自分が好きなことをする・・・とても簡単なようで、意外とやっていない人が多いことだと思います。

例えば仕事。

「好きなことをして飯が食える訳がないだろう!」

昭和生まれの人なら、一度や二度はこんな台詞をどこかで耳にしたことはあるでしょう。

親に言われたかもしれないし、TVドラマの台詞で聞いたかもしれない・・。

平成生まれのうちの子供でさえ、親の私が言っていなくても、どこかで諦観していたのに驚きました。


あのスピリチュアルカウンセラーの江原さんも言っていました。

「お金を稼ぐなら適職。天職でお金を得るのは難しい。」・・と。

本当にそうなのでしょうか?

私はちょっと疑っています。


実際私も今のところ、メインでお金を稼いでいるのは私の適職だと思われる「英語教師」の仕事で、です。

適職というのは、自分の中にその才能があり、たやすく成し遂げることができる仕事のことです。

周りの誰もがその才能を認めるところのものなので、本人も取り掛かるのが簡単だろうし、他の人がなぜそれができないのか不思議に思ったりもするでしょう。

それに対して、天職は、その人の魂が本当に望んでいることです。

それでお金を得るということができるときとできないときがあるので、仕事に限定するのは難しいかもしれません。

それだからこそ、江原さんもそういうことを言ったのだと思われます。


しかし、天職でお金を得ることができないと決まっているわけでもありません。

億万長者になろうと思うのなら、それは無理なこともあるかもしれませんが、生きるために食べていくには、絶対に困ることはないと私は思うのです。


天職を、生きるための仕事とすることの難しさは、それが「サバイバル本能」を超えたところにある才能と使命だからなのだと思います。

人間が生きることと密接に関係している「サバイバル本能」と真正面から取り組んでいるときには、天職を司る才能と使命感と取り組むことはやはり難しいように思えます。

ですから、マザーテレサのように、自分が生きることの葛藤を遥か超えた心境で生きている人にとっては、天職を生きることは息をするように容易いことになるのでしょう。


好きなことをする・・・言葉にすると簡単ですが、奥深いことだなとしみじみ思います。

本当に好きなことをして生きている人間というのは、本当の自然体で生きている人だということになるのでしょう。