メッセージ

新しいゲーム

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人は皆、自分自身が創りだした世界の中で生きています。

すべては自分の決めた筋書きで、プレイしようと決めてきたゲームです。

誰がどの役割を引き受け、どのタイミングでその出来事に遭遇するかは、すべて自分が決めています。


ゲームを楽しむということは、設定した中でプロセスを楽しむということです。

どのように駒を進め、いつどのようにゴールするかは、自分の望み通りの体験です。


苦しみのゲームがもう嫌な人は、それをやめてもよいのです。

悲しみのゲームに浸ってきた人も、疲れたならば変えてもよいのです。

すべては、プロセスを味わいたくて自分がやっていたことです。


苦しみも悲しみも、まだ味わい足りない人だけが掴んでいます。

もちろん、望むだけそこに居ても構いません。

しかし、もうそれを味わい尽くしたと感じるならば、次のステージに進むこともできるのです。

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古いゲームをやめるときが来ているようです。

ゲーム盤が先に、新しいものにリニューアルされているようなのです。

決意した人から、その新しいゲーム盤で新しいゲームを始められます。

そして、そのゲームがとても美しく心地よいものであることを、他の人に伝えていくのです。


望む世界で生きていくことを決めるのは自分です。

永遠に巡る苦しみの世界でのゲームは、もう終わりにする時が来ています。

自分が本当にプレイしたかったゲームを、始める時が来ているのです。











波に乗ると決める

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今年3回目のシフトの波がやってきて早2週間以上が過ぎました。

私達の次元上昇のプロセスにおいて、もう持っていることのできないものが浮かび上がり、潔くそれを手放すか否かで、それぞれの体験は違ってきているのではと思います。


大きな波が来ています。

それに乗って行くときには、今いる場所よりずっと遠くへとあっという間に連れていかれます。

自分一人では思いもしないところへ、波はあなたを押し出そうとします。


しかし波に乗るのを怖れ、これまで手にしていた重しを手放すことなく身体を固くするとき、あなたは大きな波に飲み込まれ、深い海の底に引きずり込まれるかもしれません。

波に乗ると決める時、ただそう決意するだけで、あなたには目に見えぬ後押しがやってきます。

あなたをサポートする存在が、見えないサーフボードにあなたを乗せてくれるのです。


今世界に起こっている恐怖は、大きな波に飲み込まれる恐怖です。

ええ、確かに波は来ているのです。

しかしその波は、決して飲み込まれるだけの恐ろしいものではないのです。

台風の日に、勇んでボードを手にして波に向かっていくサーファー達のように、その大波に乗ってこれまで見えなかったものを見る世界に行くことは可能なのです。


これまで自分が自分であるために必要だと信じていた考え方、仕事、人間関係は、もうあなたを波に乗せてくれるものではなくなりました。

新しいボードを手にして下さい。

今来ている波に乗るためのボードに乗って下さい。

何度も何度も向き合ってきた課題を、本当に終わらせて次に行く時が来ています。

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勇気を持って下さい。

古いゲームを終わらせて下さい。

これまで取り組んできたゲームでの体験が、あなたを次のステージへと進めるのです。


全ては無駄ではなかったのです。

よくやった!と自分を褒めてあげて下さい。

そして次へと進むのです。


すべては波長の法則です。

自分に合わなくなったものを握りしめているのは、自分が自分であることを阻みます。

あなたにあった波長に自分をチューニングしてください。

もう合わせる事のできなくなっているものにチューニングする必要はないのです。


クリアな音を聞いて下さい。

あなたの中に響いてくる声を聞いて下さい。


自分が今どこにいたいのか。

どう生きていたいのか。

どう在ることが自分なのか。


感じることをやめて眠ったまま進むことは、もうできないのです。

外から聞こえてくる声ではなく、あなたの中から響く声を聞いて進んで行く時が来ています。

時は今です。







passion(パッション)に従い生きる

自分にはどんな仕事が向いているか?
自分は何をするためにこの世に生まれてきたのか?

