思うこと

孫と過ごして考えたこと~12次元に分かれている自分~

お正月には帰省できなかった長女と、もうすぐ2歳の孫娘が遊びに来ていた1週間が過ぎました。

久々の大雪とそれが重なって、自分のことは後回しとなる日々だったのですが、お蔭で自分の中に沸き起こる時空を超えた不思議な感覚を静かに見つめる面白い時間を過ごせました。

自分自身が、魂レベルで何を望んでいるのかが明らかになっている状態で生きているということは、日々の出来事の些事を慈しむことができるのだということも、改めてわかったのでした。

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その昔、子供を三人育てている渦中の私は、魂の声を無視して生きていました。

自分が望むことではなく、やらなければならない事で自分を動かしていた時には、子供達とのかけがえのない愛しい時間であるはずの時さえも、ただの苦しみとしか感じられない事が多くありました。

今回、自己主張が強くて扱いづらい孫娘(昔の長女にそっくり!笑)と過ごす時間は、本当にかけがえのない愛しい時間でしかなく、泣き喚いて暴れていても(もちろんその時は、ママしかダメなのだけど。笑)、それがストレスにはならないのが不思議でした。

それはもちろん、他県に住んでいる孫という、期間限定でしか会えない相手であることもあるのですが、彼女達と過ごすことを意識的に選び取っている自分である、ということが重要なのだと感じました。

加えて、私の人生が「子育て」だけに占有されている状態ではなく、既に自分が魂レベルでやりたいことをやっている状態で、そこに現れた非日常を楽しんでいるからストレスが起こらないのだとわかります。

実は私自身は、本当は子育てをどっぷり楽しむタイプではなかったのに、子供を3人産むことを良しとする観念が刷り込まれていた(多分母親から・・)ことに気付かず、自分の人生を主体的に選び取ってはいなかったのだなと、今さらながらに気付きました。

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私達は魂の存在です。そして、ライトボディーである状態のままで振動数の低い人間の身体に入ることは難しいので、12次元に自分を分散させて存在させるということをしています。

そのうちの一つはハイヤーセルフと呼ばれるすべてを統括しているような場所なので、厳密には11の次元、今の自分から言うと別の10の自分が存在していると言ったほうがよいでしょう。

そのそれぞれの次元において、私達はさまざまな別々の設定の体験をしています。自分の才能も11に分割されています。

こちらの次元では3人のお母さんとして生きた私でしたが、別の次元での私はシングルでキャリアウーマンをしていたりします。

すべてに共通するのは、生まれる日時と死ぬ日時と性別です。(こん睡状態や植物状態で、死んでいるようになっているのにまだ死なない時というのは、別の次元の存在達がまだ死ぬ準備が整っていない時に起こります。また、性別は内なるものの事なので、時には肉体の性別が違う事もあります。)

そうすると、ここにいる自分が無理やり子供を産む体験をする必要もなく(もちろん、したければすればよいのですが・・)、ああすればよかった!と後悔する必要もなく(選ばなかった体験は、別の次元の自分が必ずやっています)、ただただ自分の内なる直感の導きに従うことで、魂のプランしたこの次元の自分を、その時点での最高の選択を積み重ねながら、心地よく幸せに生きることができるわけなのです。

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私は、私の元に来てくれた3人の子供達との出会いには心から感謝し、彼らに会えたことを本当に幸せに思っていますが、もしかしたら自分のキャパを超えていたのかなと今では思い至ります。

出会いたかった我が子達とは、別の出会い方もできたのかもしれません。(孫として出会ったかもしれないし、可愛い姪っ子や甥っ子として出会ったかもしれません。)

今回、孫娘と真剣に遊びながら、彼女が我が子だったらこんな風に穏やかに心から遊ぶことはできなかっただろうな~と思ったのです。

もしかしたら、言う事を聞かないストレスで、この小さな可愛い人を虐待してしまったかもしれません。

同じ小さな子供との向き合いでも、自分自身がより自分らしくある時とそうでない時との違いは、とてつもなく大きいのだなと思わされました。

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私達は、人生において選びとれないものはないのです。

この次元の人生で得られないとしても、別の次元の人生でそれを体験しています。

そして、その次元の壁がどんどん薄くなってきているのです。

12の次元を統括する存在としてのハイヤーセルフとの結びつきが深まるにつれ、今の次元の自分がしなかったこと、標準装備してこなかった才能、選び取らなかった現実などをすべて手にすることが可能になってきています。


私達は、頭で考えること(知識・観念)ではなく、ハートで感じる事(直感)に自分を導かせることで、今ここにおいては最高の自分を選び取っていくことができるのです。

常に、瞬間瞬間でそれを行っていくのです。

そうして手にする現実は、喜びと感謝に満ち溢れ、すべてがここにあるという感覚と繋がっていくことができるでしょう。

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まだ人間の身体に入りきっていないスピリット(全部入りきるのは14歳!)である1歳11か月の孫娘と過ごすことは、あの世に居るのと同じ幸せを味わう喜びでした。

自分の過去に遡って、色々な気づきを得るというおまけつきで、忙しくも幸せな1週間だったことに感謝です。







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(↑個室のあるカフェにて孫とお茶♬)




アンチお正月の徒然なるつぶやき(笑)

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三が日は過ぎましたが、今年初めての文章なので・・。

皆様、明けましておめでとうございます


個人的には、大晦日の父親の老人ホーム入居に伴う雑事に忙殺され、全くお正月感のない日々を過ごしておりました。

一人きりになる時間と空間がないと、ブログを書くという向き合いは難しいものです。

今朝、ようやく帰省していた息子を空港まで送り、他の家族は仕事に行き、しなくてはならないことを終え、本当は午後にあった歯医者の予約をキャンセルし(笑)、「私のお正月」をのんびり半日過ごそうかなと思いこれを書いています。

