Cerulean Blue (セルリアンブルー)

Believe in yourself. You are loved.

2019年01月

自分が満たされることで上がる他人への許可度

まず自分を一番に満たすこと・・そのことを改めて感じる出来事がありました。

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↑上の写真で、私がベビーを抱いているのは、産院のナースステーションの前の椅子です。

なぜそんな場所で抱っこをしているかには訳がありました。

この病院は母子同室なのですが、赤ちゃんが生まれた翌日、部屋に弟とママが一緒にいることを知った上のお姉ちゃん(もうすぐ3歳)は、とても傷ついたのでした。(自分はママと離れて我慢していたから・・)

あんなに会いたかったママの側に行くまで、その日は1時間もかかったそうです。(パパに抱かれたまま、ママの隣に行こうとはしなかったのです)

それを聞いた私達家族は、彼女が自分から弟をママの病室に連れてくるのにイエスと言うまで、面会の時には赤ん坊を新生児室にあらかじめ預けることにして、私達は交代で部屋を抜け出し、こうして赤ん坊を抱っこしていたわけです。(もちろん、上の子を病院に連れていっている時だけですが・・)

孫娘は、まるで赤ちゃんの存在などないように、病室ではママと触れ合い、甘え、満足するまで時間をすごしてから帰宅していました。

その間一切、弟のことを口にすることはありませんでした(苦笑)

しかし、娘が心から愛情を注いで孫娘の相手をし、可愛がって過ごした3日目の夕方、彼女は自分から赤ちゃんを病室に連れてきてもよいと言ったのです。

私達全員が、心の中で「お~!!」と叫びました(笑)

そして、パパとママに挟まれて座った孫娘は、初めて自分から赤ちゃんの顔を覗き込み、ママと一緒に弟にお話しをしたのです。

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自分が十分に満たされて、初めて他に愛情を注ぐことができる・・という事を、目の当たりにしました。

理屈ではもちろんわかっていたことですが、孫娘の様子を見ていて、本当にこれは大切なことなのだと改めて思いました。


私自身が親だった時には、子供達に十分にそうしてあげることはできていなかった事を、申し訳なく思っています。

そして自分自身も、自分が子供だった頃から、自分を満たすことをどこかで諦め、親に気に入られるために無理をしていたのだなと思い返します。

そうしたことの全てが、大人になってからの様々な葛藤や行動の根底に影響を与えているのだとわかります。

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しかし、大人になってからでも、もう一度そうして生きることを始めるのは遅くはありません。

自分自身が、まず十分に満たされることに許可をして、そして自分の中が愛で一杯になったらそれを他へと分け与えるのです。

自分を一番にすることを諦めていた人、それは我儘だと自分を戒めていた人は、そうすることを許可したとしても、決して「我儘な人」になることはありません。

根本的に、そうなることは無理な性格の人しか、自分を後回しにしてきてはいませんから(笑)

自分が満たされたことが、やがて周りへの感謝へと変わり、我慢して生きていた時よりもずっと周囲の人達ともよい関係性へと向かいます。

逆に言えば、自分を満たすことを諦めたり後回しにしている人は、どこかで不満と悲しみを抱え、やがてそれが何らかの形で爆発する可能性が大きいと言えるでしょう。

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小さな子供のように、泣いて暴れて、自分の気持ちを訴えられたらどんなによいかと思います。

それを「我儘だ!」と封じ込める大人は、自分自身がそうされてきた人達でしかありません。

自分自身が満たされ、自分に愛を注ぐことができている時、子供への対処も多分その子にとっての必要性と愛情を優先することは容易くできるでしょう。

大人が子供に対して持つ責任の中には、時には今のうちの娘のように、先に相手(子供)を優先しなくてはいけない事もありますが、娘は私達親に甘えるということを自分に許可することで、それを成し遂げているのがわかります。

私自身も、娘の里帰り出産は、正直に言うと望んでしたことではありませんでした。

しかし、親としての自分の「やりたい事」としてそれを引き受けた時、私は夫や家族に甘えることも自分に許可し、時には自分が「子育て・孫育て」よりも優先したい自分自身の大切な事をやることを、家族の協力の元でやらせてもらっています。

すべてはバランスなのですが、それでもその根本に「まず自分を満たし、それから他へ注ぐ」ということを置いていることで、世界は自分にも相手にも優しくなるように思います。

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自分を満たすということも、ある意味訓練なのかなと思います。

子供のころから受け入れて貰えなかった「切ない思い」を、一つ一つ緩やかにリリースし、自分に与えるということへのチャレンジを積み重ね、それが「スタンダード」になって生きる人達でこの世界が溢れる時、お互いがお互いを受け入れ、認め、愛し合うことは当たり前になるのでしょう。

孫娘は、弟がママの部屋にいること、自分が彼のお世話をすることはOKになったのですが、ママがおっぱいをあげるのにはまだ抵抗があるらしく、自分がミルクを哺乳瓶であげると言い張っているので「助けて~!」と、少し前に娘から電話がありました。

私の提案で、いつもは禁断の自販機のジュースを買ってきて、赤ちゃんのおっぱいと一緒に飲み比べ競争をするということで、孫娘から弟への授乳のOKがでたようです(笑)

ジュースで満たされると、おっぱいへの執着は薄れる・・赤ちゃんへの許可度が増しました!

