断捨離

愛という名の支配

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何かの脅迫文?!・・ではなくて、断捨離中に見つけた、小学生の頃の私がもらったラブレターでした。

あまりに面白くて思わず夫に見せたら、やはり彼も「何?脅迫文??いたずら?!」・・ですよね(笑)

こんなものをもらった記憶はもうなかったのですが、差出人は連名で、その男の子達の顔を思い出したら、多分それはマジなやつだったのだろうなと思いました。

彼らは女の子をからかって喜ぶようなタイプの子達ではなく、二人共ひょろっとした痩せ形の、口数の少ない、クラスでも地味な目立たない仲良しペアでした。

当時の私がどう反応したかも全く覚えていないのですが、破り捨ててはいなかったことと、名前を見てすぐ顔を思い出せたくらいなので、その後は多分気にかけて彼らとおしゃべりする機会を増やしていたのだと思います。(当時の私は結構人気者でした。→自慢か?笑)

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何かとやることがあって忙しかった日々が終わり、ぽかーんと時間が空いたら、久々の断捨離モードへのスイッチが入り、家事収納の奥にしまいこんでいた手紙の束を見つけたのでした。

ほぼ一年前に取り組んだ久々の断捨離(過去記事→「大きなリリースの断捨離」)で、手紙や日記の類は全部処分したと思っていたのですが、どうやらそれ以前に整理して大きな箱に詰めていたものが残っていたようなのです。

一番古いのは小学校3年生の頃で、最後は20歳の誕生日あたりの手紙でした。今では不思議に思えるほど、私はまめに友人や家族と文通をしていたのでした。

昨年一度、日記と手紙を断捨離していたので、前回のような大きなノスタルジーの波はやってはきませんでした。

しかし、自分が無意識レベルで意図的に消していたような時間を再び思い出すためのような手紙が目につき、しばしタイムトリップと、自分の過去の検証をするような時間が与えられたのでした。


二股をかけられて別れた元彼からの「やり直したい」と毎日送られてきていた(らしい)懺悔と私への執着に溢れた手紙(笑)は、全く記憶の外にありました。しかし、今の私がそれを読むことで見えてきたのは、彼は私の記憶にあるよりずっと素晴らしいところがある人だったということでした。

また、当時親しかった女友達からの山のような手紙は、ほぼほぼ恋の話題で埋め尽くされていました。あ~、私にも青春があったのだな~と、不思議な感動でした(笑)

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そして一番深く入り込んで読んだのは、家族からの手紙でした。私には弟が二人いるのですが、中学生や高校生だった彼らからの可愛らしい手紙には胸が温かくなりました。

しかし真打はやはり母でした。

彼女からの手紙には、私への溢れんばかりの愛情はもちろんですが、それと同じかそれ以上の支配のエネルギーが溢れていたのでした。

まだ生活費や学費を出してもらっていた19歳やそこらの娘に対しては、今とは比べものにならない自信とパワーを持って、私の彼氏やお金の事、将来への希望など、母が望む方向へとなんとかして私を持っていこうと必死な手紙のオンパレードでした。

改めて気づいたのですが、母は3人の子供達すべてに、自分の眼鏡に適わない交際相手と別れさせるということを全身全霊でやっていたのでした。(姉弟3人共、結婚まで考えた相手と、一度ずつ別れています。)

それは親の愛だったと、今でも母は言います。転ばぬ先の杖・・という意味なのだと思いますが、今の私にとっては、寒気がするほど気持ちの悪いコントロールのエネルギーです。それは愛という名の下の、相手を自分の思い通りにしたいと言う欲求でしかないように思えます。

確かに私達が選んでいた相手は、ベストな相手ではなかったのかもしれません。それでも、それに気づき別れるかどうかを決めるのは、やはり本人でなければならなかったと思うのです。


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当時の私も、弟たちも、親の愛という名の下の安全弁を受け入れざるを得ませんでした。あまりにも必死だった母の姿に折れたというのが正しいかもしれません。

自分も親になり、祖母にまでなった今は、母の気持ちもわからない訳ではありません。

それでも、転ぶ前にそうならないようにと無理強いして手を出すのは、やはり子供の為にはならないのではと思うのです。

子供には、転ぶ自由もあるはずです。転んで痛い目にあって、そこから学ぶという計画もあるのです。

親の気持ちや考えを伝えることはいけないとは思ってはいません。それでも子供が望まぬ方向へ進もうとするなら、親にできるのは、救急箱を持って後ろで待機していてあげることだけではないでしょうか。

