Cerulean Blue (セルリアンブルー)

『人生に奇跡を!』

断捨離

断捨離ひとまずのゴール♬

断捨離マラソンを一緒にやっていた仲間と作っていたグループフォーラムは、6月一杯でクローズする予定になっていました。
個別に断捨離を続けていたメンバーが、ビフォーアフターを投稿したりしていたのですが、その最終日に合わせるように入荷待ちをしていたアルバムが届きました!(そんな気がしてました笑)

断捨離してあった写真を新調したアルバムに全部収めて、ようやくビフォーアフターの写真が撮れました😆💗


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昨年結婚した二女からは、「これを結婚式前にしておいてもらえたら、二次会に使う写真を探すのが楽だったのに~!」とぼやかれましたが、このタイミングが私にとってはやはりベストだったなと感じています。 断捨離は、単なるモノを捨てる行為ではないので、やはり自分にとっての手放しやリリース・変化のタイミングとリンクするようです。 今のタイミングで長年気になっていた写真を断捨離できたのは、静かに深く自分との向き合いになり、それは本当に色々な手放しになりました。
そしてその後、家にある写真の断捨離を終えたことで、多分まだ実家にある(だろう)私の子供時代の作品や写真も断捨離したいという感覚が上がってきたのでした。
実は随分前に母から「どうすればいいの?」と聞かれて、「全部捨てていいから」と言っておいた私の子供時代からの作品や賞状や通知表なのですが、それらはきっとまだ処分されていないだろうと思っていたのでした。 母は3年程前に家を出ていたので、その後のことを聞く機会がなかったのですが、今は父が亡くなり家に戻っているので、なんだかすべてにけじめをつけたい気持ちになったのでした。 子供時代の写真や作品などは、自分のものというより、それを大切にしまっている親のものだと考えていたので、「捨てていいよ」と言ったことで終わらせた気になっていましたが、なんだかそれも違うような気がしたのでした。

実家には、家を出た時から私の部屋というものは残っていなかったので、私のモノは他には何もないのですが、その「子供の思い出と栄光の品々(笑)」は、母には執着があるようでした。

予想通り、さすがに教科書などは捨てられていましたが、姉弟三人分の絵と賞状と通知表などがごちゃまぜに段ボール箱に入ったままでした。

母にはやはり処分できないだろうと思い、別に全部はとっておかなくてはよいというので、自分の分を抜き取る作業をしたのですが、その日はタイムリミットになりました。

2歳くらいの時に描いた絵までも残っていて(無造作に段ボールに放り込んであったので、母も一度も見返してはいないと思いますが)、またもやちょっとしたタイムトリップでした。

完全に忘れていた過去が、情報として流れ込んでくるような感覚を味わいました。それはある意味、癒しの時間でもありました。

しかし、母のところでの断捨離は無理でした。いつもなら思い切りよく取捨選択できる私なのですが、母の念に巻き込まれるので、その日は何も捨てられそうにないモードになりました

次回実家に行ったら、全部家に持って帰って来て、母の見ていないところで断捨離しようと思います(苦笑)
実はその日、こんなこともありました。 「私は養子に出されて、色々な場所を引っ越しで転々としていたから、あんた達のように思い出のものなんてないのよ!」と、作品を選別していた私に、母がいつものように自己憐憫満タンで言ってきたのですが、なんと今回私は祖母の遺品の中に、母の名前の賞状などがあったのを見つけたのでした。

それらは綺麗に保存されていた母の幼稚園の卒園証書や小学校時代の賞状などでした。開いて母に見せたら、母は「きゃ~!!」と大声で叫び、卒園証書に歓喜したのでした。

大阪の天王寺の幼稚園を出たというのが、なぜだか母の自慢だったようで、少女のようにはしゃいで嬉しそうでした。(なぜ自慢なのか謎ですが。笑)

