Cerulean Blue (セルリアンブルー)

Believe in yourself. You are loved.

思うこと

諦めることが導く未来

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私達は子供の頃から「あきらめてはいけない!」「努力は必ず身を結ぶ!」と、親や教師やコーチなどから叱咤激励されてきました。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

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昔、私の親友だった女性は、「Never, never, never, give up!(決して、決して、決して、あきらめるな)」というウィンストン・チャーチルの名言を自分の決意として私に伝えて、癌の闘病のために入院しました。

彼女は10カ月の闘病の後に亡くなりました。

亡くなる4日前に私は彼女に呼ばれて会う事ができたのですが、すべてを諦めて、すべてを手放した彼女の微笑みはまるで観音菩薩のようで、今なら彼女がその時「覚醒していた」のだとわかります。

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諦めるのが難しいことの一番のものには、「愛する家族に対する期待」があると思います。

そうです、親が子供に持つ「期待」です。

夫婦の片方が、もう片方に持つ「期待」です。

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親子の場合には、親の期待が、子供が人生で成し遂げたい本当の望みを封印することへと導かれます。

良い子であればあるほど、それが起こります。

もしくは、親の期待を跳ね飛ばそうとする「やんちゃ坊」は、そうするために不良になったりして、反対の意味で、自分の望みを生きる人生から離れていきます。

そしてそれはやがて、子供が親に持つ「期待」へと変化します。

いつか自分の事をわかってくれるのかもしれないという、多分ほぼ訪れることのない未来への期待です。

「期待の親子間の連鎖」とでもいうように、やがて親の期待を生きた人は、自分もまた子供に期待する親になっていきます。

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夫婦の間にそれが起こる時には、「わかってほしい」や「こうなってほしい」は、やがてそうならないことへの失望へと変わります。

反対側では、期待をかけられた夫(妻)は、そのままの自分を受け入れてもらえない事に失望し、夫婦の間に隙間風が吹き始めます。

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この世の「苦しさ」の奥には、良いこととされてきた「諦めない!」が、全く正反対の作用をして鎮座していることに気付きます。

「諦めること」は、自分が自分に諦めてしまったことがある人ほど、自分以外の人にそれを被せて期待します。

「期待する人」は、自分自身が成し遂げられなかった事を「諦められない人」が、他人に転嫁することが多いのです。
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『あきらめる』という言葉の響きには、敗北者であるような悲しい音が交ざります。

でも、本当にそうなのでしょうか?と、今一度問いかけてみたいと思うのです。


すべてを諦めた私の親友は、死ぬことの怖れなどみじんも持たない慈愛の微笑みで、この世を去りました。

死ぬ前に私に会いたかったのではなく、私のために、もう面会謝絶になって長かったのに、私が彼女に会う機会を作ってくれたのでした。

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うちの娘の友人の一人は、一人娘だという不運もあるのでしょうが、親の期待に押しつぶされて、今現在は仕事もできず心の病で苦しんでいます。

彼女の親は、超一流大学を目指せと叱咤激励し、そうできなかった娘に、今度は世間的に素晴らしいとみなされる職業に付けとプレッシャーを与え、その結果その仕事に就いた彼女は、心の病を悪化させてその仕事も辞めました。

彼女のお父さんは、ある超一流私大の卒業生で、世間的には立派なお仕事をされている方ですが、自分が入りたかった超一流国立大学に、本当は娘を入れたかったのでした。

私はその娘さんに何度か会ったことがあるのですが、俗にいう「お勉強」が似合わない、本質はとても明るくて可愛らしい娘さんです。

その可愛らしさ、天真爛漫さを伸ばして、自分の興味に従って何かを学んでいたならば、全く違う未来が開けていたのにと感じるのですが、今の彼女は自分自身を生きておらず、その笑顔もあまり見ることができません。

