Cerulean Blue (セルリアンブルー)

Believe in yourself. You are loved.

メッセージ

諦めることが導く未来

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私達は子供の頃から「あきらめてはいけない!」「努力は必ず身を結ぶ!」と、親や教師やコーチなどから叱咤激励されてきました。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

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昔、私の親友だった女性は、「Never, never, never, give up!(決して、決して、決して、あきらめるな)」というウィンストン・チャーチルの名言を自分の決意として私に伝えて、癌の闘病のために入院しました。

彼女は10カ月の闘病の後に亡くなりました。

亡くなる4日前に私は彼女に呼ばれて会う事ができたのですが、すべてを諦めて、すべてを手放した彼女の微笑みはまるで観音菩薩のようで、今なら彼女がその時「覚醒していた」のだとわかります。

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諦めるのが難しいことの一番のものには、「愛する家族に対する期待」があると思います。

そうです、親が子供に持つ「期待」です。

夫婦の片方が、もう片方に持つ「期待」です。

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親子の場合には、親の期待が、子供が人生で成し遂げたい本当の望みを封印することへと導かれます。

良い子であればあるほど、それが起こります。

もしくは、親の期待を跳ね飛ばそうとする「やんちゃ坊」は、そうするために不良になったりして、反対の意味で、自分の望みを生きる人生から離れていきます。

そしてそれはやがて、子供が親に持つ「期待」へと変化します。

いつか自分の事をわかってくれるのかもしれないという、多分ほぼ訪れることのない未来への期待です。

「期待の親子間の連鎖」とでもいうように、やがて親の期待を生きた人は、自分もまた子供に期待する親になっていきます。

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夫婦の間にそれが起こる時には、「わかってほしい」や「こうなってほしい」は、やがてそうならないことへの失望へと変わります。

反対側では、期待をかけられた夫(妻)は、そのままの自分を受け入れてもらえない事に失望し、夫婦の間に隙間風が吹き始めます。

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この世の「苦しさ」の奥には、良いこととされてきた「諦めない!」が、全く正反対の作用をして鎮座していることに気付きます。

「諦めること」は、自分が自分に諦めてしまったことがある人ほど、自分以外の人にそれを被せて期待します。

「期待する人」は、自分自身が成し遂げられなかった事を「諦められない人」が、他人に転嫁することが多いのです。
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『あきらめる』という言葉の響きには、敗北者であるような悲しい音が交ざります。

でも、本当にそうなのでしょうか?と、今一度問いかけてみたいと思うのです。


すべてを諦めた私の親友は、死ぬことの怖れなどみじんも持たない慈愛の微笑みで、この世を去りました。

死ぬ前に私に会いたかったのではなく、私のために、もう面会謝絶になって長かったのに、私が彼女に会う機会を作ってくれたのでした。

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うちの娘の友人の一人は、一人娘だという不運もあるのでしょうが、親の期待に押しつぶされて、今現在は仕事もできず心の病で苦しんでいます。

彼女の親は、超一流大学を目指せと叱咤激励し、そうできなかった娘に、今度は世間的に素晴らしいとみなされる職業に付けとプレッシャーを与え、その結果その仕事に就いた彼女は、心の病を悪化させてその仕事も辞めました。

彼女のお父さんは、ある超一流私大の卒業生で、世間的には立派なお仕事をされている方ですが、自分が入りたかった超一流国立大学に、本当は娘を入れたかったのでした。

私はその娘さんに何度か会ったことがあるのですが、俗にいう「お勉強」が似合わない、本質はとても明るくて可愛らしい娘さんです。

その可愛らしさ、天真爛漫さを伸ばして、自分の興味に従って何かを学んでいたならば、全く違う未来が開けていたのにと感じるのですが、今の彼女は自分自身を生きておらず、その笑顔もあまり見ることができません。

お父さんが、自分が成し遂げなかったことを諦められなかったばかりに、大切な娘さんの人生が今閉ざされています。

とても残念に思うのですが、もう大人になった彼女自身に対しては、親の期待に応えることを諦めて欲しいと願うばかりです。

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本当に諦めてはいけないことは、多分ただ一つだけなのだと思います。