母は自分が根なし草のような感覚を持っていたのでしょう。82歳のばーさんの卒園証書などという奇跡のようなモノが、その瞬間母の心を癒しているのがわかりました。

私にとって断捨離は「前に進むために・今この瞬間を生きるために」とても役立つツールでしたが、母にとっては過去の思い出のものは、「自分が愛し愛された証拠」として、自分から手放すことはとても難しいもののようでした。 なので、無理に思い出のものを捨てろとかは言う気はなく、一人暮らしには多すぎる色々なモノも、彼女が亡くなった時に丁寧に処分すればいいやと、改めて思ったのでした。 なんだか気持ちが楽になりました。これまでは親にも断捨離してほしい自分がいましたが(亡くなった夫の親の家の処分が大変だったので・・)、ようやくその執着を捨てることができたのかなと思います。 断捨離マインドで生きることはこれからも続けていこうと思っていますが、ひとまず目標としていた山を越えたことを嬉しく思います。 断捨離マラソン、楽しかったです!!一緒に走ってくれた皆さん、本当にありがとうございました~
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10年越しの断捨離 ②<ミニマリストにはなれない>

10年越しの断捨離 ①<思い出の写真>からの続きです・・

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(↑捨てたアルバム・・ところどころ写真付き)

最終的には、ポケットアルバム(5冊で1冊とする)も含めると26冊の古いアルバムを処分しました。

張るタイプのアルバムからは、ピンボケや好きでない表情の写真はそのままにして、残したい写真だけを剥ぎ取りました。

ポケットアルバムのところになったら、もう考えるのも疲れてきたので(笑)、そのままザクザク取り出しました。

その後は、アルバムにも張られず積み上げてあった写真に取りかかります。

月日の表示のない写真、表示が間違っている写真も山のようにあり、それらを推理しながら年代別に分けるのはまるで探偵になったようでした。

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(↑空いている子供の部屋でコツコツ整理しました。大変でした!)

そして未整理の写真の年代がクリアになったら、それらをアルバムから剥した写真と合わせて年代ごとに袋にいれました。

次は、年ごとにまとめた写真を断捨離していきます。

私にとっての宝物の子供達の笑顔・笑顔・笑顔・・。

年ごとに分けて3回は断捨離を繰り返しました。それでも、一向に数が減りません。

写真を捨てるという行為が、大切な子供の笑顔や、家族との思い出を捨てるように感じる自分に驚きました。

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(↑捨てた結婚前の写真とアルバム)

↑むしろ元々数が少ない結婚前の自分と夫の写真はさ~っと捨てられたのに、子供の写真への愛着が深すぎる自分に驚きました。

(夫は「写真なんていらん。全部捨てて!」と言うので、私が置いておきたい彼の写真を選んだら、なんと全部でたった28枚でした!笑)

シーンが同じものを1枚にすれば数は激減するのでしょうが、可愛い笑顔の数々をどうしても1枚には絞れません(涙)

悩んで、県外にいる娘に電話して相談しました。(うちの子供たちは、私が断捨離にいそしんでいた時期にそれを横目で見ていて、気づいたら全員ダンシャリアンになりました笑)

二人いる娘のどちらに聞いても、「写真は別にいらないから捨てていいよ」とあっさり言います。

それでようやく、アルバム(写真)を残すのは、生きている間の私の楽しみの為でしかないのだと悟りました。

終活も兼ねて(ちょっと早いけど笑)、娘達にはアルバムは私が死んだら捨ててもらってよいことを告げ、「私が楽しむ!」ための写真を残すことに決めました。

容量制限で先にアルバムを新調し、それに入るだけの写真を選ぼうと思っていたのですが、「別にミニマリストにならなくてもいいじゃん!」と言ってくれた娘の言葉に励まされて、プラスしてアルバムを買う事に決めました。

それからは、ルンルンとして写真選びを続け、見ても気分が上がらない(もしくは下がる)人の写真は省き、数日かけて断捨離にいそしみました。

そうして、ようやく手放す写真のすべてが揃いました。

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(↑選びに選んで捨てることにした写真)


最終的に残した写真は、予定していた数の二倍以上になりましたが、どれを見ても私の頬が緩む写真ばかりなので良しとします!

