Cerulean Blue (セルリアンブルー)

『人生に奇跡を!』

セルリアンブルー

ソアリン・・天翔ける自由

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ソアリン・・英語で書くと soaring (舞い上がる・天翔ける)

家族で行ったディズニーシーの新しいアトラクションなのですが、予備知識なしで乗ったら、胸の震えがずっと残るほど感動して、泣いてしまいました。

YouTubeに動画も出ているけれど、空を飛んでいるあの感覚で見る映像とは全くべつのもの。

未体験の方は、ぜひぜひ機会があったら乗ってみて欲しいなと思います。


しかし、うちの家族の感想を聞いてみると、全員が「良かった!」とは言うのですが、その感想の熱さに差がありました。

「泣いた」と言ったのは、私と娘の夫くんだけ。

感性の差、感覚の差、好むものの差・・などなど、色々な個人差はあるのでしょうが、「泣くほど感動した」人には、奥深くにある共通項があるような気がして、そのことを少し考えてみました。

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(東京ディズニーリゾートHPより)

soaring(舞い上がる・天翔ける)・・から私が感じるのは「自由への希求」です。

実は過去に、心の中で同じような「とてつもない自由」を感じた瞬間がありました。

それは、夫と離婚して別の人と一緒になりアメリカに渡ろうと決意した時に感じたものでした。(それは過去の話で、現実は一転しましたよ!念のため。笑)

その時に私が手放そうとしていたのは、役割を生きていた私(妻であること、子供であること、常識人であること、日本人であること・・etc.)でした。(なぜか、母であることを手放す感じはしなかったのが面白いですが・・)

中でも「子供であること」を手放す自由、つまり「親から自由になる」ことに、信じられない程の解放感を味わったことに、自分自身が衝撃を受けたのでした。


生まれ持った性格というものもあるでしょう。同じ親から生まれたのに、親にあまり影響されずに育った末の弟を見る限り、すべてが親のせいだとも思えません。

私の子供達を見ていても個人差があります。私が毒親ぶりを発揮していた頃にも(今はそうではないと願っていますが・・汗)、親の信念体系を取り入れてしまう度合いは、子供によって差があるように見えました。

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家族の中で、私が一番海外に出掛けていくのが好きなのですが、それは単なる風景や文化が変わるということよりも、日本人の集合意識の中にある信念体系に縛られるものを感じる度合いが大きく、そこから離れたい欲求が強いからなのかもしれません。

唯一私と同じく「泣いた」という娘の夫くんは、確かに感性も豊かな人ですが、たぶん縛られることに敏感で、そして海の外に出ていくのが大好きだという共通項があるようにも感じます。

ソアリンというアトラクションでの疑似体験ではあっても、大空を舞い、地球のあちらこちらの雄大な景色の上を飛ぶことで、求めてやまない自由そのものを体感し、そのとてつもない解放感に心が震えたというのが、感動の涙の理由だったのかなと思ったのでした。

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そんなことを考えていた私に、今朝友人からちょっとしたメールが届きました。

そしてそこには、きょうはとても楽しい事をするためにお休みを取ったのだけれど、なんだか気が晴れないということが書かれていました。

その原因は、彼女が今向き合っているテーマの一つである母親との関わりに関係があるようでした。

そのお母さんは、娘が自由に自分の人生を生き生きと楽しみ始めると、それを敏感に察知するかのように、不機嫌なエネルギーをぶつけてくるのです。

これは「毒親あるある」です(笑)

私も数えきれないほど体験してきて、まだ今でもそこから自由になりきれていないテーマです。

そして友人と同じようなタイミングで、私も昨夜「エネルギーバンパイヤ」でもある母親とのやりとりで消耗し、なぜいまだに私はこんなことをしているのだろう?と、改めてこのことについて考えていたのでした。

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友人への返信には、こんなことを書きました。

私達は、「母親」のお腹の中で肉体を育てたのです。彼女達の波長に同調する期間を必ず持って人間になります。それが、母親に対する愛情にもなるけど、反対に愛着にもなるし、破壊的な支配力にもなるんだね。ここから自由な人はほぼいません。