それは「自分自身を生きること」だと私は思うのです。


誰かの期待に応えることを諦める。

愛する人が自分の期待通りになることを諦める。


この大きな二つを諦めることで得られることは、ただ「自分自身を生きる」ことになるのではと思うのです。

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そして逆説的なのですが、何かを諦めると、諦めていた別の何かが手に入ります。

私自身に起こったのは以下です。

決して手に入らないと思っていた「やりたいことをやりたいようにやる人生」を、「夫が望む妻、子供が望む母、でいることを諦めた」ことで手に入れました(笑)

もちろん、夫や子供を大切に思う気持ちや、愛することを止めたわけではありません。

どうしても譲れない「自分のやりたいこと」を大切にすることと、夫が妻に望んでいる「こうであってほしい」ことや、子供が母に望んでいることが相容れなかった為、「自分のやりたいこと」を優先する生き方を自分に許可したのでした。

良い妻、良い母でいることを、諦めました(笑)だって、そうすると自分の心が死んでしまうのがわかったから・・。

そして同時に、子供達に「こうなってほしい」や「こうであってほしい」も、随分手放すことができました。

良い意味で諦めたら、逆に子供達が自分で自分の道を切り開く人生を歩み始めました。

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実は夫に関しては、まだ今も「諦めきれない」ものが自分の中にあることに、今朝気付いたのでした。

親子の縁は切れませんが、夫婦の縁は紙一枚で繋がっているものなので(笑)、本気で「諦める」ことはなかなか難しいのだなと、自分を顧みて改めて思ったのでした。

「諦めること」が夫婦の未来を分けていく可能性も起こり得るからです。

これまで何度か、そのチャレンジを超えてきたと思っている私ですが、それでもまだ本当には「諦めていない」のだなと、ようやく気づきました。

なので、自分自身に言い聞かせるためにも、これを今書いています(笑)

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今年も散りゆく桜を惜しんで、きょうのブログは、私の携帯の中に溢れている桜の写真シリーズでした。

桜は、一年のうちのほんの短い期間にしか出会うことはできません。

散りゆく花びらは、まるで私達が何かを手放すことの象徴のようです。

来春もまた桜は開花しますが、それは今年散った桜とは違う「新たに咲く桜」なのです。

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諦めること(=手放すこと)で導かれる未来を信頼し、その流れに委ねたいと思います。

何か心に響くことのある方、是非ご一緒に諦め(=手放し)ませんか?笑





何かを諦めたら、手に入るかもしれません(笑)パワフルなハワイ島のエネルギーの中で、私と一緒に笑って泣いて楽しい時間を過ごしませんか?あなたにお会いできるのを楽しみにしています

ハワイ島リトリート・セミナー開催のお知らせです!(8/30~9/5)

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この身体で生きる人生は一度きり

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これまでの人生が変わるようなジャンプをするということは、誰にとっても怖いものです。

それは、まだやったことのないバンジージャンプで、遥か遠くに見える谷底に落ちていく体験をするようなものでしょう。

すべての人が、バンジーを跳ばなくてはならないことなどありません。

やりたい人だけがやればよいのです。

バンジージャンプに挑戦しないからと言って、誰に責められるものでもありません。

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しかし、あなたは本当は跳びたいのです。

怖い怖いと言いながら、ジャンプしている人をうらやましく見ているのです。

「自分にはできない!」と言いながら、実はそれをしている自分を想像しながら、跳んでいる人を見ているのです。


「いつか」は、自分が決めないと永遠にやってきません。

怖くて怖くてならないことを乗り越える時、その先には未知の世界が開けるのです。

「怖い」は、体験してしまったら、もう怖くはなくなってしまうものでしかないのです。

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行きたい場所に行くときには、その方向に向かって歩を進めて下さい。

スピードは人それぞれで構いません。

でも、遅すぎて人生が終わってしまっては、次の人生に持ち越しになりますが・・笑

成功とは、失敗を重ねても決して諦めずに続けた人に必ず訪れるものです。

何かを「したい!」とか、何かを「欲しい!」と感じる時は、それは既に自分が手に入れることができる何かでしかないという証拠です。

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誰かに「憧れる」も同じです。

自分の中にないものに、人は憧れることは決してありません

自分の中に芽吹こうとしているものを、押さえつけることをしないで下さい。

自分の心の声に、無理やり蓋をしないで下さい。

明日もしこの命が途絶えるとしても、後悔のない今日を生きて下さい。

あなたの周りに溢れている愛と、あなたが心から感じる喜びに満たされて生きることを、自分に許可することを怖れないで下さい。

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あなたが、今のこの身体で生きる人生は、たったの一度きりです。