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ここ一月ほどの間に、また宇宙の流れが大きく変わっているのを感じています。

私達が日々取り組んでいる「人間のふりをするゲーム」から、自分の視野を大きく広げて、ゲームをしている自分を俯瞰する場所に視点を置くことが必要になっているのを感じます。


出来事は次々に起こってきます。

5次元にシフトした地球上で、3次元の古いやり方で人間が生きようとする時には、うまくいかないこと、そぐわないこと、変化させなければならないことが、次々浮かび上がってくるからです。

気象異常や地震もその流れの一つです。地球がシフトするために必要なメンテナンスのようなものだと思えばわかりやすいでしょう。

これまで隠蔽されていたこと、社会の仕組みの中の体質的な闇などは、益々加速して明らかにされていくことでしょう。

個人的な日々の生活においても、これまで自分が我慢してやっていたことや、しきたりでやらなければならないと思っていたこと、役割を果たすためにしなくてはならないと思っていたことを、もうやるのは難しくなってきています。

もちろん、それが楽しくて(つまりゲームなので)やる分には全然かまいませんが、やりたいとは感じないのにやっていたことを無理やりやることは、もうできなくなっているのです。

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私は田舎の長男の嫁として、お正月の嫁の務めを結婚以来20年ほどやってきました。それは、楽しいより苦行でしかない、一年で最も嫌な数日間でした。

義父母が亡くなり、彼らの残した家を売却してからは、本当にもうそれをしなくてもよいお正月がやってきました。

もちろん、田舎のお嫁さんでも、楽しいお正月を過ごされている人もいらっしゃると思います。

何故私にとっては苦行だったかと振り返ると、その時空では「私」ではなく「長男の嫁」として課された定義の中に、自分を入れ続けなければならなかったからだと思います。

それをしないという選択肢もあったはずです。心からの衝動で、そういうゲームを楽しむという選択肢もあったのだと、今ならわかります。

しかし、自分と波長が全く違う婚家で、彼らが望む「嫁の形」があるのを敏感に感じてしまう私にとっては、どう逆立ちしても楽しめるゲームではなかったのだということもわかるのです。

そこから出るには、相手にどう思われようと、どう陰口を叩れようと、全く気にせず自分らしくいるしかなかったのでしょう。(しかし、当時の私にはその勇気はなかったです。笑)

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この問題は、ある意味「毒親問題」と同じだと思います。

自分が変化しても、相手が変化しないことはあり得るのです。そして、それを悲しむ必要も全くないわけです。

自分と波長が合わない人との付き合いには、自分を最優先させることで、必要最小限の関わりで終始し、自分を決して損なわずに付き合うことは可能です。

付き合わなければならない相手は消えないかもしれませんが、自分がとても楽にそれができるようになることができるのです。


今、ふっと思い出した過去の姑との出来事があります。

人の感情のゴミ箱であることにYESを出していた当時の私は、婚家を訪れる度に姑から嫌味をちくちく言われることがありました。

私は普段は決して姑に言い返すことはしなかったのですが(なのでゴミ箱にゴミを入れ続けられていましたが。苦笑)、ある時腹に据えかねるような言葉を浴びせられて、帰りの車の中で思わず夫にそれを愚痴りました。

その瞬間、夫が逆切れして、車を急にUターンさせ、私に怒鳴ったのです。

「もう、親とは縁を切るからと今から言いにいく!二度とあそこには行かなくていい!だから、お前も自分の実家と縁を切れ!!」と、ものすごい顔で叫ばれました。

当時の私は、親からまだ本当に自立せず繋がっていた子供だったので、実家と縁を切るなんてありえません。

加えて、夫をとても大事に思っている姑に、息子から縁を切られるなんて思いをさせてはいけない!と本気で思い(それは今思うと「いい子」の私が顔をだしたのですね)、夫に平謝りに謝り、その場は収束しました。

そして私に残ったのは、夫に理解して寄り添ってもらえないむなしさと悲しさだけでした。

ただ、今思い出して気付いたのは、あれは夫の本音だったのだなと(笑)

彼も、一週おきに親のご機嫌伺いに行って、その度に妻から愚痴を言われる生活から逃れたかったのだなと。

時を巻き戻せるなら、本気でそうすればよかったなと思う今の私です。せっかく夫がその気になってくれていたのに・・(笑)

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正月やお盆は、このように親族が集まる機会が多いので、さまざまな葛藤が浮かび上がる「魔の時」でもあるかもしれません。

もちろん、愛しい人達と集い、賑やかに団らんする、美しい時を楽しんでいらっしゃる方もいることでしょう。

いずれにせよ、人間は「形」のためにあるのではなく、「形」は人間のためにあるのだということには間違いありません。

縛られるものすべてが嫌いな私にとっては、「形」が多くなる行事ごとは好まないので、今年のあっさりとした年越しは、ある意味私らしくて良かったのかもしれません。(でも実は私、お節を食べるのは好きなので、お料理自慢でお節作るの好きな人、誰か来年は招待して~!笑)

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「毒親」シリーズを書いている時に思ったのですが、これからはタブーにメスが入ってくるのだと感じます。