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(↑残した写真・・アルバムに入れるのも一仕事だな笑)

写真の断捨離やるぞ!と腰をあげてから、気づいたら一月近く経っていました。

タイムスリップして、どこかへ旅に出かけたような気分になっていました。


(10年越しの断捨離 ③<タイムスリップ?パラレルワールド?>に続く・・)



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10年越しの断捨離 ①<思い出の写真>

仲間と取組んだ54日間の「断捨離マラソン」のゴールを迎えたのが5月12日、あれから一月半ほど経ちました。

メンバーの中には、初めて断捨離に取り組んだ人もいたので、断捨離用のFBグループは6月一杯までオープンしておくことにして、それぞれがまだやり残したところに取り組んできました。

私が初めてやましたひでこさんの断捨離セミナーに参加したのは10年前。その当時家から出て行ったゴミ袋の数は三桁になっていたと思います。

我が家は新築してから21年経ちますが、20年前の写真と、きょう撮った写真を比べてみると、今の方が新しい家に見えるのが不思議です。(壁紙だけは張替えました)

20年前↓
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18年前↓
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今日↓
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上の写真は子供三人がいた頃のクリスマスパーティーの雑然さというのもありますが、モノの量で同じ部屋の雰囲気も随分変わるものだと改めて思います。

断捨離は一回やれば終わりというものではなく、これまでも繰り返すたびに気付きや発見がありました。その時々の自分の人生に対する向き合いが、モノとの向き合いにも表れるような気がしています。

しかし、ちょこちょこと断捨離を続けてきた(忘れている時もありましたが・・笑)ここ10年の間にも、手つかずできてしまったのが「写真」という大物でした。

↓今回の断捨離マラソンで、家事収納の断捨離をした時に、一列に並べてみたらアルバムはこんなにありました

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それプラス、子供が三人になってから溜まりに溜まっていた「アルバムに入れていない写真」の束がありました。

幸いにも、2011年以降のプリントされた写真は激減しており(スマホを買った時からですね笑)まだ助かりましたが、それにしても総計は四桁です。

ずっと後回しにしてきました。見て見ぬふりをしてきました。

なぜなら、ここに手をつけてしまうことは、私のこれまでの人生の総決算と手放しをするようなものだと、無意識下で知っていたからでしょう。


今回の断捨離マラソンが終わっても、本気で写真に着手するには少し勇気がいりました。

なので、何か後押しになるアドバイスはないかとネットで検索をかけていたら、やましたさんご本人の動画を発見し、今こそ写真の断捨離をするときだと感じたのでした。

やましたさんは、動画の中でこう伝えてくれました。

写真は一番後回しにすればよい。

他のところの断捨離が済んで、空間にも気持ちにもゆとりができたときにやる。

捨てるというより、選び残す写真は何か?のプロセスを楽しむとよい。

なんだか少しほっとして、でも「やろう!」と重い腰が上がったのでした


10年越しの断捨離 ②<ミニマリストにはなれない>に続く・・)


参考までに・・
↓「手紙・子供の作品・写真」の断捨離について語られています。
「やましたひでこ’s 断捨離術」中級編
https://www.youtube.com/watch?v=wk3GTBu3Yf4




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10年越しの断捨離 ③<タイムスリップ?パラレルワールド?>

10年越しの断捨離 ①<思い出の写真>

10年越しの断捨離 ②<ミニマリストにはなれない>

からの続きです・・

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(↑仲間に報告して一段落♪新しいアルバムの到着を待っているところです)

私の時間に対する体感というのは、一直線の時間軸を経てきたという感じではなくて、小学生の時一人で下校しながら歩いていた時の風の匂いやその時考えていた事が、すぐ昨日のことのように感じる不思議な感覚です。

それは、まるで自分の目でシャッターを切った写真が、バラバラに脈絡なく保管されているような感じなので、自分がもう孫もいる年齢になったという自覚はあまりなくて、小学生の時に世界を見ていた目がそのまま残っているような感じなのです。