お父さんが、自分が成し遂げなかったことを諦められなかったばかりに、大切な娘さんの人生が今閉ざされています。

とても残念に思うのですが、もう大人になった彼女自身に対しては、親の期待に応えることを諦めて欲しいと願うばかりです。

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本当に諦めてはいけないことは、多分ただ一つだけなのだと思います。

それは「自分自身を生きること」だと私は思うのです。


誰かの期待に応えることを諦める。

愛する人が自分の期待通りになることを諦める。


この大きな二つを諦めることで得られることは、ただ「自分自身を生きる」ことになるのではと思うのです。

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そして逆説的なのですが、何かを諦めると、諦めていた別の何かが手に入ります。

私自身に起こったのは以下です。

決して手に入らないと思っていた「やりたいことをやりたいようにやる人生」を、「夫が望む妻、子供が望む母、でいることを諦めた」ことで手に入れました(笑)

もちろん、夫や子供を大切に思う気持ちや、愛することを止めたわけではありません。

どうしても譲れない「自分のやりたいこと」を大切にすることと、夫が妻に望んでいる「こうであってほしい」ことや、子供が母に望んでいることが相容れなかった為、「自分のやりたいこと」を優先する生き方を自分に許可したのでした。

良い妻、良い母でいることを、諦めました(笑)だって、そうすると自分の心が死んでしまうのがわかったから・・。

そして同時に、子供達に「こうなってほしい」や「こうであってほしい」も、随分手放すことができました。

良い意味で諦めたら、逆に子供達が自分で自分の道を切り開く人生を歩み始めました。

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実は夫に関しては、まだ今も「諦めきれない」ものが自分の中にあることに、今朝気付いたのでした。

親子の縁は切れませんが、夫婦の縁は紙一枚で繋がっているものなので(笑)、本気で「諦める」ことはなかなか難しいのだなと、自分を顧みて改めて思ったのでした。

「諦めること」が夫婦の未来を分けていく可能性も起こり得るからです。

これまで何度か、そのチャレンジを超えてきたと思っている私ですが、それでもまだ本当には「諦めていない」のだなと、ようやく気づきました。

なので、自分自身に言い聞かせるためにも、これを今書いています(笑)

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今年も散りゆく桜を惜しんで、きょうのブログは、私の携帯の中に溢れている桜の写真シリーズでした。

桜は、一年のうちのほんの短い期間にしか出会うことはできません。

散りゆく花びらは、まるで私達が何かを手放すことの象徴のようです。

来春もまた桜は開花しますが、それは今年散った桜とは違う「新たに咲く桜」なのです。

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諦めること(=手放すこと)で導かれる未来を信頼し、その流れに委ねたいと思います。

何か心に響くことのある方、是非ご一緒に諦め(=手放し)ませんか?笑





何かを諦めたら、手に入るかもしれません(笑)パワフルなハワイ島のエネルギーの中で、私と一緒に笑って泣いて楽しい時間を過ごしませんか?あなたにお会いできるのを楽しみにしています

ハワイ島リトリート・セミナー開催のお知らせです!(8/30~9/5)

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内なる導きの着地点

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私は基本的にはいつも、自分の直感に従うことにしています。

基本的には・・というのは、自分の損得感情や葛藤がそこに絡んでくると、頭がぐるぐるしてその直感がどこかへ行ってしまうこともあるから(笑)

でも大筋では、特に自分の人生に大きな影響を与えることに関しては、ほぼ直感通り動いています。(もちろんそれは、後になってから「大きな影響を与えた」ことだとわかるのだけれど・・)

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(写真:株式会社ノウイングより)

昨日は、その直感の一つの行動が、美しいエンディングを迎えた日となりました。

それは、本来なら10年以上も前に終えていただろうコースの卒業式(ノウイングスクールのアカシック専科アドバンス)でした。

私はその当時、ノウイングスクール(当時は違う名前でしたが・・)の本科を卒業した後、多くの仲間が進んでいたアカシック専科へ進む気持ちになれなくて、一度申し込みをしたのをキャンセルしたのでした。