その貴重な機会を、最大限に慈しみ、最大限に楽しむことは、あなたが携えてきた望みなのです。

そして、望みは叶えられるために存在しているのです。




元いた場所に戻らない

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元いた場所に決して戻らないでください。   

それは一見とても甘美なように、楽なように感じますが、決してそうではありません。

あなたが越えてきたもの、あなたが向き合ってきたこと・・今あなたがいるその場所から前に戻ることは、前と同じではもうないのです。


「愛」と「怖れ」が分離しています。

それらは一つのものの表と裏なのですが、どちらに行くかは自分次第です。

「怖れ」は「愛の欠如」です。怖れと言うものが存在するのではありません。

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パートナーシップにおいても、どちらか片方が進んだ時、シフトした時は、もう片方とは必ずずれが生じます。

しかし、それを進んでいる方が修正するのはうまくいきません。

あなたが振り返って、元の場所に戻ろうとしても、もう二度と同じ場所には戻れません。

そうすることで生じるのは、あなたが自分自身を黙らせること、あなたが自分自身を隠すこと、あなたが自分の人生に嘘をつき続けることにしかなりません。


ただ一つ、相手との再びの調和を願えるのは、ただ進み続けることでしかありません。

そうすることで、相手に大きなシフトが呼び覚まされることも起こり得ます。

そうでないことも起こり得ます。

相手とのずれが益々大きくなってしまった時には、それを手放す勇気を持って下さい。

それは良いとか悪いとかいう類のものではなく、私達が持っている定めなのです。

その勇気は、どちらの側にも、必要な結果をもたらすのです。

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自分を黙らせること、自分の魂の導きを自らが遮ることは、誰の為にもなりません。

あなたが今世やりたいと願ってきた事、あなたが今世行こうとした場所、それらはあなたが手にすると決めてきたプランです。

そのプランを遂行する時が来ています。

どうぞ怖れを手放し、そこに愛を満たし、あなたがあなた自身でいることを尊重してください。


あなたが進む先には、あなたを待ちわびている人やモノや事が山のように控えています。

それらに光を照らして下さい。

あなたにしかできない事をして下さい。

あなたが心から慈しみ、満たされ、愛し愛される関係性を持って下さい。

そこからまた、旅が始まります。

あなたにしかできない旅です。

その旅は、誰かの光を照らす旅にもなることでしょう。

あなたの光に触発され、あなたを照らし返し、あなたの光が更に広がって行く道筋ができる事でしょう。

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怖れないで下さい。

あなたは既に愛で満ち溢れています。

それを分かち合って下さい。

あなたの愛を放射することを阻むものから、離れる勇気を持って下さい。

答えはいつもあなたの中、奥深くから響いています。

その声を打ち消さないで下さい。


ここに居ること、地球に生きている事、そこに限りがあることをあなたは知っています。

ためらわずに、決して後悔せずに、あなたの命を輝かせて下さい。





あと10日で出発です。まだ来る人いるって感じるのだけれど(笑)
現実化するはずの未来、変えるのはもったいないよ~!

ハワイ島リトリート(2019年 3月1日~7日)



魂の声は、もうあなたの中に響き渡っている

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昨年の終わり頃から、ほとんどの人にとっては、さまざまな出来事に誘発される、まるで人生の大掃除のような時期に入っているのではないかと思います。

この時期は3月一杯、4月に入る辺りまで続くようです。

そしてその先は、これまでとは全く違った世界が、それぞれの人に開けていきます。


地球が5次元へとシフトしてしまっているのに、私達はいまだ3次元での慣れ親しんだ在り方のまま進もうとするので、そこにギャップが生じています。

起こる出来事に対して反応が起こった時、その感情の中に飲み込まれるのではなく、ただ冷静に観察して下さい。

そうすることで、あなたはその先へと進むチャンスを手にします。

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時間はスパイラル状に出来事を揺り戻し、もう遠の昔に終わったと思っていた感情が呼び覚まされることもあるでしょう。