今回の写真の断捨離の作業は、そのバラバラの記憶のスナップ写真を一列に並べてみて、高い所から俯瞰するという作業のようでした。

タイムスリップしたように、その写真の中の自分の感覚を思い出し、同時にその時の自分には見えていなかったことがわかるという体験の連続でした。

人間の記憶と言うのは、多分勝手に都合のよいように改ざんされているようで、手元にある記憶と、俯瞰して見る気づきとが、どうやら違うものも多々ありました。

当時の自分には見えなかったものも見えたりしました。

子育てに関しては「苦しかった」記憶のほうが多いと思っていましたが、写真に切り取られた瞬間の自分や子供達の笑顔を見る限りは、圧倒的に多くの「幸せの瞬間」を手にしていた自分がいました。

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(24年前の私の誕生日

反対に、見えていたのに多分見えないふりをしていたことにも気付きました。

結婚した当初には確かにあった夫の私や子供への関心が、途中の十数年間は、一体どこにあったの?というのがあからさまに表れていたのでした。

私の中にずっとあった悲しみの理由を、改めて突きつけられたような気がしました。

「子は鎹(かすがい)」と言いますが、三人分あったのでやっと繋がっていた糸が切れようとした五年前、奇跡的に私達はそれをもう一度結び直す決意をしました。

その頃になるともう写真もデジタルなので、今回の写真の断捨離のところにはほぼありませんが、それでもテーマパークなどで撮った夫との写真に、見事にその違いが表れていました。

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(一目瞭然ですが、上段は私に関心がない夫、下段は仲良しになった二人です

自分一人でタイムトラベルをしていた私だったのですが、解放していなかった当時の悲しみが怒りの蓋もろとも途中で浮き上がってしまって、断捨離中に一度夫と大喧嘩をしてしまいました。

夫にしてみれば、勝手に妻が昔の事を持ち出して喧嘩をふっかけてきたようなもので災難だったと思いますが、私の中では、その頃の自分が口にできなかったことを言う行為には、大きな意味がありました。

言うだけ言ったら、何かがはじけて、結局それは私の一人ワークみたいなものだったので、最後には夫に心から謝りました。今の彼には全くいいがかりでしかなかったのですから、本当に申し訳なかったです。

それでも、その時言えなかったことを言えたことは、私には大きな収穫でした。

相手の方が強いから、力で押さえつけられるから、と飲み込んだ言葉の数々が、私のパワーを奪っていたことに改めて気付かされました。

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それにしても、昔の夫と今の夫が同一人物だとは思えないのです。(痩せて老けただけではなくてね笑)

人は瞬間瞬間の選択によって存在する時空がかわっていくというパラレルワールドの理論がありますが、私は時空を斜めに横切ってきたのかもしれません。

写真の中の夫と今の夫が、どうしても同じ人には見えません。それほど波長が違うのです。(もしかしたら、私自身も随分違うかもしれませんが)

そしてパラレルワールドを証明するかのように、私の記憶にあるいくつもの出来事が彼の記憶からは消えています。

そんなこと忘れるはずないよね?という重大なことを、全く覚えていないのです。

きっと、今目の前にいる夫の過去には、その事実はないのかもしれません。この時空の過去の私は、悲しい思いなどしていなかったのかもしれません。

色々謎が多くなるし、考えても答えはでないので考えるのはやめますが(笑)、ほんの10年前までの私の生きていた世界を垣間見た旅は、自分の人生に愛しさが湧き上がる旅でした。


今だからこそできた写真の断捨離だったのかもしれません。

更には「終活」という言葉が浮かぶほど、死んだあとのことまで考えて断捨離するようになったなんて、それも感慨深いです(笑)

クラウド保存してあるので、量にするとえらいことになるデジタルの写真や動画は、これからおいおい整理していこうかと思います。(これは、子供達には迷惑には多分ならないので笑)

近頃は、孫達の愛らしい写真や動画まで加わってきているので、意識的に保存しないとやばいですね(笑)


コロナでのステイホーム期間も、振り返ればあっという間に過ごせたのは、断捨離に取り組めたお蔭も大きいと感謝です。

すべての過去(思い出)が、今現在に集約する自分へと流れ込んでくる体験と、今の自分次第で過去も変化するのだという体感は、とても面白く意義深いことでした。

人生を変容させるツールの一つとして、断捨離はやはりお奨めですね!