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80歳になった今も、全く手紙のままの母の在り方は、ある意味あっぱれともいうべきでしょう。

私達は大人になり、もう母に支配されることを手放し、その下にある愛情だけに目を向けるよう心掛けて、老い先短い親とはそれなりにうまく付き合っています。

それでも、やはり母は重いのです。皆、喜んで会いたいとはならないのです。彼女が私達に会いたがっているのがわかるからこそ、それは本当に悲しい事だと思います。


もう30年も昔に書かれた手紙を偶然手にして、愛という名のもとに為されているエゴからの行為が、どれほど純粋な愛の受け渡しを妨げているかを考える機会となりました。

そしてまた、タイムマシンにのって過去を覗き見るような時間は、やはりいざ手放すとなると、執着がないと言ったらうそになります。

「断捨離しよう!」と思う時は、古いものを手放し新しい扉を開いて前に進む時だと知っています。

すべての過去は今ここに集約され、今ここに生きている私がどう在るか、それのみなのだと思うのです。

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見なければそれは存在しないのと等しかった手紙の束は、読んだ途端に執着心と向き合わなければならないものに変わりました。

人生というもの、人間としてこの世で体験していることは、すべてそれと同じなのだと感じます。

人間であることの執着を超えたところには何が待っているのか。私達は皆、そこへ向かって行っているのではと思った出来事だったのでした。











大きなリリースの断捨離

母を象徴する人形を手離してから、断捨離の波が更に加速しました。

自分の中にやってきたインスピレーションは、「これまでの全てを手離すこと」というとてもシビアな感覚で、それは私がこれまで何度か断捨離を繰り返していても、まだ手を付けていなかったものについてのことだとピンときました。

私にとって手離すことがタブーだったのは、「自分の気持ちを記録したもの」・「自分が一生懸命学んだもの」・「大切な人からもらったもの」の三つでした。

ここに来て初めて、それらを潔くすべて手離す事、という強い直感が訪れたのでした。

自分の直感なのに、それに動揺し疑う気持ちがむくむくと湧き、思わずいつも迷いが出た時に使う手を使いました。それは一枚引きでタロットカードを引いて確認すると言う、私の隠れ技なのでした(笑)

「私の直感が正しいのなら、ワールドのカードを出して下さい」と、22枚のカードから1枚を引きました。そしてもちろん、ワールドが出ました(笑) 私は潔く直感に従って、粛々と断捨離を進めることを決めました。

最初に取り組んだのは、これまで色々学んできたテキストやプリント類、そしてこれまで受けたリーディングをプリントアウトしたものや、さまざまな事を書き留めたスケジュール帳やカレンダーの類でした。

フランス人形をいよいよゴミ収集場に持っていく日の朝には、このようにお人形が埋もれるほどのゴミ袋が出ました。
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そしてその次に取り組むべしとやってきた感覚は、テキスト類に続く学びの本の断捨離でした。本については、これまで何度か断捨離を繰り返し、新たに買うこともめっきり少なくなり、昔に比べれば格段に少ない冊数しか残っていないと思っていたのですが、それでもすべてを手離す!という感覚には少々抵抗が起こりました。

なぜこんな感覚がやってくるのだろう?と自分自身不思議なほどでしたが、多分今の私に必要なのは、本当に自分の周波数に合うものだけに触れ、外からの情報よりも自分の中からやってくる感覚をとことん信頼するという場所に生きることなのだと思うのです。

本を手離すという事は、私にその覚悟を完全に落とし込み、今この瞬間を生きる自分によりフォーカスすることなのだと感じました。

しばらくそれらの本は、私のセミナールームに移動して、必要な人がいたら持って行ってもらうことをしてから処分することにしました。(現在のところ、三日間ほどご案内しましたが、まだあまり減っていません。あと数日で処分する予定ですので、ご興味がある方はご連絡下さい。)

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テキストや本に手を付けた勢いは、まだまだ止まりません。

十代の終わり辺りから二十代前半に、当時親しかった友人達とやり取りしていたかなりの量の手紙を処分することにしました。(パソコンも携帯メールも勿論ない時代です。)

