思うこと

セドナリトリート2017 ① マジックを起こす時間の始まり

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今回のセドナリトリートは、募集の段階でこれまでのものとは違っているのを感じていた。

とにかく人が集まらない。遠くから「興味がある」とか「実は行きたいと思うのだけれど・・」という声はいくつも聞こえてくるのだけれど、実際の応募者は一人からずっと増えなかった。

そしてその一人は、彼女の人生においてかつてないある一大決心をして、実際に自分の人生を大きくジャンプさせたその日に、その勢いで更にもう一つジャンプするために申し込んできてくれたのだった。

それは彼女の直感とも言えるし、自分のスピリットの導きとも言えるようなものだということはすぐに分かった。

リトリート開催の規定として、3名以上の申し込みがないと開催はしないと決めていたのだが、待っても待っても他の申込者は現れない。

しかし私は、彼女からの申し込みを受けた瞬間、絶対に彼女をセドナに連れて行かなくてはということを確信していた。そして、今回はいずれにせよ私はセドナに行くことが決まっていたので、早々に私の帰りに合うようにして彼女にもエアチケットを買ってもらうことにしたのだった。

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過去にザ・グループのセミナーに参加した後の自分の状態を私はよく知っていたので、その直後から行われるリトリートは、これまで以上にパワフルな変容をもたらすことを感じていた。

なので、どうして興味がある人達のエネルギーを遠くに感じるのに、彼らは申し込んできてくれないのだろう?と、ずっと不思議でならなかった。

それは私の考えがあくまでも自分中心なのだということを、リトリート後に改めて感じているのだけれど、『人は、変わりたいと思っていても、変容するのが怖いのだ』ということを、ようやく理解して今これを書いている。

結局のところ、最終的にはリトリートを開催するに足る人数が集まったのだけれど、一番最後に申し込んできた人は、私がアメリカに発つ前夜の申し込みと言うウルトラC級の技でねじこまれ(笑)、結果出発前夜は夜中の3時就寝というハードワークになった。(それは、出発前夜に旅支度をするという呑気な自分のせいだと、娘には叱られたが・・苦笑)

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これまでのリトリートでは、小松空港から私も一緒に飛行機に乗って現地に着くまでもご一緒していたのだけれど、今回は私は既にセドナ入りしていたので、過去に同じルートでセドナに来たことのある娘に参加の皆さんと一緒に来てもらうことにしたのだった。

旅行業者ではないにしても、ある程度旅慣れている私がいると、自然と皆は頼りがちになるのだけれど、私がいないことでよりそれぞれが自立して動いてくれたようで、無事セドナにたどり着いた時にはそれなりの達成感を味わってくれていたようだ。

私は、前夜(深夜)育ちゃんが帰国したので、朝寝坊してから自分一人の時間をゆったりと過ごし、自分の泊まるホテルにチェックインしたり、そのホテルの目の前にあるテラカパキというおしゃれなショッピングモールのお店をチェックしたり、スーパーに行って夕飯の買い出しをしたりして、皆の泊まるコンドミニアムで彼らの到着を待っていた。

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レンタカーの運転にもセドナの道にも慣れ、スーパーで買い物をすることにも慣れ、美しいレッドロックの風景を見ながらコーヒーを飲んでいる自分にも慣れ、なんだかとても不思議な感覚を味わっている自分を感じた。

リトリートの目的そのものでもあるのだけれど、私達は何を選んで、どう人生を生きるのかは、いつも自由なのだ。

かつて夫から、「日中は何をしていても構わないけれど、俺が仕事から帰ってくる時間には、ちゃんと家を整えて家にいるようにしてくれ。」と言われていた私は、一体どこにいったのだろう?

今回はトータルで12日間も家を空けていた。それもおかずの作り置きとかは一切せず、ただ身一つで自分がやりたいことをやらせてもらう為に、「行ってきま~す!」と言って家を空けても、帰ったら夫は笑顔で迎えてくれ、前よりお互いを愛しく思って、仲が深まるのだ。

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まるでマジックだ。

そのマジックを自分が起こす、自分の人の人生に魔法をかけるために、私は海外リトリートという魔法の杖を手にする機会を提供している。

過去3回、リトリートに参加してくれて、(うち最後の1回はアシスタント兼アドバイザーとして)今回は前半のザ・グループのセミナーに一緒に参加した育ちゃんも、魔法の杖の使い方をマスターしてしまった。(→育ちゃんのブログにもそのことが書いてあります♪

彼女は以前、「それはEmikoさんだからできるんでしょ~!」とよくぼやいていた。さあ、私がうそつきでなかったこと、証明されたでしょ?!(笑)

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今回の参加者は見えない目的が二つに分かれていて、おねーさまグループは、過去の私と同じように「本当の自分のパワーを手にする。そして自由になる。」がテーマで、若いグループは「自分の創造性を発揮してパワフルに楽しく生きる」がテーマのようだった。

セドナと言うボルテックスに囲まれた実にパワフルな場所で、それぞれが自分で自分に課していた限界を超え、自己信頼を得て、人間と言うゲームを自由に再創造する時間が始まったのだ。

すべてはノープラン、でも必然に導かれつつ事が起こって行くリトリートの時間だった。

出発前に夫から大きな試練を突きつけられて、そのまま落ち込んでものすごく暗い顔をしてやってきた一名を除いて(笑)、一行はコンドミニアムから見える雄大なレッドロックの景色に歓声をあげた。