大切なのは、その毒に触れる時、その毒を甘美なものにしてしまわない・・という決意なんだろうね。世界で最愛である人が持っている毒ならば、喜んで飲み込んでしまう自分がいるのだということに意識的にいることだろうね。人類の永遠の課題の一つだと思います(笑


自分で書いて、なるほど~と思いました(笑)

これは決して、親そのものの魂の光、彼らが持つ愛、とは別のことなのだと知っていなくてはいけないと思うのです。

完璧な人間は存在しないのだけれど、子供は親に「完璧」であって欲しいのです。完璧な愛、無償の愛を受け取りたい・・それが子供の、人間の願いでしょう。

さまざまな現実世界のことが、より心地よいものに変容していくのに、最後まで残る親とのざわつきは、私達の中に在る「完全性」への希求、「無償の愛」の具現、といったテーマに関わるがゆえに存在しているのでしょう。

自分の不完全さを受け入れることと、親の不完全さを受け入れることには、多分大きな相関性があるのだろうなと感じています。

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そして自分の「不自由さ」を持てあますがゆえに毒親化している親は、子供の「自由」を阻みます。

子供サイドからは、自分自身を「自由にする」ことだけが、親の毒を中和できる唯一の方法のような気がしています。

「愛」をテーマに持つ人は、毒親と呼ばれる不自由な人達を親に持つことが多いような気がするのは私だけでしょうか。


この世で最も愛しい存在であった親が「不自由である」ことを自ら選択していることをありのままに受け入れ、しかし自分はそこに影響されない人生を生きてよいのだと知る時、私達は本当の愛を知るのかもしれません。




お知らせ

2月21日(金)2020年第2回 「Cerulean Blue お話会」開催しますよ~!

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父の死が与えてくれたもの

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あちらこちらにちりばめられていたヒントが、ふとしたきっかけで自分の中で結び付き、それが意味していたものが何であったかに気が付く・・そういう体験を続け様にしています。

父の死から三週間が過ぎ、純粋に彼の死を悼むだけではなく、それに伴う様々な人間模様からもたらされて溢れ出た感情の浄化を経て、ようやく自分の生き方、これから、というものに、静かな指針が見えてきているような気がしています。

ただただ自分が体験したいと感じることへの許可を求めて、とことん突っ走ってきた2019年でした。

年頭に父親の死という大きな出来事を経て、少し前から私の中に起こっていた感情の発露が一気に加速し、2012年から激動に変容し続けてきた私の人生の流れが、新たな道筋をつくりだしているのを感じています。

親の死というものは、悲しいとか辛いとか、ただそういう人間的な感情を味わう出来事だけなのではなく、自分の信念体系の源流であったものが崩壊し、本当の自分自身により戻っていく体験なのだと思います。

私はまだ母が存命ですが、すでに両親を亡くして随分経っている夫は、「親なんていないほうが楽に決まっている」と本音を漏らしてくれています。

夫は両親からとても大切にされていた子供なのですが、それでも親という存在は「重い」ものでしかなかったと言います。

自分も自分の子供にそんな風に思われるなら悲しすぎますが(笑)、私達の世代にとっては、親とは「信念体系を押し付ける存在」と同義語と言えるからなのでしょう。

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私の父は、すべてをお金で換算する人でした。彼にとっては「お金=力・成功」だったからです。

彼自身は小さな会社で会計の仕事を長年務めており、私が子供の頃は飲んでばかりで貯金がなく、すべて借金で賄っている人でしたが、ふとした時には太っ腹なところがある人でした。

私の初めての海外体験が、当時としては早い高校一年だったのも、高校の同級生(開業医の娘)に誘われた「カナダでの夏休み青少年研修」というものに、(全額借金をしてですが)父が行かせてくれたお蔭でした。(母が隣で真っ青になっていたのを覚えています。笑)

今から思うと、お金はなかったけれど「金持ちマインド」のようなものがあった不思議な父でした。


そして亡くなる半年ほど前だったでしょうか、父に彼の両親のことを聞く機会があり、その不思議な「金持ちマインド」の理由がわかりました。

父の父親は漁村の網元で、父は近所で一番大きなお屋敷に住み、お手伝いさんまでいた環境に育っていたのでした。

友人達に羨ましがられる大きなお屋敷に住んでいたことが、そういう力を持っている父親が自慢だったと言っていました。

父は八人兄弟の下から二番目だったので、小さなときに母親を亡くしたのですが、うっすら覚えている記憶では、権威的な父親にいつも従順で控えめな母親だったとのことでした。