どうぞ、ご参考までに(笑)





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こちらもどうぞ
「なぜリトリートという形でセミナーをするのか?」にお答えします!

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【リトリート・セミナー参加者アンケート Part4】




『HSC ひといちばい敏感な子』

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一昨日、二人目の孫が生まれました。

まるでその存在そのものが、あちらの世界との架け橋のようなその美しい波長に、私は完全にノックアウトされました。

そして、自分自身が三人産んだのも、この波長が忘れられなかったからだったな~と思い出しました。

それは、睡眠不足との戦い付きの、ほぼ一年限定の「美しい時間」でしたが・・笑

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そして今回は、自分自身が母親だった時には、なかなかうまく対処できなかった事をおさらいするような体験を重ねています。

なぜなら、県外に住んでいる娘が、来月で3歳になる孫娘と共に我が家に里帰りしているからです。


もうすぐ3歳の孫娘は、お話会などでも話題に取り上げてきた「HSP(ハイリ―・センシティブ・パーソン)」の子供です。

HSC(ハイリ―・センシティブ・チャイルド)」と呼ばれる特徴を持つ孫娘は、とても感覚が鋭敏で、物事を深く感じやすい子供なので、弟が生まれるという人生初の一大事は、彼女にとっては大きな試練でした。

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この本が出版されていることは以前から知っていましたが、今回HSPの孫娘と一緒に暮らし始めて、それも下の子が生まれるという一大事で情緒不安定になっている彼女に最善の対処をするために、「読まなくては!!」と強く感じて購入したのでした。

読んでみて本当に良かったです。孫娘は、下記のチェックリストは、ほぼすべてが当てはまっていました。

普段は本を読まないうちの娘も、孫娘のチェックテストをやってみたら、あまりにもその通りで驚いた為、自分から入院の病室に本を持って行きました(笑)

《HSCかどうかを知るための、23のチェックリスト》

~エレイン・N・アーロン著より引用~

1.すぐにびっくりする
2.服の布地がチクチクしたり、靴下の縫い目や服のラベルが肌に当たったりするのを嫌がる
3.驚かされるのが苦手である
4.しつけは、強い罰よりも、優しい注意のほうが効果がある
5.親の心を読む
6.年齢の割に難しい言葉を使う
7.いつもと違う臭いに気づく
8.ユーモアのセンスがある
9.直感力に優れている
10.興奮したあとはなかなか寝つけない
11.大きな変化にうまく適応できない
12.たくさんのことを質問する
13.服がぬれたり、砂がついたりすると着替えたがる
14.完璧主義である
15.誰かがつらい思いをしていることに気づく
16.静かに遊ぶのを好む
17.考えさせられる深い質問をする
18.痛みに敏感である
19.うるさい場所を嫌がる
20.細かいこと(物の移動、人の外見の変化など)に気づく
21.石橋をたたいて渡る
22.人前で発表するときには、知っている人だけのほうがうまくいく
23.物事を深く考える

【得点評価】
13個以上に「はい」なら、HSCの可能性大。そして、注意事項があります。心理テストよりも、子どもを観察する親の感覚のほうが正解なので、たとえ、「はい」が1つか2つでも、その度合いが極端に強ければ、HSCの可能性があるそうです。

私は、自分はHSPの中でもHSS(Highly Sensation Seeking 刺激を求める人)と呼ばれる外向型のタイプではないかと考えています。

色々と調べていて感じたのは、発達障害の中で「グレーゾーン」と呼ばれる人達は、実はこのHSPという分類なのではと思うのです。

私自身は、カテゴライズや分類は、人間が勝手に作っているものでしかないと思っているのすが、それが役に立つならその分類で知識を使えばよいと思う訳です。

異論はあるかと思いますが、私の感じるところでは、グレーゾーンの中でもアスペルガーの不注意優勢型に近いのはHSP、グレーゾーンだけれどもADHDに近いのがHSSなのでは?と思います。

グレーゾーンの人達は、俗にいう発達障害のKY(空気を読めない)人ではなく、人の事がよくわかるKY(空気を読める)タイプだと思うからです。


私は、親によると、幼稚園時代には先生から「陰気な子」(暗いという言葉がまだなかったので・・笑)と呼ばれたらしいですが、小学校に入ってからは、母の望みを感じ取って、自分を奮い立たせて訓練していき、その成果で人前に立つことができるようになりました。

しかし今でも実は、知らない人に道を聞いたり挨拶をしたりするのはかなり苦手です。

でも、必要に応じてフレンドリーに人に話しかけることができるようになったので、誰からも「人見知り」だとは思ってもらえません(笑)