恒例のスパークリングウォーター(お酒は飲みません!笑)で無事にリトリートが始まったことを乾杯して、一日目の夜は更けていったのだった。

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「セドナリトリート2017 ②」へ続く・・



自分を大切にする事と家族との関わり


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夢を見た。

これまでも何度か繰り返して見てきた夢なのだけれど、今回は少し違っていて、私はナイフで私を刺そうとする人から必死に自分を守っているシーンがあった。

目が覚めて、夢と現実の境を越えて戻ってきたら、何が起きていてのかをようやく理解した。


私は過去にある仏教系の新興宗教に属していたことがあるのだけれど、そことはもう縁を切っている。

しかし、その時に私が誘ってしまった弟は今でもそれを信仰していて、私が辞めた後10年以上も、私の代わりに毎月の費用を払っていたらしい。つまり辞めたと私が思っていても、実際には私はそこを辞めてはいなかったのだ。

そのことには実は私は気がついていた。何故なら、何かの大きな法要があるたびに、そこからのエネルギーを夢の中で感じたというか、体験していたからだ。

夢のストーリーの中で、唐突に私はその団体へ戻らなくてはならないという示唆を受け、あやうく帰りかけて、直前にはっとして気づく…というパターンを繰り返していたからだ。

目覚めて気づくと、決まってそれはその団体での大きな法要で施餓鬼や護摩が焚かれている日なのだった。弟は、私のためにそれらを申し込み、供養してくれていたのだろう。

エネルギーというのは確かに存在すると証明されるようなことだったが、それは弟からの私への愛情だということはわかっていたのと、姉弟の仲をこじらせたくない思いで、長い間彼に問いただすことはしなかった。自分さえしっかりしていれば、書類上そこをやめていようがそうでなかろうが、それでよいと思っていたからだ。

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しかし3年ほど前に急に、それも違うという感覚がやってきた。それで、弟がどう思おうと、私達の仲がどうなろうとも、私は自分が心地よくない事にはちゃんとNOを言おうと思い立った。

弟は最初は本当のことを言わなかったが、私の本気を知って、ようやくそうしていたことを謝ってくれた。

彼は私への愛でそうしてくれていたのだから、謝る必要なんて実はないのだけれど、私の思いを尊重しなかったことを謝ってくれた。そのことは、正直嬉しかった。


そして今朝、久しぶりにかつて何度も見たのと同じような夢を見て、驚いて目が覚めた。

もう私はその団体に属してはいないのは間違いないのだけれど、弟が好意で私に何かをしてくれたのだと思った。なぜなら、夢の中で感じたエネルギーは、よく知った以前のものと同じだったからだ。

しかし今回は、これまでとは一つだけ違っていたことがあった。書類上その団体に属していた頃は、夢の中で自分が傷つけられるようなストーリーは体験しなかったのだけど、今回それは、見知らぬ男性の形をとって、私をナイフで刺そうとしてきたのだ。

目覚めて、何が起きていたのかようやく気づいて、少し驚いた。

そして、あくまでも私の夢の中の話なので、普通に考えるともし違っていたら失礼な言動になるのだけれど、私はやはりちゃんと弟に伝えようという気持ちになったのだ。

あなたからの愛情はありがたいのだけれど、こういう形での愛はいらないと、はっきり言葉にして彼にメールした。


弟はとても優しくて暖かいハートの持ち主なので、きっと悩むだろう。もしかすると、自分の気持ちが踏みにじられた気がして怒るかもしれない。

しかし、彼が私にしてくれているのは、愛情以外の何ものでもない本当に美しいものなのだけれど、そこには宗教と言う信念体系の中でのエゴも間違いなく含まれている。

今は県外に住んでいる弟とは、普段はあまり接点はないのだけれど、私達は会えば笑顔であいさつしあい、お互いを思いやる気持ちもちゃんと持った、愛情を持ち合っている姉弟だと思う。

それでも私は、その弟が不快な思いをするかもしれなくても、ちゃんと自分を一番に大切にしたいと今朝は思ったのだ。

こんな夢を見たりするのは私の特異さなのかもしれないけれど、たとえ夢であっても心地悪いものは心地悪いのだから、それに対して「やめてください」と言ってもよいと思ったのだ。

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同じようなことは、日常茶飯にそれぞれの家庭で起きているのではないかと私は思う。

 愛という名の下で、相手を尊重しないエネルギーをぶつけ、それを正当化すること。

 愛というのは絶対だと信じ、それを受け取ることを強制し、「あなたのために」という言葉で相手を縛ること。

 愛というものに甘え、不機嫌でいることを当然とし、相手が自分に合わせることを無意識に強いること。


自分が親の立場であっても、子供の立場であっても、きょうだいであっても、家族だからこその相手に対する強い思いが、実際には不調和を生み出していることが多々あるように思うのだ。


自分への自戒も込めて、弟からの深い愛情に感謝しつつも、改めて自分を大切にする事について向き合った朝だった。






家族関係には、思い込みの盲点が多々あります。

自分は家族とうまくやっていると思っている人も、あまりにも長い間それが当たり前なので「そう思ってしまっている」、もしくは無意識で自分に「そう思い込ませている」ことが多いのです。