父の男尊女卑の思想はこの父親に憧れているところから来ているのは知っていましたが、すべてをお金に換算して、経済的な成功しか認めないという信念体系も、ここから来ていたのだなとようやく理解しました。

父の家はやがて没落したので、私の記憶の中には、小さな家に病で臥せっていた難しい顔をしたお祖父ちゃんしかいないのですが、親が死んでもなおその信念体系に支配されていた父は、それゆえに自分の幸せを脅かす在り方(母に権威的な態度をとり続けた)で生きてしまったのだなと思うのです。

まだ父がお酒を飲んでいた数年前には、酔った勢いで「お前は経済的に成功していない!」と私も何度か罵倒されたことがありました。

それとは反対に、会社を興して成功している私の末の弟のことを、父はよく自慢していました。

きっと自分が手にしたかった成功を為している息子の姿に自分を重ねていたのでしょう。

親がこうして子供に自分の願望を重ねることは、子供達の葛藤を作りだします。

私も例外ではなく、父親の期待に応えていない大人になったことが、見えないどこかで自分に対する否定になっていることには気づいていました。

気付いていたけれども、どうにもできない葛藤を持ったまま、私は肉体を持った父とはお別れすることになったのでした。

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しかし、火葬場で男泣きをしていた弟の姿を見た時、「お父さんは、あなたが成功してくれていつも嬉しそうだったよ。お父さんがやりたかったけどできなかったことをしてくれて、お父さんを喜ばせてくれて、本当にありがとね!」と彼に声をかけた自分がいたことに、何より自分が驚いたのでした。

弟は決して父の為に成功を目指した人間ではないのだけれど、彼の成功を我が事のように喜んでいた父の姿を思い出すだけで、心が温かくなる自分を感じたのでした。

「ああ、終わった!」と密かに思いました。

親の愛を求めて、きょうだいの間でも争う気持ちが起こるのは常なることですが、父に関しては、彼の肉体での人生が終わるのと同時に、私はその争いから離れることができたのがわかって、実は誰よりも自分が深く癒されたのでした。


まだ生きている母に対しては、それが終わっていないのは感じている情けない私ですが、片親だけでもそれが終了することの軽やかさは、想像していたよりもずっと心地よいものでした。

母の存在は、私にとっての「ラスボス」だとよく友人に揶揄されていたのですが、ラスボスは天敵(彼女の夫=私の父)がいなくなって、益々自己憐憫を増して、それをエネルギーにパワーアップしているようです。

父に十分にしてあげられなかった罪悪感をもう味わいたくないと思い、少し母に歩み寄っていってみたのですが、彼女の「毒」は薄まるどころが濃さが増しており、私はやはり自分のパワーを奪われない適度な距離を保って彼女と付き合っていく知恵が必要なようです。

ラスボスと対決する道の選択肢として、ガンジーのような「非暴力・不服従」で行くのがベストではないかと、目下のところ検討中です(笑)


親の姿を反面教師として生きる・・それを成し遂げたいと願うのは、「いない方がいい親」にはなりたくない私の小さな抵抗なのかもしれません。




お知らせ

2月21日(金)2020年第2回 「Cerulean Blue お話会」開催しますよ~!

Cerulean Blue セッションメニュー(更新しました!)



2月21日(金)今年2回目の『Cerulean Blue お話会』です!

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2020年第1回の『Cerulean Blue お話会』は、先日無事終了しました。

初めてお会いする方がご参加下さったり、隣り合わせに座った方達がお互いの共通点でとても打ち解けられたり、その場にいらした方に必要な情報がシェアできたと感じる、私にとっても嬉しく楽しい時間でした。

ご参加頂いた皆さま、どうもありがとうございました。


次回は2月21日(金)に開催予定です。


【今回の内容】
*2月20日のタイムライン・クロッシングによる影響について。今後はどうなっていくか?
*2020年は地球規模ではどのような年になるのか?
*地球の変容に伴って起こってくること。私達が知っておいた方がよいことは?
*大きなエネルギーの変容に伴い、私達の日常生活や心の在り方にどのような影響が起こっているか?・・etc.