しかしそれは決して自分が後退してしまったという事ではなく、本当に過去を書き換えるチャンスが訪れているという事だと知って下さい。

自分の視点がどんどん変化していくのがわかるでしょう。

もう何年も何十年も前に起こってあなたを苦しめてきた人間関係や事柄は、もはや今の自分を苦しめるものではないことに気付く時がやってきます。

そして過去は書き換えられるのです。

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あなたはこの地球を訪れている宇宙からやってきた存在でしかないという体感を得る機会が、これからそれぞれの人に訪れてくることでしょう。

人間という器に入ることで体験したかった事の総ざらえが、今生において起こります。

そして、あなたはその答えを手にします。

その答えは、あまりにもこれまでの人生における視点とはギャップがあり、なかなか受け入れるのが難しいこともあるでしょう。

しかし、あなたはそれを「感じ」ます。

それが真実であると「知って」しまうのです。

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その感覚から目を逸らさないで下さい。

それこそが、あなたがこの地球にやってきて、何回もの苦しい転生を繰り返してきた理由なのです。

あなたの見たかったものが、もうすぐそこにやってきています。

それを知ることは、これまでの人間体験の苦しみをすべて帳消しにするほどの喜びであり至福です。

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何をするかではなく、何のためにここに来たのかに、人生を導かせて下さい。

その時、あなたはこれまで考えもしなかった流れの中に入り、あなたが今ここに生きている意味を知ることでしょう。

あなたが本当にしなければならないこと、したいと願ったことに気が付くことでしょう。

魂の声は、もうあなたの中に響き渡っているのです。




自分が何をしにここにやってきているのか、意図的に気づくための機会として設定したリトリートです。心の声がする方、ぜひ飛び込んできて下さい。この時、この場所でしか起こらないことを、ご一緒に体験しましょうね!

ハワイ島リトリート(2019年 3月1日~7日)
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自分が満たされることで上がる他人への許可度

まず自分を一番に満たすこと・・そのことを改めて感じる出来事がありました。

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↑上の写真で、私がベビーを抱いているのは、産院のナースステーションの前の椅子です。

なぜそんな場所で抱っこをしているかには訳がありました。

この病院は母子同室なのですが、赤ちゃんが生まれた翌日、部屋に弟とママが一緒にいることを知った上のお姉ちゃん(もうすぐ3歳)は、とても傷ついたのでした。(自分はママと離れて我慢していたから・・)

あんなに会いたかったママの側に行くまで、その日は1時間もかかったそうです。(パパに抱かれたまま、ママの隣に行こうとはしなかったのです)

それを聞いた私達家族は、彼女が自分から弟をママの病室に連れてくるのにイエスと言うまで、面会の時には赤ん坊を新生児室にあらかじめ預けることにして、私達は交代で部屋を抜け出し、こうして赤ん坊を抱っこしていたわけです。(もちろん、上の子を病院に連れていっている時だけですが・・)

孫娘は、まるで赤ちゃんの存在などないように、病室ではママと触れ合い、甘え、満足するまで時間をすごしてから帰宅していました。

その間一切、弟のことを口にすることはありませんでした(苦笑)

しかし、娘が心から愛情を注いで孫娘の相手をし、可愛がって過ごした3日目の夕方、彼女は自分から赤ちゃんを病室に連れてきてもよいと言ったのです。

私達全員が、心の中で「お~!!」と叫びました(笑)

そして、パパとママに挟まれて座った孫娘は、初めて自分から赤ちゃんの顔を覗き込み、ママと一緒に弟にお話しをしたのです。

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自分が十分に満たされて、初めて他に愛情を注ぐことができる・・という事を、目の当たりにしました。

理屈ではもちろんわかっていたことですが、孫娘の様子を見ていて、本当にこれは大切なことなのだと改めて思いました。


私自身が親だった時には、子供達に十分にそうしてあげることはできていなかった事を、申し訳なく思っています。

そして自分自身も、自分が子供だった頃から、自分を満たすことをどこかで諦め、親に気に入られるために無理をしていたのだなと思い返します。

そうしたことの全てが、大人になってからの様々な葛藤や行動の根底に影響を与えているのだとわかります。

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しかし、大人になってからでも、もう一度そうして生きることを始めるのは遅くはありません。

自分自身が、まず十分に満たされることに許可をして、そして自分の中が愛で一杯になったらそれを他へと分け与えるのです。

自分を一番にすることを諦めていた人、それは我儘だと自分を戒めていた人は、そうすることを許可したとしても、決して「我儘な人」になることはありません。

根本的に、そうなることは無理な性格の人しか、自分を後回しにしてきてはいませんから(笑)