きょうの私の文章を読んで、何か少しでもざわつきを感じた方は、自分の盲点に触れる体験をしたのかもしれません。

11月19日(日)開催の齊藤つうり氏のWSも、きっとその解明にお役に立つのではと思います。

主催者として私も会場におります。ぜひ話しかけにいらして下さいね!
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家族関係をめっちゃ軽くするワークショップIN石川










バラ園で思ったこと

夏が戻ったかと思うような日差しの強い日に、秋の薔薇を見に出掛けました。

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春には予定が合わなくて、一緒にバラ園に行く約束が果たせなかった友人と、しばし薔薇の香りの風の中で憩ってきました。

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棘が嫌いなので、触れるのはあまり好きではない薔薇ですが、どちらかというと香りフェチの私は、こうして花壇に咲いている薔薇に顔を近づけてクンクンするのは最高です♪

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春に比べると花の量はかなり少ないそうですが、それでも美しく咲く薔薇の一つ一つと挨拶するように、香りを嗅いで幸せな時間を過ごしていました。

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薔薇は名前が秀逸なものが多くて、名前の立札を見ているのも楽しいのです。

今回私の心をヒットしたのは「ダブル デライト(Double Delight)」

デライト(delight)とは「歓喜・楽しみ」という意味で、それがダブルというのが、なんともハッピーな感じでうきうきしたのでした。

そして、そういう明るいネーミングが嬉しい自分も、なんだか幸せだな~という感じだったのです。

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もう一つ見つけたダブルがこれ↑ 薔薇の葉につかまって、仲良し(?)のセミと一緒に羽化するなんて、おしゃれなセミではないですか~!笑

なんだか楽しくなってバラ園を散策していたのに、次に目に飛び込んできたのがこれでした。↓

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あちこちの薔薇の茎に、何かを書いた白い札が巻かれているのです。

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↑側に寄って見てみると、それらは「盗難枝」という札でした。

よくバラ園を訪れる友人に尋ねると、どうやら夜間に薔薇を切って持っていってしまう人が後を絶たないそうなのです。

こういう風に枝を切ってしまうと、花が減るだけではなく、その後の薔薇の木がうまく育たなくなることもあるそうで、確かに深刻な事が起こっているのでしょう。

しかし実は、この「盗難枝」という怒りのエネルギーがこもった(?)札のせいで、美しい薔薇の姿と香りに癒されていた私の心が、一瞬でざわっと心地悪いものになってしまったのでした。

友人は薔薇を盗んでいった人に「ひどいよね~」と言ったのですが、私はどちらかというと、この「盗難枝」と札を付けた人の方に「やめてくれ~」と感じたのでした。

「どうして美しいものに、こんな怒りの乗った札を付けるのかな?犯罪の証拠のようなものを突きつけるのではなくて、『取らないで下さい』の案内ではだめなのかな?」と思わず呟くと、その案内板はすでに設置されているとのことでした。

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↑確かにありました。とても立派な看板が・・。

それではだめだったのですね。世の中には色々な人がいますからね。

それでも私は、やっぱり「盗難枝」と札を付けるのはやめてほしかったな~と思ったのでした。

なぜなら、薔薇の枝が切られていたことよりも、その罪を糾弾するエネルギーが乗った「盗難枝」の札の方が、私を心地悪く悲しくさせるものだったからでした。

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美しい薔薇たちは人間の思惑などよそに、「そんなの関係ないわ~」とばかりに、美しい姿を風に揺らせていました。

ベンチに腰かけて、風に乗ってくるうっとりとする薔薇の香りに包まれ青空を見上げていたら、ふと夫が言っていたことを思い出しました。

少し前に北朝鮮からのミサイルが日本の上空を通過した時に、「国の上をミサイルが通過したのに、戦争が始まらないのは日本だけだよな~」と。

そのことを、「危機管理意識が低い」と嘆く人達も確かにいますが、私はそうではないように思うのです。

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以前聞いた事があるのですが、戦場を横切るお坊さんたちの列には、まるでそこだけが次元が違うように、彼らには一つも機関銃の弾が当たらないのだという話がありました。

日本人が、上空をミサイルが通過しても一向に国中が戦争モードにならないのは、実は私達の集合意識がそのお坊さんたちのようになりつつあるのではと、ふと思ったのでした。

それが、白と黒に分離している二極性の世界を超えていくということであり、そうなった場所には、ミサイルを撃ち込もうとしても、それはうまくいかないという現実になるのではないかと思ったのでした。

そういう話を友人にしているうちに、私が「盗難枝」の札に違和感を持ったのは、「盗んだこと」への強い怒りを他の人達とも共有しようとした人の分離感が心地悪かったのだなとわかりました。

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↑薔薇ではなく芍薬ですが(笑)、つい先日一目ぼれして購入したマイカップです♡

美しいお花は、いつでも心の癒しになりますね♪

花泥棒の人達も、その花を愛でて少しでも幸せな時間を過ごしてくれたのならいいなと思います。

そして薔薇を切っていった人達に、「次はしないでね」と優しくウインクするような人達ばかりになれば、ミサイルは永遠に日本には落ちてこないように思うのは私だけでしょうか。





二極に分離している世界に住むのはもうそろそろ終わりのようです。「家族関係のことで悩みはないわ~」と思っている方も、「スピリチュアルなんて関係ないわ~」と信じている方も、『幸せに毎日を生きる』ことに心が動くならば、ぜひWSにいらして下さい♪ あなたの世界はあなたが創っていることに気づき、自分の望む世界を生きていくためのパワフルな後押しをさせて頂きます。
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「感情のゴミ箱」になることを手放す

