Cerulean Blue (セルリアンブルー)

Believe in yourself. You are loved.

毒親

変えられないものを受け入れる心の静けさ

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ブッダプログラムの齊藤つうり氏から教わった「ニーバーの祈り」・・このところずっと、この祈りの言葉がすべての答えだなと感じています。

ラインホールド・ニーバーの祈り(短文)

God

grant me the serenity
to accept the things I cannot change,
the courage to change the things I can,
and the wisdom to distinguish the one from the other.

- Niebuhr, Reinhold

主よ、

変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え。

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昨年のお正月が過ぎた頃から、私は母と会うのが辛くてならなくなりました。

そして、こちらからは一切母に連絡を取らなくなってしまったら、何かを勘付いた母も何も言ってこなくなりました。

時折、私の娘達に電話で私の様子を聞いているのは知っていましたが、私は自分の気持ちに正直にいることを決めていました。

私は生まれて初めて、母の日も彼女の誕生日も祝わない一年を過ごしました。


しかし昨年の11月、突然母から私への誕生祝いの食事券が娘経由で送られて来ました。

しかしその時、私の中にはなんとも形容しがたい強い嫌悪感が湧き上がり(それは、母が何もわかっていないのだという失望感と、なんとか私にまたすり寄りたいという甘えた気持ちへの抵抗感だったと今はわかります)、母に自分のこれまでの気持ちを全部手紙に書いて、食事券と共に送り返したのでした。

それは母からすると、彼女を責める内容にしか思えなかったと思います。しかし、私にとっては「心の真実を告げる手紙」でした。

それにどう反応するかは母次第で、私は縁を切るとかそういう事は全く書いてはいませんでした。

しかし母は、娘達には「なんだかよくわからないけど、ママは私の事が全部嫌いなんだって!」と言って、最初は怒り、そして後には自己憐憫に落ち込んで、「実の娘に嫌われる自分はなんて不幸なんだ」と冬の間は体調を崩していたそうでした(苦笑)

わかってはいましたが、私の真実を告げる言葉は、やはり母にはその通りには伝わらないことに失望しました。

それは一言で言うと、自己憐憫の塊である母を、ずっと可哀想な人だと思って労り、励まし、そのことに人生を捧げてきた私が、母との関係性に絶望したということでした。

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母だけでなく、そこには父も絡んでいて、両親に翻弄されて自分を後回しにしてきた私の中の「影」が大反発を起こして、もう潜んではいられなくなった・・という事でしょうか。

四十代の反抗期を経て(その当時は2年ほど母を遠ざけぎみでした)、東日本大震災の後に母とは再び仲良くなりました。

しかしそれ以降も母は何も変わってはいかなくて(それは、彼女の父への怒りに端を発する夫への憤りを自己憐憫に転嫁しているという図式でした)、離婚したいと言いながらせずに過ごしていることで、精神的におかしくなっていきました。

ちょっとした家族の言動から、レストランの真ん中で叫び出したり、今にして思えば、専門家に診せなければいけないレベルになっていた状態の母でした。

その後私は、すべての原因であると思った父との別居の手助けをして、弟たちの協力もあり、無事別居はなされました。

しかしそれも束の間、母はまたもや自分を自己憐憫に陥れさせる出来事を次々と引き起こし、私まで巻き込んできたのでした。

私は、自分が母との共依存状態になっているのは承知していましたが、さまざまな学びを経て、そこから離れる努力をしてきたと思っていました。

それでも、親との関係における「親に愛されたい自分」の問題はあまりにも深く、父との別居で片付くだろうと思っていたことが全く改善されなかったことへの失望感から、今度は私自身が精神的に「やばい」状態になって行ったのです。

本来ならば親へ向けるべき気持ちを、愛されて育っているがゆえに自由気儘に振る舞う可愛い孫や婿さんに投影し始めた自分に気づき、このままでは自分にとって大切なものを失う可能性があることに気付いた時、「親に好かれる」ことを一度完璧に手放そうと思ったのでした。

娘であることよりも、母である自分、妻である自分を優先させて生きたいと強く思ったのでした。

そうして母には「本当の気持ち」を書いた手紙を送り、施設にいる父に対しては、しばらく彼の世話をしないことを決めました。

このことに関しては、夫や娘達が力になってくれ、また弟達も受け入れてくれたことに感謝するばかりです。

「ママはこれまで十分やったから、もこれ以上はやらなくていいよ」と言ってくれる娘達に慰められました。

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その後、母とは一年半、父とは半年、接触しない時間を過ごしたことで、私の心は癒されてゆきました。

自分でも気づかないほど、私の心はずたずたになっていたのだなと、その時間の経過が教えてくれました。

もう自分には孫までいるのに、いつまでもたっても私は、親に対しては「好かれたい子供」でした。

他人だったら二度と会う必要がないと思われるほど酷い事を何度も言われているのに、やはり彼らが愛しく、愛されたいという気持ちが消えない事が、悲しく切ない自分でした。


しかし、自分を癒す時間が十分もらえた事と、この春から前述のブッダプログラムに関わらせてもらっていることで、私の中に変容が起こり始めました。

私自身の自己認識のプロセスが深まって行ったことと、珠玉の祈りの言葉が深く心に沁みてきてことで、私の中の何かが動き始めました。

「変えられないものを受け入れる心の静けさ」・・それこそが、親に対して私が必要とするものだと悟ったのです。

関わることで変容を起こす親というものも存在するでしょうが、「変化したくない」ということを尊重してあげなければならない親もいるのだとわかりました。

そしてそれは、私自身の「諦め」でもありますが、その諦めは「受け入れ」という言葉で言い換えてもよいのだとわかったのでした。


温かい家族のサポートの中、私は母の誕生日をきっかけにして、父と母に会いに行くことを決めました。

まず父に、そして翌日母に会いました。

どちらも、全く何も変わっていませんでした(苦笑)

ただ私がしばらく音沙汰がなかったことに、少しばかり気遣っているような感じでした。

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娘の特権で、なし崩しにこれまでと同じように接することは、すぐにうまく行きました。