その他、今回もご参加の皆様に必要と感じることをお伝えしたいと思います。
また、ご参加の皆さまからのご質問にお答えする時間もとる予定でいます。

短い時間ですが、なかなか濃いですよ!どうぞお誘いあわせいらしてくださいね♬


日時:2月21日(金)13:00~15:00 

場所:野々市情報交流館カメリア 301研修室(前回と同じです)

定員:15名

参加費:3,000円(当日会場でお支払い下さい)

参加ご希望の方は、以下のメールフォームよりお知らせ下さい。

Cerulean Blue お話会申し込み


お会いできるのを楽しみにしています



3月の予定:3月24日(火)13:00~15:00(カメリア301研修室)



扉を開いてその先に進む

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三連休が終わりました。でもお盆休みのある会社勤めの方は、まだ連休中ですね。

うちの夫は久しぶりの連休に羽を伸ばしすぎて、祝日だった昨日毎朝のアラームを外したのを忘れていて、今朝は寝坊して大遅刻して出勤しました

はい、そして夫が飛び起きるまで、何も気づかずにすやすや横で寝ていた妻は私です(笑)

「妻の務め」という言葉は我が家では死語になって久しかったのですが、とうとうトドメが刺されたようです。(これで、ますます夫は私を当てにしなくなり、自立が進むと思います


夫は定年退職前は超お堅い厳しい系の公務員だったので、時間に遅れることはまずない人でしたが、定年退職後の仕事に就くようになってからは、随分緩んできていました。

加えて、常識の範囲での妻らしい行動をとらなくなった私との生活で(月に数回家を空けるし、時には一週間帰ってこない・・笑)随分頭も柔らかくなってきています。(諦めた・・とも言う。笑)

しかし、集合意識の中での役割に自分を当てはめるという、つまり場のエネルギーに影響を強く受けることは、長年の職業柄やはり強いように感じます。

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例えば、地元で外出する時は一切手をつないでくれないけれど、都会か外国に行ったならOKです。

海外に彼をできるだけ連れ出すようにしているのは、ある意味そのためです。日本を出ると、うちの夫は、本来の自由で気楽で人の目を全然気にしない人間に戻り、つまらない親父ギャクやジョークを連発する面倒くさいおじさんになります

三連休などになると、インドア派夫婦の私達は、各々好きな事(夫はプレステ、私はパソコン)に興じ、二人だけの世界にトリップするので、ある意味世間から隔絶され、プチ海外旅行モードに入ります。(コンドミニアムに二人でいるような感じです)

海外旅行の余韻がまだあるうちは、こうしてお家トリップでも、いい感じで夫も自由になり、その結果今朝のように遅刻したりもします(苦笑)

こうして書いていると、自由に気ままに生きているように見える私には、人生何の不足もないように思われるだろうな~と思います。

実際、制限だらけだった昔の自分に比べると、子育ても終わったし、やりたいこともやらせてもらっているし、確かにその通りなのでしょう。

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ところが!!です。ところが!!が起こったのが、前回のブログに書いたアカシックガイドセッションから始まった、週末二日間のスクールに端を発する先週一週間の出来事なのでした。

アカシックガイドセッションで私が受け取ったのは、自分のこれからに対するビジョンがよりクリアになり、お腹に落ちたという感覚でした。

自分は何をしてどう生きたいのか?から目を背け、お茶を濁すことは、もうできない時がやってきているのを感じたのでした。

そしてそれに続いての二日間のアカシックスクールでは、たまたま生徒さん達の人数が奇数だったので、ペアワークまで全部一緒にやることになりました。

そうして何回かのワークの全てで、ほぼ毎回同じメッセージがやってきました。

それは「私は自由だ。私は何にも縛られない。自分を縛っているのは自分だけ。夫を気にせず自分がやるべきことをやる!」・・見事に同じメッセージが繰り返されたのでした。

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北陸の男尊女卑が強い地域において、現在の私は他と比較すると「自由な女」だと思われます。(「男子厨房に入らず」「夫と子供には良い服を着させても、嫁はボロを着ろ」と、まじで姑からきつく言われていた嫁でしたから、昔は・・