そして数年前にも、急に衝動が来て、専科アドバンスへの申し込みをしたのですが、これまたその後で気持ちが進まなくなってキャンセルしました。(二度もキャンセル料金支払いました!涙)

そしてまさに三度目の正直というか、またもや強い衝動が急にやってきて、なぜ今頃??という内なる疑問と戦いながらも、強い直感に導かれて、今度は卒業まで辿り着くことができたのでした。

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講師の齊藤つうり氏とは、私が本科生だった頃からのご縁があり、これまで石川県でも何度かワークショップを主催させて頂きました。

つうりさんがずっと取り組んでこられた「人々の変容に関わること」を、時折間近に見させて頂くことで、私はこれまで何度も深い感動と自分自身の人生の変容そのものを喚起されました。

そして、もちろん私が専科アドバンスへ行く前には決まっていなかったことなのですが、なんと私が学ばせて頂いていたクラスが、つうりさんのノウイング最後の講義となったのでした。

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(写真:株式会社ノウイングより)

予想を遥かに超えた、深い学びの期間でした。

アカシックを読むテクニックのみではなく、「アカシックリーダーとしてどう在るか」という一点に尽きる、まさに私が求めていた深遠な気づきが呼び覚まされ、自分自身の在り方が定まるための期間でした。

私の中の揺らぎととことん対峙し、「人々の変容と関わりたい」と言う、つうりさんと同じ私自身の中にある望みを再確認し、新たな魂の友とも出会えた感謝の八か月間でした。

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(打ち上げでは、全員でつうりさんへの応援歌「栄光の架け橋」を熱唱!私はなぜか皆のリードの為にマイクで歌うことになり冷や汗でした
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(つうりさん&由美子さん&UCOさんからのサプライズで歌のプレゼント!「糸」・・しみじみしました~

つうりさん、由美子さん、UCOさん、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。

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(UCOさんと由美子さんと一緒に♬)

つうりさんは今後は、ご自身が代表理事である社団法人ブッダプログラムにおいて、益々たくさんの人々の変容に関わっていかれます。

単なる「学び」ではなく「なれる最高の自分として生きる」ための道を進むつうりさんの今後のご活躍を心からお祈りすると共に、私自身も内なる魂の声の導きに従って、なれる最高の自分として生きる道を進んで行くことをここに誓います。

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(帰りの飛行機の窓から見た空。誓いの気持ちを刻みこんで・・)




今年の第二弾の開催が決まりました少人数での開催です!!

ハワイ島リトリート・セミナー開催のお知らせです!(8/30~9/5)

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The groupからのメッセージ【ブライトアイ(輝く目)一族の帰還】

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3月のBeacons of Light (
光の灯台:ザ・グループからのメッセージ)の日本語訳が出ました


2019年3月 ブライトアイ(輝く目)一族の帰還

以前は、私が日本語訳のボランティアをさせて頂いていたので、ブログでも全文シェアしていました。

今は友人の岩崎ちがやさんが翻訳をして下さっています。

ザ・グループから伝えられるメッセージが必要な方は、これからどんどん増えていくように感じます。

ですので、新しいメッセージが翻訳される度に、これからはまたこちらでもリンクさせて頂こうと思います。


3月のタイトルは「ブライトアイ(輝く目)一族の帰還」です。

ブライトアイ(輝く目)の持ち主は、その目で見つめるだけで相手のことがわかってしまいます。

なので、自分を見られたくない人は、ブライトアイの人を嫌います。

そういう相手の感情を敏感に感じるので、ブライトアイを持って生まれた子供達は、だんだん目を伏せて生きるようになりがちです。

現在、とても多くのブライトアイの子供達が生まれてきているそうです。

その子供達が相手の目を真っ直ぐに見つめて生きていける世界にしていきたいですね!