しかし、彼らがむしろ親不孝をした私を恨んでいるような状態のままで、お茶を濁すつもりはありませんでした。

父にも母にも、私が彼らに傷つけられたことを正直に伝えました。

それでも私はあなた達が好きだから、こうして会いに来たと伝えました。

それぞれの反応で、それぞれの解釈をしているのがわかりましたが、それはもうどうでもよいと思っていました。

私に会えた事を、二人共喜んでいることはわかりました。それだけでよいと感じる私がいました。


きっとのど元を過ぎたらすぐにまた、彼らは前と同じように自己憐憫の権化となって愚痴をまき散らしたり、理不尽な事を言いだして怒ったりすることでしょう。

とことん、見るべきは自分の中でしかないことを、改めて確認したのでした。

子供へのコントロールを手放すことと長らく向き合ってきましたが、それだけではなく親へのコントロールも手にしていた自分がいたのだとわかりました。

そしてまた、本能ともいえるほど深く、私は親に「良い子」だと思われたかったのだとわかりました。


「変えられないもの」を変えたかった私。

「変えられないもの」が「変わらない」悲しさに絶望した私。

それは滑稽な独り芝居だったのかもしれません。


これからは「変わらないものを受け入れる」自分の心のみにフォーカスしていけたらと願うばかりです。

そして「変えられるものを変える勇気」を持って、変えられるものには諦めることなく向き合って行きたいと思うのです。

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主よ、
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え。

一番大切なのは「両者を見分ける英知」の部分なのかもしれません。

自分の心がズタボロにならずにいるためには、その英知に触れ続けていなくてはならないのでしょう。

慣れ親しんだ共依存の関係性のエネルギーは、とてつもなく大きいことを知っています。

あっという間に「親に愛されたい子供」に戻る自分に気づけるように、そして私にとっての「本当の自立」が成される為に、この祈りの言葉を繰り返し唱えていこうと思います。






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「自分自身を生きること」と「バックアッププラン」

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随分久しぶりに、ストレスのある生活をしています(苦笑)

そしてストレスというのは、自分から望んでしていることではないことに、自分の時間や行動が制限されることで感じるものだということが、改めてわかります。


里帰り中の娘が、先々週二番目の子供を産みました。多分、娘とベビーだけを世話していたら、ストレスについては、私は語らないと思います(笑)

上の孫娘が、パワフルすぎなのです。それなのに繊細です。(HSC=ハイリ―・センシティブ・チャイルドです。)

HSCの子供は、繊細で過敏なので、どちらかというと優しげな子が多いようですが、うちの孫娘は典型的な内弁慶の暴れん坊なのです(涙)

そのうえで、食欲中枢が壊れているのかと思うほど、食べることに執着が強くて、娘の姑さんが言うように「子供は必要なだけ食べるから、好きなだけ食べさせればいいのよ~」という言葉通りにしていたら、吐くまで食べ続けます。

なので、食べるもののコントロールも必要なので、大人も彼女の前ではうっかりおやつを食べたりはできません。

お蔭で、娘達が里帰りしてから、私は2キロ太りました。(痩せるのではなくて太るのは、ストレスが高じて、夜中におやつを食べてしまうからと、孫が食べている時に一緒に食べないと、他の時に食べられないので、お腹がすいてなくても孫と一緒に食事をするからです)

自分をまず一番に・・をするのが難しいのが、この子育ての期間のディスアドバンテージなのかなと思います。

孫は私の子供ではないので、里帰り出産を断る選択肢もあったのですが、娘が私に頼りたい気持ちも痛いほどわかったので、「我が子に弱い私」が顔を出して、引き受けてしまいました。

娘は、仕事で帰りの遅い夫に頼りきれない事と、とてもいい人なのだけど波長が合わない世話好きの姑さんの来襲が苦手で、実家に帰りたかったらしいのです。

孫娘はかなり手がかかる子供なので、夫と私と娘の大人三人がいて、ようやく赤ん坊と一緒に面倒を見ることができています。(ちなみに、夫は私とは反対に、ストレスで2キロ痩せました!笑)

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今回の娘達の里帰りで、私は自分の中に残っていたあらゆる葛藤の点検をさせられています。

ストレスは、自分が本当に満たされている時には、それほど自分を痛めつけないのだなと思うのです。

私が、忙しさや自分の時間が取れないことや、自分の思う通りに事が運ばないことで気持ちが爆発しそうになる根底を探ると、そこには子供の頃から積み上げてきた深い葛藤が横たわっているのに気づきます。

孫娘は、ママがベビーにおっぱいをあげるのが嫌で泣き叫んだり、ママを独占したくて我儘を言ったり、食べたいものを食べたいだけ口にしたいと怒ります。

こちらの気持ちや努力はお構いなしに、自分の気持ちに正直に、泣いて暴れて怒るのです。

それは、子供としては至極当たり前のことで、それが基本満たされることで、子供はまっすぐに育っていくのだと知っています。

そして、出来る限りそうしてあげたい祖母の自分がいるのですが、自分が疲れていたり自由な時間がなさすぎることで、時折私の中から怒りが湧くのです。

その自分に驚きます。

そしてそれがどこからやって来ているかを探ると、私自身が孫娘のように自分を表現することを抑えて子供時代を過ごしたからだとわかります。

更に大人になってからも私をコントロールしてきた親に我慢してきたことへの深い怒りと悲しみが、まだ癒えていないことに気付くのです。

私自身、これらのことは頭ではよくわかっていて、これまでもさまざまなリリースワークなどに取り組んできた事なのですが、それでも深い深い場所にいまだにそれが横たわっているのに気づかされるのでした。

私は多分、孫娘が羨ましいのだと思います。

子育ての知識と思いやりに溢れた大人たちが、深い愛情で包んで彼女を育てているのに、それでも泣いて暴れて我儘を言う孫娘に時折腹が立つのは、彼女が羨ましくて、それに対比して過去の自分が悲しくてならなくなるからです。

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自分がこれほど深い闇を抱えていたのだということに、正直驚きました。

幸いにも、私のことをとてもよく理解してくれている家族がいて彼らと話せることや、過去に我が子にしたようには孫娘を傷つけることはしないで済む知識と理性を備えている今の自分でいることに、感謝するばかりです。