自分が満たされたことが、やがて周りへの感謝へと変わり、我慢して生きていた時よりもずっと周囲の人達ともよい関係性へと向かいます。

逆に言えば、自分を満たすことを諦めたり後回しにしている人は、どこかで不満と悲しみを抱え、やがてそれが何らかの形で爆発する可能性が大きいと言えるでしょう。

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小さな子供のように、泣いて暴れて、自分の気持ちを訴えられたらどんなによいかと思います。

それを「我儘だ!」と封じ込める大人は、自分自身がそうされてきた人達でしかありません。

自分自身が満たされ、自分に愛を注ぐことができている時、子供への対処も多分その子にとっての必要性と愛情を優先することは容易くできるでしょう。

大人が子供に対して持つ責任の中には、時には今のうちの娘のように、先に相手(子供)を優先しなくてはいけない事もありますが、娘は私達親に甘えるということを自分に許可することで、それを成し遂げているのがわかります。

私自身も、娘の里帰り出産は、正直に言うと望んでしたことではありませんでした。

しかし、親としての自分の「やりたい事」としてそれを引き受けた時、私は夫や家族に甘えることも自分に許可し、時には自分が「子育て・孫育て」よりも優先したい自分自身の大切な事をやることを、家族の協力の元でやらせてもらっています。

すべてはバランスなのですが、それでもその根本に「まず自分を満たし、それから他へ注ぐ」ということを置いていることで、世界は自分にも相手にも優しくなるように思います。

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自分を満たすということも、ある意味訓練なのかなと思います。

子供のころから受け入れて貰えなかった「切ない思い」を、一つ一つ緩やかにリリースし、自分に与えるということへのチャレンジを積み重ね、それが「スタンダード」になって生きる人達でこの世界が溢れる時、お互いがお互いを受け入れ、認め、愛し合うことは当たり前になるのでしょう。

孫娘は、弟がママの部屋にいること、自分が彼のお世話をすることはOKになったのですが、ママがおっぱいをあげるのにはまだ抵抗があるらしく、自分がミルクを哺乳瓶であげると言い張っているので「助けて~!」と、少し前に娘から電話がありました。

私の提案で、いつもは禁断の自販機のジュースを買ってきて、赤ちゃんのおっぱいと一緒に飲み比べ競争をするということで、孫娘から弟への授乳のOKがでたようです(笑)

ジュースで満たされると、おっぱいへの執着は薄れる・・赤ちゃんへの許可度が増しました!

どうぞ、ご参考までに(笑)





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「なぜリトリートという形でセミナーをするのか?」にお答えします!

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あなたが本当のあなたを生き始めること

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2012年以来、私達は既に3次元ではなく5次元の世界に生きています。

それは、私達はもう分離の世界に住んでいるのではなく、すべては繋がり、目に見えない世界と言われていたものは、もう見えない世界ではなくなっているということです。

ノーモアシークレット・・それは、私達は言葉にしなくてもすべてを受け取り、すべての情報に繋がってしまうということです。

にっこり笑っていても、心の中にあるものは相手に伝わるし、怖い顔をしていても、そこに愛があればそれもわかるのです。

すべての人がチャネルと呼ばれる存在であり、それは一部の限られた人の特典や特徴ではありません。

私たちが閃きと呼ぶものや、直感と呼ぶものは、すべてが繋がっている場所からの示唆であったり情報です。

それを受け取っていても、受け取っていないとしているのは、自分が自分を閉ざしている時でしかありません。

自分の能力に限りを付けたり、自分の感じることを感じないようにとシャットダウンしたり、そこにあるものを見ないようにしない限りは、すべての人はすべての事を知っています。

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私達は「思い出す」だけでよいのです。
それを「知っている」ことを「思い出す」のです。

あなたが見ないようにしているものは何でしょうか?
あなたが見たくないものは何でしょうか?

それを見てしまったら、一体何が変わってしまいますか?
それを知ってしまったら、今のあなたでいられなくなるからですか?

今のあなたでいることを、あなたは本当に望んでいるのでしょうか?
今のあなたは、誰がそう在ってほしいと願っている「あなた」なのでしょうか?