そして、ブライトアイを持って大人になった人達は、人々の光を呼び覚ましていく人なのだということを思い出してほしいと願っています。

(これまでBeacons of Light [光の灯台]の日本語訳はこちらよりお読みください♬)



ザ・グループに関する情報をシェアしているFBの公開グループです。ぜひメンバーにご登録くださいね!

Espavo Japan エスパーボ・ジャパン


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The Art of Loving 私の場合

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今朝、私の目に飛び込んできたのは、友人がシェアしていた↑画像だった。

「訳:誰かと違う周波数に存在するということは、あなたが何を言おうとも、その人はあなたの言っていることが聴こえない、という事であったりする。」

このところ私の中で起こっていたことに対して、それは明快な答えだった。

ずっと前からわかっていたことなのに、私の中で「言っていることが伝わらない」ことへの悲しさと、諦められない執着が尾を引いていた諸々のことに対して、それは天啓のように響いたのだ。


繰り返し繰り返し起こる事象・・それは自分のパターンだと知っていても、パターンだからこそ、根深く手放し難く、それを握りしめていることで悲しさを味わって、その自己憐憫の中にいる自分がいた。

諦めきれないということは、諦めたくないということだったと今更のようにわかるのだけれど、それは自分のエゴでしかないことにギブアップする時が来ているようだ。

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私は、母親のような愛が得意な人間なのだと思う。

それは、美しいという形容もされるだろうけれど、実は業の深い在り方でもある。

母は守る。母は包む。母は心配する。母は惜しみなく注ぐ。母は決して諦めない。

これらは人間の美しい性質なのだと言えるかもしれないけれど、使い方を間違えては駄目なのだ。


惜しみなく注ぐ愛は、ある時が来たら「透明」にしなくてはならない。

こちらから注ぎ続けていても、相手に見えないようにしなくてはならないのだ。

それは、自分自身の手ごたえがなくなることであるし、相手からの反応が来ない事でもあるし、時には人間形態での断絶を意味することでもあるかもしれない。


それでもよいのだ。

そしてそれが無償の愛だ。


たとえそれが自分の親であっても、母のような愛を注ぐことは可能なのだと思う。

なぜなら、無償の愛というのは、すべてのものに対して存在することができるものなのだから。

今はもう会う事がなくなった幼馴染や、思春期を共に過ごした友、大人になってからの時間を共有した人々・・すべての人達に愛を送ることは、自分だけの意志で可能なのだ。

そう、それはとても容易く、そして自分を幸せにする。

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このところ、自分の発したことへの答えが、ほぼ瞬間的にどこかから答えとして返ってくる。

それは見事な符合というしかなくて、自分の中に響く声に時折は懐疑的な私のようなタイプの人間には、文字や文章や数字、時には人からの言葉という形で現れるので、疑いようがない。

ギブアップする時が来ているのだ。

もう迷っている時ではないのだ。


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自分の中に響く声を、ダイレクトにキーボードに打つときには、私はこうして文章のモードが変わる。

それもよし、あれもよし、ということで、なんだかキツイ書き方に感じる方がいたらごめんなさい。

これからも、その日の気分で書き方変えます(笑)

私のブログを読んで下さる方は、基本左脳系の方が多いのかなと思うのだけれど、左脳と右脳はバランスをとってナンボなので、書き方は左脳系でも内容は右脳系・・というマイワールドをどうぞお楽しみ下さい(笑)

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英語を学んでいた時に、ある名物先生がいつも片手に持っていたのが、エーリヒ・フロムの「The Art of Loving」だったことをふと思い出す。

そして、私が一番好きな映画は「Love Actually」

愛はいつも、そしてこれからも私のテーマなんだな~と、改めて思う。


ヘタレな呟きをいつも読んで下さってありがとう。




子育て終了の朝

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およそ一週間前、二番目の娘が結婚のため千葉へと旅立ちました。

そして今朝、末の息子が4月から勤務する会社のある京都へと旅立って行きました。

彼は私が子供を産んで育て始めたのと同じ24歳です。

私が親になったのと同じ年齢になった末っ子を送り出して、ようやく30年前から始まった長い長い子育て期間が終わったのを感じています。

もちろん、私が彼らの親であることは永遠に変わりませんし、これからまた孫が増えたりしてお手伝いもあるだろうけれど、それでも夫も私も一つの区切りを迎えたのを感じるのです。

あ~、長かった~!!笑

そして、大変だった~!!笑

でも、幸せだった~!!