さまざまなニュースになっているように、社会的なことでそれが先に起こり、個人の生活レベルでも次々にそれが起こってくることでしょう。

宇宙の他の星からのコンタクトも、私がよぼよぼの老人になる前に正式に起こりそうな気配です。

古き良き伝統に思いを馳せることが多いお正月ですが、伝統なんてたかだか百年単位のことですし、広い宇宙の小さな地球の、そのほんの小さな地域に受け継がれてきたちっぽけなものだと、私は思っています。(過激ですみません。)

そういうものを楽しむゲームをしたい人は、十分にそうしてもらえばよいと思っています。

ただ、そういうものが特に楽しくない人は、自分が楽しいように生きればよいと思うのです。

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結論から言うと、私たちはいつでも自由だという事です。

何を選ぼうと、選ばないでいようと、何をしようと、しないでいようと、すべてが自分の選択で構わないということ。・・そしてそれを自分に100%許可するということ。

その前提で、この人間ゲームを生きる時、私達は自然と「魂の望み」を生きはじめるのだと思います。


ハートの声に自分を導かせる人生は、自分に嘘がない人生です。

我儘に好き勝手に生きる、という意味ではなく、魂が喜びに満ちて生きるということです。


2018年が、私達にとって更に喜び溢れる一年になりますように

今年も私の徒然なるつぶやき(笑)に、どうぞよろしくお付き合いくださいね




『毒親』について(番外編)~バックアッププラン~

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毒親について書いてきたことの一番の目的は、自分自身を癒すということです。

私たちは魂が肉体に入る前に、親を選んでいます。

本来なら、その時に選ぶ親とは、自分の魂の目的を遂行するために最高のサポートをくれる存在であるはずなのです。

しかし、その親の方の条件が整わなかったり、何らかの理由で生まれたい時と場所に親のほうの条件が合致しなかったりということが起こった時に、私たちは生まれてくる時を優先し、「バックアッププラン」を選び生まれてきます。


そのバックアッププランとは、緊急の際の予備のプランですから、時には自分の波長と合わない親の元に生まれるという現実を作りだしてしまいます。

親そのものもそうですが、兄弟姉妹とも波長が合わないことも多くなります。

ラッキーなことに、本来選ぶはずだった親の身近に生まれてくることもあります。(例えば、親のきょうだいや親せき、祖父母などが、本当は選ぶ予定だった親であることはよくあります。)

自分の親よりもずっと親身になってくれたり、気が合ったり、愛してくれたり、応援してくれたり・・と、「この人が親だったらよかったのに」と感じる人が、本当は親になる予定だった人だということもあるのです。(その人と魂レベルでは約束があったのに、人間の体に入ってからの事情が整わなかったのです。)

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毒親と呼ばれる親の下に育った人は、波長の合わない親に人生を翻弄され、そのために魂のプランを実行することが大幅に遅れている人が多いように見受けられます。

今回、私自身にも、改めてそのことを強く認識するようにとのお知らせがやってきたように、もう彼らに自分の人生を翻弄させている場合ではないのです。

それは、縁があって自分を生み育ててくれた人を粗末に扱えということを言っているのではありません。

ただ、あまりにもそのことにエネルギーをとられ、自分そのものを生きることから遠く離れてしまっている人は、もうそのままでこの先は進んでいけないのだということを知る時が来ているのです。


毒親は、リアルに生きている親のみではなく、亡くなってもなお、その人の信念や観念の元として強い影響を放っている親であることもあります。

それらから自分を解き放ち、自由になることを選び取ることはできるのです。

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私たちはどれほど親のために生き、親の人生を肩代わりし、自分のハートからの声ではなく、リアルに、もしくは頭の中で響く親の声に翻弄されて生きてきたのかを知ってください。

自分自身を癒す許可を下す時が来ています。


ヒーリングというのは、自分が許可を下さないと起こらないのです。

自分を癒すのは自分自身です。

親からかけられた、もしくはかけられ続けている呪縛を解き、自分自身を生きることに集中する時が来ています。


バックアッププランまで使って、この世界に生まれてきたのはなぜなのでしょうか。

今、この時の地球で、自分自身を生きるためだったのではありませんか。


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2017年もあと2日となりました。

地球規模でも、個人のレベルでも、さまざまなことが起こりました。

私たちは、この時ここに自分で選んで生れ落ちてきたのです。


自分が望む人生を生きましょう。

常に自分自身で存在し続けましょう。

あなたがあなたであることを、すべてのものに最優先して生きてよいのです。

すべてを自分が選び取ることは可能なのです。

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リアルにご縁のあった方、こうしてブログを読んで下さっている方、私の人生に繋がってくださって本当にありがとうございます。

私は自分の言葉を発信することがとても好きです。生きている実感を感じます。

自分が好きなことで誰かと繋がれる喜びを満喫して、また新しい年も生きていきたいと願っています。

あなたもぜひ、ご自身が最高に幸せなことで人生を埋めて、地球に生まれたこの貴重な機会を充足させていって下さいね。


2018年があなたにとって更なる喜びの年になることをお祈りしています。

共に、『人間のふりをするゲーム』を最高に楽しんで生きていきましょう!!