人と話をするのは大好きなのですが、それに反して、一日の内に静かに一人になる時間がないと、ストレスが高じてしんどいです。

なので、一日中家事と子守りに忙殺されている今は、夜中にやっと一人になって、こうしてブログを書いています(笑)

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(↑クリックしてください♬ HSCの子供へのアドバイス記事がたくさんあります)

今、私の元に孫娘が人生の一大事(笑)の時にやってきているのは、偶然ではないような気がしています。

そしてそれは同時に、少なからずHSPの気質を持った我が子達を育てていた時に、うまくできなかった過去の自分を癒す時間にもなっているように感じます。

同時に、HSCの孫娘と向き合っていると、子供だった過去の自分自身も、こうして理解されて抱きしめられたかったのだなとわかります。

私は、過去の自分を、そして過去の我が子達を抱きしめる気持ちで、弟の誕生で自分の気持ちのコントロールが取れなくて苦しんでいる孫娘を抱きしめるのです。

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実は感受性が鋭く、人の気持ちがわかるとても美しい資質に満ち溢れているHSCの子供達が、「育てにくい子」であることばかりがクローズアップされているのは残念なことです。

そして、HSCの子供達の割合は、益々増えているようです。

5人に1人と本にはありましたが、私はもっといるように感じています。

不登校や学級崩壊などの問題も、根底にはHSCの子供達への無理解があるのではと思います。

一人一人の「ひといちばい敏感な子」との適切な向き合いが、きっと子供達の世界を変えていくことでしょう。

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この世界に降りてきたばっかりの弟くんは、どんな美しい素質を持ってやってきたのか、静かに楽しみに見ているばぁばの私なのです♬




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フィルターが外れる時・・真実と共に生きる

*これまで当たり前だと思っていたことに、どんどん違和感を感じ始める。

*まるでコップの中の水が一杯になってしまったみたいに、たった一滴の「何か」がそこに注がれただけで、水があふれ出してしまうように感情が溢れ、抑制が効かなくなってしまう。

*自分が愛して止まないとずっと思ってきた人、自分を愛してくれていると思っていた人、そのどちらもが実は「愛」ではなくて「執着」であったという幻想に気が付いてしまう。

これらのような事が、自分の世界で起こっている人が増えているのではないかと思います。

もしくは、そのことに気が付いてしまっては、自分がこれまで生きてきた世界が崩壊してしまうことを感じ取っていて、無理やりそのことに蓋をして、その「気づき」に気づかないふりをしているけれども苦しくてならない人もいるのではないかと思います。

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これらの全ては、実は私自身にも起こったことです。

「気づき」が見えないように蓋をするのは、遥か遠い昔、物心ついた時からやっていたことであり、それは「生きる」ために選び取った、サバイバルのための戦略でした。

子供の時の自分が選び取った「戦略」は、大人になってからも続くのが普通です。

親と子という間柄は、子が大人と呼ばれるようになってからも、決してなくならないからです。


これまで、リーディングセッションや、ワークショップやセミナーをしてきて、さまざまな悩みや問題、その人が自分自身の力を発揮できない理由の根底には、それが過去世に由来しているものでない限りは、ほぼほぼ全てがこの「子供時代に身につけた戦略」が存在しているのを見てきました。

平たく言うと、それは「親との関係性」に由来しているということです。

これまで書いてきた「毒親」という観点は、それのエキセントリックなパターンですが、毒親と名付けられるほどの「被害を被っている」という意識がない人であっても、子供の頃に親との間につくられた関係性は、本当にその人の生きる「信念」や「戦略」を生み出しており、あたかもそれが「真実」であるような錯覚を持ったまま、「自分を生きている」と信じている人が多いように見受けます。

それに気が付くには、自分以外の人の視点から語られる「自分」について、素直に耳を傾けてみることです。

人は、自分の事はなかなかよくわからないのですが、他人のことはよく見えるものです。

偏見や利害関係のない人からの率直な意見は、時には核心をついてくるので、聞かされると多分自分の中に「反応」が起こります。(「反応」とは、自分の中から湧いてくる反発であったり、ショックを受けるような驚きであったり、怒りやイラつきであることが多いでしょう)

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私の場合で言うと、その「核心を突く観察からの意見」は、夫と子供、そして私の真実を見てくれている親しい友人からの言葉がそうでした。

彼らの目に見える「私と親との関係性」と、私が感じていたそれとは、全く違っていたのです。

私が「親から受けている愛」と認識していたものは、彼らからは「私を利用している親のエゴ」でしかありませんでした。

もちろん、そこに親の愛がないと言い切るのではありません。

それは私達が心の奥底で定義している「親からの愛」、つまり「無償の愛」ではなく、「条件付きの愛」でしかないということなのです。


私達は実は、深いところではそれを知っているのです。

でもそれを知ることは、子供であった自分にとっては苦しすぎることだったので、真実を見る目にフィルターを掛けて、「条件付きの愛(自己愛)」でしかない親の愛は、「無償の愛」なのだと思い込みたい自分がいたのです。