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子育ては自分育てだと言ったりもしますが、苦しかったのは多分その部分なのでしょう。

自分の心が育ちきっていない時に、神様から預かる存在を育て始めたのですから、ある意味無謀なチャレンジだったのかもしれません。

でも、神様からダイレクトに送られてきた美しい魂たちに触れ続けたことは、私の人生にさまざまな喜びと成長をもたらし、二度とない貴重な体験をさせてくれたのだと、心から思います。

子供達、私のところにやって来てくれて、本当にありがとう。

未熟なお母さんだったこと、どうか許してね。

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私の子育てのモットーは「体験を重視する(お金とエネルギーをかける)」でした。

なので、ちょっと無理してローンで家を買ったのも、子供達がのびのび暮らせるスペースが欲しかったから。

子供達が小さい時には、「旅のしおり」まで作って(笑)仲の良い友人家族と一緒に毎年夏休みにはディズニーリゾートに出かけていたのも、非日常で思い切り子供を楽しませたかったから。

少し大きくなってからは、ちょっとがんばって貯金して(笑)子供達を海外旅行に連れ出していたのも、子供の時にしか感じられない海外での体験をしてほしかったから。(子供達は英語が嫌いと言って、留学はしなかったのだけど・・)

子供達がやりたいと言った習い事や塾なども、できる限りで習わせてきたので、我が家では一番ピークの頃のエンジェル係数(子供にかかる費用)は、エンゲル係数(食費)のおよそ3倍!!

北陸の習いでは、「女の子を3人産んだら家が傾く」と言われるくらい、がっつりと親が結婚資金を用意したりすることが多いのだけれど、我が家はそれをしないことを小学生の子供達に宣言し、その代わりにでき得る範囲で「体験にお金をかけるからね!」と伝えてきたのでした。

初期教育が成功したのか(笑)、子供達は経済的にはしっかり自立していてくれるのでありがたいです。

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これからは、私は夫と二人で楽しく自由に幸せに生きていけばいいのだな~

私の心の導きのままに、やりたいこと、これまで以上に軽やかにやっていけばいいのだな~

子供と共に生きる幸せな時間は終わりが来てしまったけれど、子供がいたからできなかったこともあるはずだから、それを楽しんで生きていきたいな~


自分自身は、実質的な子育てにはあまり向いていなかった人間だということを自覚しているのだけれども、それでも彼らを育てる事ができたことは、人間としての大きな大きな喜びだったのだなと振り返ります。

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そしてそれに加えて今月は、以前やっていた英語教室で小~中学生の時に教えていた生徒が二人も、大学4年生になってそれぞれ別々に訪ねて来てくれました。

生徒達の中でも、特に私が深い繋がりを感じていた彼女達は、「先生に会えて良かった」と私に伝えてくれたのでした。

まだ若い彼女達にも、既にこれまでに人生の岐路と呼ばれるポイントがあって、その時に話をすることができたことを、実は私は密かに喜びにしていたのだけれど、そのことを大人になった彼女達からも感謝の言葉で伝えて貰える日が来るなんて、本当に嬉しかった

子供達を育て、育ったら巣立ちを見送ることは、喜びと寂しさの混じり合ったものであるけれども、これほど美しい人間体験はないのではないかと、しみじみ思わされている春なのです。

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寂しさを味わった後は、とことんそれを喜びの思い出に変えて、私は自分の人生の豊かさを感じて生きていきたいと思います。