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『毒親』について ③ ~本当の自分を生きるために~

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先日、私がクリスマスを夫と二人でプチ旅行で過ごしていた時、我が家では娘がお友達を呼んでクリスマスパーティー(というより夕食会?笑)をしていました。

中学時代からのお友達なので、私も彼女達の親御さんのことは少し知っています。

娘から、その仲良しグループでの今回の話題が、親と一緒にいることが辛いという愚痴だったと聞き、まだ二十代半ばの未婚の彼女たちにとっても、親の問題はとても大きいのだと知り、考えさせられるものがありました。

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話を少し聞くと、彼女達はちゃんとした反抗期をしてこなかった為、今になってそれをしているという感じもしました。

しかしそれだけではなく、地球の波動が高くなった今、すべての人間にとって、自分のパワーを手にして生きることを阻むようなエネルギーに対しては、絶対的にNOと感じるため、それが起こったのではないかとも思ったのでした。


毒親やアダルトチルドレンの問題は、かなり以前から話題になり問題提起もされていました。

しかし、これまで何十年もそれに翻弄されてきた人達も、全くそういう問題を抱えていると気づいてさえいなかった人達も、もう本当にその問題の中にいることはできない次元へと、地球がシフトしてきたのを感じるのです。

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パートナーシップの問題を抱えている人は、実はそれが親との未解決の問題であり、そのことに気づかずにその問題をパートナーに投影していることがほとんどです。

親とのコード(エネルギー的につながっているホースのようなもの)が繋がったままなのに、それに気が付いていない人は、反抗期を経ずに大人になり、自分の考えだと思っていることが実は親の考えだということに無自覚だったりします。

どこにも完璧な人間などいないのに、親が最高に尊敬できて大好き!などと言っている人は、ほぼほぼこのパターンです。(親の欠点もちゃんと知っているけれど、総じて尊敬している・・というなら、そうではありません。)

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私は9歳か10歳くらいまでは、母のことを女神様のように思っていたことを覚えています。例えるなら、新興宗教をしている人が、教祖のことを非の打ち所がない尊敬する人と思うような感じです(笑)

母はがっつりと私にエネルギーコードを刺していたのだと思います。

長ずるに従い、その魔法は徐々に解けていきましたが、長い間の洗脳(祖父母や父はひどい人で、母は可哀想な人)が解けるまでには、かなりの年月を要しました。


これまでの3次元の世界においては、意識的・無意識的に関わらず、その魔法が解けずにいることが多かったのですが、地球そのものが5次元に入ってしまっている現在では、半強制的に魔法が解けてきているのではと感じます。

なので今、改めて「毒親」なのです。その認識を深めることで、自分の中に何が起こっているのかを理解しやすくなるのではと思うのです。

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娘のお友達の一人は、一人っ子なのですが、親から「老後の面倒はよろしくね」と軽く言われたことにぞっとしたと言っていたそうです。

一昔前なら、それが自分のやるべきことだと思い込まされていたかもしれませんが、反抗期らしきものがなかったお利口で優しいその子でさえ、母親のその台詞への違和感の大きさに悩み始めているのです。

悩むことは大いにありだと思います。それは、気づきだからです。

これまで何気に深くとらえていなかったコントロールのエネルギーに、気づき始めたという素敵な兆候だと私は思うのです。

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そして一番の難関は、子供の頃から愛して止まなかった親を、客観的にちゃんと見られるようになることなのではないかと思います。

すべての親が毒親だというのではありませんが、その確率は、想像するよりはるかに高いと感じています。

誤解のないようにお伝えしますが、親を毒親認定することは、決して親を貶めることではなく、とても客観的に中立に物事を見ることであり、自分を動かしている観念や信念の出所を知ることへの近道なのです。

それは、本当の自分の魂の計画を生きる時に、必ず通らなくてはならない道となります。

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親にとっての「いい子」をやめることは、他の人に対して「いい人」をやめることへと繋がります。

「いい人」を演じる自分でなくなることで、「演じる」必要が自分の世界から消失します。

それこそが「本当の自分」を生きる道の始まりとなり、「ねばならない」・「すべき」ことで自分を動かすのではなく、魂の望み、ハートの導きで生きるようになる人生が始まることになるのです。


たとえこれまで考えたことがなかったとしても、「毒親」という言葉に何かざわつきを感じた人は、ぜひ自分と親との関係性を今一度見返し、感じてみてほしいと思います。

親がどういう人間であるかということ、彼らがどういうドラマの中で生きているかということ、自分は親によって自分の人生をどれだけ翻弄させられているかということに、明確に気付いていくことで、きっと自分が抱えているイラつきや自己否定の根本的な問題が、クリアに見え始めるのではないかと思います。

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ドラマ「明日の約束」でも、最終回では、主人公が母親の下を去りました。

物理的に離れる必要がある親も存在しますが、多くの場合はそこまでしなくても、自分が精神的に完全に自立すること、自分のパワーを手にして生き始めることで、毒親の影響を受けずに生きていくことは可能です。

いずれにしても、自分の親と自分との関係性を、きちんと見る中立な目を持つことが大切になります。

刺激的な言い方かもしれませんが、「毒親」ということについての認識を深め、自分の親がそうであるならそれを認めることで、見える世界が変わってくることをぜひ知ってもらえたらと思っています。



『毒親について(番外編)』に続く・・





『毒親』について ② ~自分の色を生きる~

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葛藤の解放という言葉を良く聞くと思いますが、意識の改革や視点を変えること、過去世や今世のカルマ(業)をリリースするなど、さまざまなアプローチがある中で、最も大きなものが親からの刷り込みを手放すことなのではないかと私は思うのです。

親からの刷り込みというのは、世間体や価値観といったものが大きいですが、その最たるものが「あなたはこうである」という、自分がどういう人間であるかという限定や、どういう能力や可能性を持っているかへの制限ではないかと思います。

なぜなら、その限定や可能性そのものの設定が、親である人の狭い限定された価値観や知識、思いに制限されているからです。

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よく目にするので例えにあげるとするならば、代々教師の家系にある人や、医師の家系に生まれた人、会社の経営者などは、親自身が自分を肯定するために手に入れた職業や、もしくは伴侶の職業を、最善のものと思いたいがゆえの子供に対する価値観の押し付けがあったりします。