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目についたものをいくつか拾い読みしながら、手紙の送り主に感謝の気持ちを心の中で伝えて、ごみ袋に入れ続けました。そうしているうちに、なぜだか心の奥の深いところから、切なさというか哀しさというか、何とも形容しがたい感覚が湧きあがり、涙がこみ上げました。

この感覚は何だろう?と感じてみました。
それは、当時の私が一生懸命この世界を生きていたこと、心を通わせることのできた友人達と繋がり、美しい人間の世界での生を全うしていたことへのノスタルジーのようなものでした。

私に何故、全てを手放せとの直感がやってきたのかがようやくわかりました。

私は「人間であること」にとても執着していたのでした。喜びや楽しさ、悲しみや苦しみを存分味わうことこそに人間である充実感を感じていました。また、葛藤と向き合ってそれを乗り越えるために悩み苦しみ、それができた時の達成感を味わう・・そういうジェットコースターのような人生を愛していました。

それらを手放すということは、人間である自分を越えていくということになるのです。

葛藤を掴み、苦しみを掴み、痛みの中にいる自分に酔うという、人間にしかできない体験をもう二度とできなくなることは嫌だという自分を越えて行く時が来ているようです。


そしてとうとう、二階の納戸スペースの奥深くにしまってあった、禁断の段ボール箱に手を伸ばすことにしました。

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娘曰く、「見るべからず!と書いてあったら、逆に見たくなるでしょ。バカじゃないの(笑)」とのことでした。

娘の白い目を無視して、段ボール箱の中に入っていたものを25年振りに取りだしました。

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思わず「おお~!」と叫んだ私がいました。こんなものを入れていたのも忘れていました。

足のまだ短い初代のリカちゃんもいます。皆、母が作ってくれた洋服を着ています。手作りの布団まで入っていました。私は、リカちゃんで遊ぶのが大好きな小学生だったのを思い出しました。

そしてまたもや赤面するお宝発見です。

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一番古いのは小学校3・4年生の時に書かれた作文や日記、それ以降の小学校高学年から中学・高校時代に書かれた日記帳、中学当時のボーイフレンドとの交換日記、大好きだった中学の担任の先生との交換日記、読書ノート、最後は結婚する少し前から子供ができるまでの日記帳でした。

自分が死んだ後に誰にも読まれたくない内容のオンパレードです(笑) かなりのおませな私が自分に酔って書いている日記は、もし子供達が読んだら末代まで笑いのネタになることでしょう。

しばしのタイムスリップをしたような時間を過ごした後、私は過去に決別することを決めました。一生懸命生きていた昔の私は、今ここにいる私ではありません。過去を懐かしむことに時間を費やすのはこれで最後にして、私は今の一点に自分を集約させることを選びました。

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そして、ずっしりと重いごみ袋が6つ・・・今朝、私の元を去っていきました。

過去最高に内容の重い、大きなリリースの断捨離でした。





究極の断捨離

朝から断捨離モードにスイッチが入って始まった日の、一番大きな断捨離の品はこれでした。

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遥か昔、若かった私が嫁入り道具を揃えていた時に、母と一緒に選んで買ったフランス人形です。

私が好きではないえんじ色のドレスだけれど、お顔が綺麗だったのと、母が大好きな色だったので購入したのだと思います。

実は、このドレスの赤がリビングのピアノの上にあるのは、ずっと私にとってはどこか違和感がありました。

思い切りよくなんでも処分するのが得意な私が、違和感がありながらも手を付けないでずっときたのは、多分この人形は、ある意味母の象徴だったからなのだと思います。

その人形を、とうとうゴミ袋に入れました。母を捨てる代わりに捨てました。

物騒な物言いですが、私の中ではそういう台詞がぴったりの心境になり、そうせずにはいられなくなって捨てたのでした。

私の中には、もうそんなに母に対する葛藤はないと思っていました。しかし、どうもそうではなかったようです。

断捨離にいそしんでいたその日、母との間でちょっとした事件が起こり、それをきっかけに私の中で信じられないような大爆発が起こりました。夫の前で母を口汚くののしり、机を蹴っ飛ばし、怒りがはずれた後には空しさと悲しみがやってきて、私は大泣きしたのでした。

子供たちが外出していた時で助かりました。夫以外にはちょっとお見せできない醜態でしたから(笑)