それでも漏れ出してくる自分の感情と向き合い、それをリリースするために、このストレスフルな(笑)体験をしているのだろうなと思い、日々を過ごしています。


一番根底に横たわっている問題は、やはり自分の「親」でした。

ストレスが高じたことであぶりだされたこの深い闇は、私が本当に「親の為に生きていた子供」である自分を手放すことを決意させました。

私に反応が起こるのは、親に無条件に愛されて育っている孫娘と、同じようにものすごく愛されて育った娘の夫くんの甘えを見る時です(苦笑)

彼らには何の罪もないのに、こうして反応が起こり、時にはそれが漏れ出して相手に嫌な思いをさせてしまう可能性があるということは、私にとっては大問題なのだと本気で思いました。

私にとってより大切なのは、いつまでも私をコントロールで振り回す親達ではなく、私の意志で作った愛のある家族のほうです。

私はもう十分に親に対してやってきたということを、自分自身が認め、これ以上の自己犠牲はしなくてもよいということを、自分に許可しなくてはならないと、心から思ったのでした。

そうでなければ、本当に自分にとって大切な人達を傷つけることが起こってしまうからです。

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今の地球の波長の中では、もう闇を持ったまま生きることはできないのだなとつくづく思い知りました。

これまで何十年もやってきたはずなのに、老いてもなお自己中で我儘で子供をコントロールしようとする親と関わらなければならないシチュエーションになると、鬱状態の症状が自分に起こるのです。

今回の娘達の里帰りと、年末年始の家族や親戚との触れ合いからの結論として、私は「親不孝者」になることを自分に許可しようと決めました。

どうやら、私は限界域をとっくに超えていたのに、ずっと自分をなだめすかしてここまで来たようです。

そうして決意して、私の今の家族に助けを求めた時に、彼らは全面的に私を理解し守ってくれようとすることに、驚きました。そしてありがたくてなりません。

実は先日父が入院したのですが、私の「親不孝者」は現在進行形です。

自分を殺して親孝行することも、きっと自分に無理をさせればできるのかもしれませんが、そうすると必ずどこかにゆがみが来るのがわかっています。

それは、私の最も大切な人達との間に起こる可能性が高いこと、そしてそれが私の一番望まないことであることを確認した今は、元のパターンに戻らないように、ある意味「がんばって」います。

この先は何がどうなるのかわかりませんが、今現在は、自分を大切にすることに自分自身が許可を下すことを優先しています。

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起こることには、やはり偶然はないのだなと、改めて思います。

我儘三昧の孫娘は、バックアッププランで娘のところに生まれてきた子供のようです。(はい、この子は、本来は私の娘に生まれる予定だったようなのです。「バックアップ・プラン」で生まれてきた人達

長女である娘は、もし末の妹に生まれていたとしても可愛がっただろうこの子に、深い愛を注いでくれています。

当時の自分を見失っていた私のところに生まれるよりも、ばぁばとなって少しは落ち着いた今の私と触れ合う方が、孫娘には良かったように思います。

このように、バックアッププランも、一概に悲しいケースばかりではないようです。

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私も実はバックアッププランで両親の下に生まれたので、どこかでそれを乗り越えなければいけないのです。

親と波長が合わないことは、自分のせいではないということを、子供は認め受け入れるのが難しいのですが、それは越えなくてはならない壁です。

なぜなら、バックアッププランを使ってでも今ここに生まれてきたい理由があったからです。

自分が自分らしく生きることを阻む要素に、いつまでも自分のエネルギーを奪われているわけにはいきません。

しかし、そうではない親の下に生まれている人には、今私が書いていることを理解してもらうのは、なかなか難しいかもしれません。

「親はやはり大切にしなくてはならない・・」や、「親は結局子供を愛しているものだから・・」と、諭してくるのもその人達です。

なぜなら、普通は「自分の魂の目的を生きることをサポートする」親を選んで、私達は生まれてくるからです。そちらの方が、メジャーだからです。

マイノリティーであるバックアッププランで生まれた人達にとって、基本、親とはそういう存在ではないのです。

「自分自身を生きる事」を阻む要素に、深く親が関わっていると感じる人は、もうそれに蓋をして生きることが難しい現在の波長の地球では、出来事が起こって、そのことに気づかされることが多いことでしょう。

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自分自身の中にある「真実の答え」に触れることを、怖れないで進んでいきたいと願う今の私です。

同じように感じている人に、何か響くものがあればと思い、書かせてもらいました。






ハワイ島リトリート(2019.3月)あと1名様のみ受け付けています








フィルターが外れる時・・真実と共に生きる

*これまで当たり前だと思っていたことに、どんどん違和感を感じ始める。

*まるでコップの中の水が一杯になってしまったみたいに、たった一滴の「何か」がそこに注がれただけで、水があふれ出してしまうように感情が溢れ、抑制が効かなくなってしまう。

*自分が愛して止まないとずっと思ってきた人、自分を愛してくれていると思っていた人、そのどちらもが実は「愛」ではなくて「執着」であったという幻想に気が付いてしまう。

これらのような事が、自分の世界で起こっている人が増えているのではないかと思います。

もしくは、そのことに気が付いてしまっては、自分がこれまで生きてきた世界が崩壊してしまうことを感じ取っていて、無理やりそのことに蓋をして、その「気づき」に気づかないふりをしているけれども苦しくてならない人もいるのではないかと思います。

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これらの全ては、実は私自身にも起こったことです。

「気づき」が見えないように蓋をするのは、遥か遠い昔、物心ついた時からやっていたことであり、それは「生きる」ために選び取った、サバイバルのための戦略でした。

子供の時の自分が選び取った「戦略」は、大人になってからも続くのが普通です。

親と子という間柄は、子が大人と呼ばれるようになってからも、決してなくならないからです。


これまで、リーディングセッションや、ワークショップやセミナーをしてきて、さまざまな悩みや問題、その人が自分自身の力を発揮できない理由の根底には、それが過去世に由来しているものでない限りは、ほぼほぼ全てがこの「子供時代に身につけた戦略」が存在しているのを見てきました。

平たく言うと、それは「親との関係性」に由来しているということです。

これまで書いてきた「毒親」という観点は、それのエキセントリックなパターンですが、毒親と名付けられるほどの「被害を被っている」という意識がない人であっても、子供の頃に親との間につくられた関係性は、本当にその人の生きる「信念」や「戦略」を生み出しており、あたかもそれが「真実」であるような錯覚を持ったまま、「自分を生きている」と信じている人が多いように見受けます。