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前回のブログに関して、ご質問を頂きました。

ずーっと優しくていい人と思っていたその「嫌われたくない人」の本当の姿を、垣間見る機会がちゃんとあったのです。

今でも頭にすぐ浮かび上がるようなその人の本性を表す表情を、「いいや、きっと私の気のせいだ!」と打ち消し続けていた私がいたのです。

↑というところについてです。

本性という書き方に語弊があったのかもしれませんが、その人がむき出しの感情を私にぶつけてきたということ(その人は言葉に出してきたのではないのですが、私が感じるところの「エネルギー」で、とても心地の悪いものを向けられました)を体験して、私が気づかないようにしていたその方の中にある一面を見たということを書きました。

それはその方の本質を断定するということではないのですが、私がこれまで見ていたもの、そうであると自分に信じさせてようとしていたものには、どこか偏りがあったということだったのです。

その人がどんな人であるか、善人か悪人かとか、明るいか暗いかとか、そういう判断をするために引きだした例ではありません。

どこにも完璧な人間などいないし、時には感情が爆発して誰かにぶつけてしまうことなど誰にでもあります。私だって例外ではありません。

ただその方が私にぶつけてきた感情は、その時だけそこに起こっていたものではなくて、これまでもご本人でさえ見ないようにしていた奥深い場所に、最初から横たわっていたものだということに、ようやく私が気づいたという意味で「本性」と表現したのでした。

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前回のブログで私が書きたかったことは、あくまで自分に関して「人の感情のゴミ箱にならない」ということを改めて思い出すということでした。

分かりやすく人に当たり散らす人に対してなら、その感情を受け取る役割をしないことはたやすいのですが、前回話題にした人のように、分かりにくくエネルギーレベルでそれをする人に対しては、私は自分がそのことに敢えて気づかないようにする癖があることに気付いたのでした。

他の人に自分の感情をぶつけることをやってしまう人の側からすると、人間なのだからそういうこともあるという風に言う事もできるかと思います。

私自身も昔、どうしようもなく自分が不安定でストレスをためていた時には、家族の一人に対して、言葉の暴力とも言えるほどに感情をぶつけていた事があるので、その気持ちは痛いほどわかります。

自分がバランスを崩している時には、どうしようもなくそうしてしまうことは、ある意味仕方ないのかもしれません。なのでそのことは、その人の本質云々ということではないのかもしれません。

しかし、私が焦点を当てたかったのはそこではありませんでした。
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問題は、そのエネルギーをまともに受け取ってしまう自己犠牲の傾向がある人との組み合わせで、そういうことが起こりがちだということなのです。

相手がどんなに爆発して、怒りでも悲しみでもぶつけてきていても、全く平気でスルーできる人もいるのです。・・が、大抵の場合には、それをスルーするにはあまりにも敏感な人達が、その強いエネルギーを受け取って苦しむことになるようです。


私は長い間、自分が誰かの「感情のゴミ箱」になることを、無意識で進んで引き受けているような人間でした。

そうしてそこにたまった感情を、また次の誰か引き受ける人へと垂れ流していたのです。

それはとても辛くて悲しい悪循環でした。

それを断ち切るために、私は自分が誰かの「感情のゴミ箱」になることをやめようと決心しました。

そしてそうすることで、やがて自分自身が次のゴミ箱を探す現実も徐々になくなっていったのです。

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前回ブログに書いた出来事は、まだ完全に手放せていなかった「自分がゴミ箱になる癖」を本当に手放しなさいと、自分に言う為に起こったのだと思っています。

相手が云々ということではありません。その人を勝手に自分が見たいように見ていた、というところを知るべきだったということでした。

更に言うなら、「見たいように見る」ということは、「怒りを人にぶつける人に気付かないふりをする」・・つまりそういう人をどこかでジャッジしていた私がいたことに他なりません。

人間は不完全な生き物です。こちらから見て「心地の悪い人」も、ただその人がその人であることでしかないので、そのことをそのまま受け入れればよかったのです。

そのうえで、「心地の悪い人」と無理にこちらが合せる必要はないのだと、自分に許可を下ろしてもよいのではという話でした。

それは、「自分が心地よく生きることを選ぶ」ことをしてみよう、という提案だったのでした。

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もちろん、私が心地がよくないと感じる人を、他の人が心地よいと感じることもあるでしょう。

それが波長の法則ということになるのです。

格闘技が好きか、静かに絵を描くのが好きか、両方とも好きか、はたまたどちらも好きでないか、ということと同じなのかもしれません。そのどれでも構わないのです。

自分の心地よさを大切にすることに許可を下す・・・当たり前のようにそうしている人にとっては、謎のような許可だと思います(笑)

しかし、これまでそれをしてこなかった人にとっては、「自分の心の声を聞く」ことと、「波長が合う合わないという事実をそのまま受け入れる」ことは、生きるのをとても楽にするのではと思ったのでした。





チャネリングによるメッセージをお伝えしています。あなたが本当の自分に出会い、魂の目的を邁進して行くために、今必要なことをお伝えし、変容していくための後押しをさせて頂きます。
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家族関係WS