夫も、妻をこんなに自由にさせている自分は心が広い(笑)と自負しているようです。(都会の皆様とは本当に感覚が違うのです)

なので、私の中でもどこかで自分への許可度に限界をつけていたのは否めません。

私が自分に欲する自由度は、旧態然としたパートナーシップでは叶うはずのないレベルで、離婚か卒婚をしなくては得る事ができない・・と、どこかで自分自身に言い聞かせて葛藤していたのです。

しかし私は、夫と離れたくないのです。これが執着なのか、魂の結び付きなのかは定かではありませんが、彼と一緒にいるためには、他のすべてを捨ててしまいそうな自分にも気付いていたのです。

なので、多分夫が思う最大限の「妻の自由度の限界値」をじわじわ上げるという姑息な手段を取りながら、きょうまでやってきていたのでした。

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日曜の夜、東京から帰りの新幹線の中で、私は受け取った一連のメッセージを咀嚼しました。自分で気づいていながらどこかに押し込めていた「更なる自由」とは何かを考え始めました。

そして、一度動き始めたものは次のステージへと私を押し出したのです。

次にやってきたのは、我慢できないくらいの「歯茎の痛み」でした。治療してあって、神経も抜いてあるはずの歯の根元の奥深くが、いきなり痛み始めたのでした。

普段薬を飲まない私が、鎮痛剤を飲んでひと晩様子を見ました。翌日も収まらないようなら歯科を受診しようと思いました。

しかし、翌日はたと気づいたのでした。これは、単なる痛みを軽減するための出来事ではないと直感的にわかりました。これは何かに気付くために起こっている痛みなのだと・・。


先月終えた「自己認識クラス」で取り組んだ、疾患における「症状とのワーク」をやってみるとよい!と強く感じたので、テキストを引っ張り出してやることにしました。

歯茎の痛みにフォーカスして、その症状を作りだしているエネルギー、そしてその症状のエッセンスを見出すワークに取り組んだのでした。

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すると、痛みとして私に表れていたのは「変容に抵抗するエネルギー」であることに気付きました。

心の一番奥底にあったのは、美しく青く光輝く丸い大きな宝石のようなものであるのに、それを握りしめて私は「動くのが怖い!!」と泣き叫んでいたのでした。

自分が動くことで、これまで手にしていた「幸福」と私が名付けているものが、壊れていってしまうのを怖れていました。

アカシックリーディングでのメッセージから繰り返された「自由」とは、この手にしていた確固たる「幸福」さえも超えていく自由だったのだとわかりました。

自分が自分自身であるための自由は、従来の幸せの定義を遥かに超えていくものでした。

そして実は、私はそれを深いところで渇望していたのだということに気付いてしまったのでした。

泣いて泣いて泣きました。

謎が解けてしまって、ぼーっとなりました。

ワークの後は、まだ頬が腫れて痛みもかなりありましたが、もう一錠痛み止めを飲んだら、歯医者に行く必要はなくなるのをなんとなく感じました。

そして一晩明けたら、予想通り、嘘のように痛みは全くなくなっていました。(頬はまだ腫れていて輪郭が変わったままなのに、痛みがないのが不思議でした)

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その後は、痛みに紛れて遠のいていた、私がすべきことがクリアに浮かびあがってきました。

少し前からお知らせのように何度かやってきていた「あること」を、夫に話をして伝えることでした。

それは、これまでの夫なら、それを伝えたら多分切れてしまって、離婚騒動に発展しかねないことでした。

しかし、これまでの一週間で起こったことで、私にはもう進むしかないのだとわかっていました。

心を込めて、正直に、自分が感じていることを全部伝えるつもりで夫と話をしました。


その結果、私はこれまでより更なる自由を手にすることになりました。

夫と一緒にいながらも、私は私の望む未来へと向かうことへと一歩進んだのでした。

二十年前の私には想像さえできない現実を、今ここに生きる自分になりました。

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その日の夜、この大きな変容についてつうりさんと仲間達にシェアしたら、「歯は大きな自己イニシエーションの時に腫れるんだよね」と言われました。

以前、シャーリーマクレーンが見えない存在とのチャネリングで同じ事を言われていたのを読んだ事があったので、もしかしたらと思っていた通りでした。

そして驚くことに、同時期に私と全く同じ症状を起こしていた仲間が更に二人いたことが判明したではありませんか!!