それに気が付くには、自分以外の人の視点から語られる「自分」について、素直に耳を傾けてみることです。

人は、自分の事はなかなかよくわからないのですが、他人のことはよく見えるものです。

偏見や利害関係のない人からの率直な意見は、時には核心をついてくるので、聞かされると多分自分の中に「反応」が起こります。(「反応」とは、自分の中から湧いてくる反発であったり、ショックを受けるような驚きであったり、怒りやイラつきであることが多いでしょう)

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私の場合で言うと、その「核心を突く観察からの意見」は、夫と子供、そして私の真実を見てくれている親しい友人からの言葉がそうでした。

彼らの目に見える「私と親との関係性」と、私が感じていたそれとは、全く違っていたのです。

私が「親から受けている愛」と認識していたものは、彼らからは「私を利用している親のエゴ」でしかありませんでした。

もちろん、そこに親の愛がないと言い切るのではありません。

それは私達が心の奥底で定義している「親からの愛」、つまり「無償の愛」ではなく、「条件付きの愛」でしかないということなのです。


私達は実は、深いところではそれを知っているのです。

でもそれを知ることは、子供であった自分にとっては苦しすぎることだったので、真実を見る目にフィルターを掛けて、「条件付きの愛(自己愛)」でしかない親の愛は、「無償の愛」なのだと思い込みたい自分がいたのです。

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今私の元には、里帰り出産の為に帰省している娘の長子である、来月3歳になる孫娘が一緒に住んでいます。

彼女を毎日観察していると、そのことが本当によくわかるのです。

家に一人小さな子供がいるせいで、外に出た時にも、自ずと他の小さな子供に目が行きます。

ほんの2~3歳で、子供達はもう親や周囲の大人たちから愛されるための戦略を身につけ始めているのを目の当たりにします。

そして5歳くらいになると、その戦略がその子の人格に影響を及ぼしているのがはっきりと見て取れます。

天真爛漫な子供らしい子供は、平気で我儘を言うのです。

しかし、その我儘を既に封じ込められた「おりこうさんの子供達」が、既に彼らの目の光を曇らせているのを見ると胸が痛みます。

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元祖「おりこうさんの子供」であった私は、とうとう親からは「親不孝な娘」のレッテルを張られる場所へと入りました。

しかし、そうでもしない限りは、私は自分のパワー(力)を取り戻すことができなかったのです。

あまりにも長い間分厚いフィルターを自分の目に掛けて生きてきてしまったので、そのフィルターが不可抗力で外れてきてしまったショックが大きすぎて、振り子が反対側に大きく揺れるのを許可しなくてはならなかったのです。


そして、親の真実を見ないように自分に掛けてきたその「フィルター」は、親だけではなく他の人々を見る時にもその効力を発揮していたようでした。

「自分は黒が80%で白が20%の人間だよ」と自称する娘からは、私は黒白を正反対に見ていた人間だと揶揄されてきました。(そう自称する人が、そうであるとは私は思いませんが・・笑)

それは、とことん親のことを「自分を愛してくれる素晴らしい人」だと思いたかった私の願望がなせる業であり、私が子供の時から使ってきた「戦略」だったのです。

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そのフィルターは、実は私のジャッジメントを作りだしていたとも言えます。

「白がよくて、黒が悪い」と思っている私がいるということだからです。

言い換えると、「光りは素晴らしく、闇は素晴らしくない」ということでしょうか。

そして、それは真実ではありません。なぜなら「闇は光の不在」でしかないからです。

つまりそこには、「良い・悪い」は存在しないということだからです。


そして更に、「おりこうな子供として生きること」を戦略としてきた私にとっては、「不幸な親」が存在しているということは、「親を幸せにできなかったダメな自分」がそこにいるということになっていた訳です。

それは、とことん私のパワーを奪う考えでした。

「親の期待に応えられなかった自分」や、「親を幸せにできなかった自分」は、究極「生きている価値のない人間」であると、深い場所で自分が自分をジャッジしてしまうからです。

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私達が、何をどうやっても、親は決して変わりません。

なぜなら、人は自分自身がそれを自分に許可しない限り、変容はしないからです。


自分のパワーを取り戻す時がやってきています。

3次元の世界では紛れていることができたその「フィルター」の存在は、5次元の世界ではクリアに浮かび上がってきます。


*自分の「違和感」に敏感でいて下さい。それを決して無視しないで下さい。

*自分の中からあふれ出してくる感情を、もう決して抑え込まないで下さい。

*「条件付きの愛」に自分を投げ出さないで下さい。それはあなたのパワーを奪っていきます。


自分で自分の目を塞がない限り、私達が生きているこの世界にもう秘密は存在できないのです。

私達は、いつでも「真実」と共に生きるしかないのです。







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本当の自分を生きていますか?

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昨日、ほんとうに突然なのだけど、食器棚を開ける度に感じていた違和感が何なのかの理由が、私の中に浮かび上がってきました。

その理由は、上の写真の二つのカップです。

どちらも、私が一目ぼれして、夫に買ってもらったマイカップです。

マイカップというのに、このテイストの違いは何でしょう?!笑

左の九谷焼の花のカップは、去年の春に夫と出掛けた九谷祭りで買いました。

右の美濃焼のカップは、新進気鋭の作家のもので、美濃焼らしからぬ斬新さに射抜かれて、衝動買いしました。(旅行中なので、やはり夫に買ってもらいました。いつも買ってもらってる!笑)


どちらもその時には本当に気に入って手に入れたものなのだけど、ここしばらく、左の花のカップをなぜ自分はあの時あんなに気に入ったのだろう?と不思議な感じがしていたのでした。

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上の写真の右側のカップも、イオンで通りすがりに一目ぼれして(値段も半額だったので。笑)、やはりマイカップとして手に入れたマグです。