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今私の元には、里帰り出産の為に帰省している娘の長子である、来月3歳になる孫娘が一緒に住んでいます。

彼女を毎日観察していると、そのことが本当によくわかるのです。

家に一人小さな子供がいるせいで、外に出た時にも、自ずと他の小さな子供に目が行きます。

ほんの2~3歳で、子供達はもう親や周囲の大人たちから愛されるための戦略を身につけ始めているのを目の当たりにします。

そして5歳くらいになると、その戦略がその子の人格に影響を及ぼしているのがはっきりと見て取れます。

天真爛漫な子供らしい子供は、平気で我儘を言うのです。

しかし、その我儘を既に封じ込められた「おりこうさんの子供達」が、既に彼らの目の光を曇らせているのを見ると胸が痛みます。

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元祖「おりこうさんの子供」であった私は、とうとう親からは「親不孝な娘」のレッテルを張られる場所へと入りました。

しかし、そうでもしない限りは、私は自分のパワー(力)を取り戻すことができなかったのです。

あまりにも長い間分厚いフィルターを自分の目に掛けて生きてきてしまったので、そのフィルターが不可抗力で外れてきてしまったショックが大きすぎて、振り子が反対側に大きく揺れるのを許可しなくてはならなかったのです。


そして、親の真実を見ないように自分に掛けてきたその「フィルター」は、親だけではなく他の人々を見る時にもその効力を発揮していたようでした。

「自分は黒が80%で白が20%の人間だよ」と自称する娘からは、私は黒白を正反対に見ていた人間だと揶揄されてきました。(そう自称する人が、そうであるとは私は思いませんが・・笑)

それは、とことん親のことを「自分を愛してくれる素晴らしい人」だと思いたかった私の願望がなせる業であり、私が子供の時から使ってきた「戦略」だったのです。

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そのフィルターは、実は私のジャッジメントを作りだしていたとも言えます。

「白がよくて、黒が悪い」と思っている私がいるということだからです。

言い換えると、「光りは素晴らしく、闇は素晴らしくない」ということでしょうか。

そして、それは真実ではありません。なぜなら「闇は光の不在」でしかないからです。

つまりそこには、「良い・悪い」は存在しないということだからです。


そして更に、「おりこうな子供として生きること」を戦略としてきた私にとっては、「不幸な親」が存在しているということは、「親を幸せにできなかったダメな自分」がそこにいるということになっていた訳です。

それは、とことん私のパワーを奪う考えでした。

「親の期待に応えられなかった自分」や、「親を幸せにできなかった自分」は、究極「生きている価値のない人間」であると、深い場所で自分が自分をジャッジしてしまうからです。

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私達が、何をどうやっても、親は決して変わりません。

なぜなら、人は自分自身がそれを自分に許可しない限り、変容はしないからです。


自分のパワーを取り戻す時がやってきています。

3次元の世界では紛れていることができたその「フィルター」の存在は、5次元の世界ではクリアに浮かび上がってきます。


*自分の「違和感」に敏感でいて下さい。それを決して無視しないで下さい。

*自分の中からあふれ出してくる感情を、もう決して抑え込まないで下さい。

*「条件付きの愛」に自分を投げ出さないで下さい。それはあなたのパワーを奪っていきます。


自分で自分の目を塞がない限り、私達が生きているこの世界にもう秘密は存在できないのです。

私達は、いつでも「真実」と共に生きるしかないのです。







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魂の計画を思い出す【リトリート参加者さんからの感想♬Part4】

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自分はなぜ今ここにいるのだろう?
何のために生まれてきたのだろう?
これって、私が望んだ人生を歩んでいるのだろうか?

今回のリトリートは、あなたが本当のあなたに目覚め、自分が計画した人生の目的を生き始めることを、心の深い場所で本当に決意した人のために行います。

何で世界はこんなに不自由なのだろう?
人はなぜ、心のままに生きないのだろう?
美しい人間と美しい世界を生きるにはどうすればよいのだろう?

生まれてくる前に望んだ魂の目的を遂行するための人生を、自分の足でしっかりと踏み出すために、あなた自身の望みを思い出すために、私達は最善のサポートをさせて頂きます。

あなた自身がその答えを自分で手にし、自分の足で歩き始めるのです。

Remember the game, wake up!

目を覚ますのです。人生はあなたが計画したものです。あなたはその人生を歩むために、ここへやってきたのです。

魂のウェイクアップコールが響いている方、お待ちしています。

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これまでのリトリート参加者さんからの感想を頂きました。

【リトリート・セミナー参加者アンケート Part4】

Sさん(40代)

①これまで、どのリトリートに参加されましたか?

2018.5月、11月 ハワイ島リトリートです。

②リトリート・セミナーの事を何で知りましたか?