私に関わってくれた、そして今も関わってくれている、すべての皆様、本当にどうもありがとうございます。

桜も咲くから、私も幸せのピンク色に染まっていきますよ~








子供を育てるということは個人の問題ではない、と思うのです

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昨年、この可愛らしい三つ子ちゃんのうちの一人が、実の母親によって命を奪われてしまうという悲惨な事件が起こりました。

そして、そのお母さんに対しての執行猶予なしの実刑判決が出たというニュースに対して、執行猶予付きの判決を求めるという署名運動が起こっています。

詳しくはこちらを読んで下さい
豊田市のみつご虐待死事件の母親が子育てしながら罪を償えるように、執行猶予を求めます!

普段はどちらかというと、署名運動に参加するのは慎重な私なのですが、これには署名させてもらいました。

なぜなら、一人で三つ子を育てていたというこのお母さんの当時の状況を想像すると、それがどんなに許されない事であると言われても、私は同情の涙を流さずにはいられないからです。

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私自身も3人の子供を持つ母ですが、自分の人生で一番辛かった時期はいつか?と問われるならば、ちょうど2歳違いだった上の二人を、実家から離れた場所でワンオペで育てていた時だと答えます。

当時の私は、今とは全く違って、専業主婦の母親が基本すべての育児をするものだと思っていたので、夫に甘えたり愚痴を言ったりも全くしていませんでした。

二番目の子のアトピーがひどかったのもあり、母乳の成分に気を遣い、好きな食べ物も我慢していたりもしました。

母乳のせいもあったのでしょうが、上の子も下の子も、夜中の授乳の回数はかなり多かった時期の苦しさは忘れられません。

この三つ子のお母さんが、睡眠不足と疲れで、どれほど朦朧としていたのか、そして鬱の状態だったろうことは想像に難くありません。

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少し前に、二ヶ月半ほど、祖母として里帰り出産した娘の育児のサポートを体験しました。

今回は祖父になった夫も協力的だったので、三人の大人で3歳児と赤ん坊の面倒を見ていたにも関わらず、赤ちゃん返りが酷くて泣き叫ぶことの多かった孫と四六時中一緒にいるのは、本当に大変でした。

私は自分の仕事もほぼほぼ休みにして、彼女たちのサポートを最優先していたのですが、逆にそのことが仇となって、昔ワンオペで育児をしていた頃のトラウマが蘇りました。

元々、子供の面倒を見るのがそこまで好きなタイプではない私なので、育児は自分が生きがいを感じる創造性を発揮する時間ではなかったようです。

なので、やりたいことがほとんどできず、睡眠時間を削ってブログを書いたりして気を紛らせていた状態だったので、どんどん私は落ち込んでいきました。

仲の良い友人から、「えみこさん、鬱だったよ」と言われてしまったほど、母親ではなく祖母なのに、私までかなり精神状態が不安定だったなと思います。

人間は創造性を発揮して生きることができない時、そのエネルギーを自分に向けてしまい、それが鬱状態を引き起こすと言われています。

思い返すと、私が英語の勉強を真剣に始めたのは、二番目の子が生まれて半年の時でした。

人生で一番忙しくて辛かった時に、なぜ英語の勉強を始めたのか?と自分でも不思議でしたが(英語の勉強は、その後20年程続けました)、無意識に自分の「創造性」を求めた結果、選び取った「学び」だったのだなとわかります。

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そして、冒頭の三つ子の一人を床にたたきつけてしまったというお母さんの話です。

私も似たようなことをやった記憶がありますが、それは「ベッドの上に赤ちゃんを転がしてしまう」という、どこか安全装置がかかった苦しみの発散でした。

もしそれを、衝動的に床にやってしまったならば、子供の命を奪うことも起こり得たわけです。

同じようなことをしてしまったことのある母親は、多分多いのではと思います。

仕事をしながら育児をするというのも、確かに大変だとは思いますが、少なくとも子供と離れる時間があるのは、救いだと私は感じます。

実の所、周りや親のサポートのない専業主婦が一番苦しいのでは?と私は思うのです。

記憶にあるのですが、少し子供がおしゃべりするようになった頃、その頃は転勤先でまだ親しく行き来する友人もおらず、夫が帰ってきた時点で「今日私は、我が子以外の誰とも話していない。大人と会話していない!」と思ったことが何度もありました。