またその反対に、自分を肯定できない親は、自分が得られなかったもの(学歴や社会的地位など)を、この世の素晴らしいものとして定義づけ、子供にそれらを得させようとプッシュします。

その子が生まれながらに持ってきた本来の能力や適性、興味や秀でているものに目を向けるのではなく、自分が「素晴らしい」と信じているものへ近づくように、子供を方向付けようとします。

これを読んで下さっている方には、ご自身が親である方も多いかと思いますが、自分自身が今子供にそういうふうに接しているのに気づく方は、間違いなくご自身もそうやって親から刷り込まれて育ってきたのです。(それが達成されているか、されていないかに関わらず・・)

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毒親というのは、何も子供の命を脅かすような激しい親のことだけを指すのではありません。

人間が本来あるべき、自分のパワーをしっかり手にして、この世界で自由に楽しく心地よく生きることを阻害する思考パターンを植え付けた親こそが、毒親なのです。


私の場合を例に挙げると、子供の頃から読書が大好きだった私は、小学生の頃は図書館でさまざまな本を読みふけっていました。

高学年になったころだったでしょうか、私はSFにはまってしまい、学校の図書館にあるSF本を片っ端から読破していた時期がありました。

それは、私の思考を宇宙の彼方へと広げ、本を読んでいる間はまるで宇宙のさまざまな惑星での体験をしているような、とてつもなく幸せで楽しい時間でした。

しかしある時、私の読んでいる本が何かに気づいた母親から、「SFなんて読んではいけない。読むなら文学作品を読みなさい。」とたしなめられたのです。

母のことが大好きで、母が喜ぶ顔を見るのが大好きだった私は、母が嫌がることをしてはいけないと刷り込まれていました。

なので、大好きなSFを読むのをやめて、無理やり文学作品全集のようなものを読み始めたのを覚えています。

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活字中毒だった私は、それでもがんばって文学を読んでいましたが、今思うとそれらの波長は私とは合っていなかったので、やがて私は本を読むより隠れて(これも母に叱られるので)友人から借りた漫画ばかりを読むようになっていきました。

大人になって今感じるのは、私は実は優等生タイプの人間ではなく、好き嫌いの個性が強く、興味のあるものにはとことんのめり込む、どちらかと言えばオタクタイプの人間だったのです。

中学生くらいまでは、とことん母親が望む優等生タイプに自分を当てはめるように、かなりの努力をしていたようです。

幼稚園時代には、先生から「陰気な子」(暗いという言葉がまだない時代だったので・・笑)と言われた私でしたが、母がそれを望んでいるのを無意識レベルで感じ取り、児童会や生徒会などで活躍するようなキャラを作り上げていきました。

何か一つのことに集中しのめり込むのが好きなのに、母が望むオールマイティーになんでもできる子になろうと努力をしていました。

この世的に見ると(もしくは母のサイドから見ると)、そのお陰で成績優秀なあなたになれたじゃない!と言われるかもしれません。

しかし、本来の自分でないことは、決して永遠には続かないのです。

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お利口ではなく、器用でもなく、興味がないことをやるのが苦痛でならないタイプの私は、自我が発達し始めた14歳の頃から徐々にそのキャラが崩壊し始めました。

親に刷り込まれて、自分が行かなくてはと思っていた高校には入れませんでした。

親が望んだ医学部に行くなど全く無理な成績になり、勉強には全く興味を失い、大学進学さえしませんでした。

そして私は、どんどん親に反抗した人生を生き始め、親が嫌がる宗教に入り、親に了解を得る前に結婚を決めました。(陰で母は、私の夫のことが嫌いだといつも父にこぼしていたそうです。笑)

なので、私は親からのコントロールに逆らって、ちゃんと自分を生きていると思っていました。

しかし、そうではなかったのです(笑)

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心の深いところで、私は親が望む自分になれなかったことを「申し訳ない」と自分を責めていたのです。

深いところにある罪悪感ゆえに、『自己否定』という自分を蝕む在り方から、どうしても逃れられなかったのです。

そうして、もし他人なら「わがままなくそババア」と一蹴するに違いない母に(笑)、どこかで嫌われたくないという思いを手放せずに、この長い年月を生きてきてしまったのです。

kusobabaa認定(笑)がちゃんとできていたなら、親にイラついたり、腹が立ったり、悲しくなったりはしていないのです。

子供の頃に大好きで、認めてほしくてならなかった親だからこそ、彼らの本当の姿を認めるのが嫌だったのです。

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人間はスピリットである時には完璧な存在です。

しかし、この人間の体にスピリットが入る時、私たちはその完璧さを11の別々の次元に分かれさせます。なぜなら、完璧なスピリットの波動では、肉体の低いバイブレーションに入るのは難しいからです。

それはまるで、一筋の光線がプリズムを通ると、美しいさまざまな色に分かれるさまと同じです。

私たちは、その分かれた色、選んだ色を生きるためにここにいます。

青を選んだのに、親が望む赤色を生きる必要はないのです。そして、そんなことはできないのです。

象徴的な例として、私はずっと青色が好きでそれが似合う女の子でした。でも、母はそれを知っているはずなのに、ピアノの発表会の私のドレスは、母の大好きな朱色を着させられていました。

なぜなら、ピアノは母が習いたかったのに習えなかったもので、私がやりたいと言って習ったものではなかったからです。

赤は、私の一番嫌いな色でした(苦笑)でも私は、母の代わりに赤いドレスを着て、ピアノを弾いていた、というわけです。

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ご自身が毒親であるということを認めることはとても大切です。