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「心の声を聞こえないふりをするな!」& 波長の法則

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朝起きた時から、なんだか頭の中で声が響く。

「自分の声を聞こえないふりをするな!」

その前に何か別の言い廻しで聞こえていたんだけれど、「そうか~。そうだよな~。」と思考を動かしているうちに、言葉が上書きされて前のフレーズが消えてしまったので、これは上書きバージョンだけど(笑)

昨日、久しぶりに心がどよ~んとする出来事があって。

それは、昔はしょっちゅうあった感覚なのだけれど、もう随分忘れてしまっていたもので。

その重苦しさ、もだえたくなるような気持ち悪さ、落ち込む感覚、いや~な気持ち。

懐かしいと言えばよいのか(笑)、「もうこんな感覚味わいたくないのに、なんで?」と言うのが本音で、一日どよどよが終わらなかったのです。

他人には、ばすばす感じる事、言いたい事を伝えてアドバイスできる私なのだけど、こと自分に関してはやはり鈍る、濁る(笑)


で、信頼している友人に、ばすばす言って~!とばかりにヘルプを求めて、あっという間にクリアになるきっかけをもらいました。

それをシンプルに表現すると、朝から聞こえてきたフレーズになるんだね、きっと。

それを他の人にもシェアしなさいね~というメッセージなんだね。

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私がどよ~んとなった理由は、自分の心に逆らうような、やりたくないことをしなくてはならない状況がやってきたこと。

そしてそれをやらなくてはならないと思ったのが、その件に絡んでいる関係者の人に嫌われたくないと思ってしまったから。

でもね、実はお知らせは随分前にやってきていたのです。

ずーっと優しくていい人と思っていたその「嫌われたくない人」の本当の姿を、垣間見る機会がちゃんとあったのです。

今でも頭にすぐ浮かび上がるようなその人の本性を表す表情を、「いいや、きっと私の気のせいだ!」と打ち消し続けていた私がいたのです。


友人にその人のことを話始めた途端、私のその感覚は間違っていなかったことがわかりました。

そしてすべての根源は、私が心の声を聞こえないふりをして、本当はやりたくないことをやらなくては「いい人」でいられないと葛藤していたからでしかないとわかったのです。

「いい人」に思われること、手放しました。

その人に良く思われたいということ、今手放さないと絶対にダメだとわかりました。

ちゃ~んと布石は敷かれていて、私が小さく小さくボリュームを絞っていた「心の声」を、しっかり聞けばよいだけなのだということに気付きました。

私の弱いところでした。

どんな人でも「よいところ」だけを拡大して、その人の「ありのまま」を見ない自分がいました。

そしてそれを自分に対してもいつもやっていて、「よい人」と見られたいがために、やりたくないことでも無理にやらせている自分がまだいました。

過去にどれだけそれをやっても、決してうまくはいかなかったのに。

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そしてもう一つ大切なことが・・。

『波長の合わない人というのは存在する』

今回の出来事も、相手は私にとって、その「波長の合わない人」なのです。

同じくそういう「波長の合わない人」に、がんばってがんばって合わせようとしてきて、自分のでき得る限りの努力をしてきても、絶対に認めて気に入ってもらえなかった辛い過去があったはずなのに・・。

またやろうとしていました。

これは最終テストなのだなと思いました。

自分が自分でなくなるような無駄な努力をする必要は、もうまったくないのだなと思いました。

合わない人というのはいるのです。それは当たり前なのです。

その人達とはもう、一緒に生きていかなくてもよいのです。

どんどん、自分と近い波長の人達と一緒に生きていく世界が開けていきます。

そのことに、全面的に許可を出すために出来事は起きていたようです。


やりたくないことはやらない!

会いたくない人には会わない!

そう決めただけで、あれほど心地悪くてどんよりしていた気持ちがあっという間に晴れたのでした。

そうして、私がしなくてはならなかったかもしれないことが、そうしなくても大丈夫な現実へと変わりました。

あっという間に現実が変化したのでした。

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いつも他の人にこんこんとお話ししていること、自分でもおさらいさせられました。

どこかの本のタイトルにあった「嫌われる勇気」ですね(笑)

「いい人」を完全に返上した私は、きょうはすごぶる元気です!笑


きょうもアメブロ有名人風(笑)で、書いてみました♪ 悪しからず!(しばらく続くかも・・笑)





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私のこと、ちょっと話します(笑)

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(6月のシャスタリトリートで♪髪の毛がまだ長め。きょうは自分の写真色々UPしますが、悪しからず!)

きょうはちょっと自分のことを書いてみようかな。よくアメブロなんかで有名人が呟いているような口調で(笑)

好きじゃないので、行間はあまり開けないけど。だって、たくさんしゃべりたい(書きたい)から(笑)

初めて私の個人セッションやセミナーにいらして下さった方の中には、「Emikoさんって、想像していたのと違いました!」と言う方が時々いらっしゃいます。

いい意味で・・と勝手に思ってますが(笑)、ドSなことをバンバン言うし、笑わせるのが好きだし、下ネタOKだし、よくしゃべるし。(・・これは、ブログでも同じか!)