左のカップほどではないのですが、このカップも少し私には違和感が出て来ていました。

なぜなのだろう~?とうっすらと思ってはいたのだけれど、昨日天啓のようにその答えがやってきたのでした。


私は九谷焼の花のカップを見た時に、「私これ好きだな~。でもお母さんはもっと好きそう!お母さんに買ってあげたいな~。どうしようかな~」と確か思ったのでした。

しかし、それほど安い物でもないので、どうしようかと迷っていたら、横にいた夫が私の執着している姿を見て、「買ってあげようか?」と言ってくれたので、母にとは言えずに、自分も好きだから買ってもらう事にしたのでした。

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上の花の壁飾りは、昨年の母の80歳の誕生日に、オーダーして母に贈ったものです。

そうなのです。花は母が大好きなもので、私はその影響を山のように受けて育ったため、母が大好きなものを私も大好きだと、自分で思い込んで育ってしまったのです。

自分が選ぶ「美しい」と感じるものさえも、私は母の影響下で感じ、本当に自分が感じているのとは違っていたようなのです。

私は植物が大好きなのだけど、本当は花よりグリーンの方が好きかもしれません。(その証拠に、家に飾って落ち着くのは、実は花ではなくて観葉植物だと気付いた!)

もっと言えば、花より実は宇宙的なものが好きで、自然も好きなのだけれど、未来的な感覚のものがかなり好きだということ。

その証拠が、多分これです

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母と半年以上コンタクトを断って、ようやく自分自身のエネルギーに戻ってきたら、一目ぼれして選んだ美濃焼は、どことなく宇宙チックというか未来的です(笑)

ピンクのお花とは全然違う!!笑


自分でも気づかない深い深いレベルで、私はここまで母の影響を受けていたのだと知ったことは、今さらですが衝撃的でした。

そういえば、私が子供の頃は、ピアノの発表会にはいつも、母の大好きな「朱色」の「ドレス」を手作りで着せられていました。

私は子供のころからず~っと、青か緑が好きでした(笑)そして、ひらひらした洋服は、全く似合わない女の子でした。

私は本当はバレエを習いたかった!でも、母はピアノしか習わせてくれませんでした。(ピアノは母が子供の頃やりたかった憧れのお稽古事でした)

友達が行っていたので、そろばんや公文にも行きたいと言ったら、どちらも「一年間限定」という制約でしか習わせてもらえませんでした。

でも、一番月謝の高いピアノは、練習をさぼりまくりの私なのに、続けさせてくれました(苦笑)

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私はSFを読むのが大好きで、小学校5年生くらいの時にむさぼり読んでいたら、母からSFを読むのを禁止されました。「文学作品を読みなさい」と叱られました。

なぜ私はあんなに素直だったのだろう?と思います。隠れて読めばよかったのに、素直にSFを読むのを止めました。

さまざまなことが、こうして私の中から締め出されていったのだな~と、今ならわかります。

私は、自分が本当に好きなものを感じる力まで、母のコントロールの下に失って行ったのです。


こうして母と会わずにいるうちに、もしかして高齢の母が死んだら後悔するのかな?とも思ったりもしますが、半年以上経って、ようやくこんな気づきがやってきているのを思うと、このプロセスはやはり私には必要なのだなと改めて思いました。

本当の自分を生きるためには、自分が自分に気付く前に刷り込まれてしまった「何か」の正体を明らかにし、自分自身のパワーを再び手にすることの必要性があるということを、しみじみ思った「カップ事件」でした(笑)

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日はまた昇る。新しい朝は毎日やってくる。




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ラスボスとの決別?!

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生まれて初めて、5月と6月に続けてあった母の日と母の誕生日をスルーしてみました。

50代の私にとっては、幼稚園の頃から始まったこの儀式(笑)は、気の遠くなるほどきちんと毎年繰り返してきたものです。

昨年は特に母の80歳の誕生日だったので、その2年程前にアメリカで見つけて買っておいた「80歳の誕生日おめでとう!」と印字されたカードを添えて(そこには「90歳おめでとう!」のカードまであり、カード文化のアメリカに驚きました。笑)、友人の花のアーティストにオーダーメイドで頼んだ美しい壁掛けをプレゼントに用意し、フレンチのランチを予約して、二人きりでお祝いしたのでした。

40代にして初めて起こした長い反抗期を終えて、母とは良好な関係を保ち、母を苦しめていた夫(私の父)との関係性を、母が経済的に困窮しないための工夫をして別居という形で現実化する手伝いもした私だったので、今のこういう状態になることは、去年の私は想像すらしていませんでした。

しかし、これまで自分が自分に掛けていたベールが、半強制的に外されていったというか、もう「自分が自分らしく生きる」ことを邪魔するものが、人生から自然に剥がされていってしまうという感じのことが起こっているようです。

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私が本当の自分を生きるために、それを阻害しているラスボスは母でした。

姑が生きていた頃は、彼女との精神的な葛藤がパワフルだったので、母はむしろ私への応援者でありがたい存在だと思っていたのですが、それは全くの誤認識でした。

むしろ、感情表現が素直だった姑は、今思い出すとそれほど大変な相手ではなかったのだとわかります。私達への愛情も、ある意味ストレートにかけてくれていたのだなと、今ならわかります。

しかし、母は全然桁違いの強すぎるラスボスでした。

なぜなら、子供の頃に「聖母」だと崇めていたほど私自身が大好きな存在で、それを巧みに使って、私に対する巧妙な操作と、育ててもらったということに対する罪悪感を利用して、私が正常な判断を下せない程心を掴まれてしまっていたからです。

姉弟の中で唯一の女性である私にしか、母の苦しみはわからないと、私はずっと母の唯一の理解者であり味方だと思っていました。

しかしそうではなかったのです。母は、自分が不幸であることをずっと他の人のせいにして生きてきた、自己憐憫の権化のような存在だったのです。

私はその母を可哀想でならないと同情し、私にかけてくれていた愛情は、純粋に私を大切に思うがゆえだと信じていました。

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子供の頃は、学校で良い成績を取ったり、生徒会の役員をしたり、表彰されたりすることを、本当に喜ぶ母の姿があったので、そのためにできる限りの努力をしてきました。

しかし、中2の頃から段々とその努力ができない自分が現れてきて、母が望むような完璧な優等生の路線から徐々に外れてきて、なんとか進学校には進みましたが、高校時代は自分探しの模索の時代となり、学校の勉強には集中できず、やがて親が最も望んでいた大学進学もしないという結果になりました。