私自身も、かなりの毒親ぶりでしたし、長子にはその毒を降り注いでしまいました。(その毒を中和するには、かなりの年月がかかりました。)

しかし、本当の意味で毒親であることをやめるには、自分が毒親に育てられたことを認めるしかないのです。

それは、自分自身を消し去るに近いほど強烈な体験になることもあります。

長い年月の間に、親の毒に汚染されて生きていた自分を手放す作業だからです。

しかし、時は今です。

目を覚まして、本当の自分を生きる時が来ています。

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親を毒親認定しても、決して物理的に彼らを捨てるとは限りません。むしろ以前より付き合うのが楽になる人も多いことでしょう。

ベールがかかっていた視界が開ける体験をしてみてください。

完璧でない人間が、完璧な親であるはずなどないからです。

親子の幻想を超えていくことは、自分自身を生きることをどれほど楽に心地よくするのかを体験したら、悩みのほとんどは消えてしまうのではと感じているこの頃です。


「『毒親』について➂」に続く・・


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『毒親』について ① ~毒が回っていることに気づかない自分~


『毒になる親』(スーザン・フォワード著)という本を手にしたのは、随分前のことだったと思います。

昨年の本の大断捨離のせいで、もう今は手元にはないのですが、実は私はその本をちゃんと読んではいなかったのです。

本屋でものすごく心惹かれて、ぱらぱらと立ち読みをして購入して帰ったのですが、きちんと通読した記憶がありません。

今なら、その時の矛盾した私の行動の意味がわかります。

実は私は、そこに書かれているのが自分のことだということを深いところで知っていたのに、ちゃんとそれを知るのが怖かったのです。

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ウィキペディアによると、『毒親』とは以下のような親のことを言います。

毒親(どくおや、英:toxic parents)とは、過干渉やネグレクトなどによる児童虐待によって、一種の毒のような影響を子供に与える親のこと。(・・ウィキペディア「毒親」より)

真っ当に育っていると自分のことを思っていた私にとっては、上記のような「過干渉やネグレクトなどによる児童虐待」という激しい言葉は、どこか別世界の気の毒な子供のことだったのです。

しかしウィキペディアには更に、母娘のことについて次のように書かれています。

母による同性間ならではの娘への束縛や虐待(分身としての過度な私物化やコントロール、夫婦間の不満や愚痴のはけ口としての利用など)を受けるも、娘は「母性」神話によって母親を悪者に出来ず、又は気付かずに苦しみ自身の人生を生きられなくなるとされる。

支配型の毒母の場合、娘の世話を熱心にみることから、周囲からは愛情深い母親の行為として見られたり、母親の愛を得んがために、その期待に沿って猛進するため、社会的には成功する場合もあり、そのため周囲に苦しみを理解されない娘の苦悩はより深い。

母を負担に感じる娘の場合、摂食障害や鬱といった精神的症状が表れる事例が多いといわれている。(・・ウィキペディア「毒親」より)


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「束縛」や「虐待」という言葉だと、何か特別なことのように感じますが、「分身としての過度な私物化やコントロール」であったり、「夫婦間の不満や愚痴のはけ口としての利用」と言い換えられると、それは私のみならず、心当たりのある人は山のようにいると思うです。

私自身は母親のことをこう思っていました。

「子供の頃からひどい養父(私の祖父)に虐げられ、家を継ぐために嫌々結婚させられたお父さん(私の父)もひどい人で、愛もお金もない家庭に耐えて、苦労して私たちを育ててくれた可哀想なお母さん」

なのでもの心ついた時から、私は母を喜ばせることが子供として最高の親孝行だと信じて生きてきたのでした。

そして、母を喜ばせるだけではなく、彼女が望むように生きることを選ぶことが自分にとって一番だと思い込んでいたのでした。

ですから、母に対するちゃんとした反抗期を迎えたのは、もう40歳代に入ってからでした。

行動ではそれ以前に色々と母の意に沿わないことを選んではいたのですが、その根底にはずっと母に対する申し訳なさ、自己嫌悪が横たわっていたのだと思います。

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きっかけは、先月主催させてもらった齋藤つうり氏の家族WSでトピックに上がった「加害者・被害者・救済者」のドラマ・トライアングルから出るには、「加害者」のポジションをとるしかないということについて、自分のことを振り返ってみたことでした。

もう母とのことは随分達観したと思っていたのですが、私はちゃんとした「加害者」のポジションにはいないと、気づいたのです。

ドラマ・トライアングルから抜け出している「ちゃんとした加害者」になっている人は、そのことを被害者に責められても、心に動揺がないはずだと知り、自分はまだそれが完全にはできていないとわかったのでした。


地球の波動がどんどんと高まっている今は全てのものが拡大をするので、恐れや怒り、悲しみなどのネガティブな感情も拡大します。

それゆえに、近頃はますます母のヒステリックな言動がエスカレートしていました。

それに極力関わらないようにしている自分だと思っていたのですが、ちょっとしたことに少なからぬざわつきを覚える自分、できるだけ母に会いたくない自分がまだいることを、私は結構持て余していたのでした。

つうりさんにそのことを話してみた時に、「結局は、ドラマから出たくないんだよ」とさらりと言われ、もうそこにはいないと思っていた自分がそうではないことに気が付いてしまったのでした。

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WSが終わった後も、そのことがずっと心に引っ掛かっていました。