人々がよく口にする質問への答えはただ一つ、passion(パッション)だと思います。
自分のpassion(パッション)に従って生きることが、唯一後悔なく生きる道ではないかと思うのです。

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passion(パッション)という言葉の意味は、情熱もしくは愛情・愛着です。

私が感じる情熱というのは、熱く激しい感情というよりも、それをやっている時には時間を忘れるようなもの、もしくはそれをしている時に自分が最大限に生かされている感じがすることです。

それは、他から見ると十分できている状態なのに、自分自身ではそれに対してとても理想が高く、まだまだそこにつぎ込むべきエネルギーが必要な状態だと感じることです。

自分はより高みを目指す気持ちで向き合っているので、まだまだ先があるように感じていても、周りの人達からは素晴らしいと称賛されるようなことです。


自分のpassionが何かわからない!という人にも時々出会いますが、その人達はそれがわからなくなっているのではなく、それ以外の事を重要視しすぎて生きてきてしまったので、麻痺がおこって感じなくなってしまっているだけです。

その麻痺を取り除くためには、自分の命を燃やして取り組んでもよいと感じること以外を、自分に無理やり課すことをやめればよいのです。

自分がこの人生で為そうとしてきたことかそうでないことかを見極める為に、とても簡単な方法があります。これは、仕事や事柄のみならず、人間関係についての発見にも使えます。

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目を瞑って、想像してみてください。あと1ヶ月であなたの命が尽きると宣告されました。

あなたはきょう、今やっている仕事をやりますか?
あなたはきょう、あなたが会う予定にしているその人と会いますか?
あなたは最後の日まで、微笑みを持って毎日を生きることができますか?

明日も明後日も変わらずに、今やっている仕事に取り組むことができると感じるならば、あなたは自分のpassionに従って仕事をしていると言えるでしょう。

命が尽きる日までに会いたいと感じる人が、あなたの人生において大切な人達でしょう。

それらは全て反対の事も言えるのです。

命が尽きる日まで取り組みたいとは感じない仕事は、あなたのpassionに従ってしていることではありません。

残りの1ヶ月に、その人に会う時間がもったいないと感じるなら、その人はあなたが会うべき人ではありません。


そんな極端なことは起こり得ないと思うか否かは自由ですが、私達はいつ死ぬかはわからないのです。

きょう会えた人に、明日会えないことはいくらでもあるのです。


あなたが決心しない限り、自分が自分のしたいことをする「いつか」は決してやってきません。

もう、心残りをしたまま生きる時間はありません。

特別なことをしなくてはならないのではないのです。ただ毎日を慈しみ、ハートの望みと繋がって自分を慈しんで生きることこそが、passionに従って生きるという事なのです。

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鬱(うつ)というのは、創造性を外に向けて発揮することができずに、自分の内側へとベクトルが向かい、自分を攻撃している状態だそうです。

passionに従って生きるということは、すなわち創造性を発揮して生きるということです。自分自身を生かして生きるということです。

エネルギーシフトの波の真っただ中である今、すべてのエネルギーは増大した形で表れています。

鬱(うつ)症状であるものを押し込めて生きている人は、それを無視することができなくなるくらい苦しくなるか、もしくはこの世に生きる意味を失い、あちらの世界へ戻ろうとすることでしょう。


