな時間を過ごすことができたり、すべてが笑顔の一日でした。

元旦の夜は、初めてオードブルなどを買ってきて並べるだけの食卓を囲みました。お節料理は作らなくても、それなりに時間をかけて凝った料理を作っていた昨年までの私には正直抵抗はあったのですが、基本食べることにあまり執着がない我が家は、その代表である夫が、「何でもいいから。ママが無理しなくていいから。外食でもしようか。」と強く言ってくれて、結果この形となりました。

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意外と美味しいものが多くて、オードブルなんてと思っていた私の概念も覆されました。かさ増しして美味しいオリーブオイルをかけたサラダがいい塩梅にバランスをとってくれて、家族も私も満足した夕食となりました。

県外にいる結婚した娘夫婦は、違う県にいる夫くんのご両親を正月に訪ねるため、こちらへは無理な帰省をしなくて良いと伝えていました。正月に限らず自由に、帰りたい時に帰ってくるスタンスで付き合っていけばよいと思っています。

賑やかなお正月もとても素敵でよいなと思うのですが、そこに「ねばならない」や、義理や慣習が入るのはもういいかなと思うのです。しきたりや慣習、歴史や伝統が・・という事をいう人もよくいますが、その伝統とは、更に昔に遡ると別のものだったはずで、ほんのここ百年か二百年のものではないかと、私はいつも思うのです。

時は移り変わっています。伝統を大切にするということは素晴らしい部分もありますが、そこに潜む人間を縛る観念、まず形ありきの在り方、それらから自由になっても私達は幸せに繋がりあっていけるような気がするのです。

十数年に渡って少しずつ自由度が増してきた私の年末・年始が、ここにきて完全に全てから解き放たれた感のある新しい年の始まりでした。年末・年始が苦行でしかなく、体重まで減らしていた過去の私は、もう別次元の存在のようです。

全ては私が選び取っていた人生だったのだなと改めて思います。心の導くままに自分の行動を決め、心のままに人と繋がり、すべてから自由でいながら幸せに日常を暮すことは可能なのです。それができないと嘆いていたのは、そうあることを受け入れていた私自身だったのだなと、今さらながら思います。

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自由の象徴のような美しいしめ飾りは、友人のHANAYAかれんの香織ちゃんの作です。飾りたくて飾る「しめ飾り」は、今年の私の心境にぴったりです。

これからの私は、逆に作ってみたくてお節料理を再び作るかもしれません。集まりたくて集まる親戚の集いは、きっとただ楽しいものになることでしょう。自分を縛るものから完全に自由になった時にこそ、私達はその縛っていたものを今度は主体的に楽しむことができるようになるのでしょう。

一人になる時間が多かったので、静かに色々と思いを巡らせた三が日でした。


今年は地球規模で大きな変容が何度も起こる激動の一年になることでしょう。しかし激動は不幸なのではなく、私達のシフトを促す流れでしかありません。

2017年は、私にとっても大きな変容の一年になるはずです。静かに始まったこの一年を、常に自分の中心からぶれることなく、魂の計画を現実化していく道筋を着々と進んでいきたいと願っています。

皆様にとっても、喜び多い輝く一年となりますことをお祈りしております。
今年もご一緒に、生きていることをたくさん楽しんでいきましょう♪

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