私なりの親への反抗の行動を、無意識レベルでとっていた事が今ならわかるのですが、それでも母の呪縛からはずっと離れられずに長い年月を生きてきてしまったのでした。

断捨離していたら、上京していた頃母から送られてきていた手紙が出てきて、それらすべてを当時の私は母からの愛情だと思っていたのに、改めて読み返すと、すさまじい母からの操作のオンパレードでした。(→過去記事「愛という名の支配」

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決定的な出来事が起こったのは、もう半年ほど前になります。ある出来事で、私が母ではなく父の味方についたと誤解した母が半狂乱になり、これまで何十年の私の母への献身を踏みにじるようなひどい台詞を叫ばれたのでした。

そのことがあってから、私の中で何かが打ち砕かれ、それ以来一度、娘が孫を曾祖母に見せる時に大雪だったので心配で付き添った時以来、この半年ずっと母には会っていません。

彼女からの連絡もありません。何かを勘付いているのだと思います。

うまい具合に、それが「毒抜き」の期間となり、母からの呪縛がほろほろと剥がれていき、その間に「毒親」についての深い学びと向き合いをすることもできて、今日に至っています。(→過去記事「毒親について①~毒が回っていることに気づかない自分」

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一昨日、母の誕生日の前日に、生霊とでも言うような(笑)ものすごい重い怨念のようなエネルギーが母からやってきて、一日中肩が重くてなりませんでした。

例年なら前日までに、誕生日のお祝いをするために母の予定を聞く連絡を取っていた私だったので、母の日に何もなかったこともあり、疑うような祈るような気持ちでその日を過ごしていたのかなと思います。

母の誕生日当日は、偶然にも友人との時間を過ごすことになっていたので、とても楽しい一日があっという間に過ぎ去っていました。

そして、とうとう私の母への「毒親認定」を相手にも確実に知らせてしまった現実となり、そして今朝見た夢で、改めて母がどういう人間かを見せられました。

それは、私の中にまだ完全には拭い去ることができていなかった母への罪悪感を一掃してくれるような夢で、私は永遠に母とは分かり合えることはなく、母は永遠に毒親である可能性が高いことを示唆していました。

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私には子供が3人いますが、末の息子は、お姉ちゃん達に促されない限り、母の日も私の誕生日も、祝う気など全くない人です。

一人暮らしをしている今は、それを証明するように、メールでの一言すらなく(笑)、それでも私は「息子に愛されていない!」と傷つくことなんて全くありませんし、彼を愛する気持ちが薄れることなどこれっぽちもありません。

これがある意味、健全な親子関係なのだとわかります。息子は、母の日や誕生日に何かをしなくては、私からの愛情がもらえないなどとは全く思っていないのです。そこには罪悪感などあるはずもありません。

なので、50代にもなって馬鹿みたいですが、私の小さなチャレンジは、毒親からの支配から出るために、私が私にした小さいけど大きな挑戦だったのです。

それに怒り文句を言う親とは、縁を切っても構わないのです。なぜなら、その支配と操作のエネルギーは、私のたった一度しかない人生を縛るからです。

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親からの支配と操作のエネルギーは、子供時代から深く私達の中に刻み込まれており、あたかもそれが自分で選び取ったよう思えてしまうほど深いレベルで、私達の生き方をコントロールしています。

世間にどう思われるかを常に考える。
努力してやり遂げることは素晴らしい。
自分を律することは必要だ。
他人には親切にしなくてはならない。
礼節は守らなくてはならない。
目上の人を敬わなくてはならない。
恩は返さなくてはならない。
他から評価されることが大切だ。
真面目に勤勉に働くことは素晴らしいことだ。

これらのどれもが、ほぼ親からの刷り込みです。そしてそれは世間からの刷り込みとイコールです。

普通にこれらのことを挙げる時、世間では「それのどこがおかしいのか?」と疑問に思う人が多いでしょう。

しかし、これらすべては、自分が自分らしく生きることを阻む大きな要因となっています。

世間の常識が、私達の心の声を押し殺す無言の圧力になっているのです。


私達の親世代は「自分自身を生きる」ことをしないで生きてきた人がほとんどです。

そうでない人ももちろんいますが、圧倒的多数が、更にその上の親世代からの刷り込みで生きています。

なので彼らは、自分の魂の望み、心の声が全く聞こえなくなって生きています。

そうして、そこに生まれる苦しみ・悲しみ・苛立ちを、周りや環境のせいにし、そのうさを晴らすために純粋無垢な我が子を犠牲にして洗脳し、自分の思い通りに生きるようにさせることで、自分自身を癒そうとするのです。

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極端な例として、先日の5歳の女の子の虐待死のようなことが起こるのです。

誰がどう見ても、悪いのは親なのに、彼女は親に謝るメモを残していました。読むと胸が詰まります。
(→両親逮捕、暴行死の女児「パパ、ママゆるして」メモ残す

この例のようなわかりやすい虐待ではなくても、ほぼほぼすべての葛藤の元に、親との関係性が横たわっているのではと私は感じています。

私の母のような、一見愛情をかけて一生懸命に育ててくれたように見える親は、そこに潜むコントロールや操作に気付くのがとても難しいのです。

自分が自分らしく生きることを妨げられている根底に自己否定があり、それを形作った大本が、大抵の場合は親子関係にあったと知ることは、ある意味自分のこれまでの人生を否定するような感覚でもあり、向き合うのが本当に辛い事でもあります。

しかし、現在の地球上のエネルギーは、もう周波数が上がりすぎてしまって、そのように目を瞑ったまま生きることは、もう無理な状態になってきているのです。

それは、親を否定するということなのではなく、「自分の人生を取り戻す」作業でしかないのですが、「親の本当の姿を知る」ことに、とてつもない葛藤が湧き上がってくるわけです。

そして、親の愛を疑うかのような自分の行為が、とてつもない反逆行為のように思えて、罪悪感にさいなまれます。

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世界的なベストセラーでもある「毒になる親 一生苦しむ子供」のAmazonのレビューにも、最低の星1つ★をつけている人が何人もいます。(ちなみに、星5つ★★★★★は71%)

なかでも、本を読んで親にやっと反発したら、そのすぐ後に親が亡くなり、その後すさまじい罪悪に苛まれて「こんな本読まなければよかった」とまで書いている人のレビューは切なくなりました。
(以下のリンクをクリックしてください。)