自己認識クラスの三ヶ月間が終わり、サポーターとして関わっていた私達も生徒さん達とおなじく、大きな変容の波に背中を押されていたのでした。

起こるべくして起こっている流れでした。


余談ですが、後で気づいたら、私がワークして号泣して次に進む決意をして現実が動いたのは、8月8日、ライオンズゲートが開いた日でした。(星の影響ってやはりあるのだな~と改めて思います♪)

長い振り返りでした(笑)ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!


結論。もう抵抗しても何しても、起こることは起こるし、進むか進むないかは全て自分次第・・ですね(笑)

ただ、開いた扉の先には、誰にとっても未知の喜びが待ち受けているのは、多分間違いないようです。







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Cerulean Blue 「新コース募集」&「説明会」のお知らせ 
★コース参加のお申込みをされた方への『無料1DAYセミナー』が8月中に開催されます♬
(8月15日・8月26日 ※どちらも同じ内容です)

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すべてを知っているのは自分

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このところ、身体を使ったワークをする機会が多くて、そのたびに自分の身体は自分に起こっていることをすべて知っているのだということに本当に驚かされます。

アカシックと呼ばれる肉眼には見えない場所に情報のすべてが記録されていることを知っている方は増えているようですが、自分の肉体の叡智というものに意識を向ける時、もしくは情報をもらう時、これほどクリアに自分にとって必要な気づきが起こることには、意外と無頓着なのではと感じます。

ワークによって、自分の身体の動きや発せられる言葉に触れると、身体症状(病気やケガ)といったものはただ偶然で起こるのではなく、100%自分の内側からの必然によって現れることがわかります。

それは因果関係というような、人によっては懲罰的と感じるものではなく、本人に気づきを促すため、もしくは究極的にはその気づきさえ必要ない宇宙の流れの現れのようにも見えます。

自分に起こっている痛みや苦しさは、心だけではなく身体からやってくるものも共に、己の進む方向を指し示す羅針盤のようなものであると言えるでしょう。

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土日に行われていたブッダプログラムの自己認識クラスで、私も自分の羅針盤の指し示す針の方向を見る機会を得ることができました。

それは、数年前に突然起こった足の付け根の痛みについてワークしたのでしたが、当時は数日歩けないほどのシビアな痛みが断続的に起こっていたのでした。

医学的な見地では全く原因不明で、実は私を心配した友人を介してのご縁で沖縄のユタさんにその痛みを外してもらったことで、その時は歩けるようになったのでした。(そのユタさんは、私の痛みを肩代わりして、階段を昇れなくなったらしい

しかし今でも何かの折に、うっすらとした痛みが始まることがあったのです。

もう何年も前の出来事なのに、それはまだ終わっていないのを、実は自分でも感じていました。

昨日のワークでは、私以外の二人が、私の痛みの声を動きと言葉で表してくれました。

現実の領域では何が起こっているのかという事と、その症状で表されているものの奥にある私自身の内なる声が聞こえました。

それは衝撃でしかありませんでした。

布置(コンステレーション)の形で仲間が体で表現してくれた動きは、心の奥深くに響き、目を瞑れば今でもありありと浮かびます。

私の動けなくなるほどの痛みが伝えてくれていたのは、限界値のないとことん羽ばたく自由でした。

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今の私の生活を知っている身近な人にもしそれを伝えたら、「えみこさん、そんなに自由に生きていて、何がまだ足りないの?」と笑われそうですが、そういう次元ではないのです(笑)

魂の自由とでも言えばよいのでしょうか、私にはそれが何を意味しているのかは深いところでわかりました。


今回のワークでは、私のみならず、それに取り組んでいたクラスの人達が皆、生まれ変わったような顔になっていました。

もちろん毎回驚くばかりの変化変容が起きているクラスですが、回を追うごとに深まる自己認識が、いよいよ身体の声を聞く場所に辿り着き、それだからこその気づきと更なる変容をもたらしてくれたのでしょう。

サポーターとして皆さんの変容に伴走させて頂いている身ですが、こうして時には体験を共にすることでの恩恵を受け、本当にありがたくてなりません。

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こうして振り返ると、答えはいつも自分自身の中にあるのだということを改めて思い知ります。