ハートの声を聞かないふりは、もう無理なのです。自分のpassionを押し殺して生きることは、もう無理なのです。

自分自身に許可を与えて下さい。あと1ヶ月しか人生が残っていないとしたら、どう生きたいかを感じてみて下さい。

心残りのないように生きるということへ意識を向けると、自分のpassionが何であるか、自分は何をするために生まれてきたのかが、必ずわかります。

それがわからない人は、自分が麻痺しているということに気付いて下さい。そしてその麻痺が何故起きているかと向き合って下さい。その原因を取り除くことを始めて下さい。

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私達は自分を生きるために、今ここにいるのです。

他人の人生を生きる必要はありません。親に、世間に認められることのために生きる必要もありません。

自分のハートに繋がって生きて下さい。passionに従い生きて下さい。

そうすることができる人達だけが、愛で繋がって生きることができるのです。

愛で繋がる世界を作るために、私達はここにいるのです。










憧れの奥にあるもの

誰かに憧れの気持ちを持ったり、何かをうらやましく思う時、人は二通りの反応をします。

素晴らしい人や物事を見て、「すごいな~!自分もそうなりたい」と密かに努力を始める人と、「あれは特別な人にだけできることで、自分には無理だよ」と諦めてしまう人に分かれます。

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例えば、サッカーをやっている少年少女なら、有名なサッカー選手を見て、「すごい!」「あんな風になりたい!」「いや、自分は才能がないから絶対になれない」・・などなど、色々反応が起こるでしょう。

しかし私は、サッカー選手には一切反応しません。なぜならサッカーには全く興味がないし、サッカーも全くできないからです。

つまり人は、自分にそうなる可能性がないものには全く反応しないのです。つまり、反応があるものには、自分がそれに近づくことは可能だということです。

自分にはできない、自分とは違う、と思ってしまう人は、人が何かに反応する時、それは自分の中に同じ要素があるのだということに気付いていないのです。

それはとてももったいない事だと思います。

なぜなら、人や物事に憧れる気持ちを持つというのは、自分の可能性の種を見つけることだからです。



しかしここで、一つ気を付けなくてはならないことがあります。

それは、サッカー選手に憧れたなら、必ずサッカー選手になれるのではないということです。

憧れから努力を始め、それが花開いて実を結ぶ人も確かにいます。

しかし、どれほど憧れ、努力をしても、決して選手にはなれない人もいるのです。

それでは、なぜサッカー選手に憧れたのか?ということになります。

それは、サッカー選手というものを見た時に、自分が感じる何か、そこにある「質」・「要素」に、自分が為し得たいと思うことが潜んでいるからです。

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私の娘は、小さいころからクラッシックバレエを習っていました。踊ることが大好きで、素晴らしいダンサーたちに憧れ、自分も将来はバレリーナになりたいと願っていました。

しかし、どれだけ努力をしても、バレエの世界には厳しい条件がたくさんあります。容姿・スタイル・経済力・運・・と、自分だけの努力では乗り越えられないことが目白押しです。

自分が納得のいくまではバレエを続けていましたが、高校に進学したときにすべて諦めました。

では彼女の憧れは、一体何だったのでしょうか?


憧れるものの中には、自分の可能性の種があるというのはやはり真実です。でもそれは、文字通り実際にバレリーナになるということだけではないのです。

娘は、音楽を自分の身体で表現することが好きだったのです。そうすることで、自分が自分らしく、生き生きと輝くことができることを知っていたのでした。

バレエで表現していたその音楽は形を変え、高校では合唱部に所属して、仲間達と美しい音楽を奏でることで、素晴らしい体験をたくさんすることができました。

それが何かの才能として仕事になったわけではありませんが、今は小さな子供の母親として、いつも一緒に歌ったり踊ったり、とても楽しそうに過ごしています。

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憧れる対象が現れた時、何かをうらやましく思った時、それはその人にとってのチャンスです。

今の自分はまだ手にしていなかったり、手にしているけれど十分に花開いていないことに取り組むことで、より自分らしく輝いて生きることができる「要素」と「質」がクリアになります。

自分の魂を喜びで震えさせることは何かという、ヒントがそこにはあるのです。

誰かに、何かに憧れることは、とても素敵なことです。

自分が何に反応するかを注意深く観察し、その要素を伸ばしていくことが、人生の質を変えていくのだと思うのです。





個人セッションを受け付けています。
7月・8月中のみ、先日の1dayセミナーの内容を加えて、時間を延長して提供させて頂いています。このシフトの波と向き合うサポートとしてご活用ください。
★詳しくはこちら1dayセミナー開催のお知らせ