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「自主♪断捨離マラソン」54日間完走しました!

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主催しているコースの仲間達と、課外活動のチャレンジとして54日間に渡って「断捨離マラソン」に挑戦して、このたび完走致しました~💪💗


「断捨離マラソン」は、友人の北林智佳子さんが断捨離チーフトレーナーとして活躍されていた時に、わたしも何年か取り組んでいました。

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やましたひでこさんのセミナーを受講して本格的に断捨離を始めたのは、もう10 年も前になりますが、ここしばらくは色々と滞っているのが気になっていました😅


今回は実に3年ぶりくらいのチャレンジでした。智佳子さんが残して下さった断捨離マラソンのブログを参考に、仲間達と毎日一つずつ課題の場所に取り組みました。

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ビフォーアフターや処分したものの証拠写真(笑)をUPすることを励みにして、色々コメントしあって楽しみながら、全員が完走しましたよ~👏😍
ちょうどコロナでのステイホームが始まったのも重なり、家にいる時間も増え、仲間とのやりとりも毎日できるということで、条件的にはバッチリすぎるほどのタイミングでした。

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タイマーをかけて最低1回10分という取り組みやすい設定にしたのもよかったと思います。10分なら、時間がない!との言い訳もできませんから😂
メンバーのほとんどが、10分どころではないチャレンジを重ねました。モノと取り組むことは、結果として自分と向き合うことになります。

後半に行くに従って、どんどん内なる部分の見つめが深まり、モノ以外の大きな断捨離が何人もの人に起こりましたよ✨



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充実したマラソンでした💗本当にやってよかったです。

最終日に、私に巻き込まれて(笑)色々やっていた夫が、亡くなって久しい彼の両親のダンボール箱に入ったままの遺品を手放すことを許可してくれました😭





私達のパートナーシップに少なからず影響を及ぼしていた何かが、静かに剥がれ落ちるのを感じました。

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示唆に富むブログを残してくれた智佳子さん、そして一緒に走ってくれた仲間のみんな、本当にどうもありがとう~!!


これまでの取り組んだ断捨離の記事より

怖れを手放し日常を満たす

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とうとう7都道府県にコロナウイルス対策のための緊急事態宣言が発令されましたね。

私の子供達は愛知・千葉・京都にいるのですが、その中で一番田舎(房総半島の先っぽ)にいる二女のところだけが緊急事態宣言下となり、なんだか変な感じです。

私の住むところは、知事が東京の観光客に「石川にいらして下さい!」と発言した摩訶不思議なところですが(そのせいなのか県内の罹患の人数は急激に増えてきましたが・・)、都会に比べるとまだまだ静かな感じです。

私は毎日、愛犬とお花見お散歩です。誰ともすれ違いません(笑)

普段は面倒くさいこともある犬の散歩が、今は私の癒しタイムです。なので普段の3倍以上は歩くので、愛犬は疲れてよく寝ます(笑)

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呑気なことばかり発信していますが、この大変な時に怖れを超えて身を削って働いて下さっている医療関係者や、その他たくさんの職種の方達には、心からの感謝を伝えたいと思います。本当にありがとうございます。

私のできる唯一のことは、怖れの中に飲み込まれるのではなく、穏やな愛に満ちた状態で居続けることです。

そして、今起こっていることの真の意味、この先の未来に向かって今何をすべきかということをシェアしていくことだと思っています。

この混乱の時に、私に今それをする時間とゆとりが与えられているというのも、偶然ではないと感じています。

一人一人に必要なことが必要なだけもたらされ、私達はそれを受け取り、自分にしかできないことをしていくことがより明確になっているのを感じます。

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私は現在、ELMコースというものを主催しています。それは月に2回集まり、学び、シェアし、自身を癒してパワフルに自分自身を生きるためのコースです。