私と母とは、元々精神的には親子関係が逆転しているような間柄です。それは私がまだ10代の頃からそうでした。

長じてからは、サイキックリーディングやチャネリングなどで、なぜ私が母の元に生まれてきたのか、母がなぜ異様な程に私の事が好きなのかについても知ることができました。

ある意味、私と母は共依存の関係だったのかもしれません。

母は、幼い頃に養女に出されたという生い立ちに遡り、養父母との確執、唯一の実の妹との断絶、夫との長年に渡る不仲、息子の嫁への不満など、まるで世界中の不幸を全部背負っているかのように自己憐憫の権化として生きてきました。

そんな母が頼りにしているのは私だけだから、うざくて仕方がない母なのだけれど、どうしても見捨てることができないから・・と、私は40年近く母に我慢をしてきたのでした。

この10年ほどは、遅すぎた母への反抗期も乗り越え、私自身を大切にすることを守りながら、あまりべったりすることなく母と付き合ってきたつもりでした。

それでも、まだ私は本当の意味で母から自立していなかったのだなと、やっとわかりました。


以前から、私の断捨離の大きな課題の中に、嫁入りダンス、七段飾りのお雛様、母が苦労してローンで買ってくれたアップライトピアノ、がありました。

事件の後、母を捨てる代わりにこれらのどれかを捨てよう!という気持ちがむくむく起きました。

しかし良く考えてみると、嫁入りダンスは実はまだ活用されていて捨てると困るものになっているし、お雛様は孫娘が生まれたので、彼女が喜ぶうちは飾って見せてあげたいという願望が芽生えているし(笑)、ピアノは私も娘もまだ弾きたい気持ちが強いので捨てたくはない・・・と、いうことに気付きました。

そして目についたのが、冒頭のフランス人形でした。

たった人形一つなのに、それを無くした空間を見ると、なんとも言えない自由な気持ちが湧いてくるのが不思議です。怒りの大爆発は、私を縛る存在としての母を本気で捨て去るために必要なきっかけだったのだなとわかります。

母との関わりを断つとか、母の相談に乗らなくなるとか、そういうことをするわけではありません。しかし、私が私自身を縛っていた、苦労して育ててくれた母への罪悪感を手放すことに許可が下りたのを感じています。

爆発のきっかけとなった事件は、私にとっても思いもよらないスムーズな流れへ動くことになりました。母にとっても、私にとっても、とても良い流れです。

地球のシフトに伴う、より高いバイブレーションへの移行は、深いところに潜んでいた重苦しいエネルギーのリリースなしには進んでいかないのだなとつくづくわかりました。

断捨離というメソッドをうまく使い、自分に起きているエネルギーのリリースを目に見える形でサポートしながら、こうやって一つ一つ軽やかになっていくことができるのだなと、数日前には想像もできない心地よさを感じている今の私です。








エネルギーシフトと断捨離

元々アバウトな性格なのであまり胸を張っては言えないのですが、一応私はダンシャリアン(断捨離を実施している人)であると自分では思っています。

始まりは、まだ断捨離という言葉が世にでる前に、カレン・キングストン著「ガラクタ捨てれば自分が見える」を読み、いてもたってもいられなくなって、最初のスペース・クリアリングを行ったことからでした。

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それから後、金沢にてやましたひでこさんの断捨離ベーシック講座が行われ、二度の参加の期間に、家族を巻き込む更なる大がかりな断捨離をしました。

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断捨離とは、一度やって終わるものではないので、何度か繰り返しているうちに、子供達までもが断捨離をするようになり、今では彼らの方がある意味マスターです(笑)

一番年下の息子などは、若年からの英才断捨離教育の結果(笑)、高校時代から、新しい服を数枚買ったら必ず同じ数だけ古い衣服を手放すというマイルールまで作っています。その潔さはあっぱれです。

私はと言えば、自分のエネルギーがシフトする時には、ほぼ毎回断捨離のスイッチが入ります。反対にエネルギーが停滞しているときは、引きだしの中や本棚などが、ダンシャリアンとは名乗れないような状況になったりします。

どうやら、これまでの古いエネルギーから新しいエネルギーへと移る際には、単にエネルギーレベルでのクリアリングでは終わらず、それに伴った物質レベルでもクリアリングを起こしたくなるようです。