しかし、私はこの人は、毒が抜ける前に更なる毒親からの支配の行動を受けてしまったのだと思うのです。(毒親はコントロールのためには、無意識レベルで自分が病気になったり、死んだりまでするようです)

これを書いた人の反応こそが、毒親が私達にしていることなのです。死んでも、コントロールされ続け、罪悪感を抱えて生きることを強いられるのですから。

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私の母は、やはり生い立ちで傷ついて生きてきた人でした。

しかし世間的には、立派と言われる行動を選択し続け、親の意向に沿うように自分の気持ちを押し殺して生きてきた結果、親が亡くなってから徐々に母自身が壊れ始め、自分の人生に対する不満を周囲にぶちまけるような生き方となってしまいました。

そして毒親問題は連鎖をします。これが最大に怖いところなのです。

私自身も、自分の問題と向き合い、癒し始めるまでは、子供に対しては毒親でした。

過去を振り返ると、なぜあんな言動をしたのだろう?と不思議なくらい、自分が壊れていたなとわかります。

当時は親とは良好な関係性だと思っていたのですが、姑を相手に発現し始めていた内なる怒りは、本当は自分の親との間で形作ったゆがみでしかありませんでした。

姑には、表面的にはいい嫁を演じていたので、持って行き場のない怒りを子供達にぶつけていたのだなとわかります。

幸いにも、母に反抗期をちゃんとできるようになり、その間の学びと共に、子供達はリハビリ期間を経て、なんとか私の毒を抜いて育つことができたように思います。

そして、親の「老い」という問題に面した今になって、私の本格的な本気の「親との決別」と向き合う時が来ているのようです。

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この先、どういう風に親との付き合いが進んでいくのかは、正直まだわかりません。

親の「老い」という問題も絡んでいるので、きょうだいとの関係性の問題も出てくることでしょう。

しかし、今私にわかるのは、現実的というよりも、精神的に本気で親と「決別」する許可を自分に与え、それを実行することなのだということです。

そうでないと、私はやはり本気で自分の人生を、自分の魂の声に従って生きることができないと感じるからです。

無意識レベルに刷り込まれた「親からの呪縛の言葉」を、完全に手放す時が来ている事だけははっきりとわかるからです。

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意外とサイキックなうちの夫の予言では、「梅雨になったら何か事が起こるな」とのことでした(笑)

夫も娘も、私が物理的にも母と縁を切ってもよいとまで言ってくれています。(彼らは、私の葛藤をずっと横で見てきたからです。そして客観的にも、母はそれに値するレベルだと考えているようです。)

このことを話し合って、理解し合い励まし合える友人もいます。私はとても恵まれており、幸せなのだなと感じます。

それでも母を握りしめた手を完全に離すことを躊躇している(らしい)私の、小さいけれど大きな今回のチャレンジは、私を次のステージに連れて行くのだと信じます。

親に関わることで奪われるエネルギー、過去にそうしてきたことで差し出してきてしまった膨大なエネルギーは、もうおつりがきても良いレベルです。

私は、私を解放することを、ここに宣言します。

ラスボスとの直接対決があるかどうかはわかりませんが、最終ステージのクリアをするという決意だけは、きょうここでしたいと思います。


長文にお付き合い下さり、ありがとうございました。


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『毒親』について(番外編)~バックアッププラン~

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毒親について書いてきたことの一番の目的は、自分自身を癒すということです。

私たちは魂が肉体に入る前に、親を選んでいます。

本来なら、その時に選ぶ親とは、自分の魂の目的を遂行するために最高のサポートをくれる存在であるはずなのです。

しかし、その親の方の条件が整わなかったり、何らかの理由で生まれたい時と場所に親のほうの条件が合致しなかったりということが起こった時に、私たちは生まれてくる時を優先し、「バックアッププラン」を選び生まれてきます。


そのバックアッププランとは、緊急の際の予備のプランですから、時には自分の波長と合わない親の元に生まれるという現実を作りだしてしまいます。

親そのものもそうですが、兄弟姉妹とも波長が合わないことも多くなります。

ラッキーなことに、本来選ぶはずだった親の身近に生まれてくることもあります。(例えば、親のきょうだいや親せき、祖父母などが、本当は選ぶ予定だった親であることはよくあります。)

自分の親よりもずっと親身になってくれたり、気が合ったり、愛してくれたり、応援してくれたり・・と、「この人が親だったらよかったのに」と感じる人が、本当は親になる予定だった人だということもあるのです。(その人と魂レベルでは約束があったのに、人間の体に入ってからの事情が整わなかったのです。)

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毒親と呼ばれる親の下に育った人は、波長の合わない親に人生を翻弄され、そのために魂のプランを実行することが大幅に遅れている人が多いように見受けられます。

今回、私自身にも、改めてそのことを強く認識するようにとのお知らせがやってきたように、もう彼らに自分の人生を翻弄させている場合ではないのです。

それは、縁があって自分を生み育ててくれた人を粗末に扱えということを言っているのではありません。

ただ、あまりにもそのことにエネルギーをとられ、自分そのものを生きることから遠く離れてしまっている人は、もうそのままでこの先は進んでいけないのだということを知る時が来ているのです。


毒親は、リアルに生きている親のみではなく、亡くなってもなお、その人の信念や観念の元として強い影響を放っている親であることもあります。

それらから自分を解き放ち、自由になることを選び取ることはできるのです。

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私たちはどれほど親のために生き、親の人生を肩代わりし、自分のハートからの声ではなく、リアルに、もしくは頭の中で響く親の声に翻弄されて生きてきたのかを知ってください。

自分自身を癒す許可を下す時が来ています。


ヒーリングというのは、自分が許可を下さないと起こらないのです。

自分を癒すのは自分自身です。

親からかけられた、もしくはかけられ続けている呪縛を解き、自分自身を生きることに集中する時が来ています。


バックアッププランまで使って、この世界に生まれてきたのはなぜなのでしょうか。

今、この時の地球で、自分自身を生きるためだったのではありませんか。


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2017年もあと2日となりました。

地球規模でも、個人のレベルでも、さまざまなことが起こりました。

私たちは、この時ここに自分で選んで生れ落ちてきたのです。


自分が望む人生を生きましょう。

常に自分自身で存在し続けましょう。

あなたがあなたであることを、すべてのものに最優先して生きてよいのです。

すべてを自分が選び取ることは可能なのです。

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リアルにご縁のあった方、こうしてブログを読んで下さっている方、私の人生に繋がってくださって本当にありがとうございます。

私は自分の言葉を発信することがとても好きです。生きている実感を感じます。

自分が好きなことで誰かと繋がれる喜びを満喫して、また新しい年も生きていきたいと願っています。

あなたもぜひ、ご自身が最高に幸せなことで人生を埋めて、地球に生まれたこの貴重な機会を充足させていって下さいね。


2018年があなたにとって更なる喜びの年になることをお祈りしています。

共に、『人間のふりをするゲーム』を最高に楽しんで生きていきましょう!!