8ヶ月に渡ってのコースはあと2ヶ月を残すところとなっていましたが、次回からはオンラインでの受講となり、終了日も少し伸ばす予定でいます。

実は少し前からそのコースのメンバー達と、継続的なチャンレンジとして、元チーフ断捨離トレーナーの北林智佳子さんが発案した「断捨離マラソン」に取り組んでいます。

私自身は9年前くらいから、何度かのセミナーと実践を通して、自称ダンシャリアンとして生きています。断捨離マラソンも過去には何回かチャレンジしました。

そして何か大きな人生の岐路がやってきた時には、大抵の場合断捨離のスイッチが押され、変容のプロセスが加速するのでした。

過去の私のブログ記事
エネルギーシフトと断捨離
究極の断捨離
大きなリリースの断捨離
愛という名の支配


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(↑富山のチューリップフェアに一緒に行った時の智佳子さん)

仲間とは、智佳子さんが残してくれている「断捨離マラソン」の記事を参考にしながら、毎日お題を1つ決めて、実行した写真をグループ内でUPして、色々な気づきをシェアしています。

(↓こんな感じで、コメントと共にUPします♪)
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もう始めてから今日で20日が経ったのですが、コロナ騒動がどんどん厳しくなっていく中、長い時間を過ごす家の中が整い、自分の中でも様々なクリアリングが起こり、仲間と毎日やりとりすることで繋がりを感じる・・という、良いことづくめです。

断捨離マラソン、今こそお奨めです!

私達が今回参考にさせてもらっているのは、以下の二つです。(智佳子さんは、何年にも渡って断捨離マラソンの記事をシェアしてくれているんですよ!)

断捨離マラソン2017、スタートします!
断捨離マラソン2017春の陣・No.1「領収書・請求書」

智佳子さん、本当にありがとうございます♡

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こうして日常を充実させ、怖れの中に飲み込まれずに、私は今起こっていることを明るい未来への道筋として見ています。

コロナウイルス騒動は、とてつもなく大きな地球的な変容の機会です。

次回のブログでは、ザ・グループが伝えてくれている「今起こっていることの本当の意味」について、前回の記事に付け加えて、更にお伝えさせて頂きます。

前回の記事をお読みでない方は、ぜひご一読下さいね!

コロナウイルスについて知っておきたいこと(ザ・グループより)




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愛という名の支配

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何かの脅迫文?!・・ではなくて、断捨離中に見つけた、小学生の頃の私がもらったラブレターでした。

あまりに面白くて思わず夫に見せたら、やはり彼も「何?脅迫文??いたずら?!」・・ですよね(笑)

こんなものをもらった記憶はもうなかったのですが、差出人は連名で、その男の子達の顔を思い出したら、多分それはマジなやつだったのだろうなと思いました。

彼らは女の子をからかって喜ぶようなタイプの子達ではなく、二人共ひょろっとした痩せ形の、口数の少ない、クラスでも地味な目立たない仲良しペアでした。

当時の私がどう反応したかも全く覚えていないのですが、破り捨ててはいなかったことと、名前を見てすぐ顔を思い出せたくらいなので、その後は多分気にかけて彼らとおしゃべりする機会を増やしていたのだと思います。(当時の私は結構人気者でした。→自慢か?笑)

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何かとやることがあって忙しかった日々が終わり、ぽかーんと時間が空いたら、久々の断捨離モードへのスイッチが入り、家事収納の奥にしまいこんでいた手紙の束を見つけたのでした。

ほぼ一年前に取り組んだ久々の断捨離(過去記事→「大きなリリースの断捨離」)で、手紙や日記の類は全部処分したと思っていたのですが、どうやらそれ以前に整理して大きな箱に詰めていたものが残っていたようなのです。

一番古いのは小学校3年生の頃で、最後は20歳の誕生日あたりの手紙でした。今では不思議に思えるほど、私はまめに友人や家族と文通をしていたのでした。

昨年一度、日記と手紙を断捨離していたので、前回のような大きなノスタルジーの波はやってはきませんでした。

しかし、自分が無意識レベルで意図的に消していたような時間を再び思い出すためのような手紙が目につき、しばしタイムトリップと、自分の過去の検証をするような時間が与えられたのでした。