育ちゃんのブログです。

③リトリートに参加しようと思ったのはなぜですか?

とにかく変わりたかったからです。
家族との毎日、夫との関係、子供との関係、夫と子供の関係、自分、全てが苦しくて変わりたかったから。

④参加する前は、どんな気持ちでしたか?

申し込みをしてから、夫の反対や自分との葛藤や不安が次から次からでてきて苦しかったし、正直逃げ出したいほど辛い時もありました。
でも絶対に行かないといけない!と思っていました。


⑤参加中はどんな体験をしましたか?

愛にいっぱい触れました。
ほぼ初めて会ったばかりの方なのに、こんなに深い心で繋がれるのか
こんなに人を大切に思えるのか
こんなに愛で包んでもらえるのか
こんなに真剣に向き合ってもらえるのか…
と本当に幸せを感じました。

私はこんなに自分に閉じこもっていたのか、誤魔化して生きてきたのか、息苦しさを握りしめていたのかと驚きました。
今まで心の奥に何重にも鍵をかけて見ないようにしていたことに触れられ、正直大きな反発や葛藤もありました。
苦しくて叫びました。
でもそのおかげで声を出せるように(自分の想いを言える)なりました。

そして不思議な体験もしました。
その場所に行くと決まってから息が出来ないぐらい苦しくなり、着いた途端に「ここ知っている」と自然に涙が溢れ、目が離せない、離れがたいような感覚も味わいました。


⑥リトリートを終えて、自分の中でどんなことが変わりましたか?

自分のことを考えられるようになりました。ありのままの自分でいていい、自分の言葉を発していい、我慢しなくていい。
自分のことを大事にしていいことに気付きました。


リトリートの前と後では、何か生き方や環境に変化がありましたか?

自分がしたい!と思ったら行動できるようになりました。
今まではしたい。。と思っても、でもな…とできない理由を探してばかりでしたが、やってみよう!やっちゃえ!と行動できるようになったと思います。
そして毎日が苦しくて、マイナスにしか考えることが出来なかったのですが、今はなんとかなる!
私は大丈夫!と考えることができるようになってきたと思います。


⑧主催者(疋津・林)はいかがでしたか?

感謝しかありません。
表面的な優しさではなく、本当に本当に愛を持って包んでくださいました。
もちろん、厳しい言葉もあります。
でもその人にとって何が必要なのかといつも考えて言葉をくださいました。


⑨今後リトリートに参加する方にアドバイスがありましたらお願いします。

行ってみないと本当にわかりません!
自分と向き合うこと、周りの人と向き合うこと、溢れ出てくる葛藤(笑)
でもどれも自分であり、そして自分ではないことがわかります。
なんじゃそりゃ?ですが、体験してみてください!
恵美子さんと、育ちゃんを信頼して参加してみてください!!
最高の時間にそしてかけがえのない時間になります!!

そしてそして
その幸せな時間を知るときっとクセになります(≧∀≦)♡

家事も夫も子供も仕事も義務としてしなければいけない!と思っていることを1週間も放棄し、しかも海外に行くなんて~とハードルはとてつもなく高く感じますが、そこを飛び越えた先に出会える自分はきっと素敵な笑顔になれると思います!


⑩その他、感想がありましたらご自由にお書き下さい。

リトリートに行くまではいろいろな事が起こり、今までしたことのない自分との向き合いが起こり、自分の嫌なところと向き合わないといけなくなり、本当に苦しかったし、辛かったです。
自分から逃げたかったし、周りからも逃げたかったし、自分が大嫌いでした。
でも本当に行ってよかった。
恵美子さん、育ちゃん、リトリートメンバーに会えたことは今まで生きてきて良かったと思えるほど幸せなことで宝物です。
大袈裟な~と言われるかもしれません。でも今日も私自身が笑えるのも、私自身で考えることができるのもリトリートに行ったからだと言いきれます(笑)

恵美子さん、育ちゃん。
頑固で一番の問題児だった私をここまで導いてくださってありがとうございました。
お二人の愛が溢れているリトリートに参加させていただけたこと、私はラッキーだったな!と思っています。
言葉では表しきれないですが、
本当に本当にありがとうございました。



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「なぜリトリートという形でセミナーをするのか?」にお答えします!


一緒に主催する育ちゃんのブログはこちらです
C’est Chouette!(セ ・シュエット!)