今年4回目のシフトの波に合わせて、10月にセドナリトリートを催行します。あと1名ご参加可能です。★詳細はこちら⇒セドナリトリート2017開催のお知らせ







待ったなしの流れに、私達は押し出されている

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エネルギーの流れのようなものが、これまでとは違うように感じます。

今までと同じように動いても、現実が以前とは同じようには反応しないというか・・。

「人事を尽して天命を待つ」と言いますが、これまでは意図と結果が、ある意味とてもわかりやすく繋がっていくのを体験することが多かったのに、このところは以前とは全く違う感覚で現実が流れていきます。

「再調整」という感じのキーワードが降りてきます。

全てのものがふるいにかけられ、これからのエネルギーに合っていくものしか動いていかないのかなと感じます。

今までOKだった人間関係においても、何故OKだったのかわからないような出来事が起きたり、自分がハートの奥から望んでいることしかやることができない自分を感じたりします。

そして、たとえ今現実がうまく流れていかないように思っても、あくまで自分の感じることを、エゴのフィルターを通さずに感じ取り、それを実行していくことが大切な時のようです。

7月下旬から8月一杯にかけて、それが多くの人に起こっていくことでしょう。

これから先自分がどう生きていくか、この世に生まれ落ちた自分の目的は何なのかを知り、魂の望みを生きていくことを自分に許可する・・そういうことから目を背けていくことはできなくなっていくように思います。

見えていたようで、実は見えていなかったこと。

本当は見えているのに、知ることが怖いので、自分が見たいように見てしまってきたこと。

それらに気付くことは、自分の決意次第です。


答えはいつも自分の中にあります。

怖れているのは、自分の今の世界が変わってしまうことです。

しかし、その「今の世界」は、本当にあなたにふさわしいものなのでしょうか?

あなたの魂が満たされ、今ここに生きていることが喜びに満ち溢れている世界なのでしょうか?


DV被害にあっている人や、虐待にあっている子供は、どんなにその環境が苦しいものであっても、その現実を変えることに抵抗することが多いと聞きます。

確実に今より幸せな未来があるだろうことが想像できても、今ここの現実から変化することに怖れを感じ、自分を害する相手から離れることを拒否するというのです。

傍から見ると、なんと不思議なことだろうと思うかもしれませんが、それと同じようなことを、多くの人がやっています。


もし、一か月後にこの世を去ることがわかったとしたら、今やっていることを同じように毎日やって、残りの一ヶ月を過ごしますか?

それにYes!と答えられるなら、あなたは魂の望み、計画を生きていると言えるでしょう。

そんなの絶対にNo!だと思った方は、なぜそこに居続けるのでしょう?

それは、DV、虐待被害から逃げ出さない人達と同じ事なのです。


人は、自分の思う通りに人生を生きることができるのです。

苦しい場所に居続けるのは、それを選択している自分がそこにいるからです。

それは同時に、選択を変えさえすれば、別の人生を生きることもできるということでしかないのです。



地球の大きな変容が起き続けています。

地球の一部である私達人間は、それと無関係でいることはできません。

何年もかけて、少しずつ変わっていこう・・というような猶予は多分もうありません。

ハートの声に耳を傾けて下さい。

あなたの深いところから聞こえてくる言葉を受け取って下さい。



道は、あなたが足を下した場所からできていきます。




7月23日(日)、26日(水)にセミナーを開催します。
詳しくは以下よりどうぞ↓


「1dayセミナー」開催のお知らせ♪



思い出す時がやってきている

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生きていて一番やっかいな感情は、自己否定感ではないかなと私は思っています。