ええ、そうです。このブログでは、ちょっと真面目なオーラを出してます(笑)なぜなら、真面目な人にも読んでもらいたいから。だって私自身も、ずーっと「まじめちゃん」だったから。

真面目な人に読んでもらうためには、同士だと思ってもらわなければなりません。ちょっとまじめオーラを出す方が、その方達にも届く可能性が高くなるような気がしてたからです。

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(何を爆笑してるのか?!笑)

物を書くという作業、誰かに話すという作業、すべて基本は自分に向けて話していることだと思っています。

そしてそこから始めて何かを発信し続けていると、そのうちそこに自分の知らない自分が動き始めたりします。

よく作家や漫画家が「書かされている」というようなやつです。

そういうものが混じり始めてくると、自分の書いたものに感心して、(人に言うとバカか!と思われるかもしれませんが・・)自分でも何度も繰り返し読んだりするのです。

まじめに書いているのは、私的には、そうすることで「それ」が混じりやすくなってくるからかもしれません。

プラス、過去の自分のような「真面目な人」がほどけるための機会となってほしいからかもしれません。

だって私自身が、か~るい感じのブログは嫌いでしたから(笑)

行間ばかりあいていて、スクロールさせられるのが面倒くさかったから(笑)

いえいえ、そういう方達をディスっているのではありません。そういうブログでも、素晴らしいな~と読ませてもらっているもの、今では結構あります。

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(マウイ・カアナパリのホエラーズ・ビレッジ♪)

読むもの、聴くものにも、波長の法則というものが存在します。

自分が心地よいと思える波長の幅が狭いとき、合わないものが苦痛になることが多々あります。

私がその幅を広げることになってきた機会としては、第一が結婚(夫)、次が我が子達、そして英語塾で教えてきた子供達との触れ合いがあげられます。

そして今のように、セッションやセミナーをやって更に色々な人達と触れ合い、俗にいうスピリチュアルな世界でも、現実的な人達の世界でも、果ては宗教の世界でも、さまざまな人達と関わり、ぐるりと一周回って自分へと戻ってきたからというのもあるでしょう。

な~んでもいいんじゃないか、というのが、一周回っての一番近い気持ちです。

覚醒してもしなくてもいいし、くだらなくても真面目でもいいし、悩んでいても幸せでもいいし、生きるのを楽しんでも楽しまなくてもいいし。

優秀でもダメでもいいし、可愛くてもブスでもいいし、変人でも普通でもいいし、希望があってもなくてもいいし、豊かであってもなくてもいいし。

ぜんぶ、自分が選んでいることだからです。

その体験をしたいからしている人達を、(自分も含め)あれこれ言うことないんだな~ということです。


そのまんまでいいよ・・ってよくいいますが、本当にそうなのだと思います。

それは、そのまんまがいいよ・・ではないのです。

選んでいるものが、そのまんま・・なのだということです。

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(孫娘と初めてのピアノ♪ ばぁば、昔のようにアンパンマンマーチ練習しときます!)

だからきょうは、私の「そのまんま」を少し暴露したいな~という衝動がやってきました。

ふだん「いい子」っぽい文章を書いてばかりいるので、「変人」とわが子達に揶揄される私の特徴(?)をちょっと箇条書きして、リアルな私を知らない方に、「へ~!」とか、「ほ~!」とか「、ばか?!」って笑ってもらえたら嬉しいです。(・・て、前置き長!笑)

もちろん、私に興味ない方は、きょうはここまでで。また、次回から真面目に書きますね(笑)

りのぴ9月 生後1歳6ヶ月〜1歳7ヶ月♡_171002_0291
(ばぁばの育てたプチトマト、今シーズン最後の収穫は孫ちゃんへ♡)

★わたしの好きなこと

*ネットサーフィン。
特に旅行に行くときの宿や旅程をあらゆる可能性で調べまくるのが好き。旅においては、もしかしたら計画を立てているときが一番好きかもしれない。

*何かについて調べるのが好き。
気になることや人(ドラマの主人公や、リアルな俳優、作者、時代背景など)があったら、とことんネットを駆使して調べまくる。で、ただそれだけだけど。自己満足。そのせいで、娘の彼氏のフルネーム、とうとう別れるまで教えてもらえなかったこともアリ(笑)

*ここ数年だけど、ドラマ鑑賞。
CMが嫌いなので必ずHDに落として見る。心に響かないものは、途中でも見るのをやめる。面白いもの、何か響くものは、人に話してシェアする。

*漫画を読むこと。
子供の頃は、うつのみや(金沢の人は知ってるよね!)で最長8時間立ち読みしたことがある。昔TSUTAYAがあったら、やばかったと思う。お小遣い全部つぎ込んで漫画を借りていたに違いない(笑)スピリチュアル分野での自己探求をしていた十数年間は、あまり読まなくなっていた。またしばらく前からぼちぼち読むのを再開したのだけれど、今は老眼が進んでいて、目が疲れるからあまりよめない(涙)

*本を読むこと。
ただし、もうそれは過去の好きな事、になってしまったかも。これは、老眼のせいだけではなく、本を読むことが飽和してしまった感じ。外から来る知識はもう本当に必要なものしかいらないという感じ。それと、左脳が働かなくなってきていて、右脳優先になってきたせいで文字を読むのが前より苦痛。小説などを読むのも面倒くさくなっている自分が不思議。(昔は、活字中毒だったから。)

*映画を観ること。
これも本と同じ感じ。でも、夫が職場の福利厚生で¥1,100の映画観賞券を買ってくるので、それを使ってちょぼちょぼ観てる。少し前に友人に誘われて、久しぶりに正規の金額を払って「Dancer」と「ターシャ・テューダー 静かな水の物語」をマニアックな映画館で観たけど、感動した!