すでに私達は5次元に存在しているのです。
3次元に生きていた時と、もう違ってしまっています。

違ってしまっていることは、ほころんでしまうしかないのです。
やがて、すべては在るべき場所へと押し出されていくのです。

自分が自分であることは、あなたの権利です。
自分は自分でしかあり得ないのです。

5次元に生きるということは、他人のこともわかってしまうということですが、何より自分のことにもう蓋をしておくことができなくなるということです。

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怖れを手放して下さい。
すべてはあなたの選択でしかありません。

前を向いて進んで行って下さい。
後ろには、あなたを導くものはありません。

これまでのパターンはもう通用しなくなるのです。
これまでできたやり方では、あなたがあなたであることはもうできないのです。

自分の中から湧いてくるメッセージに耳を傾けて下さい。
あなたが自分の進む道を一番良く知っています。

あなたの真実は、あなたの中から湧き出てきます。
他の人からの言葉は、あなたの怖れの投影であることがほとんどです。

心に響く言葉だけを受け取って行って下さい。
あなたがあなたに発している言葉は、あなたが一番わかっています。

5次元の世界の中ではすべてが明らかです。
不透明であるものは、その上に掛かっているベールがあるという、ただそれだけなのです。

今自分の中にやってくる言葉は何ですか?
あなたがあなたであることを、力強くサポートするアイディアを行動に移して行って下さい。

時は今です。
未来は今から始まります。
過去はあなたをもう縛りません。

自分がここに在ること、今ここに生きていること、その理由がすべてわかるとき、あなたはあなたを本当に生き始めます。






お申込みの締切は間近です!
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「まず自分を満たす」ということ

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飛行機に乗った時に流れる、緊急の際の酸素マスクに関するアナウンスに、こういうものがあるのを聞いたことはないでしょうか。

「必ずご自身のマスクをお着けになってから他の方のお手伝いをなさってください」

これは、小さな子供がいる場合も、体の不自由な人の補助をしている場合でも、そうして下さいということらしいです。

緊急時に、酸素が薄くなるかもしれないという場合には、隣に自分の愛しい子供が座っていたら、まずその子にマスクをつけてあげたくなるのが親心でしょう。

それでも、アナウンスが注意しているのは「まず自分に!」着けてくださいということです。

なぜなら、もし途中で自分が酸欠で倒れてしまったならば、子供に酸素マスクをつけることも叶わなくなってしまうからです。(はい、共倒れになります)

自分がちゃんとマスクをつけて酸素が供給されているならば、もし隣の人に何か異変があっても、ちゃんと対処できますが、自分が先に気を失ってしまっては、それさえできなくなるのです。

すべての事はこういうことなのだと、繰り返し伝えられてきます。

「まず自分を愛する」ということなのです。

「まず自分を満たす」ということなのです。

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今、里帰りで一緒に暮らしている2歳の孫娘を見ていると、それは人間の本能でもあるのだなといつも感じます。

孫娘は、自分がたっぷりおやつをもらっていて、それを嬉しそうに食べている時は、私が横から「ばぁばにも一口ちょうだい?」と頼んでも、にっこり笑って分けてくれます。

しかし、そのおやつの数が少ない時には、「だめ~!」と言って、一口さえくれません(笑)

娘が子育てで悩んでいることの一つに、お友達とのおもちゃの貸し借りの事があるということを聞いたのですが、子供は自分がまだ遊ぶのを満足していない時に、そのおもちゃを他の子に貸してあげることなんてできないのです。

「それを、お友達にも貸してあげなさい!」と、その子の親の手前もあるのでしょうが、自分の子供に我慢させようとする親が多いのではと思います。

私達は、学校でも同じように、そういうことを重ねて教えられ続けて、「自分より相手を優先させる」ことが素晴らしいことなのだという生き方を刷り込まれてきました。

それができない人は「我儘な人」とレッテルを張られ、後ろ指をさされることもあります。

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今でも私が覚えているのは、小学校の5・6年生の担任が、いつも私達に輪唱させていた達筆で書かれていたクラスの標語です。

「ひとの気持になって考える」

それは確かに、とても素晴らしいことなのですが、元々敏感で人の気持ちを慮るタイプの人にとっては、「自分よりまず他人の気持ちを考えなさい」という風に、必要以上に自分の要求を遠ざけ、人がどう思うかを優先させて生きる人生へと導きます。