そういう時に、断捨離はメソッドとしてとても機能するので、ありがたく思っています。そして実は今朝、いきなりその断捨離モードがやってきたのでした。

嬉しいことに、きょうは普通ゴミの収集日でした。我が家の地域は、ゴミ収集時間が午前10時半頃とかなり遅いので、朝の集中断捨離ならそのまま出たごみを捨てられる最高の日です。

夫を仕事に送りだしてから、いつもの朝の家事は後回しにして、7時50分から10時20分までカウントダウン方式で、ものすごい集中力で気になる場所から断捨離を敢行しました。

こういう時に役に立つのは、友人でもあるチーフ断捨離トレーナーの北林ちかこさんが作成してくれた「断捨離マラソン」の時のシートです。
(断捨離マラソンについては、彼女のブログをお読みください→「断捨離マラソンfrom金沢」

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本来は一日一つというテーマで、北林さんが毎日ブログで断捨離のヒントを書いて下さって、それを参考にしながらおよそ二ヶ月弱でマラソンのよう断捨離をするためのシートです。

しかし私のは、去年と一昨年、北林さんが提唱する期間にやりきれなかったものや、時々やってくる断捨離モードの時に再び使ったりして、色々なマークでチェックしてあります。

またもやこのシートを引っ張り出して、今朝はゴミ出しまでの時間で9項目に取り組みました。

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普段の生活ゴミが袋の半分くらいあったので、今朝の成果は1袋半といったところでしょうか。

そして、よく断捨離をしていたら起こることなのですが、ご褒美(!?)が飛び込んできました。

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元々は自分のものですが(笑)、完全に忘れていたお金が引きだしの奥から出てきたのでした!(これを見て、断捨離したくなった人がきっといると思います。笑)


今回、私の中に先にやってきたのは、エネルギーのシフトの感覚でした。そしてそれを更に加速させるために、断捨離がしたくなりました。

しかし、これを反対にすることも可能なのです。もしエネルギーのシフトを起こしたいのなら、先に物質でやるということ(断捨離やスペースクリアリング)もありでしょう。

目に見えるものと見えないものは、密接に繋がっています。どちらが先でも構わないのです。そしてそれは、いつも最適なタイミングで起きてきます。

何かもやもやとしているのなら、ぜひ物質界から攻めてみてはと思います。

9月27日に大きなエネルギーシフトの波がやってくると言われています。そしてその流れはもう始まっています。

これからは更に内なるものを秘めていることは難しくなります。好むと好まざるとに関わらず、この地球上のエネルギーはシフトしています。

エネルギーでも物質でも、自分にとって古くなったものは手放して、今の自分にあったものを手にしていきましょう。

一人一人が自分のパワーをしっかりと手にして、今この瞬間に焦点を当てて生きることこそが、地球のエネルギーシフトと共に進んでいく道なのではと思うのです。



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目に見えないものの断捨離

きょう、昨年の7月から通っていた英語の個人レッスンをやめた。

昨夜ひとりで時間を過ごしていたら、ふいに「やめる」というインスピレーションがやってきたのだ。

私は自分自身が英語を教えるという仕事をしているのだが、自分の英語力には満足していなかった。

私が使える日本語の能力と比較すると、到底まだまだな英語力はある意味常にコンプレックスの元でもあった。

個人レッスンの先生はネイティブではなかったのだが、下手なネイティブの外人講師より教える熱意も知識もスキルもレベルが上だと私は感じていて、一時間の集中した英語のみのレッスン時間が、私には楽しくてならなかった。

楽しいものを断捨離するというのは、ある程度予想してはいたのだが、やはり心が痛む体験だった。

先生も、私とのレッスン時間を心から楽しんでくれていたのを知っていたので、彼が突然の私の申し出にショックを受けていたのがわかり、そのことも心が痛くなる一因になった。



そんな楽しい英語レッスンを、なぜ私は断捨離したのか?・・きっと不思議に思う人もいるだろう。

それは、英語レッスンを始めた私の動機が、今の私にはもう古いものとなっているのに気付いてしまったからなのだ。



私が英語を勉強し始めたのは、今年20歳になった二女がまだ0歳のころの事だった。

日々成長し、昨日できなかったことがきょうはできるようになる赤ちゃんを育てていることは喜びだったのだけれど、きょうも明日も同じ主婦で、何一つ発達していくことがない(・・と、当時は思っていた)自分がとても悲しくなった。