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『毒親』について ③ ~本当の自分を生きるために~

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先日、私がクリスマスを夫と二人でプチ旅行で過ごしていた時、我が家では娘がお友達を呼んでクリスマスパーティー(というより夕食会?笑)をしていました。

中学時代からのお友達なので、私も彼女達の親御さんのことは少し知っています。

娘から、その仲良しグループでの今回の話題が、親と一緒にいることが辛いという愚痴だったと聞き、まだ二十代半ばの未婚の彼女たちにとっても、親の問題はとても大きいのだと知り、考えさせられるものがありました。

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話を少し聞くと、彼女達はちゃんとした反抗期をしてこなかった為、今になってそれをしているという感じもしました。

しかしそれだけではなく、地球の波動が高くなった今、すべての人間にとって、自分のパワーを手にして生きることを阻むようなエネルギーに対しては、絶対的にNOと感じるため、それが起こったのではないかとも思ったのでした。


毒親やアダルトチルドレンの問題は、かなり以前から話題になり問題提起もされていました。

しかし、これまで何十年もそれに翻弄されてきた人達も、全くそういう問題を抱えていると気づいてさえいなかった人達も、もう本当にその問題の中にいることはできない次元へと、地球がシフトしてきたのを感じるのです。

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パートナーシップの問題を抱えている人は、実はそれが親との未解決の問題であり、そのことに気づかずにその問題をパートナーに投影していることがほとんどです。

親とのコード(エネルギー的につながっているホースのようなもの)が繋がったままなのに、それに気が付いていない人は、反抗期を経ずに大人になり、自分の考えだと思っていることが実は親の考えだということに無自覚だったりします。

どこにも完璧な人間などいないのに、親が最高に尊敬できて大好き!などと言っている人は、ほぼほぼこのパターンです。(親の欠点もちゃんと知っているけれど、総じて尊敬している・・というなら、そうではありません。)

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私は9歳か10歳くらいまでは、母のことを女神様のように思っていたことを覚えています。例えるなら、新興宗教をしている人が、教祖のことを非の打ち所がない尊敬する人と思うような感じです(笑)

母はがっつりと私にエネルギーコードを刺していたのだと思います。

長ずるに従い、その魔法は徐々に解けていきましたが、長い間の洗脳(祖父母や父はひどい人で、母は可哀想な人)が解けるまでには、かなりの年月を要しました。


これまでの3次元の世界においては、意識的・無意識的に関わらず、その魔法が解けずにいることが多かったのですが、地球そのものが5次元に入ってしまっている現在では、半強制的に魔法が解けてきているのではと感じます。

なので今、改めて「毒親」なのです。その認識を深めることで、自分の中に何が起こっているのかを理解しやすくなるのではと思うのです。

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娘のお友達の一人は、一人っ子なのですが、親から「老後の面倒はよろしくね」と軽く言われたことにぞっとしたと言っていたそうです。

一昔前なら、それが自分のやるべきことだと思い込まされていたかもしれませんが、反抗期らしきものがなかったお利口で優しいその子でさえ、母親のその台詞への違和感の大きさに悩み始めているのです。

悩むことは大いにありだと思います。それは、気づきだからです。

これまで何気に深くとらえていなかったコントロールのエネルギーに、気づき始めたという素敵な兆候だと私は思うのです。

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そして一番の難関は、子供の頃から愛して止まなかった親を、客観的にちゃんと見られるようになることなのではないかと思います。

すべての親が毒親だというのではありませんが、その確率は、想像するよりはるかに高いと感じています。

誤解のないようにお伝えしますが、親を毒親認定することは、決して親を貶めることではなく、とても客観的に中立に物事を見ることであり、自分を動かしている観念や信念の出所を知ることへの近道なのです。

それは、本当の自分の魂の計画を生きる時に、必ず通らなくてはならない道となります。

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親にとっての「いい子」をやめることは、他の人に対して「いい人」をやめることへと繋がります。

「いい人」を演じる自分でなくなることで、「演じる」必要が自分の世界から消失します。

それこそが「本当の自分」を生きる道の始まりとなり、「ねばならない」・「すべき」ことで自分を動かすのではなく、魂の望み、ハートの導きで生きるようになる人生が始まることになるのです。


たとえこれまで考えたことがなかったとしても、「毒親」という言葉に何かざわつきを感じた人は、ぜひ自分と親との関係性を今一度見返し、感じてみてほしいと思います。

親がどういう人間であるかということ、彼らがどういうドラマの中で生きているかということ、自分は親によって自分の人生をどれだけ翻弄させられているかということに、明確に気付いていくことで、きっと自分が抱えているイラつきや自己否定の根本的な問題が、クリアに見え始めるのではないかと思います。

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ドラマ「明日の約束」でも、最終回では、主人公が母親の下を去りました。

物理的に離れる必要がある親も存在しますが、多くの場合はそこまでしなくても、自分が精神的に完全に自立すること、自分のパワーを手にして生き始めることで、毒親の影響を受けずに生きていくことは可能です。

いずれにしても、自分の親と自分との関係性を、きちんと見る中立な目を持つことが大切になります。

刺激的な言い方かもしれませんが、「毒親」ということについての認識を深め、自分の親がそうであるならそれを認めることで、見える世界が変わってくることをぜひ知ってもらえたらと思っています。



『毒親について(番外編)』に続く・・





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