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お会いできるのを楽しみにしています




あなたが本当のあなたを生き始めること

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2012年以来、私達は既に3次元ではなく5次元の世界に生きています。

それは、私達はもう分離の世界に住んでいるのではなく、すべては繋がり、目に見えない世界と言われていたものは、もう見えない世界ではなくなっているということです。

ノーモアシークレット・・それは、私達は言葉にしなくてもすべてを受け取り、すべての情報に繋がってしまうということです。

にっこり笑っていても、心の中にあるものは相手に伝わるし、怖い顔をしていても、そこに愛があればそれもわかるのです。

すべての人がチャネルと呼ばれる存在であり、それは一部の限られた人の特典や特徴ではありません。

私たちが閃きと呼ぶものや、直感と呼ぶものは、すべてが繋がっている場所からの示唆であったり情報です。

それを受け取っていても、受け取っていないとしているのは、自分が自分を閉ざしている時でしかありません。

自分の能力に限りを付けたり、自分の感じることを感じないようにとシャットダウンしたり、そこにあるものを見ないようにしない限りは、すべての人はすべての事を知っています。

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私達は「思い出す」だけでよいのです。
それを「知っている」ことを「思い出す」のです。

あなたが見ないようにしているものは何でしょうか?
あなたが見たくないものは何でしょうか?

それを見てしまったら、一体何が変わってしまいますか?
それを知ってしまったら、今のあなたでいられなくなるからですか?

今のあなたでいることを、あなたは本当に望んでいるのでしょうか?
今のあなたは、誰がそう在ってほしいと願っている「あなた」なのでしょうか?

すでに私達は5次元に存在しているのです。
3次元に生きていた時と、もう違ってしまっています。

違ってしまっていることは、ほころんでしまうしかないのです。
やがて、すべては在るべき場所へと押し出されていくのです。

自分が自分であることは、あなたの権利です。
自分は自分でしかあり得ないのです。

5次元に生きるということは、他人のこともわかってしまうということですが、何より自分のことにもう蓋をしておくことができなくなるということです。

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怖れを手放して下さい。
すべてはあなたの選択でしかありません。

前を向いて進んで行って下さい。
後ろには、あなたを導くものはありません。

これまでのパターンはもう通用しなくなるのです。
これまでできたやり方では、あなたがあなたであることはもうできないのです。

自分の中から湧いてくるメッセージに耳を傾けて下さい。
あなたが自分の進む道を一番良く知っています。

あなたの真実は、あなたの中から湧き出てきます。
他の人からの言葉は、あなたの怖れの投影であることがほとんどです。

心に響く言葉だけを受け取って行って下さい。
あなたがあなたに発している言葉は、あなたが一番わかっています。

5次元の世界の中ではすべてが明らかです。
不透明であるものは、その上に掛かっているベールがあるという、ただそれだけなのです。

今自分の中にやってくる言葉は何ですか?
あなたがあなたであることを、力強くサポートするアイディアを行動に移して行って下さい。

時は今です。
未来は今から始まります。
過去はあなたをもう縛りません。

自分がここに在ること、今ここに生きていること、その理由がすべてわかるとき、あなたはあなたを本当に生き始めます。






お申込みの締切は間近です!
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「まず自分を満たす」ということ

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飛行機に乗った時に流れる、緊急の際の酸素マスクに関するアナウンスに、こういうものがあるのを聞いたことはないでしょうか。

「必ずご自身のマスクをお着けになってから他の方のお手伝いをなさってください」

これは、小さな子供がいる場合も、体の不自由な人の補助をしている場合でも、そうして下さいということらしいです。

緊急時に、酸素が薄くなるかもしれないという場合には、隣に自分の愛しい子供が座っていたら、まずその子にマスクをつけてあげたくなるのが親心でしょう。

それでも、アナウンスが注意しているのは「まず自分に!」着けてくださいということです。

なぜなら、もし途中で自分が酸欠で倒れてしまったならば、子供に酸素マスクをつけることも叶わなくなってしまうからです。(はい、共倒れになります)

自分がちゃんとマスクをつけて酸素が供給されているならば、もし隣の人に何か異変があっても、ちゃんと対処できますが、自分が先に気を失ってしまっては、それさえできなくなるのです。

すべての事はこういうことなのだと、繰り返し伝えられてきます。

「まず自分を愛する」ということなのです。

「まず自分を満たす」ということなのです。

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今、里帰りで一緒に暮らしている2歳の孫娘を見ていると、それは人間の本能でもあるのだなといつも感じます。

孫娘は、自分がたっぷりおやつをもらっていて、それを嬉しそうに食べている時は、私が横から「ばぁばにも一口ちょうだい?」と頼んでも、にっこり笑って分けてくれます。

しかし、そのおやつの数が少ない時には、「だめ~!」と言って、一口さえくれません(笑)

娘が子育てで悩んでいることの一つに、お友達とのおもちゃの貸し借りの事があるということを聞いたのですが、子供は自分がまだ遊ぶのを満足していない時に、そのおもちゃを他の子に貸してあげることなんてできないのです。

「それを、お友達にも貸してあげなさい!」と、その子の親の手前もあるのでしょうが、自分の子供に我慢させようとする親が多いのではと思います。

私達は、学校でも同じように、そういうことを重ねて教えられ続けて、「自分より相手を優先させる」ことが素晴らしいことなのだという生き方を刷り込まれてきました。

それができない人は「我儘な人」とレッテルを張られ、後ろ指をさされることもあります。

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今でも私が覚えているのは、小学校の5・6年生の担任が、いつも私達に輪唱させていた達筆で書かれていたクラスの標語です。