そのためには、特にサイキックであるとかの必要はなく、ただただ起きていることをジャッジメントなく「観察する」ことと、表面には見えていないけれどその奥にあるものを「知る」勇気を持つだけなのだと思います。

自己認識クラスとは、それが自分自身でできるようになる道筋をマスターするための、トレーナーのいるジムのような場所なのかもしれません。


毎回参加者の皆さんの勇気に触れ、頭が下がる思いでサポートをさせてもらっている私です。

そして、クラスに関わる人すべて(講師もサポーターも)の自己認識のプロセスも共に進み続けるので、皆でそれを共有し感動を分かちあえることの喜びをしみじみと感じているこの頃なのです。


横浜のブッダプログラムスクールはこちら


*以下は、私が主催する石川でのコースです♪

「新コース募集」&「説明会」のお知らせ

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Cerulean Blue セッションメニュー

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あなたは、自分が本当に望む人生を生きていますか? 

自分の才能を十分に発揮して、充実した毎日を生きているでしょうか? 

周りの人達に阻まれて、自由に生きられないとぼやいてはいませんか? 

あなたの人生を作っているのは、他ならぬあなた自身なのです。

どんなに苦しい現実であっても、それを作っているのは環境や周りの人々ではなく、あなた自身です。

本当の自分を知ることで、あなたは自由になります。

あなたが望む人生は、自分自身が作り出せることを知る時がきています。 

これまでの人生で積み重ねてきたあなたのパターンに気付き、自分をコントロールしているものの存在を明らかにし、あなたを阻むものから自由になって、生まれてくる前にプランしてきた人生を力強く歩き始めましょう! 


【Cerulean Blue セッションメニュー】
※2020年1月よりメニュー・料金の改定をしました♪


 アカシックリーディング・セッション(対面 または Zoom・Skype・LINEなどのビデオ通話)

あなたのご相談事、悩み事に対して、アカシックリーディングを用いてカウンセリングします。 起きている出来事の真意を知り、ご自身の未来を変容させるためのアドバイスをさせて頂きます。

〈例〉*自分の仕事について*パートナーや夫婦関係について*子供の進路や教育のことについて*自分の生きがいや将来について*その他、ご相談したいこと何でもどうぞ・・ 

【セッション料金】

45分 14,000円(税込)
90分
 28,000円(税込)
(※延長はありません。予め時間をお選び下さい。)


Cerulean Blue 個人セッション(対面のみ)

アカシックリーディングのみならず、チャネリングによりメッセージをお伝えしたり、必要ならばヒーリングやワークも行います。あなたが今抱えている悩み事は、あなたを変容させる鍵であることを体感し、リリースワークと共に、あなたが本当のあなたに戻るためのサポートをさせて頂きます。

また自分自身の魂の計画を思い出し、スピリット存在として生きる決意を持った時にも、あなたの背中を押すサポートとなることでしょう。

*とことん向き合いたい時には、ぜひ180分の枠をお選び下さい。


【セッション料金】

 90分
 28,000円(税込)
180分 50,000円(税込)
(※延長はありません。予め時間をお選び下さい。)


セッション代金は事前振込をお願い致します。

セッション場所:石川県白山市(常時)/ その他の地域(3名様以上でのお申込みの場合は、出張セッションも承ります。詳しくは、お問合せ下さい)
(※詳しい住所は、ご予約後にお知らせします。)


すべてのセッションのお申込み・お問い合わせは、下記の申し込みフォームからどうぞ。 
お申し込みの際には、ご希望の日程(2~3候補)をお知らせください。


セッションお申込みフォーム 


【キャンセル事項】
セッション日前日の18時(祝祭日や銀行休日の場合はその前日)までにキャンセルのご連絡をいただいた場合は、振込み手数料を差し引いた全額をご返金いたします。それ以降のキャンセルにつきましてはご返金ができませんので、予めご了承ください。また、セッション日時は、1回のみ無料で変更させて頂くことは可能です。

Emikoのプロフィールはこちら

(↓Cerulean Blue お話会での私です♬) S__77578256
(エジプトにて齊藤つうり氏と↓)
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