誰かに嫉妬するというのも、その奥には自己否定感があります。

自分以外の人と競う気持ちも、それに勝つことで自己否定感を拭い去りたいという気持ちからきています。

「自己否定」の反対は「自己肯定」ですが、それを得るためには、「何かで成功する」、「何かで認められる」、「何者かである」ことを求めてしまいます。

しかしそうすることは、それが成し遂げられなかった時には、更なる自己否定感を持つことへと導かれます。



二元性の世界には、プラスの要素があれば、必ずマイナスの要素が存在します。どちらか片方のみ得るということはできません。

とてつもなく幸福な感情を味わうためには、とてつもなく不幸せな感情もまたどこかで味合わなければならない訳です。

私達が生きているこの3次元の世界では、光には必ず影が生じます。何故ならこの世は、その二つのコントラストを味わうために創られている世界だからです。


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では、自己否定感を手放すにはどうすればよいのでしょうか。

自己否定しないために、自己肯定できることを目指していては、ずっといたちごっこです。

自己否定している自分を、「ああ、私は自分を否定している感情の中にいるのだな」と、ただ観察すればよいのです。

観察者の中には、肯定も否定もありません。

その意識の状態は、3次元の光と影の法則を越えています。

あるがままの自分を受け入れるというのは、そういうことなのです。



自己否定している自分を観察していれば、やがてその否定の感情は消えていきます。

「そんなに簡単にはいかないよ!」、「だって私は自分がダメだという気持ちから逃れられない!」と言う人がいるかもしれません。

それもただ、「自分がダメだ」という感情を味わいたくて、自分が望んでそれを握りしめているのです。

そのことに気づけばよいのです。それを観察すればよいのです。

真理はとてもシンプルです。全ては自分次第です。


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とはいえ、私達は「この世を味わう人間の振りをするゲーム」をしに来たスピリットです。

ゲームが楽しいならば、いくらでも楽しんでいればよいのです。

でも、もうゲームをするのは終わりにしたい、人間の姿をしていてもスピリットなる自分に戻りたい、と感じている人もいるかもしれません。

今、どんな人にもそれができる波動へと、地球がシフトしています。

私達は、ただ決めるだけでよいのです。


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決めた人達が、次々と出会い始めています。

「思い出す」という作業を、共に始めているのです。

思い出すきっかけは、望めばすぐにやってきます。

すべては自分が創っている世界に、私達は住んでいるのです。


















闇は光の不在

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現在起こっている地球上の多くの変化は、私達の集合意識がその方向性を決めています。

集合意識を形作っているのは、私達一人一人の意識であり、それはすべての瞬間に次の地球の行く先を決めているのです。

二元性の世界では、光が強くなると同時に闇は濃くなります。

しかし、闇とは単なる光の不在なのです。光を遮るものがそこに在る時、闇が生み出されるだけなのです。

では、私達の心にある光を遮るものとは一体何なのでしょうか?

それは、幾度もの転生を経て、人間としての様々な喜怒哀楽を体験し、その時に感じた感情を昇華させることなく持ち越してしまったブロックに他なりません。

人は、何度も何度もそのハートの中に横たわるブロックに触れる体験を自分が生きる人生に創りだし、ブロックを解放するのではなく強化するという行いを繰り返しています。

もうこんな思いをするのは嫌だ!と口では叫びながらも、それを更に重ねて行くのです。

闇を怖れないで下さい。それはただ、そこに光がないのだということを思い出して下さい。

自分の中にある闇を見つめることで、そこには光が投射され、闇は消えていくのです。

たった一人が世界を変えることなどできないと、闇に力を与える人達はもっともらしく語ります。

そうではないのです。私達は一人一人が世界を創っているのです。

一人一人のハートのブロックが溶かされていくとき、世界には光が満ちていきます。

愛と喜びに満たされて生きる事は、今あなたが決めるだけで実現するのです。

愛の中で生きて下さい。光に満たされて今ここにいて下さい。

自分の世界は自分が創っているということを、忘れないでいて下さい。

世界の闇は、一人一人が光を放つことで解き放たれていくのだということを知って下さい。

あなたという光をこの世界に放つ勇気を、今ここに持ち続けて下さい。







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