「ひとの気持になって考える」

それは確かに、とても素晴らしいことなのですが、元々敏感で人の気持ちを慮るタイプの人にとっては、「自分よりまず他人の気持ちを考えなさい」という風に、必要以上に自分の要求を遠ざけ、人がどう思うかを優先させて生きる人生へと導きます。

今になって思い出すのですが、この時の中年の男性教師はいつも不機嫌でした。

クラスで勉強のできるタイプ、俗にいう頭の良いタイプを、憎んでいるところがありました。

出来ない子を苛める教師ならわかるのですが、出来る子にねちねち嫌味を言って、苛める人でした。

もう40年も経って、今私がわかるのは、彼は自分の人生に満足していなかった人なのだろうな~という事です。

多分、自分自身が頭が良くて勉強もできたのに、自分の夢を叶えるよりも、親の気持ちに従って、安定の小学校教師という職業に就いたのでは?と感じます。

「ひとの気持ちになって考え」て、自分の人生を後回しにした人のような気がします。

彼の奥さんは、子供が好きで小学校の教師になったのが子供からも見える女性だったので、私は、ほんの数回しか会ったことのない、この奥さんの方が好きでした。

2年間も担任をしてもらったのに、同じ町内に住んでいたのに、私はこの男性教師が亡くなったことを知っても、お参りに行く気持ちになれなかったのを覚えています。

なぜなら彼は、自分の不機嫌を、2年間もの間私達生徒に垂れ流してきたからです。

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同じようなことが、多くの家庭でも起こっているような気がします。

私の育った家庭でもそうでしたが、親は自分が満たされていない状態のままで、自己犠牲のもとに子育てをします。

そして子供も、たとえそれが無意識レベルであっても、「自分を犠牲にして生きることは正しい」という無言の教えを身につけます。

なぜなら、大好きな親がそれをしているのだから・・それも自分のためにそうしてくれているのだから、自分もそのように生きなくてはならない、と自分を戒めます。

その悲しい教えの連鎖が、さまざまな苦しい問題を生み出します。

私自身も家庭を持って、子供を育て始めて、その無意識の連鎖の中で十数年を生きてしまいました。

男尊女卑の封建的な家庭で育った夫と、舅姑の期待に応える嫁を生きていた時は、ものすごいストレスを溜めていました。

そのはけ口は、当時、我が子に向かっていたように思います。

本当に申し訳ないことをしたと思っています。それは、あの小学校の教師が、私達にやっていたのと同じ事です。

それからさまざまな人生の変遷を経て、私は「まず自分を満たすこと」をできるだけ優先して生きるようになりました。

あれだけ大きかった人生のストレスは激減し、昔の私が信じられないような幸福の中で生きています。

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しかし現在、スパイラルタイムの中に入ったことで、時折浮かび上がってくる、出来事に対する「自分の反応」に驚くことがこのところ増えています。

逆にいうと、その葛藤を最終的にマスターするための、それは出来事と反応とも言えるでしょう。

その「出来事で反応が起こる」根幹を探って行くと、そこに横たわっているのが「まず自分を満たす」ことをしてこなかった過去の自分の在り方だということがわかります。

私の根源的なその「まず自分を満たさずにいた」ことは、実の親との間に起こっていたことだという事に改めて気が付きました。

なぜなら、「親の為に生きた自分」で、人生のほとんどを過ごしてきたからです。

それでもその肝心の親たちは、いまだに幸せではないのです。そして自分が幸せでないことを、他に責任転嫁して文句を垂れ流しながら生きています。

「親が幸せになるために自己犠牲したこと」が、決してその成果を得なかったことに対する絶望感と、怒りと悲しみが、そこに横たわっているのです。

「本当になりたかった自分」ではなく、「親が喜ぶために生きた自分」がそこにはいるのです。

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人生における課題、葛藤という形で私達の中に残っているものをマスターするための大きなヒントの一つとして、「まず自分を満たす」ことは信じられない程大切なことです。

「我慢することはすばらしいこと」と私達に教えてきた人達の、不機嫌で不幸せそうな顔を思い出して見ると、そのことが実感を伴ってわかるのではと思います。

「我儘」を英語で言うと「selfish セルフィッシュ」
「自分を一番にする」は「self first セルフ・ファースト」

アメリカ英語で発音すると、この二つはとても良く似ています。

すべての人が
「self first セルフ・ファースト」で生きる時、世の中は我儘な人で満ちるのではなく、皆が「自分を一番にする」ことで満たされて、他の人にもその幸せを渡す人になるのだと思うのです。