*空や美しい自然を見ること。
自然の風景や草花を見る事。ただ散歩して、ぼーっと夕焼け空とか見てたら変な人なので、犬の散歩にかこつけて、犬におしっこさせているふりをして、ぼーっと見てたりする。空や海、山の緑、その前に広い空間があることが前提で、そういう景色を眺めているのがとても好き。自分のためだけに、スマホのカメラでそれらを写したりするのも好き。時々、田んぼの前で立ち止まって写メっている変なオバさん(笑)

*誰かを励ますこと。
これ、書いて思ったけれど、励ますことが好きなのではなくて、話している相手の人が笑顔になるのを見るのが好きなんだろうな、たぶん。その顔が見たくて、そうなるにはどうすればよいのかを知っている自分がいて、必要なことを話すのだろうなと、なんとなく思う。

*人とおしゃべりするのが好き。
ストップされなくておしゃべりしていたら、たいていの場合、あっくり来るのが5時間くらいたった時(笑)たぶん、物理的にどこかで疲れたか、話すネタが一区切りつくか。私とおしゃべりする機会のある人なら、たいてい「そうそう」って言うと思う(笑)

*ひとりでいるのが好き。
これは、↑とは正反対なのだけど、AB型のせいか(笑)、蠍座のせいか(そうなの?)、エンパスのせいか、ひとりきりになる時間がないと、真夜中眠らないでもその時間を確保しようとしてしまう。ものすごく可愛くて愛しい孫が遊びに来ていても、ひとりの時間がとれないとストレスが溜まる(笑)子供の事めっちゃ愛してるのに、子育てが苦しかったのは無理がない・・と今さら思う。

*書くこと。
ただし、キーボードで。ノートに字を書くのは嫌い。書いているうちに思考が整理されたり、自分の奥の方から何かが出てきたり、どこか深遠なものと繋がりやすくなったり・・という感覚が好きなのかも。なので、連絡事項とか、しなくてはならないメールでのやりとり、とかは大嫌い。

*あの世と繋がっている美しい光を湛えている人と会う事。
時々アメリカくんだりまで出掛けて行ったりしているのは、そういう人達の中で、自分とより波長の近い人達に会う為かもしれません。子供達からはよく、「ママは外側は思い切り日本人だけど、中はアメリカ人だから」と言われるように、外国といってもあの世よりは近いからと(笑)、心地のよい人に会える喜びを満喫しているのかもしれません。

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(長女のハワイウエディングにて♪ばぁばになる1年前の私。笑)

★わたしの嫌いなこと

*家事全般。
一応ちゃんとこなしてはいると思うのだけど、「きらい」は透けて見えるらしく、このまえ夫にしみじみと、「ママは基本、家事きらいだよね~」って言われて、一瞬むっとした。(家事能力を批判されているのかと誤解したから・・)夫はそんな私もOKってサインをくれたと受け取り、今は「嫌い」が薄れてます。嫌々やることをしないと決めているので、今は家事の時間は、ADHD気質の私が動きながら「何か学ぶ」時間に変化させることにしていて、オンラインセミナーやポッドキャストを聞くために家事をします。聞き終わらないと、聞きたいがために、拭き掃除までしたりします。助かります!

*決められたことをすること。
形や形式が決められていることをしなくてはならないのが大嫌い。お中元やお歳暮、年賀状や暑中見舞い、祝儀や香典など、名前のあるようなもの・ことを強制されるのが嫌い。決め事がきらい。いつもその時の自分の気持ちに沿っていたい。気持ち発でないことをするのが嫌い。いつも決められた時間に仕事をするのも無理。長年やってきた英語教室をやめることを決めたのも、そのせい。毎週とか、毎日同じ時間に、というのが苦痛。


そんなところかな。

好きな事・・子供達に言われる通り、やっぱりオタクなのかな(笑)

嫌いな事・・もうあまりやっていないから、そんなに浮かんでこないのがちょっと嬉しい。まぁ、くくりが大きいということもあるけど。

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(2年前のカウアイにて。すごく幸せな1枚♪)

ここまで読んで下さった方、ありがとう!
何か機会があったら、リアルわたしにぜひ会いに来てください。

あ、もしセミナーとかお話会のご要望がありましたら、出掛けていきますのでお呼び下さい。(値段とか時間の縛りはありません。ご相談・ご要望に応じますので、お気軽にお問合せください。)
   
なぜだかわかりませんが、結構色んなご要望にお応えしたお話しができる不思議な自信があります(笑)どこかから、何かが湧いてくる・・感じなのです。
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自分探しの旅?