「もう母のドラマには関わっていないと思っていたのに、私はまだドラマから出てはいないのか?」

そして、宇宙に投げかけた問いは、ものすごいスピードでちゃんと答えを体験できる場を用意してくれたのでした。


ストーリーを細かく話すと長くなるのでかいつまむと・・先日、実家で一人暮らしをしている父が癌の宣告を受け、そのことにショックを受けて心身の具合が悪くなり、その結果吐血して救急車で運ばれました。

私に連絡をとろうとしたのですが電話が繋がらなかったので、パニックになった父は別居している母に電話して、この件に母も巻き込まれることになったのでした。

その時の母の言動(緊急時なのに、父の愚痴を言う)に私が切れて母に暴言を吐いてしまったことで、母が私を明確な加害者のポジションに押し上げました。

その結果、母が父と離婚しないで別居している唯一の理由(遺産と遺族年金と家を手に入れたい)を脅かす存在として私を認定して、弟に私のことを罵倒した・・らしいのです。


母にはもうどう思われても構わないと思っていたのに、私が父の遺産を狙って母を陥れるという妄想に取りつかれたことを聞いた時には、絶望という言葉がふさわしいような衝撃を受けました。

最初は怒りを感じ、それはじきに悲しみに変わっていきました。

それはこれまでに感じたことのないような静かな深い悲しみの涙になって、私の中から何かがどんどん流れ出ていくような感覚でした。

母がどういう人間なのかということに、ようやく気付いたという、なんとも不思議な体感だったのです。

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母は間違いなく「毒親」でした。

母からの毒は、私の中の深い深い場所まで汚染していて、私はそれがあまりに深くて気づいていなかったのです。

そして、そこから残っていた毒が涙になって流れ出すというのがぴったりの感覚に、私は本当に驚いたのでした。


家に帰ってから、娘とそのことについて話をしました。娘は、「何を今さら?」という反応でした。

「そんなのずっと前からわかっていたことだよ。ママだけがおばあちゃんにどこかで期待をしていただけだから。」

私だけだったのです。とうに夫も娘も、おばあちゃんが私にとって紛うことなく「毒親」であることを知っていたのに、それを完全に認めることをどこかで拒否していたのは私だけだったのでした。

娘と話をしているうちに、はっと思い出して、数か月前に断捨離したときに出てきた、私が20歳前後に東京で一人暮らししていた頃に母から来た手紙の束を取り出しました。

その文面を娘に読んで聞かせると、娘は目を丸くして、「それって今やってるドラマの『明日の約束』お母さんが書いてる交換日記の文章と全く同じじゃない!」と、気持ち悪そうに言うのです。

『明日の約束』のお母さんからの文章は、こんな感じです↓(主人公は今は大人のスクールカウンセラーです。)

日記

明日の約束 8歳のひなたへ

10月21日

今日も日向はママの言うことが聞けない悪い子でしたね。
明日はちゃんと良い子になりましょう。

明日の約束

①ママがいいと言ったお友達以外とは遊ばない
②ママに口答えしない
③ママをイライラさせない

必ず守るように。

ママは日向が大好きです。

明日の約束 10歳の日向へ

3月10日

ランドセルの中にしまってあったラブレターは破って捨てておきました。
日向がこんないやらしい子だったなんて、ママはショックです。
二度とママを裏切らないでね。

明日の約束 

ママに無断で男の子を好きになったりしない。

必ず守るように。

ママは日向が大好きです。


必ず最後にママは日向が大好きです。」がつくのです。私への母の手紙も、まさにこのパターンと同じでした。

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今回私に起きたのは、まさに「本当に目が覚めた」という感覚でした。

私は、母がどうしようもないコントローラーだと知っていたのに、どこかで母を「毒親」認定することに抵抗していたのでした。

それは無意識のレベルで起きていました。

なぜなら私の中には、「洗脳」と娘が言うほどの母からの「毒」が回っていたからでした。

母を「毒親」認定することは、私自身の中にある「毒」を認めることになるのです。

まるで血液か何かのようになってしまっているその「毒」を認めることは、私自身を否定することのようにどこかで感じていたのでした。

幼い時に愛してやまなかった母親が、実は私を無償の愛で愛してくれているのではなくて、すべてが自己愛ゆえの条件付きの愛だったと認めるのが嫌だったのです。

極端な言い方をするなら、親に愛されることを自分のアイデンティティにして生きていたこれまでの自分は、全否定されなければいけないような体感なのです。


それは本当にショックなことでした。

最低の親だ、うざい母だ、と口では言っていても、心の底からそうは思っていなかった自分がいたことに気づいたのでした。

親への期待を完全に捨てること。・・・それは絶望を伴う強烈な痛みのある作業ですが、自分自身の人生を本当に生き始める時、絶対に避けては通れないイニシエーションでした。

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この十年ほど、私は何度かイニシエーションを実行してきたと自負していました。それらは、その時々に自分をシフトさせることになっていたことは間違いありません。

しかし、今回私が感じたものは、これまでのどれとも体感が違っていました。それは、自分の目を覆っていた厚い鱗がはがれたような感覚でした。

母の私への愛は、無償の愛ではなかったと認めることは、辛いけれども私を解放する体験だったのです。

なぜならそれは、私は二度と母のために自分を犠牲にして生きることはしないと、本当に決意するための後押しになったからです。

愛という名の母のコントロールから自由になると、心から決意することができたのです。

それは、「本当の自分」を生きる時に、避けては通れないとても大切なことを再確認する出来事だったのでした。




このテーマは本当に深いので、もう少し書いていってみたいと思います。


(「『毒親』について②」に続く・・予定。笑)