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鬱とは創造力が内側に向かうこと

病名が付くか付かないかに関わらず、鬱(うつ)になるということは、実は「創造力」に関わることだということです。

もちろん私は医者ではありませんので、医学的な見地での断言は避けたいと思いますが、ザ・グループが伝えてくる情報をシェアしたいと思い、これを書いています。

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鬱とは、本来は外側に向かうはずの「創造力」が、何らかの原因で外へと向かう(外側に発揮する)事ができないときに、そのエネルギーが自分の内側へと向かい、自分を破壊して行くような現象なのだそうです。

なので、鬱病を患ったという人には、元々クリエイティブな人が多いと思います。

創造力のパワーが強い人、何かを生み出すエネルギーの強い人ほど、一旦そのエネルギーが出口を失い、外へと放出することができない時に、内側へと向かい、自身を破壊するのです。

作家やミュージシャン、アーティストと呼ばれる人に自殺する人が割合的に多いような気がするのも、そのせいではないかと私は思っています。

日本で多いサラリーマンの自殺も、それは鬱からの流れで、型にはまった仕事の中で「自分らしさ」という「創造性」を出すことが難しい場合が多いからなのではと推測します。

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「創造性」というと、何かアーティスティックな特殊な能力のように思われるかもしれませんが、そうではありません。

「自分」という個性を表現すること、と言い換えたほうがよいかもしれません。

サラリーマンのみならず、受験と言うゴールに向かわなければならない学生達や、チャイムとチャイムの間に決められたことを教わる従来の教育を行う「学校」にいる子供達や、ワンオペで育児をしているお母さんなど、物理的に「自分の個性を表現する時間」を持つことが難しい人達は、鬱予備軍であると言ってよいと思います。

不登校は、子供達が自分を守るためにやむなく取る手段だと、私は思います。

金銭的に不利であっても、フリーターとして生きる若者たちも、本能的に自分を守っているのだと思います。

極端なことを言えば、DVさえも、自分が自分の内側へ向けてしまう負のエネルギーを、外(他人)へ発散することで自分を守っているのだと感じます。

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本当は、そんなことしなくてもよいのです。

自分が自分の創造力を発揮して、その人がその人でしかない「自分を生きることのできる世界」に生きることを決めればよいのです。

鬱になりかかっているときは、自分の創造性を発揮する何かを、外側に向けて「行動」すればよいのです。

もちろん、それができない!という時に鬱の状態になっていくのでしょうが、自分の人生において「自分らしさを発揮できない」ことなど、実はないのではないかと私は思います。

「できない」と、自分が自分に限界を設けてしまっているから、それが起こるのだと思うのです。

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例えば、今私がこうして深夜にブログを書いているのも、鬱防止です(笑)

臨月の妊婦とイヤイヤ期まっさかりの2歳児を抱えて、「やらなければならないこと」で忙殺されている緊急時の毎日の中、心が折れないようにはどうすればよいか・・の為に、ちょっとだけ睡眠を削って、皆が寝静まってからこれを書いています。

外に文章を発信するのは、私が好む「創造力の発揮」です。

キーボードを叩いているのは、私にとっては、幸せな時間だからです。(文章で発信するのがストレスな人にはお奨めしませんが。笑)

気晴らしに何かをするより、よっぽど短時間で心が満たされます。

人間にとって、それほど「創造力・創造性」の発揮は必要なことなのです。

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イヤイヤ期真っ盛りの孫娘と一緒に過ごしていると、今この地球にやってきている魂たちの「自由さ」と「創造力の高さ」には驚かされます。

俗にいう「発達障害」の子供達は、それが研ぎ澄まされていると言っても構わないのではと感じます。

今生まれている子供達のスタンダードは、確実に「発達障害」もしくは「HSC(ハイリー・センシティブ・チャイルド)」と呼ばれる性質がマジョリティー(多数派)になりつつあるのではと、実は私は思っています。

この件については、また長くなるので改めて書きたいと思いますが、「創造力」を封じ込めるような生き方を子供達にさせることは、これまで以上に難しくなるのではと感じています。

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生きる気力が損なわれている状態が鬱状態です。

創造力が内側に向かい、自分を破壊しているのが鬱という状態です。

つまり「生きるということ=創造力を外側に発揮すること」ということになるわけですね。

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たとえブログが一人の人にしか読まれないとしても、「発信すること」に意味があります。

なぜなら、発信されたものは、いつか誰かの目に留まり、心に触れる可能性があるからです。

それは、自分と言うエネルギー体を外へ向かって表現していることだからです。

他からの評価ではないのです。

たとえ下手でも、喜びで絵を描いている人は、「生きている喜び」を味わうのです。

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私の「生きる喜び」にお付き合い下さった皆さん、本当にありがとうございます。

あなたの「生きる喜び」も、宇宙に放出されるエネルギーとなり、何よりあなた自身を光輝かせることでしょう。




あなたの生きる喜びは何ですか?創造力を発揮して生きることは、実はとてもシンプルです。喜びを外へ向かって発信してくださいね

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ごく少人数での開催ですゆっくりじっくりお話ししましょうね!
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