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「お母さん、いつまで自分探ししてるの?」

以前私のコースに参加して下さっていた方が、娘さんに言われて「痛っ!」となった言葉だそうです。

その話を聞いて、少し思いを巡らせてみました。


「自分探し」が崇高なことのように思われて、哲学や文学が青春時代の中心にあった時代は遥か昔の事となりました。

私小説的な過去の日本文学よりも、エンタテイメント性の高い小説が好まれる今の時代に育っている子供達からは、「自分探し」なんてある意味不思議なことなのかもしれません。

確かに私の子供達も、これまで「自分探し」をしていた形跡はどこにもありません(笑)

ごくたまに落ち込んで悩んでいたのを見た時も、それは自分探しではなく友人関係についてのことでした。

かなりませていた子供だった私自身は、小学校の高学年くらいから哲学的なことを思考していた記憶がありますが、うちの子供達は本を読むのも好きではありませんでしたし、「哲学?文学?興味ないわ!」と言った感じでした。

これは私の夫もそうなのですが、彼らはあまり「悩む」という事がありません。そしてそれは、私から見ると「自分に自信を持っている」という感じに見えます。

それは何かができるとか、優秀・有能であるという類の自信ではなく、自分がどう感じるか・自分がどう在りたいかに自信を持っているという感じなのです。

「自分探しの旅」というのは、その自信と深く関係しているような気がするのです。

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その「自信」に関して、私の家族(夫と子供3人)を観察してみると、どっぷり「自分探し」をしてきた私と、そうでない彼らとの違いは明白です。

それは「自己肯定感」の一語に尽きると思います。


例えば夫ですが、彼は女3人男1人のきょうだい構成の中、大切な長男として生まれており、地域柄としても男尊女卑の強い田舎だったので、両親や親戚にまでもとても大切に育てられてきました。

義姉から「私が、皆が持っているから同じおもちゃを買ってほしいと頼んだ時、お父さんから『お前は皆が死ぬといったら死ぬのか?!』と叱られたのに、〇〇(夫)が同じ事を言ったら、『どこに売っているのか聞いてきなさい』と言ったのよ~!」と聞かされた時には、驚きました。

事実、義姉の子供時代には、家には3人も女の子がいても雛飾りはなかったのに(その頃家は貧しかったらしく・・)、5月飾りの兜はあったというのです。ちょっと信じられません。

なので夫は、私と結婚して一度離婚騒動になるまでは(笑)、多分本気で一度も何かを悩んだことはないと思います。

誰かと自分を比べることも全くしませんし、いつも今の自分に満足していて、出世意欲さえありませんでした(笑)

私から見ると、不思議でしかない人でした。

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そしてうちの子供達も、父親の遺伝子か、はたまた私の育て方が良かったのか(笑)、とても自己肯定感が高いなと感じます。

母親が、宗教やスピリチュアルと言った自分探しの旅を続けていても、ずっと冷静に皆さんマイペースです。

私を否定もしないけれど、肯定もしないし、何か外に教えを求めると言うようなことは、書物でも人でもしてきた様子はありません。

これまで人生の分かれ道に面した時も、自分で考えたのちに、静かに私に相談に来ただけでした。

夫も子供達も、ずっと私には羨ましいとしか言えない安定感の元に生きている人達なのです。


もちろん、実家の母のように、自己肯定感が低くても、それを哲学的なことに求めるのではなく、ただ愚痴や自己憐憫で紛らわせている人もいます。

なので一概に、自己肯定感が低いことが自分探しの旅をする絶対条件とは言えませんが、それでもかなりの人達の衝動の奥に、それがあるような気がするのです。


冒頭の台詞を言われた彼女は、痛たた・・となった訳ですが、私は「自分探し」をすることを決して駄目なことだとは思っていません。

「自分が何であるかを知る」事に向かっていくということは、人間として生きる時の最も楽しいゲームの一つのような気がするからです。

自己肯定感が低いことで味わう苦しみや悲しみは、これ以上ない人生の醍醐味でしょう。

悲しい映画や、もだえ苦しむような心を乱す映画は、シンプルなスリルや楽しさを味わう映画に勝るとも劣らず人を惹きつける映画なのです。

自己肯定感の高い人達が、安定してそのシンプルなスリルや楽しさを味わっているのも選択肢でしかなく、悲しみ・苦しみを味わいたいから自己肯定感が低くなるように生まれついたのも、単なる選択の結果なのです。


問題は、「もう十分苦しんだ(=楽しんだ)」と感じ、それを手放して次のステージに行く時に、速やかにそうできるか否かということなのでしょう。

私がコースやセミナーでお伝えしているのは、そこのところなのです。

「悲しみ・苦しみ」の映画館を出て、「喜び・楽しさ」の映画を観に行く方法はあるのだと、お伝えしています。

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世間には今、たくさんの人達が、さまざまなやり方でその方法をお伝えしているようです。

人類の集合意識が、もう「悲しみ・苦しみ」の映画の上映を打ち切ろうとしているのではと感じます。

これからは「自分探しの旅」が必要なくなっていくことでしょう。

なぜなら、「自分が誰か」を知っていて、「自分がなぜここにいるか」を知って生きる人達ばかりになっていくからです。


育てられる過程で「自己肯定感」を手にすることができなかった人は、今から自分が自分にそれを与えて行けばよいのです。

それは、自分が感じることと、自分がそう在ることとが一致している状態です。

自分を見失ってそれを探すと言うゲームは、もうどうやら時代遅れのようです。

ハートの奥から響いてくる声を常に素直に聞き続ける自分になるには、それを妨げる要因を一つ一つ丁寧に取り除いて行けばよいのです。

もちろん、一気にそれをやっても構いませんが・・(笑)


もし、自己認識が足りなかった場合のために付け加えますが、ここまで読んで下さった方のほぼすべては、「自分探しの旅」をしているのは間違いありません。そうでなければ、こんな文字数の多い、面倒くさいブログは読みません!(笑)



↓「自分探しの旅」を終わらせるツールの一つとして、ぜひご利用下さい。

2017年  齊藤 つうり 石川ワークショップ


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