今になって思い出すのですが、この時の中年の男性教師はいつも不機嫌でした。

クラスで勉強のできるタイプ、俗にいう頭の良いタイプを、憎んでいるところがありました。

出来ない子を苛める教師ならわかるのですが、出来る子にねちねち嫌味を言って、苛める人でした。

もう40年も経って、今私がわかるのは、彼は自分の人生に満足していなかった人なのだろうな~という事です。

多分、自分自身が頭が良くて勉強もできたのに、自分の夢を叶えるよりも、親の気持ちに従って、安定の小学校教師という職業に就いたのでは?と感じます。

「ひとの気持ちになって考え」て、自分の人生を後回しにした人のような気がします。

彼の奥さんは、子供が好きで小学校の教師になったのが子供からも見える女性だったので、私は、ほんの数回しか会ったことのない、この奥さんの方が好きでした。

2年間も担任をしてもらったのに、同じ町内に住んでいたのに、私はこの男性教師が亡くなったことを知っても、お参りに行く気持ちになれなかったのを覚えています。

なぜなら彼は、自分の不機嫌を、2年間もの間私達生徒に垂れ流してきたからです。

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同じようなことが、多くの家庭でも起こっているような気がします。

私の育った家庭でもそうでしたが、親は自分が満たされていない状態のままで、自己犠牲のもとに子育てをします。

そして子供も、たとえそれが無意識レベルであっても、「自分を犠牲にして生きることは正しい」という無言の教えを身につけます。

なぜなら、大好きな親がそれをしているのだから・・それも自分のためにそうしてくれているのだから、自分もそのように生きなくてはならない、と自分を戒めます。

その悲しい教えの連鎖が、さまざまな苦しい問題を生み出します。

私自身も家庭を持って、子供を育て始めて、その無意識の連鎖の中で十数年を生きてしまいました。

男尊女卑の封建的な家庭で育った夫と、舅姑の期待に応える嫁を生きていた時は、ものすごいストレスを溜めていました。

そのはけ口は、当時、我が子に向かっていたように思います。

本当に申し訳ないことをしたと思っています。それは、あの小学校の教師が、私達にやっていたのと同じ事です。

それからさまざまな人生の変遷を経て、私は「まず自分を満たすこと」をできるだけ優先して生きるようになりました。

あれだけ大きかった人生のストレスは激減し、昔の私が信じられないような幸福の中で生きています。

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しかし現在、スパイラルタイムの中に入ったことで、時折浮かび上がってくる、出来事に対する「自分の反応」に驚くことがこのところ増えています。

逆にいうと、その葛藤を最終的にマスターするための、それは出来事と反応とも言えるでしょう。

その「出来事で反応が起こる」根幹を探って行くと、そこに横たわっているのが「まず自分を満たす」ことをしてこなかった過去の自分の在り方だということがわかります。

私の根源的なその「まず自分を満たさずにいた」ことは、実の親との間に起こっていたことだという事に改めて気が付きました。

なぜなら、「親の為に生きた自分」で、人生のほとんどを過ごしてきたからです。

それでもその肝心の親たちは、いまだに幸せではないのです。そして自分が幸せでないことを、他に責任転嫁して文句を垂れ流しながら生きています。

「親が幸せになるために自己犠牲したこと」が、決してその成果を得なかったことに対する絶望感と、怒りと悲しみが、そこに横たわっているのです。

「本当になりたかった自分」ではなく、「親が喜ぶために生きた自分」がそこにはいるのです。

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人生における課題、葛藤という形で私達の中に残っているものをマスターするための大きなヒントの一つとして、「まず自分を満たす」ことは信じられない程大切なことです。

「我慢することはすばらしいこと」と私達に教えてきた人達の、不機嫌で不幸せそうな顔を思い出して見ると、そのことが実感を伴ってわかるのではと思います。

「我儘」を英語で言うと「selfish セルフィッシュ」
「自分を一番にする」は「self first セルフ・ファースト」

アメリカ英語で発音すると、この二つはとても良く似ています。

すべての人が
「self first セルフ・ファースト」で生きる時、世の中は我儘な人で満ちるのではなく、皆が「自分を一番にする」ことで満たされて、他の人にもその幸せを渡す人になるのだと思うのです。




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