大人と話したい!と思っても、その頃TVゲームにはまっていた夫は、帰宅後もろくに会話をしてくれませんでした。

英語の勉強(と言っても、ウォークマンで家事をしながら英語をながら聞きしていただけですが・・)に、自分の行き場のない思いを乗せていたのだななと、今ならわかります。

あの頃の事を思い出すと、この三つ子のお母さんの苦しさはいかばかりかと思うのです。

年が二歳離れた二人の育児でも辛かったのに、三つ子を一人で育てるなんて、どれほどの自己犠牲だろうと思います。

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こういう事件が起こり、それが社会に何らかの影響を及ぼす時というのは、この小さな尊い命の犠牲が、人々の気づきを促し、社会に「共感すること」と「助け合うこと」を問うためでもあると思うのです。

小さな命を奪ったという事のみを責めるのではなく、その背後に何があったのかを、皆で考え、対策を講じていく事が為されてもよいと思うのです。

人間は過ちを犯す生き物です。過ちを犯したことのない人など存在しないはずです。

司法に携わる人や、子供を一人きりで育てたことのない人には、共感することができないかもしれない事例ですが、同じような苦しみを味わった人達が声を上げることは、とても意味があると思います。

今回、悲しい過ちを犯してしまった一人のお母さんの事を本気で考えることで、これから起こるかもしれない悲しい出来事が減る可能性があると思うのです。

また、子供を育てるという根本的なことについて、「母親ならだれでも・・」という母性神話のようなものを手放し、子育てに対する適性について、社会が本当に根本から考えて行く時が来ているような気がします。

子供は可愛いです。しかし、すべての人が、自分の人生を捧げて喜びで子育てをできるというのは、神話でしかないと思います。

この悲しい事件を、ただ一人のお母さんを罪に問うという事で終わらせないで、たくさんの人が考える機会になればと思いました。

署名の発起人の方も、ご自身が三つ子をお持ちの方のようです。

経験に基づく心からの発言であっても、悲しいことに、彼女を糾弾する厳しい意見はあるようです。

誰かを糾弾するという事は分離を引き起こします。

分離ではなく、愛を持って物事を見る時、司法では断罪できない出来事というものもあるのではと感じるのです。

小さな行動ですが、友人のFBの投稿でこのことを知り、私も署名をさせてもらいました。

もしこのお母さんに、他の二人のお子さんを育てながら罪と向き合って行って欲しいと感じる方がいらしたら、ぜひ署名のサイトをお読みになって頂けたらと思います。

もう一度リンクを張っておきます
豊田市のみつご虐待死事件の母親が子育てしながら罪を償えるように、執行猶予を求めます!


もう二度と、こういう悲しい事件が起こらない世の中になることを、心から願うばかりです。


※昨日付のネットニュースに、このお母さんからのコメントが載せられていましたので追記します
三つ子の傷害致死罪で実刑判決、母親がコメント「子どもたち、抱きしめることができました」





グループ・セッションのお知らせです!(個人新メニューもあります)

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春分の日を過ぎ、大きなエネルギーシフトが起こっているのを感じます。

意識における内なる混乱、さまざまな関係性における問題浮上、自分の生きる指針についての揺らぎ・・などなど、大きくご自身の変容と向き合っている方が多いのではないでしょうか。

13の月の暦では、3月20日から、銀河の活性化の正門が10日間続けて開いているという、宇宙と繋がるパワフルな期間に入っています。

今年に入ってから、これまでの人生から新たに大きく舵を切るような、見えない後押しの力を感じている人もいるのではないでしょうか。

それは、ある時はショックを受けるような出来事であったり、自分自身を見返るようなことであったり、もしくは自分でも予期しないような流れに乗ることであったりしたことでしょう。

自分が本当はどんな人間であるのか?