セドナリトリート2017 ⑤ 魂に触れる旅の終わり

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セドナ滞在の最終日の朝がやってきた。

朝日が反射するレッドロックの風景が最高に美しく、ただ居るだけで癒されたお気に入りのコンドミニアムも今朝でチェックアウトなので、タイマーをセットして全員で記念写真を撮った。

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それぞれの向き合いで、それぞれの変容と癒しを受け取ったこの数日間を思い返し、なんとも言えない充足感と自分自身と仲間に対する愛しさで一杯だった。

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本当に美しくて静かで癒されるコンドミニアムだった。
また次に訪れる時が楽しみだ。

きょうは、最後のご褒美のようにとっておいてあった(笑)、愛と癒しの場所「チャペル・オブ・ザ・ホーリークロス」へ行くことになっていた。

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レッドロックを利用して建てられているこの教会は、その珍しい建物のみならず見晴らしも大変良くて、多くの観光客が訪れている場所なのだが、何とも言えない優しい慈愛のエネルギーが充満していて、私はとても好きなのだ。

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この日はちょっと靄のようなものがかかっていて、いつもより遠くが見渡しにくいのが残念だったけれど、それでも気持ちのよい景観だった。

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お気に入りの岩の前でポートレート撮影♪ 気持ちがよいので笑顔で美人度アップ!(笑)

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今世ではキリスト教者ではない私だけれど、目を閉じ瞑想状態に入っていたら、過去世で何度も何度もキリストの教えに生き、愛と真実を探求していた自分を思い出した。

それは時には試練と苦難の道程でもあったのだけれど、常に永遠なる愛の場所へと自分を導いてくれていたかけがえのない体験であり、そうさせていてくれた存在に感謝が溢れだした。

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感謝の炎を灯すための寄付をさせて頂き、この深遠な気持ちをいつまでも忘れないでいようと祈った。

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セドナはアーティストの街でもあるのだが、教会にもアート作品が奉納されていて、壁に掛けられた美しいタペストリーの色合いが、空間を更に浄化するように感じて素敵だった。

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あそこに見えるのが未来の私の別荘よ~♪と毎回呟き(笑)、この風景をあの建物のベランダから見たらどんなだろうと想像して楽しむ私(笑)

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お互いに写真を撮り合っていたら、立派なニコンをぶら下げたニューメキシコから来たと言うおじ様が、全員を写してあげようと言って下さったのは嬉しかったのだけれど、なぜアメリカの人は大概人物フォーカスで、どこで撮ったかわからない写真になるのか、いつもの謎が今回も起こった(笑)

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きょうこそ全員でキッシュを食べるぞ~♪と、再びランチはテラカパキのThe Secret Garden Cafe にやってきた。

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中がふわふわでまったり美味しいキッシュと、メキシカンなビーンズペーストがのったミニピザのようなものを頼んでシェアしたのだけれど、やっぱり「美味しい~♡」の声が止まらない!

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アメリカンな甘~いチョコケーキも、5人でシェアしてちょうどいい感じに♪

美味しいものを食べながら、木漏れ日の優しいカフェで憩う時間は、つい少し前のシリアスな向き合いの時間を忘れ去る癒しの時だった。

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そして午後も、テラカパキの個性的なギャラリーをのぞいたり、おしゃれなお店を色々と散策したりと、明るい笑い声と共に過ぎていったのがしみじみ嬉しい私だった。

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↑テラカパキノースにあるおしゃれなキッチン雑貨のお店♪ 新しくできたものなのに、わざとアンティークな感じで建ててあるそう。

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↑カメラウーマンのSちゃんがドはまりしていたのが、Global Candle Galleryの色とりどりのキャンドルたち。

最初の10分だけ燃やして穴が空いたら、そこにティーキャンドルを入れてキャンドルホルダーとして使う事ができると教えてもらい、それならいいじゃん!と3人様がお買い上げ♪(笑)

和やかに、楽しく、そしてしみじみと、リトリートの最終日は過ぎていった。

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翌朝の飛行機に乗るためにレンタカーを返してしまわなければなかったので、最終日はテラカパキのすぐ後ろにあるホテルに宿泊することにしていた。

早朝のシャトルピックアップに起きるために、その晩は早目に解散&就寝したのだった。

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まだ真っ暗な早朝、5日間を過ごしたセドナを出発し、フェニックス空港に到着。

まるで私達を見送ってくれるように朝日が昇り始めた時に、飛行機はフェニックスを飛び立ち、5泊7日のセドナリトリートは終わろうとしていた。

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帰りは別便だったSちゃんがまだロサンゼルスにいる頃、私達は無事小松空港へと降り立った。

いつもながら、リトリートは長いようであっという間の不思議な時の流れだった。

いや、数か月前からの出発前の取り組みを含めると、長い長いリトリートだったと言う方が正解かもしれない。

そしてそれはまだ完全に終わったのではなく、不思議な時空での自分自身を探し癒す旅は、いつでもどこでもスピリットである自分自身を生きる自分になった時に終わるのだ。

日本に戻って日常が再開して、限定された人間生活の中でもそれが成される時、リトリートの真の目的を知ることになる。

私達はいつも人生という壮大な旅の途上にいる。

その旅をいつでも喜びに満ち溢れて体験することは、真の自分を知ることでしか起こらないのではと思うのだ。



(「セドナリトリート2017 」完 )



今回のリトリートにご参加くださった皆さん、素晴らしい時間を共に過ごして下さって本当にどうもありがとう!!みんな、大好きだよ~♡



ギャラリー
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