二股をかけられて別れた元彼からの「やり直したい」と毎日送られてきていた(らしい)懺悔と私への執着に溢れた手紙(笑)は、全く記憶の外にありました。しかし、今の私がそれを読むことで見えてきたのは、彼は私の記憶にあるよりずっと素晴らしいところがある人だったということでした。

また、当時親しかった女友達からの山のような手紙は、ほぼほぼ恋の話題で埋め尽くされていました。あ~、私にも青春があったのだな~と、不思議な感動でした(笑)

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そして一番深く入り込んで読んだのは、家族からの手紙でした。私には弟が二人いるのですが、中学生や高校生だった彼らからの可愛らしい手紙には胸が温かくなりました。

しかし真打はやはり母でした。

彼女からの手紙には、私への溢れんばかりの愛情はもちろんですが、それと同じかそれ以上の支配のエネルギーが溢れていたのでした。

まだ生活費や学費を出してもらっていた19歳やそこらの娘に対しては、今とは比べものにならない自信とパワーを持って、私の彼氏やお金の事、将来への希望など、母が望む方向へとなんとかして私を持っていこうと必死な手紙のオンパレードでした。

改めて気づいたのですが、母は3人の子供達すべてに、自分の眼鏡に適わない交際相手と別れさせるということを全身全霊でやっていたのでした。(姉弟3人共、結婚まで考えた相手と、一度ずつ別れています。)

それは親の愛だったと、今でも母は言います。転ばぬ先の杖・・という意味なのだと思いますが、今の私にとっては、寒気がするほど気持ちの悪いコントロールのエネルギーです。それは愛という名の下の、相手を自分の思い通りにしたいと言う欲求でしかないように思えます。

確かに私達が選んでいた相手は、ベストな相手ではなかったのかもしれません。それでも、それに気づき別れるかどうかを決めるのは、やはり本人でなければならなかったと思うのです。


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当時の私も、弟たちも、親の愛という名の下の安全弁を受け入れざるを得ませんでした。あまりにも必死だった母の姿に折れたというのが正しいかもしれません。

自分も親になり、祖母にまでなった今は、母の気持ちもわからない訳ではありません。

それでも、転ぶ前にそうならないようにと無理強いして手を出すのは、やはり子供の為にはならないのではと思うのです。

子供には、転ぶ自由もあるはずです。転んで痛い目にあって、そこから学ぶという計画もあるのです。

親の気持ちや考えを伝えることはいけないとは思ってはいません。それでも子供が望まぬ方向へ進もうとするなら、親にできるのは、救急箱を持って後ろで待機していてあげることだけではないでしょうか。

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80歳になった今も、全く手紙のままの母の在り方は、ある意味あっぱれともいうべきでしょう。

私達は大人になり、もう母に支配されることを手放し、その下にある愛情だけに目を向けるよう心掛けて、老い先短い親とはそれなりにうまく付き合っています。

それでも、やはり母は重いのです。皆、喜んで会いたいとはならないのです。彼女が私達に会いたがっているのがわかるからこそ、それは本当に悲しい事だと思います。


もう30年も昔に書かれた手紙を偶然手にして、愛という名のもとに為されているエゴからの行為が、どれほど純粋な愛の受け渡しを妨げているかを考える機会となりました。

そしてまた、タイムマシンにのって過去を覗き見るような時間は、やはりいざ手放すとなると、執着がないと言ったらうそになります。

「断捨離しよう!」と思う時は、古いものを手放し新しい扉を開いて前に進む時だと知っています。

すべての過去は今ここに集約され、今ここに生きている私がどう在るか、それのみなのだと思うのです。

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見なければそれは存在しないのと等しかった手紙の束は、読んだ途端に執着心と向き合わなければならないものに変わりました。

人生というもの、人間としてこの世で体験していることは、すべてそれと同じなのだと感じます。

人間であることの執着を超えたところには何が待っているのか。私達は皆、そこへ向かって行っているのではと思った出来事だったのでした。











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