加えて、本当の自分から目を逸らせて生きていた私は、何か他から評価されることで自分を証明しないと、自分を肯定できないと固く信じていた。

子育てをしながらの「ながら勉強」が主だった私の英語力アップはなだらかな曲線しか描かれてはいなかったが、それでも「石の上にも3年」どころか、十数年をそうして過ごすうちに、気付けば英語でお金を稼ぐ事ができるくらいにスキルアップはしていたわけだ。


しかし、TOEICの高スコアや英検1級など、普通には「英語ができる」とみなされるスコアや級をとっても、私は満たされることがなかった。

海外経験もないし、大学受験をしなかったから文法は苦手だし・・と、いつも自分を卑下するモードで英語と関わってきた。

だから私には更なるスキルアップの場が必要で、より高い英語力を身につけるための投資をすることで自分を認めることができる・・・という図式が出来上がってしまっていたのだ。

またそうしているからこそ、自信を持って「私は英語を教えています」と言える自分をキープしていたことは否めない。



昨夜ふいに、「もうそれらはいらない」と思った。

私の英語が必要十分なレベルになったということではなくて、「私はもう自分を英語で証明する必要はない」と心から思ったのだ。


一つ前の記事に書いた「『今この瞬間』への旅」を読んだ事で、私の中の何かがほどけていくのを感じている。


奇しくも、英語教室も春には娘に譲る事が決まっているし、私と英語との関わりは本当の意味で新しいステージに移行するのかもしれない。


私の自己証明の代名詞のようだった「英語」が、私の執着の手から離れ、本来の機能を取り戻し、これからは私を更に広い世界に連れて行ってくれるためのツールになるのかもしれないと思う。


自分に足りないものを探すことはもうやめだ。

今ここに私が持っているものを愛し、それが必要なら使い、誰かとシェアする幸運があるならそれを喜び、私は生きていきたいと思う。



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喪失の痛み

手放したいと思っていたのに、いざ手放す段になると突然襲ってくる不可解な感情に驚くことがある。

断捨離ストーリーではよく聞かれる話なのだけれど、自分自身にそれが起きるとやはり動揺する。


最初にモノでそれが起きたのは随分前で、そのときは「断捨離」ではなくて「ガラクタ捨てれば自分が見える」を読み、子供達が育ってもう必要なくなった絵本をお隣の坊や達に差し上げたときのことだった。

長女が大好きで飽きるほど繰り返し読まされた「ノンタン」。当時の私はその漫画チックな絵本をちょっと馬鹿にしていたのだけれど、娘が好きだから暗記するまで毎日読んだものだった。

その日お隣に絵本を運び込み、家にひとり戻った瞬間、突き上げるようにこみ上げてきた悲しみに声を出して私は泣いてしまった。

それは多分、子供達がべったり私にくっついていたあのうっとおしくも幸せだった日々が、もう思い出の彼方にあることを、初めて認識したからだったのではと思うのだ。


「断捨離」を学んで実践するようになって、私達がどれほどモノに自分の思いを乗せ、あるいは投影させて生きているかがよくわかるようになった。


そこにあるモノは、自分を証明するモノなのだ。

証明するモノがないと自分は自分を認められないから、モノを手放すのは辛いのだ。



私が現在している仕事は、自分が所有している建物の中での仕事である。
つまり、仕事というソフトをささえるモノがあり、それは私が望んでやっと手に入れた大切な「モノ」だ。

その「モノ」を、来春大学を卒業する娘に譲り、彼女のやりたいことに使ってもらおうかという案が浮上した。


最初は驚いていた娘だったが、次第に彼女の中からいろんなアイディアが沸いてくるらしく、目を輝かせてそのことを真剣に考え始めるようになってきた。

私はといえば、今の仕事を徐々に手放し、本当に自分がしたいと思っていることをしようと思っていたので、ある意味こういう流れは自分が望んで引き寄せたものなのに、いざそれが具体的になろうとし始めると、思ってもみなかった喪失感が頭をもたげてきている。