自分は本当はどんな生き方をしたいのか?

なぜ今自分はここに生きているのか?

漫然と、毎日やるべき事に忙殺されていた生き方から、自分が自分の人生の舵を切る生き方へとシフトし始めている人が増えています。

長い長い夢から醒めて、自分の持つ力や才能を活かし、ここに生きている喜びを味わう人生を歩み出す時が来ています。

直近ですが、インスピレーションがやってきたので、いくつかセッションのお知らせをさせて頂きます。

今、前に進むことの必要な方の後押し、サポートになることを願っています。

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Cerulean Blue グループセッション

3月27日(水)① 10:30~12:30 ② 14:00~16:00
3月28日(木)③ 10:30~12:30 ④ 14:00~16:00
※前回日程は終了しました。ご好評により、来月(4月)も行います。下記日程をご覧下さい

【4月開催予定日】

4月13日(土)13:00~16:00
4月16日(火)13:00~16:00
③4月17日(水)13:00~16:00
(※各日程、2名様より催行致します!)

〈料金〉¥15,000 
〈場所〉石川県白山市(旧 松任市)※詳しい住所は、ご参加の方にお知らせします。

同じ回にいらした方々へ共通のメッセージをまずお伝えします。その後に、それぞれの方からのご相談等にリーディングによってお答えします。

不思議なもので、こういった時に同じ回にご参加される方は、共通の悩みや課題があることがほとんどです。ご自身の質問が他の方にも役立ったり、その反対もあるということを、ぜひ体験してみてください。

お申込みはこちらのメールフォームからお願いします ※終了しました
「Cerulean Blue グループセッション」お申込みフォーム


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ライトコード・アクティベーション 個人セッション(個人でのご予約となります)


★1回90分×3回の継続セッション(2ヶ月~3か月の間に3回行います)
※3月25日(月)よりのご予約を承ります。ご希望の日時をお申込みフォームからお選び下さい。

〈料金〉*3回一括でのお支払い ¥72,000
    *3回分割払い ¥25,000×3回(毎回のセッションの前日までにお支払下さい)

〈場所〉常時:石川県白山市(旧 松任市)※詳しい住所は、ご参加の方にお知らせします。
    特定日:東京・横浜(次回については日時をお問合せ下さい)

前回のハワイ島リトリートで、参加者の皆さんにワークさせて頂いたライトコードのアクティベーションを、希望者に提供させて頂きます。

Light Code(ライトコード)とは、人間の身体に16ヵ所あるポイントで、Emotional body(感情体)の調整と活性化を行うものです。

すべての人間にそれが元々埋め込まれているのですが、ようやく私達の波長がそれを活性化することのできる状態になったそうです。

その方によって、アクティベート(活性化)するのが望ましいコードがあります。既に活性化されているものもあります。いずれにしても、最低21日間を経ることで、アクティベートを定着させる必要があります。

ライトコードは、一度活性化されても、その人の持っている葛藤によるパターンや抵抗などによって、元に戻ってしまうことも起こり得ます。ですので、21日~1ヶ月の間をおいて、合計3回に分けてのセッションに分け、それぞれカウンセリングによるサポートを行うことで、定着を図ります。

セッション日時は、ご希望の日程で調整をします。

お申込みはこちらのメールフォームからお願いします
「ライトコード・アクティベーション個人セッション」お申込みフォーム
(※セッションメニューの中から「ライトコード・アクティベーション」をお選びになり、初回のセッション希望日をお知らせ下さい)


通常のセッションメニューについては、以下のリンクよりどうぞ

【Cerulean Blue セッションメニュー】





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 お待ちしています♬


ギャラリー
  • ハワイ島リトリート催行決定しました!残席僅かです♪
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