これには少々驚いた。

嫌だ嫌だと思っていたことさえあるのに・・・。
これさえなければ私はもっと自由なのに、と思っていたのに・・。


やはり私も「モノ」によって証明を求め、「モノ」が作り出すステータスのようなものに執着があったのかもしれない。


これも、断捨離の新たなステージだと思えばよいのだろうなと思う。

その「モノ」を手にしたときには、私にとって最高の「モノ」であったのは確かだし、それによって生きる喜びも苦しみも体験した事は、私の人生の宝物なのだろうと思う。

しかし、今というこの瞬間に、それはもう過去のものとなり、その「モノ」に最もふさわしい人が現れ、私はそれを手放すことによって次のステージに行くのだろう。


自分が存在するのは、常に今この瞬間であり、それを証明する必要性も必然性もないのだということを、改めて肝に銘じようと思うのだ。




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「断捨離」と「葛藤の解放」

断捨離のやました先生の講演音声をダウンロードして聞いている。(メルマガ登録者の特典です・・)

改めて意を新たにしたのは、断捨離は決して「お片付け」のためにあるのではなく、「本当の自分で生きること」を自分に許可し、そうでなかった自分とそれまでの人生をも受け入れ認めるためにあるのだということだ。

私自身はといえば、10年ほど前から俗に言うスピリチュアルな学びを徐々に深め、それらは結局のところ自分自身の内なる葛藤を手放し、ありのままの自分で今ここに存在することが生きるということだと知り、その道のりを歩んできた。

やました先生提唱の断捨離を知る随分前にも、カレン・キングストンさんの「ガラクタ捨てれば自分が見える」を読み、自分の持ち物の処分を通してエネルギーが動くことにも気付いていた。

年賀状を出すという行為を断捨離したのも「断捨離」を知る前だったし、高校以来の友人との縁も思い切って切ったのも実際の断捨離を始める前だった。

こう振り返ってみると、「断捨離」が先か「自分の葛藤解放」が先かを論ずるのもおかしなもので、この二つは切っても切れない相互関係があるのだということがよくわかる。

スピリチュアルの世界は確かに玉石混合で、決して一括りに語るわけにはいかないが、私の中では断捨離はものすごくスピリチュアルで、目に見えるものを通して目に見えない世界をしっかりと自分自身に落とし込む最強のツールである。

やました先生は、安易なスピリチュアリズムに警鐘を鳴らしていらっしゃるのだと私は思っている。

自分以外の人に、自分に関する目に見えない世界の情報を聞き、そこに依存してしまうことの危うさ脆さを戒め、自分自身が自分の人生に責任を持ち、自分に必要な情報は自分の中から得るということを、誰でもができる方法で教えて下さっているのだと思うのだ。


もちろん私は、目に見えない世界を否定するものではないし、自分自身も一度ではない不思議を体験してきている。目に見えない世界の情報も多々活用しているし、それを他の人から教えてもらったりすることもある。

そうして自分が何を求め何に向かって進んできたかと振り返るとき、全ては自分の中にずっと押し込めてきた「本当の自分」で、今この瞬間にきらめく命を慈しんで生きることを目指してきたのだとわかる。

断捨離もスピリチュアルも、行き着くところは同じなのだと、いや同じでなければならないのだとしみじみ思うのだ。


断捨離講座で、やました先生に質問させていただいた事がある。

断捨離を徹底的に進めていくことで集合無意識層にまで辿り着き、そこと繋がるということは宇宙の真理・エネルギーと繋がることだということを教わり、感動したからだ。

「先生は片付けというツールで深く掘り進まれましたが、それは何であってもよかったのですか?先生は、万人が取り組みやすいように片付けを選ばれたのでしょうか?」と。

やました先生はにっこり笑って、「もちろんです。それがどんなものであっても、深く掘り進むと同じところに辿り着きます。」とお答えになった。


私の中で全てが繋がった瞬間だった。


断捨離が有名になるにつれて、表面的な理解で断捨離が語られ、時には批判されるのが少し悲しい。

ダンシャリアンのはしくれとして、1人でも多くの方に断捨離の素晴らしさを知ってもらえたら嬉しいなと思うのだ。



お世話になっているmomoさんが主催する金沢での断捨離講座開催のお知らせです♪

断捨離講座in金沢のご案内




本文とは関係ありませんが、夏の旅行での写真を一枚
夕暮れ時の厳島神社の鳥居です♪

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ギャラリー
  • 『齊藤つうりワークショップ』 最高~♡ (笑)
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